1363. サブパメントゥと赤ちゃん③ ~先住民の伝説・名づけ親
「よう。どうだ。結果、出たか」
夜の馬車置き場で、ぼんやりと光を放つ赤ん坊に『凄いことになったな』と笑って近づくオーリンが、4人に挨拶し、馬車手前で立ち止まる。
「俺は龍の民だ。近づくのはここまで。で?どうだった?その光、何か進展があったな」
「お前は、何か知ってるのか」
飄々と来た龍の民に、ヨーマイテスが低い声で訊ねる。『威嚇するみたいな声だ』冗談ぽく呟くオーリンは、少し彼と距離を持ったまま、シャンガマック側へ移動。
「オーリン。この子が持っている精霊の力は、特別ですよ。見た目はサブパメントゥだけど」
「シャンガマックのお墨付きか。それなら、あのな・・・俺も精霊で思い出した」
オーリンは見計らっていたように、腰袋から紐を出す。夜の暗がりに模様までは鮮明に見えなくても、それが手織りの紐と分かるもの。
赤ちゃんを抱っこしたままのシャンガマックは、隣で出された民族調の紐を見つめ『これは』と訊ねる。大男も、タンクラッドも黙って見ている。コルステインは、ひたすら親方翻訳を静聴。
「見てみろ。チビがこっち見てるぜ。俺より反応良いや」
可笑しそうに、赤ん坊に黄色い瞳を向けた龍の民。赤ちゃんは、石を片手に握りながら、紐にも片手を伸ばす。
「ダメだ。これはちょっとな。お前に持たせるわけに行かないんだ。見せるだけ」
「んんん」
「お前が振り回したら、何が起こるか分からない」
ハッハッハと笑って、オーリンは紐を腰袋にしまう。それから、そこにいる皆にオーリンは教えた。
「タンクラッドも俺と聞いた話だからさ。途中までは、何となく分かってると思う。このチビが、目的地に移動する『手段』として、俺たちがあてがわれた気がする。
俺が見せたのは、聖獣を呼ぶ紐だ。俺に任された聖獣は、精霊アンガコック」
「おいおい。今度は『アンガコックチャック』かよ」
龍の民が、その名前を言い終わらないうちに、ヨーマイテスは驚きで思わず、口を挟んだ。
ちらと見上げた、黄色い瞳。それに並ぶ、息子の漆黒の瞳。そして、自分を見つめて、石をしゃぶる(※ダメって言われたのに)赤ん坊の青い瞳に、大男は首をゆっくり振った。
「何だって言うんだ、お前の正体は。世界に君臨する精霊が、お前と?」
「知識人がいると話が盛り上がるな。そういうことか。じゃ、なおさらだ。このチビ助、生みの親の精霊の元に届けるために、俺たちと運命が絡まった、ってところだろう。
先住民の伝説にあったのは、このチビ助のことじゃないかと思う。全てが面白いくらいに、上手く引っ掛かってゆく」
オーリンはそう言って、夜の裏庭で明るい声を立てて笑った。
何やら一人、幾つかの想像が付いていそうな龍の民に、親方以外の3人は、彼に何を知って、何に気づいているのか、話すように言う。
『勿論だ』と頷いたオーリンは話し出す。彼の話の最初は、赤ん坊の特徴だけ見ると、自分が呼べる聖獣の姿に似る、ということだった。
親方は、その聖獣を見たことがあるので、コルステインにどんな様子かを教え、オーリンもシャンガマックと大男に話して聞かせたところ、大男は思い当たるように表情が少し曇り、コルステインはしばら~く考えて、何やら頷いていた。
タンクラッドは、オーリンと同じ話を聞いていたが、ここまで来たら、彼に全部話してもらうことにし、自分は聞き役に回った。
先住民の伝説。その内容は、ペリペガン集落の話を思い出させる部分も含んでいたが、話の始まりは、何と、馬車歌三部と近いものだった。
赤ん坊の特徴を話し口に、オーリンは聞き立ての伝説を大まかに伝える。
たまたま、アオファの鱗を渡したことで、お礼と言って、教えてくれた『龍の信仰』。
――遥か昔に、空にも届く大きな梯子を造った自惚れの徒に、怒るに怒った天の龍。
龍は、一晩で地上を水の中に沈め、水は、生きる何もかもの命を奪ってしまった。
おぼれて死んだ者は勿論、怒りの水から生まれた生き物も、精霊に連れて行かれてしまうので、水浸しの地上には、誰一人として生きる道がなくなった。
これではいけないと思った精霊は、水を消そうとしたが、龍が許さない。
『龍を怒らせた自惚れの徒が、悲しむ命を助ける時が来ると約束するなら、許してやっても良い。』
龍が条件を出したので、精霊は『そうさせよう』と約束し、地上の水を消すことに決まった。
自惚れの徒の心を変えなければ、約束を果たせないので、地上から水を取り除いた後、精霊は導きを示す。
少しずつ。根気良く。自惚れの徒に『心』の意味を教え導いた、長い年月の末。
自惚れの徒も徐々に変わり、とうとう、龍の約束を果たせるくらいの心を持つ者が現れる。だが、水が引いた後でも、龍を再び怒らせたことがある、自惚れの徒は、光の下を歩けない。
これは精霊がどんなに頼んでも、龍に取り下げてもらうことは出来なかった。
だから精霊は、多くの悲しむ命が増える時、誠実な心を持った、かつての『自惚れの徒』に、精霊の力も授けることにした。
選ばれた者は、自惚れの徒を沈めた混沌から、精霊の力に清められ、龍のように卵から生まれ、光の下を歩き、歪んだ者に悲しむ数多の命を助けるために、宿命の導きによって力を育み成長し、龍の約束を果たすために運命を生きる――
龍信仰は、世界を創った精霊にも、無くてはならない変化を起こす立場として、伝えられていた。
「こんな感じの話だ。俺とタンクラッド、バイラとイーアンは、このチビを連れて戻るキッカケに、精霊の呪いを受けた『彷徨う集落』に迷い込んでいる。
俺とバイラは、呪いをかけた側の精霊に出くわして、精霊自ら『自分は倒される』と話した言葉を聞いた。
チビは精霊の何かを持っていそうだったが、その時は、『精霊が精霊を倒すなんて』在り得ないなと思っていた。ただ幾つか、らしくない面があっても、見た目はサブパメントゥだろ?その辺に、何かあるんだとは感じた。
で、このチビ助を引き取ってから数日後の今日。午前中にこいつが見せた力は精霊そのもの。それも赤ん坊とは思えない、とんでもない力の保有者だと分かった。
午後。俺たちは偶然、先住民族の居住地に出掛けて、さっきの伝説を教えてもらったわけだが。
『精霊が清めて』の部分でな。俺は、もしや、と気がついた。勘だしな、未だに正しいとは言えないが。
俺の見せた、聖獣を呼ぶ紐を思い出した。『聖獣の特徴と、チビ助はやけに似ている』ってな。だから、でかい力の精霊が関わったとして、この時期だ。強ち、可笑しい話でもないと思ったんだ。
後はサブパメントゥの強者に、赤ん坊をどう見るか確認出来たら、どうにか・・・この先も見えてきそうだからさ。それでサブパメントゥが何て言うか、知りたかったんだ」
話し終わったオーリンは、『実際に聞いた伝説はもう少し詳しくて、選ばれた者が、どうやって成長するかも聞いている』と添える。
そこに、人の子供のようにして成長するため、多くの助力と良い心に守られて進む話で、出だしは『龍と重なることで、龍の約束の始まりとする』とあったこと、『清めた精霊に学ぶため、身を守られて親の精霊に辿り着く』ことも、伝説の話の中で聴いたと教えた。
シャンガマックは、腕に抱っこした赤ん坊が、精霊の石を、ちゃぷちゃぷしゃぶっているのを見て、彼のよだれだらけの頬をちょっと指で拭うと、自分を見た青い目に微笑む。
「お前の事だな。きっとそうだ。すごい運命の元に生まれて来たものだ。お前に名前がないなんて、勿体ない」
赤ちゃん、シャンガマックをじーっと見つめてニコーっと笑った。その可愛い笑顔に『シュンディーン!』とシャンガマックは声に出した。
父はさっと息子の肩に手を乗せ、自分を見た彼に『何て言った』と訊ねる。息子と一緒に過ごして、こうした発音をしたのは、彼が以前『シコバ』とヤマネコの名を呼んだ時だけ、と思い出す。
息子は優しい微笑みで『部族の言葉だ。太陽の光だ』と教える。光の下を歩けるんだから、と言い、また赤ん坊を見る。
「それに、この笑顔!何て可愛いんだろう。この子の肌の色も、髪も、まるで太陽のようだ。大きな使命を受け取った彼に、誰もふさわしい名を付けないなんて勿体ない。
俺は彼を、俺の言葉で呼ぼう。お前は『シュンディーン』だ。一緒に居る間だけでも、そう呼ばせてくれ」
これには、父も親方も、オーリンも(※コルステインは分かってないから除外)。微妙に感動。
シャンガマックらしい、と言えばそうだが、こんな素敵な場面を、あっさり勝ち取る素直さ・純粋さは、この男ならでは!と、何だか受け入れてしまう。
オーリンは赤ん坊に顔を寄せて『良かったな。シュンディーンか、良い名前だ』と褒めた。
こうしてこの後。
『馬車から戻らない』と、ドルドレンが様子を見に来て、あれこれオーリンたちに説明をもらい、驚くやら共感するやら忙しく反応した後、『赤ん坊は風呂の時間である』とか何とか言って、抱っこして連れて行ってしまった(※世話好き)。
長い一日も終わり。一日のクライマックスに盛り上がった主人公(←赤ちゃん)も消えたので、とりあえず今夜はここまでとして。それぞれ、お休みの挨拶を交わして、寝床へ戻った。
お読み頂き有難うございます。




