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魔物資源活用機構  作者: Ichen
魔物騒動の一環
1380/2964

1380. 囚われ人の行く先・仮面の終着点

 

 夜が明ける頃。イーアンは戻った。


 腕に、グィードの皮に包んだバサンダを抱え、馬車のある森林へ向かう。少しずつ明ける空に、イーアンは涙が薄っすら浮かぶ。


 クロークにぴっちりと包んできたバサンダに、イーアンは何も言えなかった。



 少しずつ雲を抜けて、淡い朝日の始まりを受ける森林の木々を見つけ、2台の馬車を確認したイーアンは、小さな溜息をつくとゆっくりと降下する。そして、近づくにつれ、奇妙な物を見つけて目を凝らした。


「あれは・・・仮面」


 馬車から離れた、森林の地面が傾斜するところ。岩棚のようなものがあり、その岩の上と、周囲に幾つもの面が落ちているのを見る。


「何で?仮面が、どうしてここに」


 呟きは口の中だけで終わり、朝の空気に滲むことなく、イーアンは異様な光景に唾を飲む。馬車は近くにあるが、気になって、先に岩棚へ降りた。


 見渡す場所に。枝に引っかかっているものも、地面に落ちているものも、岩棚に当たったか、割れているものもある。仮面だらけのその場所は、朝の清々しい森林に似つかわしくない、恐ろしい出来事の『事後』を漂わせていた。



 バサンダを腕に抱えたまま、イーアンは足元に散らばる仮面にそれぞれ、視線を向けてゆっくりと歩く。足の踏み場がないほど・・・ではないにしても、ざっと見て、目が届く範囲20m四方に散らばる。数で言えば、100もないだろうが、それにしても、色の付いた古びた仮面は、間違いなくあの集落のものと分かった。


「あなたの・・・バサンダの仮面も。もしかしたら、ここにあるのか」


 呟きが落ち、胸が締め付けられる。『ごめんなさい。申し訳ない。仮面、もう要らないですね』イーアンは涙声でそこまで言うと、目を瞑って涙を堪える。



 少し歩いた先に、角がある仮面が裏返っているのを見つけ、近寄る。長い捻じれた角が二本。うねる毛が仮面の縁に付けられていて、そっとひっくり返すと、龍だと分かった。


「龍。あなた方の龍は。あなた方の信じた龍は」


 こみ上げる痛みと涙を我慢して、イーアンは眉をぎゅっと寄せるが、少し先に落ちているのは、角が4本あった。それを見て、涙が落ちた。


「ルガルバンダ。あなたの助けた人たち」


 殺すにも徹底しないと殺せない、時間の壊れた世界で、彼らはお互いを傷つけて真剣に空に訴えた。助けてくれた龍に感謝を捧げ、血を流して、本気で感謝していることを伝えていたのか。


 それは精霊にもそうだったのだ。仮面の中に、イーアンが見たことのない生き物もいる。明らかに、普通の生き物にはない特徴を備え、それは精霊の類ではないかと思った。


 一つ、木の枝から落ちた仮面には、イーアンは別の意味で戸惑った。


 ガタンと鈍い音を立てて、枝から落ち、木の幹にぶつかって、下へ転がった仮面は『これは・・・獅子?』上を向いた仮面をじっと見つめ、そっと指で仮面の顔をなぞる。

 獅子にしては、人間のようにも感じる顔つき。だが()()()()()と思う特徴は分かる。


「似てはいないけれど、印象はホーミットのよう。彼は知らないと言うかも。でも。もしかしたら彼もまた、どこかで」


 一体、どれほどの時が流れていたのか。

 ルガルバンダが助けた後、更に時間が過ぎた後に飛ばされたと聞いたが、ペリペガンほどではなくても、あの仮面の部族たちも、相当昔に、この地を去ったのだろうと思う。



 イーアンには、この亡骸にも似た、最後にここへ届いた()()()()()()―― 仮面 ――を、集めた方が良いのだろうか、それが分からなかった。



 それから少し、ぼんやりとその場に立ち尽くし、ふと、もう一度、先の仮面に視線を落とす。


「ホーミットに似た、このお面。これは、もしかして」


 腕の中の彼の持っていたお面では、と気がつく。彼は会話中、ずっと手に持っていて、最後に竜巻から逃れる時は、既に手にはなく、両手はしっかりと獅子の(たてがみ)にしがみついていた。


 どうしようとは思ったが。もう、自分の判断に自信もない今ではあっても、イーアンは『()なら』と囁いて、その面に手を伸ばした。拾い上げた面は重く、木製の面は分厚かった。


「このお面に守られていたのですね。守られていたのか・・・いや。もう考えるまい」



 勇敢なバサンダ。死ぬなら外で、と願った若者。閉ざされた人々に恨みよりも、一緒に出ようと、話した心。


 ふーっと溜息を吐き出すと、イーアンはもう一度、彼の体を抱え直して、彼の上に仮面を乗せる。そして馬車に戻るため、翼を広げて飛び立ったすぐ。


「イーアン。ここは」


 腕の中で、か細い声が震えて訊ねた。




 *****




「ねえ。彼、私よりは上だろうけど。そんな『おじいちゃん』って感じじゃないわよ」


 ミレイオが戻って来て、馬車の横に座るイーアンに教える。弱々しい女龍の涙目に、ミレイオはため息をついて横に座る。


「ちゃんと食べて。まだ残ってるわ」


 はい、と答え、イーアンは朝食の匙を口に運ぶ。事情は大体聞いたので、ミレイオもうまく言えないが、何かを言おうとすると泣きそうになるイーアンの頭を撫でる。


「自分を責めるのは分かるんだけどさ。これが現実なんだから、これ以上も以下もないのよ。

 イーアン。聞こえてる?こっち見なさい・・・バカね、泣くんじゃないわよ。あんたは善意で間違えただけよ。悪意でやったんじゃないんだから」


 う、うっ、と顔をくしゃくしゃにする女龍の手から皿をそっと取り、ミレイオは女龍の頭を抱えて撫でる。胸のうちで泣くイーアンの顔を見ようとしても、真下を向いて顔を上げない。


「ちょっと・・・ちょっと、角。角!痛い!こら、角!」


 苦笑いして、デカイ角を押しやり『角の先が当たるわ!』と注意するミレイオ。顔を崩し、涙まみれのイーアンが顔を上げて、その顔に人情味溢れるのを見るミレイオは、可哀相にも大切な感覚にも思い、困って笑う。


 両手でイーアンの顔を挟み、両親指でぐーっと目元から頬骨を押し、涙を拭ってやる。


「何て顔で泣くの!生きてたのよ、それで良いじゃないの!」


「だって」


「だってもへったくれもないわよ。生きていたの!彼は生きているのよ、それも、()()()()()()じゃないのよ。今は、急に年取ってぐったりしているけど、次の町まで世話すれば、少し元気になると思うわ」


「でも」


「会っておいで。顔見て、何度も謝ってんだから、もう謝んなくて良いの。『大丈夫?』って聞けば」


「無理~」


 うえ~ん、と泣いて、イーアンはミレイオに抱きついて頭をゴリゴリする。ミレイオは二本のデカい角を掴んで『角!』と注意しつつ、ぐっと押して顔を向かせ『顔見ておいで』ともう一度、言った。


 だけど、だって、をしゃくりあげるイーアンに、ミレイオも困る。ドルドレンは赤ん坊のオムツを替えているし、他の皆も出発準備中。

 目の合ったタンクラッドが近づいて来て、ミレイオに抱きついて泣こうとするイーアンと、抱きつかれて、どうも角が痛かった対処をしている友達を見て苦笑い。


「代ろうか」


「いいわよ。あんたじゃ、()()()だもの」


「何だ、その言い方は!角なら慣れてる!(?)」


 全く、と吐き捨てて、タンクラッドはミレイオが両手で掴んでいるイーアンの角を引っ手繰る(※イーアン、首がガクッてなる)。


「頭!今、首が!」


「大丈夫だ、イーアンは丈夫だから」


 角を両手に、親方は自分に引っ張り寄せると、泣いているイーアンの頭を腹に押し付けてナデナデ。呻くイーアン(※首、無理があった)に『そんなに泣くな』と優しく微笑む。ミレイオは据わった目で見ているが、大袈裟に溜息を吐いて『彼の様子見て来る』水あげなきゃ、と馬車の荷台へ行った。


「イーアン。泣くな。お前らしいじゃないか。仕方ないこともある。だが、彼は生きている」


「だけど」


「俺が思った通りだ。あの仮面の持ち主だぞ。ティヤー人の顔つきだし、年の取り方と、彼の最初の印象の年齢差は、まずまず予想通りだ。せいぜい30~40年程度だったんだ。まだ生きられる」


「でも」


「こっち見ろ。イーアン。ドルドレンの親父やジジイは死にそうにないだろ(※元気な比較対象)?あいつらくらいの年齢でも、全然、人生はやり直せる」


 うーん、と悩むイーアンの角を適度に押しやって、親方は抱えたイーアンの頭を撫でながら『荷台で意識が回復している』と教える。


「さっき、バイラも彼に話しかけていた。シャンガマックが、ティヤーの言葉を実際に喋って聞かせて、バイラは共通語で話しかけることにした。訛りは強いが、共通語でも分かる範囲だ。バイラの質問に答えられれば、彼も行き先が決まるだろう」


 何度上を向かせても、潜り込むように顔を下に向けてしまうイーアンに、タンクラッドも困って笑いながら『後悔は学ぶだけだ』そうだろ、と問いかけた。


 ちらと見た、濡れている鳶色の瞳に『お前も。誰かがお前の立場だったら、そう言う』親方は、イーアンがどう動くか分かっているので、問うように言い聞かせる。



「イーアン。お前たちが戻らないで3日経った。心配したが、ミレイオは『ホーミットがいる』とそれを頼りにしたんだ。

 ホーミットはいけ好かないにしても、実力はあるし、経験値も俺たちの中で抜きん出る。

 そのホーミットが、お前の動きを止めなかった。何が起こるか、彼は考えることもなく、想定していたはずだ。

 イーアンと同じように、人間の心を持った、彼の大切な()()も一緒で。お前と彼の胸中くらい、大雑把にでも分かっていたと思う。だが、彼はあの性格でも『余計なことをするな』とは言わなかったじゃないか」


「はい・・・・・ 」



「俺を見ろ、良いな。そうだ。目を見て話すぞ。彼は『人間なんか』って、そんな程度にしか思っていないだろうに。だが、お前の動きを見送ったんだ。彼の可愛がるバニザットだって、イーアンと同じ気持ちだったはずだが、その気持ちも聞いていると思う。それでも一笑に付さない。


 誤解するなよ。例え、それがお前の今後悔している『愚かな浅はかさ』だとしても、ホーミットは止めなかった。過ちも、過ち以外の何か・・・心の温度を含んでいる。それを彼も知っている。本当に大間違いな恐れがあれば、彼は止めただろう」



 親方の説明に、イーアンは少しずつ落ち着く。


 タンクラッドはその顔を見て、続けて言おうとしたことを、引っ込めた。

『どこかで、いつかは死ぬ』―― ホーミットはそう思っていただろうし、死に方にこだわるのは、()()()()


『本当に大間違い』の意味は、()()()()()()()()のが分かり切っている相手への対処ではなく、その場を混乱させたり、後に大きな被害を作りかねない行為に、大きな存在(彼ら)は視点を置いている気がする。


 でもこれを今、イーアンに言うのは止めた方が良いと思った。イーアンだって、冷静に考えたら分かっている。人一倍、こうしたことに理解が深いんだから。取り乱しただけだと思う。


 龍に頼みに来たバサンダ()は、例え、こうなったとしても、想像も覚悟もしていただろう。それも思う。

 女龍の背中を撫で、大きな角を撫で。親方は静かになった女龍に『俺だって、同じことをするかも』と呟いた。



「それが人間だ。お前は龍らしくなってきたが、それでも、生まれ・育ちで過ごした、人間の心は抜けきらない。情があるのは、余計かも知れないが、悪いことじゃない。

 大いなる存在からすれば、無意味で愚かな動きでも・・・かえって、望まない結果を引き起こすにしても。情ってのは、そういうもんだろ?」


 自分を見上げたイーアンにそう言うと、親方は優しく笑って『バサンダに会って来い』と荷台に顔を向けた。



 *****



 出発前、イーアンはバサンダに会いに行った。寝台馬車の、バイラが使っているベッドに寝かせられた彼は、入り口から見ると、こちらに枕を向けた頭しか見えない。


 イーアンと入れ替わりでバイラが出て行ったので、イーアンはそっと中へ入り、ザッカリアたちが来る前に、一言挨拶をしようと思った。

 彼は弱っているからだろうが、静かで、呼吸の音も聞こえない。近づくと、横顔が僅かに見えた。


 馬車について、クロークを取った時に見た顔より、彼の顔は老けていた。イーアンの前に進もうとした体が止まり、さっと顔を俯かせる。でも、彼をちゃんと見よう、と気を強くした。


 顔を上げると、バサンダはこっちを向いて、少し驚いたような顔をした。


「バサンダ。私は」


「イーアン、助けてくれて有難う」


 穏やかな笑顔で言われたお礼に、イーアンは胸が潰れそうになる。目を瞑って首を振り、『お礼を言われるような私ではない』と苦し気に答えると、バサンダの傾けた顔に、涙が一滴流れた。


「あなたが私を助けるため、一か八かで空へ連れて行ってくれたと聞きました。

 私は、空でのことは覚えていません。だけど、あなたと他の誰かの声は聞こえました。私はまだ、生きているんだ、と思った」


「でも」


 でも、と言って目に涙が浮かぶ。ぐっと堪えるイーアンに、バサンダは微笑む。


「私を()()()()か、死に際に()()()()()か。寿命の残りを気にしているんですね。

 大丈夫です。私は生きている。体を動かすと支障があるにしても、少しずつ、動けるようにならします。バイラさんという人が、私を保護する場所を探してくれるそうです」


「バサンダ、あなたのこれからの生活」


「生きていますから、きっと何かは出来ます。今だって、意識はちゃんとしているし、会話も。寝たきりじゃないと思う。水も飲めました。

 ミレイオという人が、食事もくれました。私は食べることも、飲み込むことも、美味しいと思うことも出来た」


 溢れる涙に、イーアンは急いで目を拭う。自分は酷いことをしたんだ、と思っているのに、彼は生きている喜びを語ってくれる。


「それと。聞きました。今、それを考えていたのですが。バイラさんは『次の町は、お面作りをしている町』と言っていました。次の町で話を聞けたら、私の仕事の可能性もあるかも」


 え?と聞き返したイーアンに、バサンダは一息置いてからニコッと笑った。


「私はティヤーのお面作りでした。若い職人だから、世界のお面を見に旅しました。テイワグナに来たのは、商隊に加えてもらったからです。私は隊の最後を馬で進んでいて、囚われた」


「そうだったのですか・・・バサンダは」


「はい。私の馬も荷も取られてしまったけれど、今もきっと作れます。あの集落の仮面も、作り方は知っているし」



 バサンダは少しの間、話し続けた。それは、これからの可能性を幾つも考えている話ばかり。


 イーアンは彼の話を聞きながら、馬車が出るまで―― 彼の皴の深い顔を見つめ、皴の寄った手をずっと撫でた。彼は何度もイーアンに『許してほしいと言わないで』と言ってくれた。

お読み頂き有難うございます。

ブックマークと評価を頂きました!有難うございます!今日、お礼に絵を描きました。

宜しかったら、どうぞ今日の活動報告にいらして下さい。

(↓ 2/28の活動報告URLです)


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1714731/blogkey/2748222/


今日。イーアンが見た、4本角の龍のマスク。絵に描いてありますのでご紹介します。



   挿絵(By みてみん)



他に、2本角の龍のマスク、精霊のマスクも絵にしています。

宜しかったら、画像をクリック頂くと、他の絵もこの絵の前に出していますから、ご覧いただけます。


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