1375. 囚われ人の願い ~突入
イーアンが一人突っ込んだのを見て、すぐさま獅子に変わったヨーマイテスに、シャンガマックが飛び乗る。
「ミレイオ!下に離れておけ」
女龍に続いて、竜巻に向かい駆け抜ける獅子は、吼え声ともつかぬ声で、馬車にいるミレイオに命じると、シャンガマックはそれを合図に結界を張る。
「遮断する。後はイーアンだ。イーアンを中に入れなければ」
金色の結界に包まれた騎士と獅子は、あっという間に時の竜巻の中に吸い込まれ、その姿を消した。
「バイラ、ドルドレン、こっちよ!」
寝台馬車の御者を引き受けていたミレイオが大声で呼び、引き返す馬車と黒馬は、竜巻と逆方向へ走り出す。
名指しで『離れろ』と命じられたミレイオだって、どこまで行けば無事なのか。そんなことは分からないが、大急ぎで、林道を戻るように、馬車を引き返して逃げるのみ。
「追いつかれる」
馬車より早く走るバイラの馬が、ミレイオに並んで焦る。ミレイオもちらと彼を見て『分かってる』とだけ答える。
どうにも出来ない状態で、全身の皮膚を凍り付かせるような竜巻の存在に焦る。だが、親父が『下に離れろ』と言った理由にハッと気がつく。
「え、でも」
まさか、と横のバイラを見て、振り向いても見えない荷台の面々、そして後ろの馬車の仲間をざっと頭に並べ『そうよ』その一言を呟いたすぐ、ミレイオはバイラに頼んだ。
「影よ、影のある所!まとまった影に入るわよ」
「影!ええ、ええ?えええ!」
ドルドレンたちに伝えて!と怒鳴られ、バイラは何だか分からないなりに頷くと、急いで後ろの馬車に走って伝える。ドルドレンはさっと表情が変わり、今度は総長がバイラに『タンクラッドを呼んでくれ』と頼んだ。
全く頭が追い付かないバイラ。とにかく従う。森林の木々を飲み込みながら迫る巨大な灰色の渦を、何度もちらちら見ながらも、荷台の親方に御者台へ行くよう言うと、タンクラッドは赤ちゃんをオーリンに預けて立ち上がった。
「俺は平気か?」
「呼応するなよ」
この大急ぎの事態で冷静なやり取りを交わした二人。バイラの伝言で、親方は剣を背負い、即、走る馬車の屋根に飛び移る。
屋根から御者台へ移動し、自分を呼んだドルドレンに『代わるか』と叫ぶ。もう、声さえ、竜巻の接近による轟音で消えかける今。
さっと、上を見た総長は頷いて、御者台へ飛び降りた親方に手綱を持たせると、何も言わずに、ふっと跳んだ。
「おお。さすが」
跳んだドルドレンは、親方よりも速く、距離長く跳び、走る馬から、横の木の枝、枝から幹を蹴って次の枝、そして前の馬車の屋根に移り、そのまま御者台へ跳び続けて入った。
「この風圧、引きずり込まれそうな風の中で。あんなの見ると、さすが総長だと思うな」
誰にも聞こえない、掻き消される声で笑うタンクラッド。見事な跳躍だと、事態に似合わない笑顔で褒めた。
ミレイオの横にどんっと下り立った総長は、焦る顔を向けるミレイオの手から手綱を受け取る。
「先へ!飛んでくれ。馬車は導かれたそこへ」
「有難う、気を付けるのよ!すぐ呼ぶからね!」
何の理由も話すことなく、お互いの考えが通じている様子で、ミレイオはお皿ちゃんを掴むと、馬車をドルドレンに任せて、びゅっと飛び出した。
横に並び、走る馬の背からバイラが『ミレイオはどこへ』と叫ぶ。手綱を捌くドルドレンは彼に『地下だ!』サブパメントゥへ行く!と大声で答えた。
「サ。サブパメントゥ!?私たちが?」
「馬車ごとだ!ミレイオが導く。そこへ突っ込むぞ」
「待って下さい、無事じゃ済まないかも」
「済まない場所に行くと思うか?俺たちは誰もが、恐らくどの種族の世界も動けるのだ」
あ!と気がつくバイラ。黒髪の騎士は前を見つめながら『間一髪』と続けた。
「バイラ!ミレイオを見て突っ込め!躊躇うな」
間一髪、の言葉の先に、叫んだ総長の顔が向いた方を見たバイラは、次の瞬間、前方から少し外れた斜め先で、ミレイオが腕を振って招く、黒い洞穴に覚悟する。
「はい!総長も気を付けて!」
ぐっと顎を引き、『行くぞ』と馬に拍車をかけると、真ん前で口を開ける岩棚下の洞窟へ、バイラは馬ごと飛び込んだ。
バイラに続いて、ドルドレンの馬車も速度を上げて洞窟へ走り抜け、続くタンクラッドの馬車が洞窟入り口に来た時、ミレイオは御者台に飛び乗る。
「サブパメントゥにようこそ」
「二度目だよ」
友達と一言交わしたお互い、真っ暗闇の世界へ、馬車は洞窟越しに滑り込んだ。
*****
一方、誰より真っ先に、竜巻へ入った女龍イーアン。砂塵に似た竜巻を作る粒に、それが『時間』であると気がついて驚きながらも、龍気全開で挑む。
真っ白い光の塊と化し、龍気に守られながら、ぐんぐん進む竜巻の壁。
「分厚い。どれくらい進むのかしら」
龍気の外がどんな環境か、出来るだけ考えたくないところ。
どんな時でも、ちょっとは冗談ぽい部分があるのが、イーアン持ち前の性質なので、この竜巻が時間の何やらだとすれば・・・の想像から『龍気の外に出たら、一気に老けるかも』と笑えない恐れも過る。
「嫌ですよ。絶対イヤ。ホーミットの話だと、結構前に消えた人々のようだし、親方の昨日の推測だって、軽く見積もって50年。最低50年分の時間がここに・・・・・ 」
そこまで考えると、良からぬ未来しか思えなくなる。早くここ出たい~、と必死に飛ぶ女龍(※これでも本気)。
イーアンの想像する構図は、竜巻の壁の向こう側に、人が生活している場所が地域ごとあるような。
だとすれば、夜明けに現れたバサンダはどうやって来たのか。その前に、ミレイオと赤ちゃんを連れ去った一瞬は、こんな大それた形ではなかった話も、不思議で一杯。
「不思議だけど、全体的に不思議尽くし。ここで私が悩んで、意味もない。
どこなのか、どう行けば。でも待てよ・・・竜巻が発生して、馬車ごと目掛けている感じだったわけだから。『迎えに来た』ってことですよ。馬車と皆さんをどうする気かは、別として」
そうであるなら、とイーアンは龍気を広げる。龍の存在が分かれば『飲み込んだ』と気がつくのでは。
あまり使いたくはないが、この竜巻を抜けるまで。そう決めて、どれくらいここを飛んでいるのかも、気にしつつ、イーアンが龍気の範囲を360度に広げたすぐ。
「見えた」
進行方向の粒子が千切れ、少しずつ切れ切れに散り始め、それらは薄れて透けるように向かう風景を見せ始める。
あれか、と呟き、緊張をごくっと飲み込む。イーアンは龍気を少し抑えて、視界に入り始めた風景へ向かった。
霧が晴れるように、の表現は違う、その場所。イーアンが近づいて思い出したのは、昔、以前の世界の美術館で見たシュールレアリスムの絵画。
見えて来たのは山野と小川、左右に森林、手前には少し開墾されたと思われる、形の整わない畑。そして、畑の先に林を挟んで、煙の上がる人里。
「意外と広い・・・ですが。何でこう、落ち着かないのか」
目がおかしくなったのかと思うほど、その風景は一定しない。最初に見た風景は、イーアンの瞬きを待たずに、左端が千切れるように消えた。え?と思ってそちらを見ると、別の風景がはまり込んでいる。
驚いた女龍は、その後にまた同じような変化を右側に見て、上、下、と繰り返す様子に、不安定な時間の意味を考え始める。
「これは・・・ペリペガンでも厄介だったのに。面倒そうですねぇ」
自分を囲む竜巻の壁も終わりに近づく。イーアンはどうしたものかと戸惑いながら、少しずつ高度を下げ、千切れるように変わる、まるでルービックキューブのような奇妙な世界に入った。
「私がいるところが『カクっ』と変わったら。それって。どうなるの?」
自分の体半分、『カクっ』と消えるのかとか思うと、女龍は嫌そうに眉を寄せる。おっかないので、自分を守る龍気頼み。龍気は、むんむんに濃度を上げるつもりで出しておく(※つもり)。
「濃厚龍気だから大丈夫!と言うものでもないでしょうが・・・でも、そうですよ。
龍に助けてもらうとは言っていたようだけれど、龍がどうなるのかは、聞いていません」
うへ~、と嫌な声を出すイーアン。うっかりしてしまった。
今になって後悔しても、後の祭りだが、入り込んだ後に、ここをもしかすると、消してしまう羽目になるとして。消した後、自分はどこへ行くのか・・・までは考えていなかった。
「うわ~。『龍の愛・実行』にだけ、思考がのめり込んでいました。どうしよう~」
「イーアン!」
女龍が本気で頭を抱えて、後悔まっしぐらのそこで、下から名前を呼ばれる。ハッとして下を見て『シャンガマック』と叫ぶと、暗い顔に安堵が浮かんだ。
彼の姿は朧気にしか見えないが、金色の崇高な光がシャンガマックと分かる。
イーアンは喜んですぐに結界へ飛び、やけに大きめな金色の結界の真上で『シャンガマック!』ともう一度呼びかけた。結界はすぐに一部がすうっと薄れ、笑顔の褐色の騎士が見上げる。
「入れるか?入ってくれ」
「はい!」
断られても入りますとも!イーアンは助かったとばかり、いそいそ、龍気を縮めて翼も畳んで、すぽっと結界に入った。尻尾を消していなかったから、金色の光の中に入ってすぐ、ひゅるんと引き寄せたら。
「おい!気を付けろ!当たったぞ」
「ぐはっ」
長い尻尾は、騎士の跨るデカい獅子の顔にバチンと当たって、不愉快な顔を向けられ叱られた。
「ホーミット。そうでした、いたんだった」
「ちっ。勝手に飛び込みやがって。ここから出たかったら、言うこと聞けよ」
「くそぅ。仕方ない」
睨み合う両者に困りながらも、シャンガマックは父の鬣を撫でて落ち着かせつつ、父から目を離さない女龍に『結界で移動する』と教えた。
「よし。進む。バニザットの結界から出る時は、俺が指示を出す・・・ほら見ろ、早速来たぞ」
女龍から目を逸らした獅子は、命じながら歩き、前方に動いた影を見据える。
結界はこの時、既に竜巻の粒子を後にしており、捻じれた時の空間に入り込んだ3人の前に、ちらほらと頭の大きな影が姿を見せ始めた。
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