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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
138/2943

138. 持ち込み準備完了

 

 午後の工房は寡黙。ダビとアティクは騎士業へ。

 イーアンは昼に取ってきた手袋5つを加工中。もう一つ別で、最近作っていた歯のついた手袋も完成に向けて同時進行。


 お昼はドルドレンと一緒だったが、彼はあまり元気がなくしょんぼりしていた。

 しょ気ている姿が可哀相で、午後に暇な時間があったら工房に来て、とイーアンはお願いした。ドルドレンは『お茶でも淹れるよ』と地味な返答をしていた。



 午後3時頃、アティクが来て『毛皮を屋内に移したほうが良い』と言われ、風に晒していた燻した毛皮を取り込んだ。一枚アティクに渡そうとすると、明日取りに来る、ということでそのまま任務に戻った。


 イーアンはその後も作業を続け、歯のついた手袋は完成させた。5つの手袋も、それほど時間はかからないので、比較的流れ作業の状態で考えなくても出来た。大事なことは記録を付けながら工程を進めることだった。


 全部上がるまでに5時までかからない。そう判断し、この手袋を持ち込むならどこだろう・・・と考える。ロゼールに試着してもらって、試行してみる必要もある。

 早く作っちゃおう、とイーアンは頑張った。本当にダビの部品加工は大した腕だ、と感心しながら、自分では出来ない分野を担当してくれる力強い存在に感謝した。



 ドルドレンは来ないので、とりあえずお茶を自分用に一人分淹れた。


 3時半を目途に休憩して、お茶を飲んで手袋の出来を見ていると、窓を誰かがトントンと叩いた。窓を見ると、騎士の人が立っている。


 誰かな・・・・・と思いつつ、窓越しに何となく、その顔を知っている気がして近づき、窓を開けた。背の高いその騎士は、部屋の中のイーアンと差がほとんどない。端正な顔立ちで、微笑んでいる。


「あの・・・・・」


 イーアンが、誰かな、と思って名前が出てこないので、何も言わない騎士に声をかけた。騎士はイーアンを見ながらフフ、と笑っているだけ。その笑い方。茶色い髪の毛を結んだ姿。オレンジ色の瞳。



「あ。ハルテッド・・・」


 ニッコリ笑う騎士。そっと腕を伸ばして、イーアンの頬に手を当てた。『当たり』と一層笑みを深める。


「喋ってくれたら、すぐ分かったのに」


 イーアンが笑い出した。全然分からなかった、と恥ずかしそうに肩をすくめて言う。ハルテッドは優しい微笑でイーアンの頬を撫でながら『結構違う?』と訊いた。頬を撫でられてても気にしないイーアンは頷く。


「雰囲気が変わるから気がつけませんでした。今は休憩ですか?」


 イーアンは、お茶を飲まないか、と工房へ誘った。ハルテッドは頷いて『お邪魔します』と窓枠をひょいと飛び越えた。真横に立つハルテッドは、本当に同じ人かと思うくらい、イーアンには違って見えた。


 お茶を淹れて、ハルテッドに腰かけるよう椅子を勧める。


「休憩時間なの?」


 イーアンの机の上を見て、ハルテッドが尋ねる。『決まった時間はなくて。ちょっと目処がついたので丁度休憩でした』イーアンは微笑んだ。


「ごめんなさい。お菓子でも作って置けば良かった。ハルテッドは演習だったでしょうからお腹が」


 イーアンがおやつもないことを謝ると、ハルテッドが机越しに腕を伸ばして、イーアンの唇に手を当てて黙らせた。


「全然大丈夫。お菓子は要らないよ」


 その言い方が男の人のままで、イーアンは少し驚いた。オレンジ色の瞳は優しそうに輝いている。イーアンはじっとその瞳を見つめた。


「ハルテッド。その瞳の色は綺麗ですね」


 イーアンはオレンジ色の瞳が存在するとは思っていなかった。お兄さんのベルも同じ色だったな、と思い出した。ハルテッドの目が少し見開かれて、彼はちょっと下を向いた。どうしたかな、とイーアンが思った時。



「イーアンは。・・・・・()が男でも平気なの」


 ハルテッドが男のハルテッドとして質問した。イーアンはその質問の奥が分からないので、言葉通りに捉えて『なぜ男の人だと平気じゃないかも、と思いましたか』と逆に訊いてみた。


 ハルテッドはそんな答えをもらうと思っていなくて、『え』と答えに詰まった。



「だって。男なんだよ。イーアンと会った時は女で」


「ええ。そうです。でもそれはハルテッドです。あなたはあなたでしょう。なぜ姿形が違うと、私が平気ではない、と思えましたか」



 イーアンの問いかけに、ハルテッドは視線を彷徨わせた。ちょっと額を掻いて、『わからない』と呟いた。イーアンが少し怒っているような気がした。そんなつもりはなかった。『俺。まだ、あなたを知らないから』と言い訳じみた言い方をした。



 ハルテッドの小さな声に、イーアンは反応しなかった。その代わりに、目の前のハルテッドの姿を静かに見つめていた。しばらくして、イーアンは小さな溜息をついた。



「ハルテッド。私もあなたを知りません。まだお会いして一週間も経たないもの。でもあなたがどんな方でも、私はあなたが自由でいて良いと思いますよ。そんな自由な、風のようなあなたが好きです」


 そう言うとイーアンは、ゆっくり微笑んでハルテッドに『ね』と頷いて見せた。



 ハルテッドはぼんやりとイーアンを見つめる。自分がどっちでも関係なく、そのものが好きです、と言ってくれる人。微笑むイーアンに、笑顔を返せないで黙る自分がいる。


「イーアン。もしこのまま、俺が男の格好でも」


「それ以上言ったら、ここを一度出て頂きます。他人の反応でご自身を疑わないで下さい。ハルテッド」


 イーアンは諭すように遮った。ハルテッドは眉根を寄せて困惑した表情で、イーアンを見た。困った様子のイーアンが立ち上がり、ハルテッドの横に行って、その手を握る。


「なぜ気にしたのです。笑顔でいたずらっ子みたいに振舞う。勇敢で思い遣りがあって、人一倍気を遣う。その何が悪いのですか。ほんの少ししかあなたを知らない私でさえ、あなたが自由で楽しそうで好きだと言うのに、なぜご自身がそれを疑いますか」


 目を覗き込んで微笑んだイーアンに、ハルテッドの呼吸が大きくなった。握られた手が温かい。


「『俺』で良いでしょう?『私』でも良いのです。ハルテッドはハルテッドで、それが魅力です」


 心の中に、心のど真ん中に、イーアンの言葉が泉のように吹き上がる。ハルテッドは自分の気持ちが言葉に出来なかった。それはただ、温かくて満たされていて、感じたことのない嬉しさだった。


 ハルテッドは下唇を舐め、自分が乾いていると理解した。もらったお茶を一飲みして立ち上がり、握られた手をゆっくり握り返す。


 もう片手でイーアンの背中に手を回し、怖がられないようにそっと自分の体に寄せた。イーアンはちょっと驚いたようだったが、素直に寄りかかった。


「ありがとう」


「いいえ。何もしていません」


 ハルテッドはちょっとだけ微笑んで、体を離し、『参るな』と囁いた。そして見上げるイーアンに『また会いに来て良い?』と訊いた。素のままの声で、言い方で。


「はい。あんまり抜け出すとクローハルさんに怒られるから、気をつけて」


 イーアンは笑った。ハルテッドも笑って『大丈夫。上手くやるから』とイーアンの頬に軽くキスをした。

 イーアンが驚いて目を丸くすると、ハルテッドは少し寂しそうに笑って『ドルの彼女だからここまでだ』と言って、窓を出た。一回だけ振り返って、ニコッと笑うと裏庭へ歩いて行った。



 窓を閉めて、作業を続ける。ハルテッドの最後の反応は何となくフォラヴの時を思い出した。

 フォラヴもハルテッドも、心から愛してくれて理解してくれる女性と結ばれると良いな、と思った。


 誰かに理解してもらいたい気持ちが、皆誰にでもある。時々、運命の人ではない相手でも、それを言ってくれる人や受け入れてくれる人に人生で出会うことがある。その人を好きになるのは間違いではないかもしれないけれど、もっと長く一緒にいられる人で、理解してくれる人がその先に待っていることもある。



 手袋を5つ全て作り終えて、イーアンは今日の作業を終えた。時間はまだ早く、5時前だった。


 茶器を片付けていると、扉がノックされて『ドルドレンだ』と聞こえた。すぐに扉を開けると、疲れた表情のドルドレンが立っていた。


「お茶を飲みますか」


 イーアンが訊くと、ドルドレンは首を振って『いや。もしイーアンが良ければ寝室へ行こう』と答えた。


 こんな早い時間に寝室?と思ったが、何かあるのだろう、とイーアンは了解した。一応、暖炉の火を消して、燻したばかりの赤い毛皮を一枚持ち、一緒に寝室へ向かった。


 ドルドレンが口数少なくて心配だったが、無理に喋らないでいることにした。



 寝室へ着くと、ドルドレンが扉を開けてイーアンを中へ入れた。『まぁ』イーアンが驚く。


「寒いと言っていたから」


 ドルドレンはイーアンを抱き寄せて微笑んだ。ベッドにふんわりした厚い布団がかかっていた。黒髪の美丈夫を見上げて、イーアンは抱きついた。


「ドルドレン、ありがとう。優しいドルドレン」


 ドルドレンは満足げにイーアンを両手でしっかり抱き締める。『気に入った?』と訊くと、イーアンは満面の笑みで頷いた。扉にそっと鍵をかけて、ドルドレンはイーアンをベッドに座らせた。



「とても柔らかいです。それに触っただけでこんなに暖かいなんて」


「買ってきた。ちょっと疲れたな」


 どこへ?とイーアンが驚いて訊くと、一番近くの町の家財店だ、と言う。ここから1時間半くらいだ、と。両手を口に当ててイーアンがビックリしていると、ドルドレンは笑った。


「俺の奥さんが寒がっているんだ。温めないと。魔物の毛皮ではなく」


 イーアンは赤い毛皮をちょっと申し訳なく後ろに回し、『ごめんなさい』と謝った。ドルドレンがイーアンの額にキスをして、何も言わずにそのままベッドへ倒した。


「今日。これなら裸でも平気?」


「平気です」


 イーアンが少し笑って答えると、ドルドレンの灰色の瞳がきらっと光って『遠出した甲斐があった』とイーアンにキスをした。


「お風呂入ってからですよ」


 一応それだけは、と上に被さる黒髪の騎士に忠告する。『分かってる。分かってるけどちょっとだけ』とドルドレンはイーアンとベッドで抱き合った。



お読み頂き有難うございます。

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