1347. 別行動:フォラヴの調べ物
ドルドレンたちが、シャルワヌの町近辺の魔物状況に、見回りと退治を兼ねて精を出している、この日。
一人、妖精の世界へ来ているフォラヴは、あの図書室で調べ物をしている最中。
最初の日のうちに銀の城に入り、出迎えてくれた声だけの女王に『直に伺いたい』とお願いしたところ、女王は近い日に城へ来ると約束してくれた。
それまでの間、『呼び声の書』と言われる図書室で、ひたすら文字を見つめ続け、早数日。時間の流れは、普段の世界と違うだけに、フォラヴも長居を気にするが、女王を待つため、空いた時間を有効に使うのみ。
魔族について、歴史に残っていることは端から調べ、貴重な情報と分かったものは、その場で書き付ける。そして、海の水について、アレハミィが何をしたのかも調べ続けている。
だが、これが簡単ではなかった。どんなに調べても、アレハミィのことは途中までの記録しかない。
フォラヴは柔らかな赤紫色の布を張った、詰め物のふっくらした長椅子に座り直し、浮かぶ本を一度閉じると、疲れたように目元に指を置く。
「アレハミィ・・・あなたは。女王に質問することが、一番かも知れないけれど、何があったのか」
――記録に残ったアレハミィの事実は、フォラヴが驚くような相手だった。
最初は違う誰かのことかと思い、その名前の残る書物をとにかく開き続けたのだが、アレハミィの名を持った妖精は、この妖精の世界に過去10人程度。
時代が違うことと、最大の特徴である『旅の仲間』かどうかで絞り込んだら、その時は一人しかいない。
それなのに。フォラヴの前に並んだ書のどれを読んでも、アレハミィが非常に高い位置にいた妖精であったことと、特別な逸話まである出生を持つこと、また彼の家系が女王の一族のうち、もっとも豊かな才能の数々を操った一族であったことが記されていた。
「この方が?こんなにすごい御方が、旅の仲間に?」
読めば読むほど、自信喪失するフォラヴは、あまりにも自分と違う『2度目の旅に参加した妖精』の有様に、耐えきれなくて一度休む(※打ちのめされる)。そして休みつつ、自分を励ましては、また読むことを繰り返し、既にそれを続けて夜も過ぎた。
苦しい胸を抱えつつ(※自信失せた)フォラヴが悲しい瞳を必死に逸らさないよう、彼の記録を追う中で、ある事実に気が付いたのは、ようやく朝になってから。
フォラヴはそのことに気が付いてから、調べ方を変えて別の書も読んでは替え、と探したのだが、『アレハミィ』の名の出て来る書物のどれにおいても、彼の記録は半生までしか探せなかった。
この続き。それが知りたいのに―― アレハミィが人間の体を得たのが原因なのか、アレハミィについては、彼が妖精そのものの時代しか、記録がない様子に、フォラヴはほとほと疲れた。
この疲れにより、休憩を挟んだ妖精の騎士。
『呼び声の書』に、女王を待っているフォラヴがいることを聞いた、他の妖精が来て、彼を朝食に誘う。疲労したフォラヴは、調べ物を続けなければと思いつつ、気持ちを入れ替える必要も感じて、誘いに応じた。
美しい女性の妖精は、フォラヴを銀色の葉が落ちるバルコニーへ連れて行き、彼が何を求めてここに来たのか、何をしているのかを訊ねながら、バルコニーに出された白いテーブルに案内する。
年月を感じさせる彫刻のある、円形の白いテーブルに、真っ白のクッションが置かれた、優美な曲線を描く背凭れの椅子が2つ。
テーブルの上には小さな花々を輪に編んだ中、小さな金色の食器に、花の蜜と果物があった。
お礼を言って着席し、妖精の女性が名を『ピュディリタ』と紹介したので、フォラヴも名乗る。彼女は騎士に食べて飲むように勧め、フォラヴは有難く頂く。
「女王はもう、戻られますよ。調べたことは満足出来ましたか」
「いいえ。分からないことが残ります。でも、個人的なことです為、それも併せて女王に訊ねたいと思います」
温かなお茶に似た花の蜜の香気に、フォラヴ心からホッとする。白金の睫毛を伏せて、ふっと微笑むと『とても好きな香りです』と褒めた。
ピュディリタもニコリと笑顔を向けると果物を手に取って、フォラヴの皿に置き、触れることなく人差し指を、上から下に動かして果物を半分に分けた。
「ピュディリタ。あなたのような能力。私には備わっていませんが、これは家系に寄りますか?」
「ドーナル、あなたはご存じでないことがまだ多そうです。例えばあなたにある、天性の力」
ちらりと彼女を見たフォラヴは、切り分けられた果物を口に入れて、少しだけ頷く。
自分は妖精の力を解放し、妖精の体の時に何が出来るか。それについては理解しつつある。だが、もっと多岐に渡る力を持つ妖精の世界で、自分にはこれしかないのだろうか?とも思っていた。
「大きな旅に選ばれたあなたです。これから得る自分の目覚めも、またあなたの為でしょう。でも、もう少し・・・持たされた力を使えても、きっとそれはあなたの役に立つ気もします」
遠回しに、『能力に気が付くよう・活かすよう』と言われているのを、理解するフォラヴ。
はい、と答えつつもどうすれば良いのやら・・・・・
こんな時、角の生えたばかりのイーアンがまごついていたことや、総長が勇者の器に悩んだ姿を思い出し、自分も現時点で、彼らの越えた道を通っているのだと、胸に刻む(※先人を尊ぶ)。
美しいピュディリタは、若葉のような色の瞳を、黙りこくる騎士に向けると、涼しい笑い声で『そんなに沈んで』と声をかける。フォラヴも苦笑いして、白金の髪をかき上げる。
「以前・・・アレハミィという妖精がいました。ご存じですか」
ふと、疲れ切ったフォラヴの口を衝いて出た名前。言う気はなかったが、彼の記録だけでここまで打ちのめされたフォラヴは、つい彼の名前を聞いてしまう。
その途端、ピュディリタの目が大きくなり、彼女の黒い髪は揺れた。
「アレハミィ?知っています。あなたは彼を知っているのですか」
彼女の反応が、まるで近い立場のように感じ、フォラヴは聞きたくなる気持ちと、控えた方が良いのかと警戒する気持ちの両方に戸惑う。
そんなフォラヴを見つめ、ピュディリタはじっと彼の頭の先から足の先まで観察すると『そうよね』と呟く。
「あなたは人間の体を。アレハミィも最期はそうでした。だから知りたいのね?」
「あの。はい。ですが、ピュディリタがもし、彼について私が質問をすることで、何か困るのでしたら」
「いいえ、困りません。ただ、彼がなぜ人間の体を得たのかは知りません。それまでの彼のことであれば、話せます。私は彼の娘だからです」
フォラヴは目を丸くする。娘・・・・・ 本当に?と思わず身を乗り出す騎士に、ピュディリタ急いで『彼が生きている間は少ししか知らない』ことも付け加えた。
「理由は、アレハミィと母の間に私が生まれた後、彼は間もなくして人間の体を得たため、妖精の世界へ戻らなくなりました。私は彼を知っているのですが、それは記録と彼との会話、母の知る彼についてです」
そこまで一気に話すと、ピュディリタは順序を考えるように少し宙に視線を走らせてから、その賢そうな瞳を騎士に再び向けた。
「私は今日、ここにあなたがいると聞いて。この前、魔族の森へ向かった一人の妖精の話を思い出し、あなたがそうではと、それで訊ねました。私は」
ピュディリタがここまで話した時、二人はバルコニーの向かいに視線が釘付けになる。眩しくないのに、たくさんの光の粒子が集う姿。辺りを照らすほどの光量なのに、柔らかで穏やかな白。
その中に佇む、尊い美しさを保つ女性は、二人を見つめて微笑んだ。
「私は戻りました。ドーナル。私の子。話しなさい。お聞きなさい」
「女王・・・・・ 」
そこには女王が穏やかな笑みと共に浮かび、彼女の遮ったことが、必然だったと二人は知り、頭を垂れた。
このすぐ後、フォラヴは女王に移動を促され、それに従い、ピュディリタに挨拶出来ないまま、一度だけ目を見合わせて微笑むと、そのまま広間へ向かった。
広間に入ったフォラヴの前に、女王が既に大きな椅子に腰かけて待ち、彼に前に立つよう指示する。騎士は静かに女王の前に歩き、向かい合って立った。
「話しなさい。あなたの心を」
「はい。私に託されたことがあります。それを私は何も知らず、しかし遠ざけてはいけないとも判断しました。いずれにせよ、あなたに許可を」
「私の子。ドーナル。何も恐れなくて良いのです。あなたが私に道を請う時、私は示しましょう。御覧なさい。この水盤」
女王はそう告げると、両腕を持ち上げ、その持ち上げた場所に、煌めきながら見事な水盤が現れた。
彼女の白い手が水盤を支え、そっと騎士の前に引き下ろすと、覗くように言う。フォラヴは言われるがままに、女王の持つ澄んだ水盤の上に、顔を覗かせた。
「あ。この・・・え?馬車が。ああ、もしや」
「これは遥かな過去。あなた方の前に、この世界を守った彼ら。そこにいる者が持つ弓は、あなたが使う弓と同じ。彼の行いをよく見て学ぶのです」
はい、と答えながらも、フォラヴの驚いた顔は水盤から動かせない。水盤に映るのは、過去の旅の仲間で、まさにこれから、瓶の中の水に何かしようと動いている場面。
それをしようとしている誰かは・・・その後ろ姿、その僅かな横顔、両脇に編んだ髪が押さえる長い金髪と、肩にかかる銀の弓。
「アレハミィ」
フォラヴが驚き、呟いた男の名前に、女王は『そうです。あなたと同じ、人間の体を得た後の彼です』と教えた。
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