1350. 混沌の水 ~イーアンとタンクラッドの魔族談義
夕方の外に出た剣職人とオーリン。馬車のある裏庭の奥に、イーアンは立っていた。
「穏やかじゃないぞ。死んでいるとはいえ。倒して、首だけ持ち帰る意味は何だ」
「あなたまで、そんな。私を敵に見立てるような言い方です」
目が合うなり、5mほどの距離を置いた剣職人は、仕方なさそうに笑みを浮かべているが、それ以上は近寄らない。オーリンもとりあえずは距離を保つが、イーアンとタンクラッドの間くらいに進み、女龍に話すように言う。
「俺が言うことじゃないからな」
「はい。最初に、これが魔族の死んだ首だと教えました。正確には、灰と化しています。まだ崩れていないけれど、振動を与えれば崩れるでしょう」
オーリンに促され、イーアンが包みの中を説明。親方は頷いて、危険はどうなんだと、それをもう一度確認する。女龍は首を横に振り『灰ですから。皆さんが触れる必要はないですが、私がこうしている分には、ただの灰です』と答えた。
「持ち込んで何をするつもりだ。人もいれば仲間もまだ、魔族の対処が出来ていないぞ。俺だって龍の皮の着物は着るが、赤ん坊と一緒だと、こうして脱いでいる。この状態では、魔族の」
「そこまで、で。私が考えなく、これを持ったと思いますか。本気でそう思うのですか。あなたは私を相手に、これまで何を見ましたか」
咎めるようなタンクラッドの言葉を遮り、イーアンが無感情に訊ねる。畳み掛けるように連続した言葉の列に、タンクラッドは少し嫌そうな顔をする。
横で聞いているオーリンは、彼女の言葉に、いつもイーアンはこんな喋り方だけど、ちょっと女龍っぽくなったな、と感心した(※自分言われてないから余裕)。
実のところ、親方もそれを感じたから、嫌な気持ちが沸いた。
いつものイーアンの口調に、どこか遠い存在のような叱り方を覚え、自分がそう言わせたことに後悔を感じる。いきなり距離が出来た感覚に、タンクラッドは小さな溜息を落として『早く話せ』と女龍から目を逸らして呟いた。
「間もなく。こればかりは予想ですが、フォラヴも戻るでしょう。彼は、ロゼールが持ち帰った『海の水』への対処を覚えて戻るはずです。妖精の女王に会いに行ったのだから、手ぶらでは帰りません」
「ふむ。そうか、それで?」
「彼も方法を知って戻るだろうと思えば。こちらも準備が必要です。偶然でしたが、私がイヌァエル・テレンへ出かけた際、準備に何をするのかを知りました。
誰が教えてくれたわけでもありません。古代の歴史を知る機会があり、それによって理解を得ました。その準備が、これです。これ、この材料」
材料、と訊いて、眉を寄せるタンクラッド。オーリンはもう、この話を聴かされた後なので、黙っている。包みを持った手に視線を動かし、言葉を考えてからイーアンは話しを続ける。
「私は全てを話すことは出来ません。それは、私が龍族だからです。出過ぎてはいけない、その線がある以上、私は自分の立場の中でしか動けません。
でも、これは良いはずだと、判断しました。今日、魔族が魔物の群れの中心にいました。
空中に異空間のように見えた場所があり、魔物はそこからこぼれるように出ていました。その異空間。異空間とは言いきれず。
何と説明して良いか、適切な言葉は見つかりませんが、アゾ・クィの森と似ていました」
「それは。魔法使いがいたような、と」
「そうです。あの時は、フォラヴがそれを見つけて下さいました。今回は、私が。魔法使いだったのでしょう、魔族が取り憑いた相手は。魔族の体を持っていて、意識が魔法使い―― 人間のもの ――でした。
私が近づくと、彼は非常に取り乱し、私に魔物を放ちました。魔物は全て、魔族の種に侵されておらず、それだけは救いだと思いました。その魔族を消すつもりでいましたから、私は四方八方に噴き出した魔物を消しました。魔法使いは一度は私の攻撃を免れましたが、面と向かった時、体を膨らませ始め」
「種が」
呟く親方に、イーアンは頷いて『そうです。彼は龍に効かないと、知ってか知らずか』それは気にしていないのか、淡々と話続ける。
「私は出来るだけ、力を控えて相手を消しました。正しく言えば、ただの問題ない物質で残るよう、それ以外を消すように意識しました。
結果がこれです。丸焦げ程度で済ませた魔族は、種も出す手前だったか、種さえありませんでした。体が膨れ始めたところで死んだ、という具合です。
そうやって片付けたのは、この材料の存在を思い出したからでした。簡単に言えば、『魔族』に用があったから、見つけたのは丁度良かったのです。
私は、焦げた死体の首を切りました。すると、私が掴んだ側から、灰に変わり始めたので、崩さないよう力を緩めて、持っていた布に包みました。
残りの体は、私が側にいるだけで、あっという間に灰に変わったから、私はそれを消して片づけました」
消すとは・・・安全かどうか、確実かどうかを訊きたそうな顔のタンクラッドに、オーリンが『カッ、て口開けてさ』と、自分の口を開けて見せる。
親方、納得。種が出来る前の魔族だから、それで済んだのか、と分かった。
ここで親方―― 本題の『魔族の灰材料』を離れ、先に、これまでの主題だった『魔族の動き』に浮いていた、疑問や推測をまとめることにする。対処の相談は、まず相手の状態を、共通で把握してから。
イーアンとオーリンに、簡単にその旨を話すと、二人は了解。なので、親方は質問する。
「アゾ・クィの魔法使いのような相手。意識が人間で、見た目は魔族。やってることは、妙な空間が空中出現して、そこから魔物があふれ出す。で、相手の理解は合っているか?」
タンクラッドが質問すると、イーアンは頷く。すぐに次の質問を用意しているタンクラッド。イーアンは質問タイムとばかり、自分の話す順番が終わったからか、黙って見つめる。親方は続ける。
「お前たちが戦っている時かな。俺たちは宿の部屋で、今日の敵の出方が『レゼルデに会う前の、夜明けの海上のよう』と、話していた。コルステインが、海底で大玉を倒したが、あれも魔族だったと思うか?」
「確認しようがありません。コルステインは魔族を知らないですし、訊ねるにも、あの時の大玉の特徴を私たちは知らないのです」
「今、俺が、お前に何を訊こうとしているか。分かるか、イーアン」
イーアンは黙る。タンクラッドをじっと見つめて『思うに』と呟く。
その視線と目付きは、タンクラッドとイーアンが、イオライセオダの工房で散々、謎解きをした時と同じ。
見た目の変わったイーアンでも、同じ眼差しを向けるこの瞬間に、タンクラッドは一瞬で、その時と繋がる満足を得る。
「魔族の連続性ですか。海上の一件が、魔族の発生理由だったとした場合。先日のペリペガン集落前に、コルステインが倒した魔族も、今日に、私が倒した魔族も。
オロノゴ・カンガが、移された種、同様。ハディファ・イスカン神殿で、妖精が追い返した魔族・・・海から上がったとした話が」
「さすが俺のイーアンだ(※横恋慕中)」
「ちょっと違う気もしますが(※かなり違うと言いたいが、話が逸れるから我慢)当たりましたか」
「ドルドレンを狙った、鍾乳洞の敵。また、彼が倒すに至った、雲の魔物。これらは同じだと思うか?」
「その意味は」
「今日までに・・・俺たちが出くわした魔族。コルステインが倒した、この前のやつ。今日も。『ドルドレンを狙っている』と思えるか、どうか」
イーアン少し考える。目をくるっと上に向け、うーんと唸ってから『両方の可能性』と呟く。タンクラッドは頷いて、言うように促す。
この時、タンクラッドはもう、イーアンの側に寄って来ていて、普通に向かい合っていた。
オーリンは完全、蚊帳の外状態で、腕組みしながら聴いているだけ。オーリンとしては、この二人がこういった話を始めると、誰も入れない気がしている。
「よその地域にも出ていると、これはもう、大変ですが。コルステインも私もそこまで反応していません。ものすご~く遠方であれば、感じることさえ難しいですけれど。
ビルガメスたちも何も言っていないし・・・コルステインたちは、ロゼールを送る際に飛んで移動しますから、もし魔族の動きが広がっていそうであれば、どこかで気が付いています。であれば、多分、何か手を打つはずでしょう。でもそれは、今のところない。
それが正しいとして、前提にしますとね。
私たちが移動する途上に、魔族が追うようにか、または、待ち構えるようにいます。今回のことを参考にすると、物理的な移動ばかりが方法でもなさそうですし、『魔物を餌に釣られた私たち』が、魔族の元に行く・・・ようにも、思えなくない。
そして魔物の数が多ければ、全員で応戦するわけですから、当然、ドルドレンが孤立することもあるわけです。そこに魔族がいれば・・・意志を持って、彼を倒すために動いている、魔族が待っているとすれば。
ふむ。有り得なくないですね。『彼を倒すために』か」
んなことさせるかっ! 言い終わるや否や、自分で言っておいて、イーアンは口汚く吐き捨てる(※伴侶愛)。
ビクッとした男二人は、『決まったわけじゃない』と、顔を歪めた女龍を落ち着かせ、とにかくその見解に『なるほど』と顔を見合わせた。
「面白い。お前の意見は尤もだ。イーアンとコルステインがいない時間を、狙うだけじゃなさそうな展開だな。まぁ、そうなるだろうな。
お前たち二人に気を遣ってたら、よほどのことでもないと、動く機会がない。昼夜、どちらかが確実に馬車にいるんだ」
「日中、イーアンがいない時間は、ミレイオがいるしね。タンクラッドも一緒だ。魔族の種が利かないかどうか、より。面倒があるか・ないか、の基準で考えていそうに思うよ」
オーリンの言葉にも、タンクラッドは頷く。それもそう思える、と答えると、ここで本題。
「さて。イーアン。魔族の動きや状態はお浚いした。
話を戻すぞ。フォラヴが戻り次第、お前はその、持ち帰った材料を使って、何がどう進むと。知っているんだろ?」
「見たことも、行ったこともありません。私が知ったことは、方法が実行された、とした記録だけ。でも、それを知っているかどうかは、非常に物事を大きく左右します」
イーアンの前置きは、タンクラッドの好奇心を掻き立てる。未知にゾクゾクすると、ニヤッと深く口端をつる癖がある剣職人に、二人の龍族はちょっと笑った。
「ロゼールの持ち帰った『海の水』。そして、この『魔族の灰』。これを合わせたら、その後、フォラヴの出番です」




