1360. 宿での報告 ~『海の水』・赤ちゃんの行き先相談
宿に戻るまでの間。夕方の光を受けながら、ドルドレンたちは話し合うこともなく空を戻り、町の外で龍を帰してから、ようやく、側に来たミレイオの話をざっくりと聞いて驚いた。
「何と。やはり、では。バイラと『ペリペガンのような場所があるのでは』と話していたのだ」
ドルドレンは、ミレイオの報告に目を丸くし、バイラも眉を寄せて『よくご無事で』と呟く。赤ちゃんは起きたようで、包んだ布がモソモソ動き出したので、親方がミレイオから引き取る。
「お前は寝てたのか。大した度胸だ・・・おお、汗かいているじゃないか。暑かったな」
布を外した赤ちゃんの髪の毛が、ぴちょっと濡れているので、親方は手で扇ぐ。赤ちゃん、気持ち良さそうにボーっとする。ザッカリアが横に来て『布、持ってあげる』と、汗に濡れた布を受け取ってくれた。
「包んでいたから、どうにかって気持ちだわよ。子供か?って聞かれてさ。どうなっちゃうかと思ったわ」
赤ちゃんの垂れた茶色い毛の耳も持ち上げて、親方がふーふー息をかけ、涼ませている様子を見ながら話すミレイオ。『私も緊張した』と疲れた顔を向けた。
ドルドレンもバイラも、相手の言葉が気になり、この子供に何かあるのだろうかと、少し気になる。
その疑問を読み取ったようなオーリンが、歩きながら赤ちゃんの手を撫でつつ『このチビ。意外に使命がデカイかも知れないぜ』ちらと皆を見て呟く。
「どういう意味?」
怪訝そうなミレイオに、オーリンも、赤ちゃんの汗ばんだ首元をちょっと手で拭いてやってから、『だからさ』と答える。親方はオーリンの言いたいことを知っている様子。
「特別、なんじゃないの。あんな力も持ってるし、サブパメントゥっぽくないし。フォラヴも朝に話していたが、精霊の何かも挟まってるみたいだしさ。
ペリペガン集落解放のためだけに、こんなとんでもない赤ん坊、生まれてこない気がしないか?」
オーリンの意見、そうだとして―― 何かを知っていそうな彼に、ミレイオは首を傾げる。聞こうとした矢先、宿の前に着いて、すぐにイーアンとフォラヴに鉢合わせた。
「イーアン。フォラヴ!いつ戻ったのだ」
「さっきですよ。良かった、迎えに行こうと思って出たところでした」
「お帰りなさい、総長。皆さん。夕方まで・・・魔物でもいましたか?」
嬉しそうに、戻った時間を訊ねるドルドレンに、イーアンがすぐに教えてから、フォラヴは彼らの遅い戻りに『魔物退治か』と心配した。
バイラが即『事情がありまして』と苦笑いし、とにかく宿に入ろうと、皆で裏庭を通過中・・・・・
「あれは」
ドルドレンが、ぴたと足を止める。ドルドレンの一声で、皆がそこに立ち止まる。イーアンとフォラヴが咳払いし『あの中です』とだけ答えた。
皆の視線が釘付けになった先には、馬房の外れにいる仔牛の姿――
「シャンガマックも居るのか」
「はい。離れられませんから(※いろんな意味で)」
奥さんの即答に、眉を寄せつつ悩む総長。挨拶したいが、仔牛が佇んでいる以上、中にお父さんも入っている(※当然)。
そんな伴侶を見上げ『後で挨拶しても』と奥さんは軽く流す。困ったように見下ろす伴侶の目に頷き、仔牛に顔を向けたイーアンは、『夜じゃないと嫌がるだろう』とも教えた。
「どうせ。今、挨拶すると言ったところで『どうして後、数時間待てないんだ』とか『もう暗くなるのに、嫌がらせか』とか言われるのは、目に見えています。
彼は暗い方が出て来やすいですから、日暮れ後にでも挨拶すれば、丁度良いと思いますよ」
「イーアン。何か、こなれたのだ」
「こなれていません。シャンガマックの『親子愛』も募っているので、以前のように私も、堂々と咬みつけなくなっているのです。これ、シャンガマックのため」
何やら不本意そうに半目でぼやく奥さんに、一緒に行動した時間で何かあったな、と判断したドルドレンは、フォラヴを見る。妖精の騎士も微笑みを見せるが、顔が疲労している。
とにかく、中に入って一息つきましょう、とミレイオが促し(※ミレイオにも嫌な相手)一行は宿に入った。
宿の一階で、それぞれがやっとこさ落ち着き、一日の報告が始まる。ザッカリアと赤ちゃんは、宿の人に冷たいおしぼりをもらう。大人たちはお風呂まで我慢。
小さい町なのもあり、今日も他の宿泊客がいないので、気兼ねなく伸び伸び椅子にどっかり座った。
「俺たちしかいないから、特に他の者に聞かれることもない。イーアンたちの『海の水』は。まずはそれから教えてほしい。もう使えるのか」
一番気になっていた事。イーアンはドルドレンに話を振られて、フォラヴを見る。妖精の騎士は『自分が話しましょう』と了解し、最初に『使える』と結果から伝えた。
「使えますが、ここではない方が良いような。メーウィックが使用したものと同じ状態か、知る由もありませんけれど、使おうとすれば目立つ現象が起こります」
「何。怖いことでもあるのか」
ドルドレンは訝しむ。突然変異的な経過を通じて、体が人間に戻るとか、そうしたことでもあるのかと思いきや、それを言うと二人に笑われた。フォラヴは笑顔のまま、首を振る。
「そうではないのです。光ったり何なり。その程度です。でも、町の中でお使いになるのは」
「私も『止めておいた方が』と勧めます。派手です」
イーアンも続けて『人目につく』それを避けるようにと言う。具体的に何が起こるのか、と親方が訊ねると、イーアンは『あれこれ、現れますのよ』と笑った。
「幻影に似たものでしょうが、取り込む要素の幻みたいなものが、次々に出ます。驚くのも嫌だろうから、先に言いますが、勿論、魔族の幻影も一瞬、目にすることでしょう。他の人が見たら」
「面白そうだ。だが、そういうことなら、分かった」
説明をもらった親方は、ハハハと笑ってドルドレンを見ると『だそうだ』と頷く。黒髪の騎士も苦笑いで、食堂から続く厨房をちらりと見ると『ここでは、追い出されかねないな』仕方ないと了解した。
続いてドルドレンが午前の出来事から、ミレイオを待たせるまでを、イーアンたちに話すと、イーアンもフォラヴも、ビックリして赤ちゃんを見た。
「この子が?」
「精霊の力ですか」
「そうなのよ。でも私には、この子の力は平気だったし、この子も私が発動して、ビクともしなかったわ。やっぱり変わってるわよね」
赤ちゃんのぷっくりした頬を、冷たいおしぼりで拭いてあげるザッカリアは『連鎖みたいだった』と付け加えた。ミレイオもそう思う。
「連鎖ね、そんな感じ。精霊と混ざっているにしても。力の種類が違うのは分かるの。それでも、お互いに影響ないのって、不思議じゃない?」
様子を細かく見ていたミレイオ、上から見ていた皆も、赤ちゃんの能力がどんな具合で、どれくらいの範囲かを教え、イーアンもフォラヴも顔を見合わせた。
「イーアン、朝の私の話。これでも不要と仰いますか」
「ええ~・・・この状況で私に聞くの~?」
嫌そうな女龍を見て、妖精の騎士は笑う。
二人が何の話をしたかを知らない他の者たちは、フォラヴが何を言うか待ち、そんな彼らの視線を受け入れたフォラヴは、『話しますよ』と一言、女龍に断ってから、苦い顔つきの女龍を放って、朝の話を皆にも聞かせた。
――サブパメントゥ最強のコルステインたち、そして精霊の世界最強のナシャウニット他も、赤ちゃんは抵抗がないどころか、彼らの要素を受けるくらいの容量も備わっている――
要点はここ。この部分の前後も組んで話した妖精の騎士は、話し終えると『イーアンは否定的』と茶化した。イーアン、ぶすっとした表情で『だって』と呟く。
「赤ちゃんと、いつまで同行するかも分からないのですよ。それなのに、こんな話になったら」
「なるほどな。良いじゃないか。世話に面倒があるわけでもない。割と、頼もしい同行者かも知れんだろ」
イーアンが自分の意見を伝えているのを遮り、タンクラッドはニッコリ笑って、腕に抱いている赤ん坊を見る。イーアン、親方の子煩悩に心の中で舌打ち(※子供・動物好き親方=こうなると思ってた)。
「(タ)お前。俺たちに育てられる運命だったのかもな」
「(イ)そうなると思ったから、もっと慎重にと、私は」
「(ミ)強ち、間違いでもないんじゃない?だって救い出した時、あんたが最初に気がついたんでしょ?」
女龍が助け出しに行った時点で、分かりやすい示唆じゃないのか、とミレイオは言う。
ミレイオは、男龍の赤ちゃんにも喜んだ。『絶対にこうなる』と予想していただけに、イーアンは目を閉じて首を振り、溜息混じりでやんわり否定。
「そんなことを言ったら、これから助ける赤ちゃん・お子さん、全員そうなります。私たちは、世界を魔物から守るために旅をして」
「すみません、イーアン。私はイーアンの意見に同意はあるんですが。
普通の幼児なら、国も引き受けようがあると言えるけれど。こうした雰囲気の子供は、やっぱりある程度、運命的なものもあるのかなと・・・私も思い始めていて」
「バイラまで」
再び遮られて、困る女龍。遮ったのがバイラで、彼の一般的な『最初の問題=見た目・種族』が理由に出されては、すぐに答えづらくなる。しかし、バイラは信仰が強いから、そうした信心から思う部分もある。
「はい。バイラの意見は尤もです。確かに赤ちゃんは、人間の施設に預けることは無理があります。だけど、この子を引き取る先は、もしかすると『この次』にでも待っているかも知れないでしょう?
私が懸念しているのは、この旅路に赤ちゃんを引き受ける感覚を持ち込むことで、彼が本来なら『移動するだけのために、私たちと繋がった』可能性を、見なくなるかもと」
「それは無いだろう。もし本当に、赤ん坊が引き取られる話が出て、それが『正しく』と思えれば。渡さないほど、俺たちも執着しない。さすがにそこまで、経験は若くないのだ」
「あらやだ。ドルドレンまで」
三度めに遮ったのが伴侶。イーアン、実は伴侶が一番、気になる。
ドルドレンの責任感は、愛情を遥かに凌ぐ。責任のために命を懸けることを、常に選択してきた男に『赤ちゃん保護』の名目は、非常に強力なすり込み。
奥さんの目つきに、ドルドレンは片眉を上げて『おかしなことは言っていないぞ』と首を傾げた。
「俺は、イーアンの言わんとすることも理解している。だから、間を取っているつもりだ。引き取り先がもしも、次の行動に現れるとして、本当にふさわしいと分かれば、その時は彼ともお別れである。それまでは、俺たちが保護するだけのことだと思う」
「だって、ドルドレン。あなた、そんなこと言って。情が湧いたらどうするのですか。ただでさえ、情に厚い馬車の家族」
「嬉しいことを言ってくれるのだ(※違)。情があっての旅路である。馬車の旅とはそういうもの」
違うのよ~~~! 褒めたけど、そこじゃないの~~~
イーアンは首を振り振り、『私の言いたいことはそうではない』と訴えるが、気を良くしたドルドレンは、イーアンの長い角を撫でながら『イーアンも馬車の家族だ』そうだね?と続ける。
それを言われると、自分が無情のように聞こえるイーアンは、ぐぬぅ、と唸った。
お読み頂き有難うございます。




