1361. サブパメントゥと赤ちゃん①
夕方の日差しが少しずつ消えて、明度の下がる、宿の食堂。話し合っている皆から、少し離れた壁際に、宿の人がランタンをつけ始める。
赤ちゃんが重要視されるのは、そういうものとしても、それと『今後も一緒に』の感覚は違う、と考えるイーアンは、赤ちゃんまで旅の同行者のように捉えるのは、早合点ではないかと、皆に伝えたい。
「た。た、ただでさえ。私たちは常時2~3の問題を抱え、必死に動き回っているのです。各人、背負うものも最近は見え始めて。最近の最大の問題、魔族対応には、どうにか一区切り、漕ぎ付きましたが」
「だからじゃないの?魔族と入れ替わりみたいに、この子に出逢うなんて。これ、運命よ。
ドルドレンが言うみたいに、その時が来ればお別れは寂しいけれど、私たちだっていい加減、年も取っているし。別に執着しないわよ」
「ミレイオ~・・・そうは言いますが」
ぐふぅ、と撃沈しそうなイーアンに、ずーっと微笑み続ける妖精の騎士は、隣で凹む女龍の肩をポンと叩いて『ハイザンジェルに、連れて帰るわけではありませんもの』涼しい顔で、極端な例えを出す。
それまで黙って、成り行きを見ていたザッカリアは、フォラヴの一言でパッと顔が明るくなった。
「連れて帰るのかも知れないよ!もしかしたら」
「いや、幾らなんでも、旅の最後まで一緒だとは、俺も思わないぞ」
アハハハと笑う親方に、ザッカリアが振り返って『分からないじゃないか』と抗議。
ドルドレンもクスッと笑って『そこまで一緒なら、支部で育てる』と、冗談に取れない返しをし、ミレイオも嬉しそうに『そんな状況じゃ、私の家で暮らすわよねぇ』とか何とか・・・場は、目じりを下げながらの談笑に変わる。
「(ド)大丈夫である。うちがある。俺の家は空き室があるから、子供は養育出来る」
「(ミ)やだわ、この子はサブパメントゥなのよ。魔物退治が終わったら帰国して(※1~2年と推定)その後、またテイワグナに大役果たしに舞い戻るんだから。ちゃんと力を伸ばしてあげなきゃダメよ」
「(タ)俺の弟子にしても良い。お前は鍛え甲斐がありそうだ」
「(ミ)やめてよ!あんたみたいになっちゃ困るのよ!」
「(ド)ザッカリアも喜ぶから、支部で引き取れば良い。孤児も、男子なら騎士対象だ。立派な教育が出来る」
「(ザ)俺が面倒見ても良いよ。総長の家に毎日迎えに行くから」
「お待ちください!って」
盛り上がってきたところで、イーアンが止める。無視され続けた女龍の声に、水を差された談笑はピタと止まり、苦笑いのバイラとオーリンは顔を見合わせた。フォラヴも可笑しそうに見つめる(←仕掛け人)。
「あのね」
イーアンが言葉を選んで、息を吸い込んだのを、4度目に遮ったのはオーリン。
「よし。じゃ、ここまでだ。俺がさっき話しかけたこと、どうも繋がりそうな気がしてきた」
さっとオーリンを見た女龍の顔が怖くて、オーリンは笑い出す。『なんて顔で俺を見るんだよ』と女龍に注意し、睨むような女龍(※疎外され続けてる)を宥めた。
「悪い話じゃないぜ。イーアンも、俺の話を聞けば、気を揉まなくて済むかも」
「何ですって」
「俺相手にだけは遠慮がないな。それもまぁ、良いんだけどさ。じゃ、とりあえず。日が暮れたら、サブパメントゥの二人に赤ん坊を紹介に行こう」
オーリンのあっけらかんとした顔には、余裕な笑みが浮かぶ。タンクラッドはオーリンが何を考えているのか分かっているので、付き合うように笑った。イーアンは『サブパメントゥの二人』の部分で引っかかる。
「二人って。コルステインと」
「ホーミットだよ」
弓職人はそう答えると、赤ちゃんが手からポイと落とした骨を拾い上げ、『あーあ。また、紐切っちまったのかよ』と笑った。
*****
「じゃ。行ってくるね」
「早く戻れ。ここで食べても良いが」
「そうする?俺の食事を運ぼうか」
「う。いや、良い。お前の邪魔をするみたいな気持ちが、一瞬浮かんだ」
邪魔なんて言わないで!と笑うシャンガマックは、夕食の呼びかけがあったので、宿に食事をしに出掛けるところ。
父が寂しいと可哀相だから『食事を持ち込めるならそうしよう』と伝えると、碧の瞳を固定して、息子を見つめるヨーマイテスは、言い難そうに胸中を打ち明ける。
「本当はお前が。あいつらと食事をしたいんだ、と分かって」
「ヨーマイテスと一緒が一番だ。いつもそうだよ」
そう言うとニコッと笑って、眉を寄せて悩んでいる父の顔を撫でる。頑張って一生懸命、一緒に居たいのを我慢しようとしてくれる父が、可愛くて仕方ないシャンガマック(※出来た息子)。
「大丈夫だ。旅路に同行するだけで、全然違うんだから。食事や日常的なことは、俺とヨーマイテスのいつもと同じで良いと思うよ」
「そうか。でも、風呂はどうするんだ(←風呂一緒)」
「あ。あ~・・・そうだね。宿泊しないと、風呂は無理かなぁ。ちょっと聞いてみるよ」
とにかく待ってて、と明るく答え、優しい息子は仔牛の外をちらっと見ると『誰もいない。今のうち』と冗談ぽく言って、ひょいと外へ出て行った。
そんな息子を送り出した、サブパメントゥの大男は、はーっと溜息。
「ミレイオに思ったことは、皆無だが。バニザットには、もうちょっと譲歩してやりたくなる。あいつはいつも俺を先にして、自分の気持ちを後に回す。
元が人間の生活だったんだから、きっとドルドレンたちとも喋ったり何か・・・何するんだ?(※知らない)まぁ何かしら、あるだろう。
これから。あいつらと一緒に動くとなると、これまでの生活がガラッと変わる。二人じゃないから、面倒も多いし、邪魔もある(※それを交流と言う)。そうすれば、俺との時間が減るから」
それはそれで我慢してやりたい。とは思うものの。いや、無理だ!と頭を振って否定する父。
「くそっ!何でこんなことになってるんだ(※運命の選抜者だから)。バニザットと、俺が一緒に居る時間が減るなんて!
魔物の王は、ドルドレンがさっさと倒しゃ良いだけの話だ(※簡単に言うけど)。どっちみち、あいつの立場でしか倒せないんだからっ
もう俺は、サブパメントゥの統一も何も、どうでも良いんだ(※本音)!バニザットと一緒に」
かなりの声量で、思いの丈をぶちまけていた最中。ぱかーんとウシのお腹が開き、ヨーマイテスはビックリして止まる(素)。
「ごめん。何か言っていた?呼んだかと思って」
覗き込んだ息子は、手に食事の盆を持っていて、そそくさと中へ入る。父は無表情を決め込み『別に』と短く返したが、内心、ドキドキしていた(※聞かれていたら、譲歩本末転倒)。
「食事を持ち帰って良いと言われた。宿の人は不思議そうだったが、俺の格好が皆と違うから。外が良いのか、と思ってくれたようだ」
シャンガマックは、父との生活が始まってから、荷物は馬車に乗せたきり。
腰袋と剣の他、着替えもなかったので、常に革製の衣服を着ていて、洗ってはいるものの、ほんの一ヵ月ちょっとで、すり切れたり、革の色が深くなったり、随分と野生味が増した(※基本ワイルド)。
父には何のことか分からなかったが、とりあえずは一緒に食べるんだなと、それは理解する。
シャンガマックは持ってきた食事を置いて、『風呂は無理かな』とか『部屋は断った』とか、笑顔で話し続け、少し大きく切った肉を差し出すと『はい』と父に食べさせる。
口に入れてもらって(※毎度)優しい息子の思い遣りに、ひしひし『嫌だ、いつも一緒が良い』を心に連呼するヨーマイテスは、息子がいろいろ思っていることも、順を追って話している内容も、全然頭に入らない。
そんなヨーマイテスの、切ながっている想いを知らず。
自分も食事を摂りながら、交互に匙を向ける(※父⇒自分⇒父⇒自分)騎士は、ある程度、前置きを喋ったつもりで、『それでね』と切り出す。
「食事が終わったら、会って見てほしい。俺も見た時は驚いたけれど、ヨーマイテスなら何か知っていそうだ」
「何だって?」
話をまるで聞いていなかった父は、食べさせてもらってすぐ、お願いされたらしい言葉に訊き返す。きょとんとした息子は『だから・・・・・ 』と消えそうな声で呟くと、不安そうに見つめる。
「嫌か?もし嫌なら、断って来るが」
「ちょっと待て、違う。そうじゃない。そんな顔するな。もう一度言ってくれ。よく聞いていなかった(※全く聞いてなかったとは言わない)」
聞いていなかったの?と言われ、ヨーマイテスはさっと目を逸らす。シャンガマックの漆黒の瞳は、父をじっと見て『どこから聞いていなかったのか』と問う。父は何も言えない。
「大事な話だ。不思議な相手だし」
「すまん。聞いていなかった。お前と一緒に居たい気持ちで、押し潰されそうになる」
遮るヨーマイテスの苦しそうな言葉に、シャンガマックはすぐに笑って『そうだったのか』と受け入れ、父にもう一切れ肉を食べさせると、真ん前に座り直す。
「俺はずっと一緒だ。総長たちも分かっている。二人だけの時間とは行かないだろうが、外に出るのも戦うのも二人だ。遺跡を探しに行くなら、その時は抜けよう。状況を見ないとならなくても、ヨーマイテスが時期を見誤ると思わない。用の時は教えてくれ。俺から総長に話すから」
「バニザット」
心が震える温かさに、ヨーマイテスは息子に腕を伸ばしたが、息子は続ける。
「うん。それでね(※さっくり次へ)。さっきの話だが、サブパメントゥのような赤ん坊がいるんだ。だが、不思議なことに精霊の力もありそうだ。俺を見て、赤ん坊は驚いた顔をした。俺も何か、どこかで感じたような気を受けた」
「何だと?サブパメントゥと精霊の力。赤ん坊で?そいつがいるのか」
父の反応が早いので、今度はちゃんと聞いていると分かったシャンガマックは、うん、と頷き『彼の経緯だが』と総長たちに聞いたことを、もう一度話す。
ヨーマイテスの顔つきが変わり、何かしら、考えていそうな目の動きに、シャンガマックは嬉しくなる。
「今。先に、コルステインが会っているはずだ。俺はヨーマイテスに聞いてから、と言っておいたから、ヨーマイテスの返事で、赤ん坊と会う」
「良いだろう。呼べ。ミレイオは平気だったのか?コルステインも問題ない?」
「と思うよ。ミレイオはちょっと変わっているから、大体の相手が平気だけれど。精霊の力がありそうとは言ったが、コルステインも平気だと思う。
ミレイオは初日から、赤ん坊をサブパメントゥに連れ帰って、毎晩眠っているとか」
「サブパメントゥで眠るのか。ってことは、回復が目的だな」
そこまで話し合ったところで、ヨーマイテスは顔を外に向ける。
「呼んで来い。食べ終えたら、その赤ん坊を見てやる。コルステインが、どう感じているかも聞いておくか」
「有難う。俺の父は頼もしい」
シャンガマックは微笑み、食事の最後を食べ終わると、父の首に両腕を回し、ぎゅっと抱き締める。父、満足。よしよし、と息子を抱き返して、背中を撫でてやる。
「バニザット。コルステインに聞く前に、さっきの」
父が鼻筋を見せたと同時『食器を戻してくるよ』と、父の承諾を喜ぶ息子は、さらっと腕を離して、固まる父を見ずに、食器と一緒に出て行った。
褒められた序に、鼻に口付けさせようと思っていたのに(※頻繁)。
少し残念なヨーマイテスだが、『良いだろう(?)。後ででも』と気持ちを切り替え、外の暗さを見て、自分もウシを下りた。
横に並ぶ馬車の荷台には、既にコルステインがいて、そこにタンクラッドもいるのが見えた。
自分が姿を現したことで、コルステインが気がついて顔を向ける。それを見たタンクラッドもこちらを振り向き、その腕の中に。
「あいつか。何だありゃ」
夜の始まりの暗さの中。ヨーマイテスは自分を見た、小さな生き物に驚く。見たことのない空気をまとい、サブパメントゥのようなのに、精霊と見紛うほどの高い力を体中に押さえ込んでいる。
その小さいのは、ヨーマイテスを見るなり『んんん』と声を発し、短い両腕を大男に向けて伸ばした。
お読み頂き有難うございます。




