1362. サブパメントゥと赤ちゃん②
暗がりの馬車と馬房の間で―― 顔を合わせた4名。
タンクラッドと、彼の抱っこする赤ちゃん、コルステイン、そしてヨーマイテス。ヨーマイテスは頭に過ることが一つ。
それは、サブパメントゥの絵と話が遺る、遺跡の龍もどき(←トワォ系:1122話参照)。
――赤ん坊は、龍もどきと同じ・・・同じだ。混ざってやがる。イーアンが手に入れた龍もどきは、龍の要素が多い、他の属性の混じり物だが。
赤ん坊は、サブパメントゥに精霊が混ざってる上に、精霊のが多いじゃないか――
この間、数秒。
ヨーマイテスは、ここで『古代の海の水』と、『過去のバニザットの話』、遺跡にたびたび遺る『属性未詳の輩』が繋がる。
どーでも良いから、気にしたこともなかった・・・・・(※本当)
こいつらの存在なんて、俺に害も益もない。俺の目的にも関係ない。どこかで目にはしていても、特に探るほどの立ち位置でもないし、思い巡らす必要もなかったが。
バニザットが、奇妙な奴(←赤ちゃん)に絡んでも面倒だと思って、会ってやろうと見てみりゃ、これは。
「ん。んん、んんん」
赤ちゃんは、ヨーマイテスを見るなり、抱っこしてくれ!とばかりに腕を伸ばす。驚く親方は『何だ。彼が良いのか?』赤ちゃんの必死な様子に、顔を覗き込んで訊ねる。
『タンクラッド。それ(←赤ちゃん)。こっち』
話しかけたのはコルステインで、細かいことは分からないにしても、コルステインは何となく把握している様子。
振り向いたタンクラッドの腕の中で、ヨーマイテスに首を向けたままの赤ちゃんの、小さな襟を鉤爪で引っ掛けて持ち上げる(※赤ちゃん、おえって言う)。
『わーっ!待て待て!ダメだ、苦しい!コルステイン、こう。こうだぞ。そうだ、せめて胴体を掴んでくれ』
大慌てでタンクラッドが、首つり状態の赤ちゃんを支え、コルステインの腕の上に乗せて指導する。コルステインはカクッと首を傾げて、大きな鉤爪の指の内側に、赤ん坊のちっこい胴体を支え直す。
『こう?』
『そうだ。そうしてやってくれ。今のじゃ死んじまう』
『死ぬ。ない。これ。強い』
これ、って赤ん坊だぞ、と苦笑いする親方は、とりあえずコルステインに譲渡した(?)赤ちゃんから、立ち尽くしていそうな大男に顔を向けた。
『ホーミット。来てくれ。赤ん坊が、なぜかお前に』
『分かっている。少し俺から離れておけ、タンクラッド。お前の力と俺は、反発するかも知れん』
ハッとした親方は、言われてすぐに後ずさる。時の剣の力を宿した自分が、意識しなくても何か起こるのかと思うと、分からない内は従う方が良い気がした。
薄っすらだが、ホーミットが俺の『対』の存在ではないか、と感じている親方。彼は、普通のサブパメントゥと違う気がして、特に訊き返すこともなく、大人しく離れた。
「タンクラッド。お前とは言葉でも会話出来る。言葉を使っても良いぞ」
近づいて来た大男は、獅子の時とは、また違う迫力。
金属のように硬質に光る焦げ茶色の肌は、膨れ上がる筋肉で、僅かな夜の明かりにも輝いている。背中から腰の下まで垂れる、金茶色の髪は、獅子の鬣そのもの。
左右前腕に、浮き上がるように見える不思議な模様は、彼の存在を一層かけ離れた、高みの者にしている。
彼が、身に着けるものは僅か。逞しい腰に巻いた、赤い布一枚。手指の一つに指輪をし、その太い首には、か細くさえ見える、自然の産物を首飾りにしている。
それらが全て、彼の独特な印象に溶け合っていて。
「何て迫力だ。久しぶりに近くで見ると、圧倒される」
「フフン。そうか」
親方の素でこぼした呟きに、ちょっと笑った大男。その笑い方は嫌味ではなく、親方は彼が、以前と少し違う気がした。
馬車に近寄った大男は、馬車の屋根に片手を引っ掛け、荷台に腰掛けているコルステインを覗き込む。
『そいつか。お前は平気なのか』
赤ちゃんは、コルステインに胴体を掴まれている状態だが、大人しい。コルステインは、うん、と頷いて、その小さい体を『ほれ』とばかりに、大男に差し出した。赤ちゃん、さっと両腕を伸ばす。
『何で、俺がこいつを』
『お前。これ。掴む。する。これ。サブパメントゥ。少し。違う』
『俺だって、そのくらい分かってるよ。何だ、こいつは。こら、登るな』
仕方なし、赤ん坊を受け取って近くで見てみようと、片手に掴んだら(※この人たち扱い雑)赤ん坊は隙を見てよじ登ろうとする。
『お前な、やめろ。全く。何だ、一丁前に爪が付いてるのか。俺に傷がつくと思うなよ。ちょっと大人しくしろ!』
とか何とか言っているうちに、赤ちゃんは、これまでの大人しさ⇒化けの皮が剥がれるくらいの勢いで、ちゃかちゃかと大男の腕をよじ登って(※早い)さっと、広い肩の上に到着。
側で見ている親方、驚愕。あっさり、大男の肩の上で座った赤ん坊は、きょとんとしている。
「う、動けるのか?今、自分で」
「動けるみたいだな。どうもお前らの様子でも、見ていたんじゃないのか?」
「俺たちの様子。赤ん坊なのに」
「赤ん坊だろうが、何だろうが。どう見たって人間と違うだろ。人間の赤ん坊と一緒にするな」
肩の上にちょこんと座った赤ちゃんに、大男は面倒そうな眼差しを投げる。赤ちゃんも大きな青い目で大男の目を見て、うん、と頷く(?)。
「あ!ヨー・・・じゃなかった。ホーミット!可愛いな。懐かれたのか」
ヨーマイテスが一番好きな人間の声がして、パっと声の方に顔を向けると、ニコニコしながらシャンガマックが、戻って来た。
「懐かれたんじゃない。こいつは、曲者だぞ」
「ハハハ、赤ん坊だ。曲者じゃないよ。能力が高そうだな(※あっさり認める)」
父の肩の上から見下ろす、小さな赤ん坊の体は、とても小さく見える。その様子に笑ったシャンガマックは、手を伸ばして赤ん坊の鉤爪の付いた足をちょっと撫でた。
「お前は誰なんだ?そんな小さいのに、俺と同じような、強い精霊の気配がある。なのに・・・この耳。可愛いな。フワフワしていて・・・どこかで見たような」
言いかけて、ちらっと父を見るシャンガマックに、父は嫌そうに顔をしかめる。
「だよね、俺もそう思う」
「一緒にするな。俺の耳は垂れていない」
しかめっ面の父に笑うシャンガマックは、赤ちゃんの頬を包む、大きな垂れた毛の耳をじっと見て『ヨーマイテスの獅子の耳に近い』と判断(※父に筒抜けなので、父の機嫌が悪くなる)。
「タンクラッドさん。名前はあるんですか」
「ない。イーアンが連れて行くことに反対していてな(←人のせい)」
赤ん坊はシャンガマックが触っても平気そう。名前はないのか、と訊ねた騎士に、少し距離を開けた場所の親方は、名前がないことと、長い付き合いはなさそう、とを答えて笑った。
ふと。どうしてタンクラッドが、馬車からも自分たちからも離れているのか、気になったシャンガマックが、それも質問すると。親方はちらと、大男に視線を送り『側に寄らないのは、力の具合で』と言いかけて黙る。
「そういうことだ」
ヨーマイテスがすぐに続けて答えたので、シャンガマックは不思議そうに二人を見てから、父に質問。
「この前。タンクラッドさんは、父に触ったような(※1322話参照)。力?」
「ぬ。言うなよ」
「あれ?ダメなのか?ホーミットが獅子の時、顔に触ったから。特に」
「バニザット!」
こらっ! ・・・な、感じの父の言い方に、シャンガマックはピタッと黙る。
あの時は、タンクラッドさんが、獅子のヨーマイテスに警戒しないで触って、離れようとした父を押さえ込んで交流を保った(※息子は交流を促す)。イヤがっているな、とは思ったけれど、ちょっとずつ皆に慣れてほしいとも思うから・・・でも。やっぱりイヤだったんだ、と(※勿論)。
碧の瞳が、目一杯迷惑そうに見下ろしていて、後ろで聞いていた親方も気がついた様子に、シャンガマックは咳払い(※どうしようかな、って感じ)。
この会話が聞こえていないコルステインは、何のことかも分かっていないので、赤ん坊に話を戻す。
『それ(←赤ちゃん)。どう?』
不意に頭に響いたコルステインの助け舟(※偶然)。今の会話でタンクラッドも何となく、大男は自分を避けたかった・・・と知ったので、さっとコルステインの話を繋ぐ。
『あ、そうだな。赤ん坊だな。どう思うか、ってことだったな』
『そう。ホーミット。どう?何。それ』
『ああ?何かって、俺が知るわけないだろ。おっと』
見上げているシャンガマックは、この会話に入っていない。彼の頭には話しかけられていない状況に気がつき、ヨーマイテスは普通に息子に話しかけた。
「コルステインが、赤ん坊をどう思うか?と聞いた。俺が知るわけはないからな。そう答えたが」
「そうだね。サブパメントゥには違いないんだよね?精霊も混ざっているようだが」
「俺もそう感じる。だが、こんな子供。サブパメントゥが創り出せる相手じゃない。精霊がどこから関わっているか・・・目的が何かあるだろうが」
そう言って、ヨーマイテスが肩に乗ったまま、落ち着いている赤ん坊を鷲掴み。赤ちゃんは下りたくないから、急いでヨーマイテスの髪の毛にしがみつく。
「こら。離せ!引っ張るな。赤ん坊だろうが容赦しないぞ」
「え!ダメだよ、赤ん坊なんだ。容赦しなきゃ(?)」
髪の毛を鉤爪の手で握る赤ちゃんは、ヨーマイテスの睨みにも屈しない。その強さに、見上げているシャンガマックは驚くが、とりあえず父が本当に容赦しなさそうなので、赤ちゃんに腕を伸ばした。
「俺が抱くよ。おいで。俺は平気か?」
赤ちゃんはシャンガマックを見て、ちょっと考える。その考えた隙に、ヨーマイテスに引っぺがされた。無念そうな赤ちゃんの悔し気な顔に笑いながら、そっと受け取ったシャンガマックは、赤ちゃんを両手に持って顔を見つめた。
「うん。大丈夫だな。俺も平気か。しかし・・・その手足。コルステインみたいにも見える。サブパメントゥの見た目なのに、不思議だな。お前を見ていると、俺が出会った精霊を思い出す」
この時の会話は、親方はコルステインに通訳して聞かせている。言葉で会話する騎士と大男の場合、親方は脳内会話で同時通訳。
コルステインは、自分の手足を見て『同じ』と同意する。
親方もそう思ったが、それにしても、あの耳は。あの肌の色は。あの牙は。複数の動物が混ざったような印象もある、赤ん坊・・・判別が難しい。
そして今。コルステインも、ホーミットも。バニザットも。『精霊』が入っていると、確信している。
これは、フォラヴが話していたままだなと思い、彼らの結論を待つ。土砂を取り除いた時も、精霊の力を疑ったのだ。
「サブパメントゥかどうかは、俺に分からないが。精霊だとすれば」
赤ちゃんは、ナシャウニットの加護を体にまとうシャンガマックに、何ともない。サブパメントゥの要素が強いなら、最初のヨーマイテスがそうだったように、触れないはずだから。
「ナシャウニットは、大丈夫なんだよな。でもお前は違う精霊のような気がして」
これ、どうかな・・・と抱っこした赤ん坊を左手に抱き直したシャンガマックは、右手で腰袋から、一つの石を取り出した。
赤ちゃんはそれが腰袋から出された途端、『んんん!』と唸って目を丸くする。赤ちゃんの体が青緑色に光り、シャンガマックが持っている石も、薄い青が掛かった緑色に発光し始める。
「おお、やはり。お前は」
「何だ?バニザット、それは」
驚いたのはヨーマイテスも、コルステインも親方も同時。シャンガマックも驚きながら、予想的中に笑い出した。
「これか。ほら、連動で海に行っただろう?あれだ」
「精霊の石か?」
「そうだ。ファニバスク・・・ええっと、精霊の。あの時にもらった石だ」
生まれた経緯は知らないが、息子の返答に、ヨーマイテスがはっきり分かったこと。
――赤ん坊の親は、サブパメントゥの太古の水と、ファニバスクワン――
褐色の騎士は、石を欲しがる赤ちゃんに笑いながら『石だから、食べたらダメだぞ』と注意して持たせてやる。
赤ちゃんは、自分と同じ色の光を放つ石を、両手で受け取って、嬉しそうに『んん』を繰り返している。垂れた耳を撫でて、騎士は皆を見た。
「この子の精霊は、ナシャウニットじゃないみたいだ。でも同じくらい、高位の偉大な精霊だろう」
「バニザット、お前はすごいな。そんなことも分かるようになって」
感心する親方は、コルステインにも教えてやり、コルステインはあっさり納得した。相手が誰とか、あまり気にしないものの、『赤ん坊=そういう存在』と認めたようだった。




