1372. 旅の百四日目 ~夜明けの相談・男龍の思い出話
『イーアン。起きる。する。イーアン。起きる。した?』
『うぬ。う・・・コルステインですか・・・む』
『イーアン。来る。外。する。明るい。まだ。まだだから』
『うー・・・む。はい。お待ちを』
目覚め良いイーアンだから、良いようなものの(※一度で起きる相手は貴重)。
頭の中に呼びかけられて、すぐに反応するイーアンは、もぞもぞっと布団を上げて、目も開けないまま、うーんうーん言いつつも、伴侶にお布団をかけて、目を閉じた状態で体を起こし、手探りで衣服を引っ張る。
それから細目で周囲の明度確認。まだまだ暗い・・・そうですね(※暗くなきゃ呼ばない人が相手)と苦笑いして、お呼びの掛かったコルステインの元へ、クロークを羽織ってヨロヨロと移動。
馬車の扉をそっと開けて出ると、暗い夜明け前の森林に、まだ月明かりが見えた。何時なのか、見当も付かないが、月は西へ向かう傾きの位置にあるから、そろそろ夜が明けるんだろうと、ぼんやり思う。
それから、いつも親方とコルステインが寝ている、馬車の間を覗いたが、コルステインはいない。
親方だけが寝ているので、あれ?と思って、馬車の周囲を歩いて見ると、少し離れた所に、大きな翼を持つ人の影。と。
「うへ。ホーミット」
「最初の挨拶くらい、マトモに言えよ(←息子の影響大)」
コルステインの横に、無駄にデカイ(※とイーアンは思う)獅子がどーんといて、こっちを見て舌打ちした。イーアンも舌打ちを返し『挨拶出来る仲じゃねぇ』とぼやいた(素)。
角が光る龍が出て来たので、コルステインは自分の頭を手で指差して『角。隠す。出来る?』と訊ねる。
ハッとしたイーアンは、クロークのフードをすぐに被って、ニッコリ(※コルステインは好き)。
『はい。もう大丈夫。大丈夫ですか?そちらへ行っても宜しい?』
『来る。する。ここ』
『あんま、近寄るなよ』
お前にゃ近づかねぇよ! ムカッと来てそう言うと、ぶすっとした顔の獅子にくさくさしたイーアンは、呼ばれたコルステイン側へ歩いて、コルステインの横で見上げた。
『どうしましたか。何かありましたか』
うん、と頷いたコルステインは、真下を指差す。黒い大きな鳥の足元、イーアンは、その場所に何もないと思ったのも束の間、うっ、と声を絞る。
『これは?何ですか。ここだけおかしい』
『だから、呼んだんだ。こうなった経緯がある。話してやろう、お前宛だ』
『私宛。龍?』
『そうらしいな。面倒臭い相手だぞ。お前もどう思うやら』
サブパメントゥの二人は、どうもその話を承知済みの様子。イーアンは、コルステインの足元の、歪んだ地面を見つめ『何があったの』小さな声で呟いた。
話を聞き終わった後。イーアンは考え込む。すぐに返事が出てこなくて、どうしたものかと眉を寄せたまま、空の色の移り変わりを気にする。
『動くなら昼かも知れない、とあなたは相手に伝えているのですね』
相手と話した獅子に確認すると、獅子は『巻き込まれるのが、一ヶ所・お前だけとは限らんだろ』と言う。イーアンも頷いて『有難うございます』短めにお礼(※一応)。
『その人は。バサンダ。彼は、自分だけでも出たいと・・・囚われの身なのですね』
『丸ごと信用すりゃな。そう言ってたから、そうなんだろ。ただ、まぁ。嘘って感じもしなかったな。な』
『嘘。違う。本当。バサンダ。イヤ。助けて。言う。逃げる。したい』
獅子に同意を求められたコルステインも、同じように相手が本当のことを言っていた、と教える。サブパメントゥは相手の心の中の動きを知るから、それは疑うこともない。イーアンは了解する。
『今すぐ動くこともないだろうな。相手はいなくなっちまったし、お前に用なら昼、ってことにしてある。ドルドレンたちと移動するにしても、今日何かがあると思って動け』
『はい。有難う。私はでも・・・助けたいと思うけれど。複雑ですね。彼はもしかすると、助け出した直後に死んでしまうかも』
参ったな、と呟きながら、フードの頭を掻く女龍に、コルステインはちょんちょんと鉤爪で突いて、見上げる目に頷く。
『大丈夫。死ぬ。する。バサンダ。それ。大丈夫。今。イヤ。分かる?』
『コルステイン・・・ええ。分かります。そうですね。彼は死ぬとしても、それを選ぶのでしょうね』
そう、と青い目で見つめるコルステインは、女龍の顔に微笑むと、空を見上げて『帰る』と言った。気がつけば空は白み始め、イーアンはハッとし、お礼を言ってコルステインに挨拶する。
『イーアン。タンクラッド。話す。する』
タンクラッドに伝えておいて、と頼まれたので、イーアンは了解し、コルステインは霧に体を変えると夜明けの空中に消えた。
「俺もウシ(※乗り物)に戻る。どうせ、食事の時間に話し合うことになるんだ。その時に決めろ」
コルステインの帰った後、獅子もそう言って、そのまま仔牛へ歩いて行った。彼が仔牛に乗り込む(※横から見ると奇妙)のを見届け、イーアンは地面の歪みをもう一度見た。
最初に見た時から1時間も経っていないが、歪みはずっと小さく縮んでいる。何かあっても嫌だからと、イーアンは尻尾を出して、鱗を5~6枚取ると、歪みを囲むように白い鱗を並べた。
「時空の歪みか。何ともまた、ペリペガンの対でしたとは」
数奇な運命を聞かされて、イーアンは自分に何が出来るだろうと、少し辛い気持ちで俯く。
とりあえず、ホーミットが最後に言ったように、朝食の時間には皆の知る所になる。その時に、皆の心の準備や、今日の行動への注意も話し合う。
「次から次ですね。魔物退治もあれば、魔族退治もあって。
ハイザンジェルの時より、テイワグナが広いからか、毎日毎日ではないけれど・・・連絡網も、簡素な国だけに、聞こえてくる情報も遅いし、魔物は『今もどこかに出ている』と分かっているにしても。
合間には、こうした奇妙な出来事が入ること。これもまた、魔物騒動の一環なのでしょうね」
赤ちゃんが登場したのも、龍が動き出したから――
ふーっと溜息をついて、龍が動く、その意味と。また、龍が動くという意味自体が、世界の変化の時機であることを、イーアンはひしひしと感じた。
それから。イーアン、ふと思う。すっと、目を空に向けると『ルガルバンダ』男龍の名を呟き、数秒、考えた後、6翼と尻尾を出して、女龍は空へ飛んだ。
*****
イーアンはイヌァエル・テレンへ。朝食の時間までに戻るつもりで、一直線に目指すはルガルバンダの家。
「おじいちゃんに見つかったら、すぐには帰れませんよ。『あとで来ますからね』とでも言った日には、『いつだ、今日か』と詰められます(※おじいちゃんはせっかち)。無理よ、今日は来れませんっ(※本末転倒)!」
ムリムリ、と首を振りながら、今日のために情報取りに来たのだと、脳内でビルガメスに説得シミュレーション(※現実では負ける率高い)。
そうこうしながら、イヌァエル・テレンに入ったら最後(?)バレている自分の龍気には開き直って、イーアンは、ぎゅーんとルガルバンダ邸へ飛んだ。
「お。イーアン。俺の家の方向だと思えば」
柔らかな波を打って、縦に大きなカールする髪を、自慢そうにかき上げるルガルバンダ(※自分の髪の毛好き)。向かってくる女龍の龍気が、どこへ行くのかと思いきや、我が家へ来ると知り、フフンと笑う。
神殿のような柱に寄りかかって、やって来る客を待っていると、きらーんと明け方の空に白い星。白い長い尻尾をゆったり振ったところで、滑空する女龍があっという間に降り立った。
「おはようございます」
「おはよう。どうした。中に入れ」
すみませんねぇ、とおばちゃんイーアンは恐縮して、おうちに通されがてら、夜明けに来た理由をすぐに教える。ルガルバンダは金色の瞳を丸くして『過去』と一言、訊ねる。
「そうです。かなり前の話だと思うのですが」
長椅子に座るよう勧め、女龍が腰掛けた横に、自分も腰を下ろしたルガルバンダは、何も言わずに女龍の尻尾をぐるーっと引き寄せると、腕にぐるぐる巻きつけつつ(※無許可)上に視線を向けて『ふむ』と呟く。
白い長い尻尾を、大きな太い腕に巻いてナデナデする様子が、あまりに自由なので、イーアンもケチ付けるわけに行かず(・・・)『私の尻尾』と思うものの、消さずにいてあげる。
フサフサの白い尻尾を撫でる手は10秒くらい続き、それからピタリと止まると、見上げたイーアンに男龍は頷いた。
「思い出した。あれだ。ズィーリーがまだ、好きに龍に身を変えられなかった時だ」
「ズィーリーの代わりに、と言う意味でしょうか」
「そうだ。彼女が龍に変われるようになったのは、旅も随分経った頃。あのバカな勇者のせいで(※憎しみ復活)心を痛めていたんだ。ズィーリーが龍に変われないから、俺が代わりに動いた」
「あら。素敵なことしますねぇ。さすが男龍」
「褒めても何も出ないぞ。だがズィーリーの龍気も使ったから、そう長い時間じゃない。魔物を倒しただけだが、きっとその話だろう」
ちなみに、ルガルバンダ曰く『手伝った』のは、それ一度ではないような話。
「よくそんなこと、覚えている奴がいるな。人間は死んでるだろうに」
「龍の女、と呼ばれること。私は現在、行く先々で、とても多いのですが。その地域だけは『男の龍』を気にしていたのです。聞けば、ずっと崇めているようでした。あなたが助けたから、彼らは子々孫々に伝えているのですね」
「俺だと分かったのも」
ルガルバンダくらいしか、当時のズィーリーの旅に手伝った男龍はいないのだが、それでも限定したのは『4本角』と聞いているからだった。それも話すと、ルガルバンダは可笑しそうに自分の角を撫でた。
「角で覚えていたか。俺の顔など知らないだろう」
「そうですね。でも、分かりました。ルガルバンダが倒してくれたなら、それは言い伝えにも残るでしょう」
どうやって、魔物を倒したのかを教えてくれたが、ルガルバンダの能力―― 時を動く ――それが活かされた攻撃と、イーアンは知った。
ルガルバンダは、男龍の姿で魔物退治を行い『魔物の群れから時を奪った』と話した。想像しにくい攻撃だが、本人曰く『あまり攻撃向きじゃない』らしいので、多発しないとか。
そう言えば、前もビルガメスが『ルガルバンダも強いには強いが、攻撃向きじゃない』と話していたのを思い出す。とは言え、男龍がまともにその力を振るえば、多くの存在に影響するくらいの力は出す。
ルガルバンダによって助けられた、かつての集落の人々は、摩訶不思議な力に守られて、それを祀り崇め、自分たちの存在もまた、大きな運命によって生かされたと、信じたのかも知れない。
意外な能力の持ち主に、これまであまり追求しなかっただけ、イーアンはポカンとするが、当時のことを話してくれたので、丁寧にお礼を言った。
「イーアン。それを聞いてどうなる?お前たちに今、何が起こっている。急いで来た理由が、俺の昔話と何が関連している」
好奇心の塊のような男龍。話が長引くのはいつもだし、話が二転三転も毎度のこと。
あのですね、とイーアンはざっくり『ペリペガン集落』から始まって、『赤ちゃんの引き受け』、そしてつい先頃に『サブパメントゥから聞いた話』を伝えた。
ルガルバンダは、女龍の尻尾を撫でながら、相槌を打ち『なるほど』と大して驚きもせずに頷く。
「つまり、お前は」
「はい。どこまでが龍の愛なのか。『手伝ったことで助けた、あなた』に訊ねようと思いました」
「そうだな。『手伝うことで助ける』今回は、お前の仕事だ」
ルガルバンダは、小さな溜息をついた女龍の頭を撫で『俺に話して良かった』と囁く。その声は、少し同情的で、遥か昔に愛したズィーリーにも伝えたであろう、優しい声だった。
お読み頂き有難うございます。




