1355. バーハラー復活・土砂相手の腕試し
フォラヴとイーアンが引き受けた、『海の水』分離。
これは他の者たちが付き添っても、特に何の役に立つこともないようで、その二人を除いた残り全員、今日は一緒に行動することに決まった。
とは言え、馬車で移動ではなく、まずは徒歩。最初の目的地だけは、ドルドレンとバイラで出かけ、その間に、職人3人と赤ちゃん、ザッカリアは、町の外へ向かう。
昨日のうちにバイラが報告を上げてくれた内容を、ドルドレンは町長に改めて伝えに行き、町長にアオファの鱗を渡すと、使い方を教えた。それから、近隣の二集落にも、これを配りに行くことも伝えた。
町長はとても感謝し、『魔物を倒してくれた上に、こんな配慮まで』と何度もお礼を言った。
「もう。出発されるんですか」
町長は、少しでもお礼がしたいから、食事くらいはと申し出てくれたが、ドルドレンとバイラは笑って断り『まだ今日はいる』と答えた。
「バイラが警護団の資料で、どれほど悲惨な状況かを教えてくれた。彼も心を痛め、俺たちも同じ思いだったし、魔物の出現回数が日を追って増えるのは、放っておけない事態だと判断したから、昨日動いたのだ」
「本当に有難うございます。バイラ。あなたも。あなたのように動いてくれる、警護団が多くなるように!」
複雑な気持でも、町長の言葉は真実と、バイラは頷いて『私もそう願って努力する』と答え、昨日の夕方に知った、町の新しい情報の話に移った。
「先日の。土砂崩れは」
「あ!そうです。一昨日の夜に降った雨で、上の崖が崩れて。南方面の道が埋まっています。物資を運んでくる馬車が、帰ろうとして戻ってきました。
通行止めになると、古い道を大きく迂回することになって危険だから、今日の午後から、土砂除去作業です」
土砂対処について、町長に教えてもらったバイラは、ドルドレンと朝に相談したことを、一度、総長を見てから、彼が瞬きしたので話すことにした。
「土砂の量に寄りますが、私たちも手伝えるかも知れないです。私たちの進行方向でもあるため、これについて知らなかったとしても、対策は取ったはずなので」
「え!そんなことまで?いえ、でも。かなり範囲が広いんですよ。昨日、土砂の状況を見た者が・・・ええと、こちらに来て下さい。地図で見せましょう」
町長は旅人の申し出に驚き、しかし少人数で対処出来る量と範囲ではないと、役場の壁に掛かる地図へ案内し、土砂の報告がある地点を示した。
「うむ。昨日、龍で上から見た。同じ場所である。どこまで手伝えるかは、確かにそちらの都合もあるだろうことだ。通りすがりに近い俺たちが、示し合わせることでもない。
ただ、どうなのだ。土砂はどこかへ運ぶのか?気になったのは、例え、除去を手伝えるにしても、土砂の行方だ」
「行方?それは、下ですよ。道の脇に落とすだけです」
大量の土や石でも、この辺りは山を削って道を作っているから、上から落ちて来たものは、道の下に落とすだけだと、町長は教える。
ドルドレンと、バイラ。そうじゃないかと思っていたが、もう少し丁寧に確認し、町長から『ええ、そうです。本当に。シャベルで土を取るでしょう?そのまま脇へ投げるんです』と言われたため、それで良いなら、これから少し手掛けてこようと伝えた。
町長は、そこまでしてもらっては、と戸惑っていたが、総長の『出来る範囲で』の念を押す言葉に、雀の涙かも知れない手伝いに期待するな、と言われている気がして『それでは、腰を痛めない程度に』と、旅人の気持ちに感謝し、許可した。
町役場を離れ、歩いてそのまま、町の外へ向かう二人。並んで歩く総長を見上げ、バイラは呟く。
「騎士だから・・・でしょうね。総長が」
「ん。何が『騎士』」
「町長の言葉です。総長は見た目も目立つし、体は大きいですが、職業が騎士です。戦うことや龍に乗る印象に相違なくても、力仕事の土木作業が出来ると、思っていないでしょう」
バイラがそう説明すると、ドルドレンは笑って『何でもするのに』とあっけらかんと答える。バイラも、一緒に過ごしてよく思うが、総長は立場も見た目も関係なく、本当に何でも抵抗なく行う。
「今でこそ、総長だが。一騎士だった時代だってあるのだ。何だってする。支部は男しかいないから、近隣の森の間伐から丸太の運び出し、草むしりだろうが、花壇の世話だろうが。全部、自分たちで行う。
業者に頼んでどうにかするというのは、建物をいじる時くらいだ」
税金で雇われているからね、と総長が言うので、警護団と比べたバイラはしみじみ『ハイザンジェルはしっかりしている』と頷いた。
すれ違う人もちらほらの、閑散とした町を歩く短い距離。二人が警護団の体制について話しながら、壁の外で待つ仲間を見つけると、皆は早速、それぞれの笛の音を立てた。
「バーハラー。呼ぶのか」
親方も笛を吹いたので、隣にいたオーリンがちらと見る。
親方は空を見つめ『賭けだな』とちょっと笑った。この前、『もうじきバーハラーが動ける』と男龍に言われているのを信じる(※1293話参照)。
「今日は退治じゃない。だからな」
「労わってるわけだ。そうだな、俺もバーハラーくらい、衰弱した龍って見たことなかったから、あれはどうなるのかと気にはなっていた」
オーリンも上を見てそう呟いたので、親方は彼を見て『衰弱。続いたのか』と心配そうに訊ねる。オーリンは嘘は言わない。うん、と頷き、青空を見上げたまま『動かなかった』何日もね、と教えた。
「今日。バーハラーが無理していそうなら、俺のガルホブラフに乗って、龍は戻せよ」
「そうする」
あれからかなりの月日が、と思っても。せいぜい一ヵ月半程度。本当なら、何か月も休ませる・・・と聞いているが、タンクラッドはバーハラーに会いたかった。
「来た。俺、久しぶりだよ。ソスルコ!ソスルコ、おいで」
フワーッと白く輝く空に、ザッカリアが自分の龍の影を見て、嬉しそうに両手を振る。ソスルコの声が響き、ミンティンを小さくしたような模様付きの龍は、真っ先に降りて来た。
「大丈夫だった?お前も疲れたんだよね!」
ソスルコの首を抱き締めて、ザッカリアは喜びながら龍を撫で、その背中に跨る。続いてガルホブラフが到着し、着地する前にオーリンは飛び乗った。ショレイヤもすぐ後に現れ、ドルドレンはショレイヤに乗り、バイラもショレイヤに同乗する。
ミレイオは赤ちゃん抱っこ状態で、一人お皿ちゃん。皆は、立ち尽くす親方を黙って見つめる(※ちょっと可哀相)。
「バーハラー」
まだ無理か、と少し気の毒そうな表情で呟くタンクラッドは、ふと、自分に振動する龍気を感じた。
「これはバーハラーだ。バーハラー!」
空が彼の声に応えるように白くなり、その白い中に黒い点。
間違いなくバーハラーだ!と、見る見るうちに笑顔が浮かぶタンクラッドの目前。
堂々、燻し黄金色の体を、無駄に翻して輝かせ近づく、エラそうな龍が、大振りに尻尾を振って、仰々しく舞い降りた(※演出大事)。
「バーハラー!また会えたな!」
嬉しい親方が駆け寄りながら大声で挨拶すると、龍は無駄に大きく咆哮を上げ、『俺はここに在りき』くらいの存在感を見せつけた(※そんなことしなくても大きめちゃん)。
大喜びで龍に飛び乗った親方が、ああだこうだと褒めちぎりながら、龍の首を撫で回す様子を、先に浮上している皆は静かに見守る。
「(オ)本当に元気になったかどうか、分からないけど。とりあえず『いつものバーハラーらしい』っていうか」
「(ド)俺もそう思った。久しぶりだが、実にバーハラーはタンクラッドに似合う(※似た者同士)」
「(ミ)凄いわよね。あの誇示。乗り手にそっくり」
「(ザ)タンクラッドおじさん、生き返ったみたいに見えるよ」
バーハラーの両翼が、ギラギラ輝きながらバッサバッサ、宙を叩き、跨った剣職人は喜びの余り、高笑い(※『はーっはっはっはっはっ!』って)。
「行くぞ、バーハラー!久しぶりに、この地上の空を縦横無尽に翔けると良い!」
タンクラッドは意気揚々、自分の龍にドラマチック命令を出し、龍もガァーと咆哮で返し(←不要)、首を振り振り応えると、彼を乗せたデカめの龍は、見守る皆を置き去りにして、さっさとどこかへ飛んで行ってしまった。
「飛ぶのが目的だけど、自由に動くのは目的ではないのだ」
ぼそっと呟いたドルドレンに、後ろでバイラが、アハハハと笑う。ミレイオも笑いながら『放っとけば戻って来るわよ』と、先に目的地へ行こうと促す。
「赤ちゃんがさ。あんたたち、龍だらけで嫌みたいだから。私、ちょっと離れて飛ぶからね」
ミレイオはそう言って、胸元にしがみつく赤ちゃんを見る。ドルドレンたちも了解し、ミレイオと赤ちゃんは、龍たちから数十mほど距離を取って移動。
「赤ちゃんは、ミレイオのお手製の服だから、親子みたいである」
「本当ですね。色と柄が似ているだけで・・・いや。あの子の髪の毛の色も似ていますよね」
「うむ。髪の色、奇抜な色合いなのに、二人共サブパメントゥだからか。何だか似合っている」
「雰囲気があるのでしょうね。親子と言われたら信用しますよ」
ドルドレンとバイラは、『赤ちゃんとミレイオは親子』の話題で盛り上がっていたが、すぐ横にオーリンとザッカリアが並び、土砂崩れの場所だと下方を示して『行き過ぎ』と教えた。
「すまないな。ちょっと話に花が咲いた」
謝るドルドレンに笑ったオーリンは『良いけどさ』と答えて、真下に見える、土に埋まる道をどう対処する気だ、と訊ねた。
「うむ。龍に消してもらうと早いと思ったのだ」
「そうなのか。まぁな、ガルホブラフでも良いよ。ショレイヤはああいう感じの力じゃないだろ?」
「俺のソスルコは?違うものに変えるよ」
とか何とか、話し合っている空中。放っておいた親方が戻って来て、近づきつつ『下がれ!』と命令する。
振り返った4人が、何でだろうと思った時、タンクラッドが急ぎのように怒鳴った。
「早く下がってやれ!ミレイオが消すつもりだ!」
「ミレイオ?」
はたと土積もる道に顔を向ければ、派手なパンクが赤ちゃん付きで突っ込んで行く姿。
「龍が近くない方が疲れない。下がれ、ミレイオの顔が光っているのを見なかったのか!」
唐突に戻って来て、いきなり怒る勢いの注意の仕方。親方と相棒のエラそうな態度に、ドルドレンたちはちょっと冷めた眼差しを送りつつ、いそいそ上がる。
並んだタンクラッドは、下を見ながら『土を消すつもりでいるんだ。サブパメントゥの力を使うんだから、気が付けよ』と・・・まるで、こっちがぼやぼやしていたような言い方をするので、オーリンは『後から来て、よく見てるね』と嫌味で返した。
「側にいて、よく見えてなかったもんだ」
嫌味に言い返すタンクラッドに、オーリンが『おい』と返しかけた時――
下方でスカッと青白い光が弾けたと思いきや、次の一瞬、フワーッと青緑の風が、ミレイオを中心に舞い上がる。
その風の範囲。視界に入らない道の続きまで及び、風はびゅううと音を立てて、木の葉を駆け巡らせた後、すっと消えてしまった。
驚いて真下を見る、龍に乗る面々。『今のは』『ミレイオ?』下に顔を向け、初めて見た数秒間の出来事に、何だったのかと言葉を交わす。
「シャンガマックみたいな色だよ。ショショウィとか、レゼルデもあんな感じだった」
思いだしたことを伝えるザッカリアが、大きなレモン色の瞳をきゅーとさらに大きくして、食い入るように下を見つめる。道に落ちて積もった土砂は、どこにもない。
この一言で、タンクラッドはザッカリアに顔を向け『精霊』一言、驚く唇から落とす。
彼の呟きを拾ったように、上を見上げたミレイオは声を立てて笑い出し、抱っこしていた赤ちゃんを両手に持って掲げ、叫んだ。
「この子よ!凄いでしょ!」
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