1369. 気配の推測
薄曇りの朝の道に出発した、旅の馬車。今日は、荷馬車の御者にドルドレンが復活。
タンクラッドは寝台馬車の御者。フォラヴとザッカリアは寝台馬車で、荷馬車の後ろはミレイオ、オーリン、イーアン。
荷台では、イーアンとミレイオが絵を描き、オーリンはシュンディーンのベッドを作る。絵を描き始めて間もなく、ハッとしたイーアンは、合点が行ったように顔を上げた。
「そうか。そうよ、だからかも」
「どうしたの」 「何だ?」
絵を描く手を止めて、いきなり何かを言い始めた女龍に、ミレイオとオーリンが驚いて訊ねる。女龍は振り向き『朝の話です』と呟く。
「朝の。って、気配を感じたこと?」
「そうです。あれは・・・以前、体験した感覚と似ていたのです。だとすれば、時間が歪んだ場所。それが側にあったのでは」
「何ですって?時間が歪んでるって、どういう意味?以前の体験?」
多くは話せませんけれど、とイーアンは考えながら言葉を選び、見つめるミレイオとオーリンにどんな具合かを教える。
それは、『始祖の龍の部屋』のことを思い出した、タンクラッドと話していた時間。あれは、始祖の龍の部屋で、時が曖昧だった体感が、夜明けに感じたものと似通ったことから。
「空で・・・時々。そうした場所に関わることがありました。時の流れ方が違うのか。中にいる時は分かりにくいですけれど、こうして地上にいる状態と、体の状態が異なるような。
朝方、私が感じた妙な気配は、あの『時間が歪んだ』状態と似ています。状況も雰囲気も違うにしても、体に受けた感覚が近いのです」
イーアンが気がついた『気配=時間の歪み』。その言葉に、ミレイオは少し考える。オーリンは丸太を削る手を休めて、女龍に訊ねる。
「もし。ミレイオとシュンディーンが連れて行かれた場所が、時間の変な場所だとする。それはペリペガンもそうだった。あれとも似ているのか?」
「いえ。あれとはまたちょっと違うのです。もっと派手にというか、グラッと体感する時間の影響というか。上手く言えません」
ペリペガン集落は穏やかだったでしょう?と言うイーアンに、オーリンも『分からなかったな』と頷き、もう一つの疑問を問う。
「じゃあさ。ってことはだ。サブパメントゥに滑り込んで、ミレイオは脱出成功したんだから。サブパメントゥから、『現在のここ』に戻った・・・と考えられるのか?」
「え~・・・私にはそこまで分からないですが」
イーアンは困る。龍族の二人がミレイオを見ると、ミレイオは何度か小さく頷き、『そう』と呟いた。
「私はそこまで考えていなかったのよ。逃げなきゃってだけで。でもそれは出来ると思う。
サブパメントゥは『時間が曖昧な世界』だから、物凄く昔に遡って辿り着くとか、そんな、けったいなことでもなければ、少しくらいの時間差は埋めると思うわ」
「少し?木の年齢が若く見えて、それは『少し』じゃないだろう」
「だってオーリン。100年とかじゃないのよ。30年くらいでも、成長の早い木は大きくなるじゃないの。
ペリペガン集落と同じくらい昔・・・それが何百年前か知らないけれど、今回の変な気配も、同じくらい前とは限らないでしょ?」
ミレイオに言い返されて、オーリンは黙る。それはそうか、と頷いて『また、そんなの相手かよ』と苦笑いした。イーアンも困ったように笑い『どうか、本当のことは知らないが』と前置きする。
「仮に、そんな相手に付きまとわれているのなら、どこまで付いてくるやら。無視して良いことがなさそうです」
「目的あるのかな」
3人は、奇妙な相手の目的の話に移る。ミレイオと赤ちゃんが連れ去られた場所と、今回のイーアンが感じた気配が、同一とはまだ決まっていない。
どっちみち、次々に何か起こるのは毎度のことで、早い対処を考えておこうと、話し合うことにした。
「一応、ドルドレンにも教えておきましょう。昼までに何もないとは限らないんだし」
ミレイオはそう言うと『御者台に行ってくる』と立ち上がって、さっさとドルドレンに報告しに移動した。
そして報告は、御者台のドルドレンとバイラが聞き、バイラは後ろの寝台馬車に伝え、ホーミット仔牛以外の全員が知る所となる。
「シャンガマックは、お昼にでも」
ドルドレンが『例え、午前中に何かあってもお父さんと一緒だから・・・』の理由を添え、ミレイオも『まぁ。大丈夫でしょうね』と笑った。
警戒の対象が絞られた時間ではあるが、結果から行くと、この後も何事もなく、旅の仲間は昼を迎えた。
昼の時間、シャンガマックが赤ちゃん付きで下りて来たので、午前の話を教えると、彼もまた『俺も同じことを伝えようとした』と驚く。
食事をしながら、ホーミットが何を教えてくれたかを伝え、褐色の騎士は『次に同じことがあったら、この場合はサブパメントゥ向きだろう』それが一番良いと思うことを話した。
「私も昨日、何かを感じて気になっていました」
シャンガマックの話が終わり次第、昨晩は特に何も言わなかったフォラヴが、自分の見解を伝えると、バイラも横に来て『昨日の午後、フォラヴと同意見だと思った』と添える。
「言うのだ」
ドルドレンが眉を寄せる。フォラヴは少し笑うと『はっきりしていませんから』と断り、自分しか気がついていない様子だったことも理由にあると話す。
「でも、お前だけが感じていて、他の者が知らない場合。それが全くないとは言えない」
「ええ。でも、総長。イーアンがいても。弱っていたとはいえ、タンクラッドもあなたも、ミレイオもオーリンも居ました。
朝、イーアンが疑問に思ったように、昨日の午後は、既に後ろにホーミットも居たのです。それで私一人が感じているのはおかしいと思って」
イーアンは彼の気持ちが分かる。自信が無いわけではないが、自分と同等か、あるいはそれ以上に敏感な者たちが反応していないとなると、これは思い過ごしかと勘繰ってしまう。
それをドルドレンに言うと、ドルドレンも『うーん』と腕組みして『気持ちは分かるが』でも、と続けた。
「誰かにしか、感じられない事態もあるだろう。その可能性が無いわけではない。だから、他の者がどうだと気にせず、とりあえず言いなさい。それで守られる場合も出て来る」
総長のお言葉は尤も。
妖精の騎士も、イーアンも、シャンガマックも、バイラも『はい』と頷く。どんな小さなことでも、情報として皆が知る所にしよう、と決める。
「うむ、目的は分からないが。何やら付いて来ている可能性がある。赤ん坊かも知れないし、ミレイオが話したように『龍』に反応した様子から、ペリペガン集落の一件を彷彿とさせるものもある。
いずれにせよ、別の時の流れる場所に連れて行かれるなんて、冗談じゃないのだ。そんな気配があれば、誰が気がつこうとも、必ず全体に知らせるように」
無ければ無いで良いんだから、と結んだ総長に、皆が了解。
この後、シャンガマックは自分の分を受け取って、そそくさと仔牛へ戻り(※父と一緒が良い)昼食の時間は終わり、再び馬車は動き出す。
前を進むバイラは、地図で一本道の進んだ具合を確認しながら呟く。
「林道は蛇行しています。抜けるまで、もう数日かかるんですが、抜けてしまえば下の道に出ます。そうすれば、地図通りに向かうと、その翌日には町・・・かな」
「バイラ。自信なさそうなのだ」
地図を片手に、馬を進める警護団員は考えている。ドルドレンは、彼の言い方が懸念を含んでいると感じ、町ではなくても良いよ、と言っておく。バイラは振り向いて『そうではないんですよ』とか。
「何。何かあるのか。町じゃなくても、別に村でも良い。食料は、しばらく持つ」
「昔のことですから、記憶も飛んでいる部分が。私の記憶だと、この道沿いの町は時期もので」
バイラが考えていたのは、もしかすると、町が機能していないかも知れない心配らしかった。詳しく聞いてみると、時期はいつかを忘れたが、年間で数ヶ月だけ人がいなくなると言う。
「知っている、俺たちは最初、フィギの町へ寄った。ミレイオが染色の町と言っていて、偶々フィギは稼働していたのだが、魔物が来たからとかで、活気は少なかった」
「そうでしたか!そうです。フィギ?それはまた、随分と山奥ですね・・・そうか。東の国境から下りれば、フィギが最初だから」
そうそう、と頷くドルドレンに、バイラは『こちらは染色の町ではないが、何だったけ』と苦笑いしつつ、ともあれ、そういう類の町だと教えた。
「ここは・・・何だったかなぁ。文化系だったと思うんですよ。でも私も、武器や防具などなら覚えていても、自分があまり関わらない対象は思い出せず」
「そんなものだ。バイラは護衛だったから、自然と、自分の使うものに目が行くだろう」
今までだって、いろいろ覚えている方だと思うよ、とドルドレンは言い、慰められたバイラは『忘れっぽくなったのかな』と頭を掻いていた。
そして。少し午後の半ばまで進んだ時、バイラは林道の脇にある木の根元に、何かを見つけて左に進む。
馬を下りたバイラは、そこへ近づき、屈みこんで腕を伸ばし『何だこれ』と、怪訝そう呟いた
荷馬車は側へ来て、一旦停止。ドルドレンが御者台から、どうしたのかと訊ねると、バイラは手に持っていたものを見せた。
「うん?工芸品か」
「そう見えますよね」
「どうした、気になるのか。確かに、林道にポツンとあるのは変だが」
「あ、思い出した!」
警護団員は、手に持った品物の木の葉と土を払って『これですよ』と、目を丸くしている総長に笑った。
「次の町です!仮面作りの町ですよ」
「え。でもテイワグナっぽい印象と違うのだ」
仮面を見せてもらい、手に取ってしげしげ眺めるドルドレンは、テイワグナの雰囲気ではないようだと、バイラに言うと、バイラは馬に跨ってそれを受け取り頷く。
「そうですね。外国のものだと思うけれど。でも、とりあえず関連はあるでしょう。ここを通った誰かが落としたのかも知れない」
バイラは思い出したことを喜んで、再び馬を出す。
一旦停止したことで、様子を見に来たミレイオは、そのマスクの話を聞いて、見せてと貸してもらい、ミレイオもまたドルドレン同様『違う国のだろうね』と面白がっていた。
午後の林道は傾く日差しに、橙色に染まる。
今日もまた、何もなく馬車は野営地へ到着し、夕方の準備が始まった。




