1357. 混沌の水 ~分解完了
「何か。私に間違いが」
自分以外の3人の態度が気にかかって、妖精の騎士はやんわりと訊ねる(※遅い)。
フォラヴが気になったこと・・・イーアンが、先ほどから消極的ではあった。でもそれは、イーアンと自分の情報に差異があるからでは、と捉えていた。
だけれども。この二人―― シャンガマックとホーミット ――まで、似たような反応をしているとなると、話は別(※イーアン敗退)。
サブパメントゥの情報と、精霊の力を持つシャンガマックであれば、私よりも過去を知っているかもと、不安に思うフォラヴ(※悉くイーアン残念)。
「バニザット。お前が言え」
「そうだな。俺も聞いた話だが、父が教えてくれた内容と、フォラヴが挑む手順はどうも違う」
牛の体内の暗がりから掛かる声に、了解したシャンガマックは、友達に遠慮がちに、でもはっきりと『違う』ことを伝える。
「それは?でも。私の話に、シャンガマックも頷いていらしたでしょう。私は、過去のアレハミィの行ったことと、彼に準備をした魔法使いの動作を見て」
「そうだけれど・・・イーアン。イーアンはこれ、何を渡して」
確認しようとするシャンガマックに話を振られ、イーアンは『これは自分が倒した魔族の灰』と言い、少なからず驚いた顔を向けたシャンガマックに、ビルガメスの助言で加えることも話した。
「何と。ビルガメスが。そうだったのか。分かった。それなら尚更。最初はこっちだ、フォラヴ」
並べ方が違うんだ、と教える褐色の騎士は、順番に置かれた材料と道具の配置を動かし始める。
「シャンガマックはご存じなのですか」
「『話しだけ』だと、さっき言った。だが、お前よりは、こういったことに俺は慣れている」
急に来て、さくさくと手を出す友達の動きに、フォラヴは少し恥ずかしさも感じて問いかけたが、友達から戻った返事は、切り捨てるような言い方。
シャンガマックの言葉に棘はないが、自分だって一生懸命調べて来た直後。それを目の前で正すように直されて(※実際正している)少し嫌味を呟いてしまう。
「ちょっと離れた間に、あなたも彼に似て」
それは、横で聞いているイーアンも思う。んまー、似ちゃって、とは思うが。
シャンガマック自体、喋り口調は最初からこんな感じだし、お父さん(←大男)しか喋る相手がいなかったんだから、会話の仕方も変わるだろうね・・・とは理解するところ。
イーアンはそう理解して終わるが、シャンガマックは違った。動かしていた腕を止め、フォラヴを見ないまま『どういう意味だ』と低い声で訊ねた。
「どういう意味、とは」
「俺が、彼に似たとは。どんな意味で言った。答えによっては許さないぞ」
「シャンガマック?」
「俺の父を侮辱するな。俺の父の言葉を、態度を、今後一回でも、例え冗談でも侮辱してみろ。二度と、お前と話さん」
地面に置かれた物の配置を荒っぽく置き直し、ゆっくりと体を起こした褐色の騎士の顔は、静かだが怒りを含んでいて、驚く妖精の騎士を睨みつける。
困惑するフォラヴ。おやおや、と思って見つめるイーアン。目端に映るホーミットは、身動きしない。
「そんなつもりでは。あなたの口調が、と」
「言い訳か。お前の『間違い』で、他の仲間が奇形に及ぶ変化が生じるかも知れない危険を、俺たちが間に合って、こうして訂正に至ったんだぞ。
妖精の世界で真剣に調べたことについて、俺は何も言わない。
だが、俺がお前の危険を取り除いている事実より、小さな恥じらいを優先して、俺の父を侮辱するような、嫌味なことをするな。フォラヴ、お前はそんな嫌な男じゃないはずだ」
「バニザット」
怒った褐色の騎士の声が途切れたすぐ、ウシの乗り物から出ない大男が彼の名を呼んだ。怒った顔をそのまま、シャンガマックが彼を見ると、大男は暗がりから『こっちへ来い』と呼ぶ。
「ヨー・・・いや。ホーミット」
「良いから来い。後は女龍に任せろ。女龍は続きを理解している。だろ、イーアン」
シャンガマックを止めたんだなと分かるので、イーアンは頷いて、引き続きは自分が請け負うことにする。だが、彼らが知っていることが抜けていると困るので、承諾し、確認の有無を訊ねた。
「はい。恐らく。話しますか?確認した方が」
「まぁ。そうだな、じゃ、お前も近くまで来い。俺は出られない」
良いでしょう、と返事をし、イーアンもウシの近くまで寄り、自分より先にウシに入ったシャンガマックの、むしゃくしゃした様子をちらりと見てから、暗がりの大男を見る。
サブパメントゥの彼は相変わらず、厳しい顔つきではあるが、見る度に少しずつ、柔らかい印象が感じ取れるようになった気がした。
「私が得た情報。最初に・・・・・ 」
大切な作業の段階と、何を使うのか、どういった状態に変化したら、次に何をするのか。どう、完成を判断するのか。空の壁画で見たことを、要点だけ伝えるイーアンの話に、ヨーマイテスは静かに聞き続け、女龍が話し終えた時、頷いた。
「大丈夫だろう。サブパメントゥにない事情まで掌握したか。それは俺の胸に留めておいてやる」
「そうですか。意味は、あなたが他に話さないとした解釈で合っていますか」
「そんなところだ。あの妖精、まだ若いんだ。遠慮しても躾は大事だぞ」
碧の目で、女龍に助言をした大男は、鼻でフフンと笑った。彼の脇にはシャンガマックが座り、その肩に大きな太い腕をかけている様子は、彼らが固い絆で繋がっていることが伝わる。
「躾。妖精に対して、龍の範囲ではありませんが、気にはかけましょう」
「異種間でも、躾くらいしてやれ」
あら、と思っても。イーアンは彼の一言を茶化さずに微笑む。大男も少し鼻で笑い、自分たちの会話を聞いている妖精の騎士に視線を向けると、女龍に作業開始を促した。
「ここで見ててやる。やってみろ」
「何か問題があったら止めて下さい・・・ええとね、その。それ」
了解して背中を向けた女龍は、思い出したようにもう一度振り向くと、彼らの首と手をさっと見る。
「首飾り。そして、その指輪。二人が同じものを。良いですね。お互いを繋ぐ」
「余計なこと言うな」
「ちっ。褒めてんだよ」
気が付いたことを口にして、即行遮られ、イーアンは舌打ちしながら、自分を見た碧の瞳が『照れた』んだと分かり、苦笑いして憎まれ口をぼやくと頭を振った。
その様子に、怒っていたシャンガマックもちょっと気持ちがほぐれ、フォラヴに向かって歩いて行ったイーアンの背中を見ながら、『褒めてくれたよ』と父に囁いた。
「分かってる」
「俺は。嬉しいよ」
「俺が嬉しくないと思うのか」
小さな声で答えたヨーマイテス。見上げるシャンガマック。ヨーマイテスは少し顔を寄せ『お前は、俺を守った』と微笑んだ。シャンガマックは『当然だ』と答える。
「俺の息子よ。お前を息子にして、どれくらい俺が満たされているか」
「あなたは俺の父だ。いつだって守る。愛しているよ。ヨーマイテス」
俺もだ、と答え、ヨーマイテスは満足そうに息を吐き出し、息子を抱き寄せると、開けっ放しの外を見るように言った。
外では、女龍が何かを示しながら作業を始めており、フォラヴは居心地悪そうにしつつも、彼女に従っていた。
――この後。前半を引き受けたイーアンは、シャンガマックによって並べ直された、『手順』用の道具と材料を少しずつ混ぜ、変化の様子を見ながら作業し、『混沌の海』一壺分に、新たに魔族の要素も足した、3代目の旅路における、新しい『混沌の海の水』を創った。
そして後半。フォラヴが妖精の女王によって見た場面『分離』のため、イーアンは彼の側を離れる。
サブパメントゥと騎士に『私は上から見ています』と断ると、翼を出して上昇した。
イーアンが離れたので、フォラヴは妖精の姿を取り、ヨーマイテスは、横に座るシャンガマックに『アレハミィと近い姿』と小声で教えた(※観客席の感想)。
フォラヴは妖精の力を高め、木々と大地から、求めるものを呼び起こす精気を受け取って、自分の周囲を円環状に取り巻く、仮初の泉を作る。
円環状の泉は水飛沫を上げて、中心にいるフォラヴ側から沸き出すように、外側の縁へ光の水を生み続ける。彼は、水の指輪の内側に立つような具合で、泉自体は宙に浮いてる。
その、揺らぐ光を湛えた泉の中に、フォラヴは壺を傾けて『混沌の海の水』を落とした。
水はぐるぐると回り始め、それはすぐさま、様々な形の光を浮かび上がらせながら、沈んでは消え、消えては浮かびを繰り返し、暫くして穏やかな上下二層の水に分かれる。
この時、フォラヴの妖精の姿が数秒間だけ、人間の時の姿に戻る。
彼はいつもの声で『私の身はこの海に。異界の命は別の海に』と、まるで魔法の言葉のように唱え、広げた両腕を上下に一度、大きく振り、それからまたすぐ、妖精の姿に変わった。
彼の言葉が終わるや否や。上下二層に分かれた水の色が変化し始め、中に何かが生まれる様子も生じる。
それは最初の、千切れ混じり合う色の不明瞭な状態が、はっきりと澄み渡る、紺色と虹色に分かれ『見るからに』とその存在を現す時間。
下層に行き渡る、澄んだ紺。上層に動く、波寄せる生きた虹色。
妖精が左腕を上げると、上層の虹色の水が、彼の透明な腕に吸い寄せられるように噴き上がり、それは妖精の腕がすーっと示した、空っぽの瓶の中に飛び込む。そして下層の紺色の水は、そのまま地面に吸い込まれるように、輪の状態でバシャッと落ちて、あっという間に消えた。
「おお。あれが」
浮上した空中、腕組みしながら、クロークをはためかせて見守る女龍(※エラそう)は呟く。
「ふむ。あんな具合か。俺も知らなかった」
スフレトゥリ・クラトリの中から、座って息子と観賞中のヨーマイテスも、面白そうに首を傾げた。
「あれで完成?」
父の片腕に肩を寄せられている状態のシャンガマックが訊ねると、大男は『俺も知らない、って』と笑う。そうか、そうだよねと、聞いておきながら自分の質問に笑うシャンガマックは、もう怒っていなかった。
妖精は透明の体をゆったりと動かし、まずは空を見て微笑むと、次に鎧の牛に顔を向けた。
「終わりました。間違いはありません」
空気に震えるような不思議な声が、女龍とサブパメントゥの耳に聞こえ、友達の大いなる姿を見つめるシャンガマックは『さすがだ』と呟いて微笑んだ。
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