1383. 面師ニーファの話
その頃、町を見に出掛けたミレイオ。変わった場所によくある状態にいた。
「わーお。素敵」
町は人影は少なかったが、人が居るには居て、近くで降りて歩きで入ったミレイオは、通りで開いている店を眺めていた。
「似てるけど、ちょっと雰囲気は違うわね。色が新しいからかしら」
壁や建物には、色とりどりの絵があり、それらは随分前からあるようだが、補修の跡も見られる。通りの店には仮面が売られ、仮面と衣装は不思議空間を醸し出す。
その仮面の様々な表情に、ミレイオは驚き感動しながら、丁寧に観察し、現在の仮面と過去の仮面の違いを見つけていた。
「こんにちは。言葉、分かりますか」
「あら。こんにちは!分かるわよ、発音は分からないけど」
「買い物?旅人?」
「旅人よ。ここが閉まっているかも、と聞いたから。寄ってみたの」
店から出て来たテイワグナ人は、背はイーアンくらいの男性で、年齢は30代ほどに見える。民族衣装の上着を羽織っているが、下に来ているのはどこにでも売っている、テイワグナの日常服だった。
刺青だらけの外国人を見上げて挨拶し、戻った答えに頷いてから、店の中に顔を向けて『新作はないけれど』と言う。
「魔物が出ます。これまでなら、もう少しで町は閉じていたけれど、今年はもっと早く町が閉じるでしょう」
良かったら、今見て行って、と親切に微笑んだ彼に、ミレイオもニコッと笑う。
「開いているって知ったから、また来るわ。仲間と一緒なの。到着するのは明日かな。私だけ、一人で先に見に来ていて」
「そうですか。今日明日で閉まらないから、大丈夫。宿は2軒開いているはずですよ」
彼は自分の名をニーファと名乗り、ミレイオも名を教えて、食料店や何やらの事情を簡単に聞かせてもらった。それから、彼が面師と知ったので、『見てもらいたい面がある』ことも話した。
特徴を説明したところ、ニーファは店の中が見えるよう、ミレイオの前に立っていた体を傾けて、奥の壁を指差し『見えますか』と言った。
「見える。ちょっと暗いけど」
「あれは、私のおじいさんが作りました。あちらの壁に掛かった10個の面は、おじいさんの作です」
ミレイオは目が良い。じっと見つめ、少し暗いことで色が違って見えるのは承知でも・・・やはりまだ、彼のおじいさんの制作した品の方が新しく感じた。
「もっと古いかも知れないのよ。持ち込んだら。年代とか分かるかしら?」
「ええ~・・・どうかな。ある程度は分かるでしょうが『似ている』と言っても、違う地域のもありますから。外国の人が見たら同じに見えてしまうけれど」
気を遣った言い方に、ミレイオはちょっと笑って頷くと『そうね』と答える。
ニーファも苦笑いで『この地域のお面なら、年代は分かるけれど、他の地域のお面だと分からない』だから期待しないで、と断った。
「いいわ。とりあえず、来たら寄るから」
「はい。楽しみにしています。是非見せて下さい」
情報は望みに適うか分からないけれど、と付け加えた若い面師に、ミレイオは手を振って『有難う』のお礼と共にその店を後にした。
――が。ハッとして、ミレイオは数m先で振り向く。面師の彼は中へ入ろうとして、振り返った外国人に気がついて、表情で『どうしたのか』と少し笑顔を向けた。
「あのさ。あんた、一人で来ているの?お父さんとか奥さんとか」
「いえ。私は独身ですから。親はもう体が動かないので、この町には来ないです」
「じゃ、馬車で荷物持って、ってこと?魔物に遭わなかったの?どこ住んでるか知らないけれど、この辺、もう魔物居るわよ」
心配してくれているんだ、と分かった若い面師は、あ、と声を上げて笑顔を深くすると『大丈夫です』と朗らかに言う。
この答えは『来るまで・滞在している間、魔物を見ていない』だな、と分かったミレイオ。
そう言われても、今は大丈夫だろうけれど、とミレイオが気にした顔を見て、彼はちょっと、いたずらっぽい目を向けた。
「大丈夫。皆も、この町に来る人は、体さえ動けばどうにでもなりますから」
「ええ?だって。見たことある?普通に戦える大きさじゃないのもいるわよ。私、何度か倒しているけど」
「凄い!強そうですものね!」
「そこじゃないわよ。強いけど(※自覚)。あんたのことよ、この町の人も。居る人数は少なそうだけど・・・あんたもさっき、『魔物が出るから今年は早じまい』って」
「はい、そうなると思います。だけどまぁ。自分の体を守るくらいなら、どうにかなりますよ」
ならないんだって、とぼやくミレイオ。ドルドレンに頼んで、アオファの鱗貰ってくるか、と心配が始まる(※世話焼き)。一人『どうしよう~』と悩むオカマに、ニーファは笑った。
「すみません、心配してもらっているのに。有難うございます。でも本当に、自分だけなら」
「だって。あんた、見た所・・・そんな戦ったことないでしょ?」
中々信用しない、会ったばかりの外国人の心配具合に、ニーファも少し嬉しくなる。店の窓辺に、通りに向けて掛けてある仮面を一つ外して持ってくると、ミレイオにそれを見せた。
「なあに?見たわよ、さっき。あんたが作ったお面で」
「これ。何に見えますか?」
「はい?ええと・・・この説明だと、この顔は・・・何だ?あ、これよ。これ。シカじゃない?」
「そうです。ちょっと見ていて下さい」
ニーファはそう言うと、不思議そうな客の前で、首元に下ろしていた布を引き上げて、あっという間に頭と顔を覆う。そして面を被って、手慣れた早さによる固定を済ませ、見下ろしているミレイオを見上げた。
「素敵!付けて見せてくれると、すごく芸術的だわ!」
「有難うございます。少し離れますよ」
「え?」
本当に素敵だと思ったミレイオが褒めた後、すぐ。お礼を返したニーファは、トントンと後ろに跳ねて下がり、そのまま膝も曲げずに真上に向かって跳ぶ。
「うそ」
大した動きもないままに、ニーファの体はミレイオの背を越えるほどの高さに上がり、そのまま彼は屋根の上へ。
このくらいなら、自分もドルドレンたちも出来るが、普通の人間が出来るとは思えない。
ニーファは屋根の縁から見下ろし、また飛び降りると、ぴょんぴょん、着地と同時に跳ねては、人のいない通りで踊るように・・・遠くへ行ったり戻ったりを繰り返して見せる。
その動きは、ロゼールの運動神経の良さともまた異なり、人間には思えないほど自然だった。
ポカンとしているミレイオの半開きの口。20mほど向こうまで数秒で跳びはねたニーファは、あっさり戻ってくると、ミレイオの前に最後の着地をしてアハハと笑った。
それから彼は、面を結んでいた紐を解き、頭衣を下げてニッコリと笑顔を向ける。ミレイオも薄笑いで固まるが『素晴らしいわ』とだけは言えた。
「どこかで、そういう訓練とか。仕事とか、しているの」
「違います。仕事はこれなので」
うっかり質問してしまったが、ミレイオは言われて慌て『あ、ごめん』と謝った。でも感動するくらいの動きだから、つい口に出た、と言うと、ニーファは笑顔のまま面を壁に下げて『私じゃないんです』と答えた。
「何?」
「これは、面の力。誰もが、じゃないですけれど。観光客や他所の人が使っても、こうならないと思いますが、私たちは作るから。この面の文化と生きてきた代々があるから・・・かな」
「ちょっと待って頂戴。今の動きは、お面のおかげ、って言っているの?」
そうです、と答えたニーファは、その場でぐっと屈伸し、ぴょんと跳ねて見せた。それは先ほどと全く違い、普通・・・・・ いたって、普通の人の跳躍の範囲。
「普段なら、この程度ですよ。筋肉もほら」
そう言うと、段々、慣れて来たのか。ニーファは半袖の服をまくり上げて、二の腕の筋肉を見せる。それは男性にしてはか細く、ミレイオは感想が言えなかった(※屋内仕事の肉体と理解)。
「そう、って言って良いのかしら。悩むわ」
「でも分かるでしょう?私の体で、あの動きは難しいです。お腹も少し、最近は肉が付いて」
「良いのよ、見せなくて(※ノリが良くなる若者を止める)。そうか。そうなのね、分かった」
お腹も見せようと服を掴んだニーファに、『信じた』と伝え、ミレイオは笑いながらも『お面があるから大丈夫、と言ったのか』と確認。彼はニッコリして頷く。
「ミレイオが心配してくれるので、話しました。この話は特に秘密ではないし、今年も魔物のことさえなければ、お祭りで披露することだから、知っている人は知っています。でも、旅の人に話すと胡散臭がられたり、事故に繋がることもあるから」
事故とは穏便ではない。眉を寄せたミレイオに、『真似する人が』困ったように呟いて、これまで度々そうした話があることをニーファは教えてくれた。
「出来ないよ、って言うでしょ?それでも」
「聞かない人はいますから。過剰に信じ込むというか。私は生まれてないですが、昔は本格的な仮面の力を引き起こす儀式もあったことで、一部的には有名かも知れません。
儀式は、随分前になくなりました。理由は、面師以外でも、伝統文化の職人が減ったから、と聞いています。
儀式の内容を子供の頃に聞いたことがありますが、ちょっと怖い感じもしました・・・今は、お祭り止まりですけれど、お面の力は少なくとも、見た人の印象に残る神秘性があるし、それを見た他所の人の中には、誤解があります」
「誤解」
「はい。神と繋がるとか。私達は精霊も龍も妖精も、多くの助けの元に生きていますが、それを『何でも祈ると叶う』と思う人もいます。特に、この面の力を見ると、本気にするというか。
いえ、本当なのですが、私たち作っている面師も、これは先祖代々の入魂によるものと捉えているから」
「分かる。あんたの言うこと、分かるわ。私も盾職人なの。普通の盾じゃなくて、一つ一つ違うのを作るからさ。
でもニーファたちも勿論、信じてはいるのよね?精霊信仰、テイワグナは強いし」
そうです、と頷いたニーファは、午後の閑散とした通りを吹き抜ける、少し生暖かい風に、暫し黙って言葉を考える。
ミレイオは彼が答えるのを待ち、ニーファはミレイオの明るい金色の瞳を見上げた。
「信仰と。神頼みや神降ろし、神霊招請は違うって言うのかな。すみません、外国の人にこんなことまで」
「良いのよ、私も思うことだもの・・・あ、ごめん。私、仲間待たせてたんだわ!ヤバイ、帰らなきゃ」
ハッとしたミレイオ。
長居とおしゃべりのし過ぎにようやく気がついて、太陽の位置を見上げ『わ~!結構、経っちゃった!』と焦り出す。
「ごめんね、話の途中なのに。でも有難う。分かった、安心して良いのね?」
「はい。こちらこそ引き留めて。気を付けて戻って下さいね。ミレイオは強いだろうけれど」
話を切り上げ、出会ったばかりの二人の状態に巻き戻し、客と店の人の挨拶は簡素に済む。
ミレイオはニコッと笑い、サーッとあたりを見回すと『いいか。この町なら』と独り言。背中のベルトからお皿ちゃんを出し、飛び乗る。
ニーファは浮かんだ白い板に目を丸くする。『それは』と聞きかけて、板に乗ったミレイオが浮上するのを見上げた。
「明日かな。仲間と来るわ!魔物が来たら、戦わないで逃げてね」
大きな声で、笑顔の無事を降らせたミレイオは、わぁ!と、下で喜んだニーファに手を振って、お皿ちゃんと共に空へ消えた(※大急ぎ)。
お読み頂き有難うございます。




