1366. 午後の林道
旅の馬車はゆっくりと、長い林道を進む。傾斜は時折見られたが、どれも馬車を下りなければいけないほどではなく、広大な森林を蛇行するように道は敷かれ、馬車は山を少しずつ下りる具合。
途中、太陽が高くなった時点で昼休憩を挟み、樵が切り拓いた切り株だらけの場所で昼食。
ミレイオとイーアンが食事を用意して、シャンガマックには、赤ちゃんと彼用に持たせ(←父と食べる)、他の元気な者には自由に食べるように言うと、まだ回復しないドルドレンたちにも食事を持って行った。
「ここまで影響あるとはね」
ミレイオはバイラの側へ行って、ベッドに肘をついて上体を起こした彼に眉を寄せる。バイラも苦笑い。
「体が。疲れているのとは違うんですが、自分の体ではないみたいで」
「違うものを取り込むって、そういうことなんでしょうね。食べられる?食べにくいか」
器によそった汁物と平焼き生地を見て、心配そうなミレイオが『別の作ろうか』と言い始めたので、バイラはすぐに『大丈夫』と止める。
「食べないと回復も難しいですから、そのまま。普段の食事を頂きます」
「あんた、そうなのよね。精神的には強いから、そういうとこは心配ないんだけどさ」
ベッドに腰掛けられるよう、バイラの背中を支えて起こすと、ミレイオは彼に器を渡してから、平焼き生地を千切って、汁物に入れる。
食べやすいようにと配慮してくれるミレイオに感謝して、バイラは少しずつ食事を摂り、『海の水』を与えられた時の衝撃を話して聞かせた。
荷馬車でもイーアンが、伴侶と親方に食事を与える。こっちの二人は甘えん坊(※いい年して)なので、食べさせようとするイーアンに断りはしない。
「タンクラッドは、自分で食べられそうである」
「お前もな」
荷台に転がる二人の言葉に笑いながら、イーアンはそれぞれの容器から、一口ずつ交互に匙で運び、大柄の二人に食べさせては、笑顔をもらう。
弱ったイケメンに食事を与えることも楽しいが、その都度、イケメンスマイルも頂戴するので、神様に感謝するイーアン(※『神様、美しい人たちを有難う』)。
これだけ一緒に居るから、すっかり慣れたけれど。
もし昔の自分が、看護師さんか何かの仕事で、担当患者がこのイケメン二人だったとしたら、自分はきっと、せっせと様子を見に行くんだろうな、とか。
イーアンは客観的にそんなことを思いながら、一人クスクス笑っていた(※その反応はイーアンだけではない)。
そんな想像で何やら楽しそうなイーアンに、食べ終わってお礼を言うドルドレンは『今日は空へ行かないのか』と訊ねる。何かな、と思ったイーアンが彼を見ると、『絵を描いたら?』の提案。
「ああ!そうですねぇ。今日は、あなたも親方もこんな具合ですし、あなた方がこれでは、バイラはもっと動けないでしょうから。私は、このまま馬車にいようと思って」
「イーアン、することないのだ。俺たちは看病されるようなものでもないし(※動かないだけ)ヒマだから、絵を描くと良い」
「そうだな、イーアン。俺の作った台がある。それを使え。あまり揺れないし、絵も描けそうだ」
有難いことに、林道はフカフカしているから、いつもの道よりも揺れが少ない。イーアンは伴侶の提案と、親方の机代りの台の提供により、午後はお絵描きに決定。
この後、皆の食事が済んだので、イーアンとミレイオは片付け。イーアンが絵を描くと言うので、ミレイオは絵の具を貸してあげる。
「好きなの使って良いわ。どうせ残り少ないのよ。大きい町で買おうと思っているから、これとか。これ・・・全部使っても良いのよ」
絵の具を見せながら、ミレイオはちょっと考える。『あのね』と昼の間に思ったことを伝えるミレイオ。
「バイラが結構、参っちゃってるのよ。見ててあげたいんだけど、私は御者だからさ。でも、あんたが絵を描くの、荷馬車の方が都合良いわよねぇ」
バイラは寝台馬車で休んでいて、誰も側に付いていないから・・・と気にするミレイオ。イーアンも寝台馬車に移ろうかと思ったが、絵の具だ道具だと積んでいるのは荷馬車なので、勝手は荷馬車のが楽。
ということで。午後の道は、ミレイオの荷馬車が後ろ、寝台馬車が前を進むことにした。
「バイラ。何かあったら言って!声かけてもらえれば、聞こえる距離でしょ」
寝台馬車の扉を開け放して、中にいるバイラに、後ろの御者台からミレイオは声をかける。そんな優しい心遣いに、バイラはただただ感謝して。情けないなぁ、早く元気になろう、と笑った。
こうして、前後を交換した馬車は午後の道を動き出す。落葉があるものの、轍が見えないほどでもないので、車輪を取られることもなく進む馬車。
「落ち葉。問題ありませんか」
バイラの馬に乗ったフォラヴが、斜め後ろに付いてくる荷馬車のオーリンに訊ねる。オーリンはザッカリアの奏でる曲を黙って聴いていたので、ボーっとしており、妖精の騎士の言葉にハッとしたようだった。
「悪い、もう一回。聞いてなかった」
「謝ることではありません。落ち葉が馬車に問題ないかどうかを伺いました」
「ああ・・・別に。この程度、どうってことないだろ。俺のところの山は、半端ない状態が多かったが、この山の林道は広いし、木の葉も吹かれて飛ぶのかな。あんまり溜まってない。雨も少ないんだろうが」
落葉が問題ありそうなら退かすつもり、と教えたフォラヴに、オーリンはちょっと笑ってお礼を言うと『頼もしいよな』と褒める。フォラヴは可笑しそうに微笑み、首を振った。
「褒められるほどのことでは。私がお役に立てますのは、木々の中だけですから」
「フォラヴは謙虚だけどさ。もうちょっと、自分の事を持ち上げても良い気がする」
空色の瞳は、龍の民の優しい言葉にすっと細まり『これでも自信過剰』と冗談で答える。オーリンが笑い出し、横のザッカリアは『じしんかじょう、って何?』と言葉の意味を訊く。
「フォラヴが『自分に自信がたっぷりある』ってさ。そうか?」
ザッカリアに教えながら訊き返すオーリンに、ザッカリアは曲を止めて、振り向いて微笑んでいる騎士を見つめると『あんまり』と正直に答える。
「でも、前よりは自信があるみたいに見える。妖精の体で動くようになったからかな」
素直な観察をするザッカリアに、フォラヴは少し恥ずかしそうに『どうでしょう』とだけ答え、ふと、顔つきを戻した。その変化に、オーリンは気がつき、どうしたのかと彼を見つめる。
「何かいたか?」
「いえ・・・関係ないことを、思い出して。そう言えば、赤ちゃんを引き取った集落の話を、シャルワヌの町で聞かなかったかも、と」
「ああ~。それ言ったら、俺も他の集落に行った際、変だなとは思ったぜ。あんな霧の集落が、度々出ていたら、誰かが入り込んで消えちまうから。神隠しの噂になっても、おかしくないのにな」
オーリンが言うには、二つの集落と先住民族の居住地の三か所、全くその話が出なかったらしく、フォラヴは林道の左右を見回す。
「例えばですが。こうした、見えている風景の中、忽然と姿を現すのですよね?」
「そうだね。あの時は霧だったから。ほとんど見えないし、気がついたら奇妙な場所って感じだ。あ、でも。ミレイオが昨日、赤ん坊と一緒に連れられた場所は、こんな具合だったんじゃないか?」
その話は、フォラヴも気にはなっている。馬を御者台の横に下げて、オーリンに詳しく話をお願いした。
「昨日の夕方、ミレイオからお話は伺っていますけれど。昨日は私も疲れていましたから、ちゃんと覚えていないのです。もし宜しかったら、もう一度お話頂けますか?」
「お前も大変だったんだもんな。いいよ、でも本人じゃないからさ・・・この道はどうせ、真っ直ぐだ。案内も要らない。今、後ろに下がってミレイオに聞いてくれば?」
オーリンは直にミレイオに話を聞いた方が、と促し、フォラヴは『それなら』と微笑んでお礼を言い。馬を下げた。
「ミレイオ」
「あら。どうしたの。あんたまで来ちゃったら、前が寂しいんじゃないの」
「オーリンが許可して下さいました」
ハハハと笑うミレイオは、横に並んだ妖精の騎士を見上げて『黒い馬も似合うわ』と褒める。いつでも何かしら褒めてくれるミレイオに、フォラヴは丁寧にお礼を伝えてから、昨日のことを聞きたいと頼んだ。
「うん?昨日の?あ、赤ちゃんと私の」
「はい。昨日教えて下さった時、私も彼らほどではないけれど・・・少々疲労していましたから、きちんと覚えておらず」
そう言って、前の荷台に横になるバイラに、同乗する笑顔を向ける騎士。ミレイオも苦笑いして『体に負担はあるよね』と答えると、すぐに昨日の話をし始めた。
聞くだけ聞いたフォラヴは、少し考え込んでから、また周囲を見渡す。ミレイオは彼の動きを警戒し『どうした?』と低い小さな声で訊ねる。妖精の騎士の綺麗な顔に、僅かな不安が見える。
「いいえ。先ほど、オーリンにも話したのですが、どうしてペリペガン集落の話を、他のどこでも聞かなかったかと。それも不思議で」
「え?今の私の話と、それは同じような疑問でもあるの?」
「勘です。ただの・・・勘なのですけれど」
「フォラヴ、ちょっと来て下さい」
その時、二人の会話が聞こえていた、前の荷台に横になるバイラが話を遮った。妖精の騎士は呼ばれたので、すぐに彼の側へ馬を進め、荷台の真後ろについた。
「具合はいかがですか、バイラ」
「まずまずです。それより、フォラヴの疑問。私にも思い当たるので、それを話そうと思いました」
「何ですって?教えて下さい。私はずっと、何か予感めいたもので気がかりが消えません」
警護団員は、だるそうな体をよいしょと起こし、気遣うフォラヴに『大丈夫です』と笑顔を見せると、少し大きめの声で話す。
「ペリペガンの話ですが。私は最初・・・そう。あの日、あなたは留守だった日。タンクラッドさんが見たという、『地元のような人間たち』の話を聞いて、思い当たらなかったのです。
幻のように、限られた天候の条件で、出たり消えたりするのだからと思えば、それはそうなんですが。私は噂でさえ、そんなことを聞いたこともなかったんです。
実際にペリペガンへ入った時、あれが『時間から切り取られた、過去の民族』かも、とは考えました。でも、それにしたって。旅人や、不意に迷い込んだ地域の人々がいるのであれば、噂に上らないなんて不思議でした」
フォラヴは空色の瞳で、話し手の顔を見つめ『私もそれが不思議です』と頷く。バイラは一息置いてから続けた。
「町に入ってすぐ。霧の集落の話を、私は実はしています。駐在所で魔物の被害報告を調べていて、通過したリャンタイの町など、警護団はどう動いているかを訊ね、その際に『近辺で奇妙な神隠しの現象はないか』と、駐在団員に聞いたのです。
しかし、彼は知らないと言い『魔物被害でそんな話は、聞いたこともない』と答えました」
「魔物被害ではない、と言いました?」
「言いました。魔物の話に続けたから、彼もそう捉えたと思い、私は『これは魔物じゃなくて』と付け加えたんです。それでも、彼は本当に知らないようでした。彼は地元育ちです」
フォラヴは黙る。バイラもフォラヴも、考えていることは何となく似通っていて、フォラヴが先に口を開いた。
「先住民の居住地は?ペリペガンの話は出ないにしても、ミレイオたちが日中連れ去られた場所」
「いいえ。一切。先住民の居住地には、私も行きましたが、彼らの言葉が分かるのは、私とタンクラッドさんだけでした。
彼らの会話を聞いていても、魔物の話は出るものの、不思議な現象を伴う民族の話題は出ないまま。居住地の場所は、ミレイオたちが危なかった場所と、そう離れていないのですが」
そこまで話すと、バイラは茶色い瞳に睫毛の影を被せて、顔を下に向けた。
「思ったんですよ。ペリペガンにしても、ミレイオたちが連れられた場所にしても。『目的のある誰か』に反応・・・今回は、私たちに」
「なるほど。私と同じ意見です。赤ちゃんは正にそうでした。つまり」
妖精の騎士はバイラの言葉に続け、そして途中で口を閉じる。周囲に何も見えないし、午後の日差しは背の高い木々が受けて、木漏れ日が揺れるだけだが。
「少しの間。警戒した方が良さそうですね」
妖精の騎士の小さな溜息。彼を見上げたバイラも、頷く。『私もそう思います』こんな・・・休んでいる場合じゃないんですよ、と情けなさそうに呟いた。
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