1345. 夜 ~赤ちゃんにまつわる関わり
※赤ちゃんの世話の内容に、おトイレ系の話が出ますため、苦手な方および食事中など、どうぞご注意下さい。
ミレイオは地下に連れ帰った赤ちゃんが、ぐっすりと眠って丸まっているのを見つめ、赤ちゃんの眠る横に腰掛ける。
大きな真鍮色のベッドに、パリッとした生成りのベッドカバー。丁寧に編んだレースが縁を飾る透かし模様の、そのベッドの上で。
「確かにね。ドルドレンの言う通りよ。ここでう〇ちされたら、私慌てるわ」
替えるくらい出来るけどさ、と少し笑って、ドルドレンの真面目な話し方を思い出し、笑いそうになる口を押さえる。
軽く咳払いし、赤ちゃんをそっと撫でると、自分も靴を脱いで硬い服を着替え、緩いズボン1枚穿くと、ベッドに寝そべった。
それからベッドの近くの小さな机に乗せた、黄金の皿に腕を伸ばし、それを取って、寝転がったまま眺める。
そこに彫刻されている絵。金属を細い工具で彫った、繊細な絵・・・『って、言いたいけど。そうでもないわね』誰が作ったのやら、と呟く。
「これ。サブパメントゥみたいに見えるのよね。でも、こっちは違う」
両手に持った皿を、穏やかな明かりの中で、ゆっくりを回して描かれた場面を想像する。どう見ても。サブパメントゥが、龍のような生き物を生まれさせている様子に見える。
「思い違い、じゃないと思うのよね。トワォだって、龍じゃないんだもの。イーアンと仲良しだし、龍気もあるみたいだけど、完全な龍族とは違うって聞いているのよ・・・・・
でもこれ、何か。何だぁ?引っ掛かるなぁ。こんな話、この前聞かなかたっけ~・・・・・」
赤ちゃんが起きない程度の声で、ぶつぶつと呟くミレイオは、眉を寄せて暫く考えながら、体を起こして皿を膝の上に置き、唇に付けているピアスを全部外して皿に置いた(←アクセサリートレイとして使用中)。
耳のも取ろうかなと触れ、やめておく。『いいか、耳は。口は、この子に当たると驚くかもしれないし』耳はいいや、と手を戻す。
明かりを消す前に、赤ん坊の薄黄色のお花のような色をしたおでこに、ちゅーっとして、ミレイオは蝋燭を消す。
「おやすみ。あんた、泣かないし、ぐずらないし。ホント、扱いやすいわ」
フフンと笑うミレイオは、赤ちゃんの丸っとした体に、薄い上掛けを引っ張り上げ、赤ちゃんを片腕に包むようにして目を閉じる。
「一体あんたは・・・誰の目的で生まれて来たのかしらね」
サブパメントゥの親がいるんだろう、とは見当を付けている。サブパメントゥなら、作られた目的がある。この子にも、きっと目的が備わっていると思う。
目を閉じたまま呟き、小さく息を吸い込むミレイオは、この子の親の目的が分からないと、持たされた能力が活かせないだろう・・・それを心配した。
「大役。なのよね、確か。大きくなったら、精霊倒すんだもの」
この子の力。ちゃんと見付けてあげたいな、と思いながら、ミレイオは眠りに就く。
赤ちゃんは、寝息もほとんど聞こえない。温かい小さな体に置いたミレイオの手が、赤ちゃんの呼吸でふんわり上下するのを心地良く感じつつ、あっという間に夢の中へ引き込まれた。
*****
宿の部屋で、イーアンを抱き締めて眠るドルドレンは、さくっと眠ったイーアンを抱え込みながら『俺たちの子供がいたら、俺はきっとずっと世話してるだろうな』と考えていた。
イーアンは今。空へ行って龍族の子供たちを育てる。とはいえ、本人も話しているが『人間と違うから、ひたすら遊ぶだけ』らしく、会ってみたら本当にそうだったので、楽と言えば楽。
「でも。世話も楽しいのだ。夜中に起こされても、下の世話をするにしても。何でも楽しい」
子育て当然の環境下で育ったドルドレンは、赤ちゃんがいない夜の時間、何となく物足りなく思った。
子供を保護することは、支部でも度々あったことだが、赤ん坊となると話は別。例え保護しても、支部で世話出来ないので、その日のうちに、すぐさま相応の施設へ預ける。
だから。思ってもみなかった、赤ん坊との日々の始まりに、ドルドレンは自分でも予想以上に子煩悩な気持が、むくむくと湧き上がるのを感じている。
「見た目は人間ではない。だけど赤ちゃんである。同じ」
一緒に風呂に入ったら、赤ちゃんは湯を嫌がった。
ちょっとずつかけてやって、熱さは問題ないと分かる。単に、湯に入ったことがないのだと理解し、しっかり抱えて、小さい体にちょいちょいぬるま湯を掛けたら、そのうち慣れた(※諦めともいう)。
ぷくっとした頬を包むように、ぺたんと垂れた茶色い耳を洗って良いものか。少し考えたが、耳が臭っても嫌だろうと思い、石鹸を少し溶かしたぬるま湯を手に付けて、ちゃぷちゃぷ流したら、赤ちゃんは気持ち良さそうにじーっとしていた。
野に咲く花のような薄黄色の皮膚は、色こそ違えど、人間の赤ん坊と同じようにハリがあって柔らか。布で擦っては痛いだろうから、ドルドレンが手でナデナデしつつ洗った。
丸々したお腹を撫でたら、とうとう、怖れていた力みが始まり、うんうん、言い始めたので、ドルドレンはささっと、藁を詰めておいた袋と布切れを用意。
案の定、頑張った赤ちゃんの落とし物は、上手い具合に藁袋に直接ゲット。
これまた、ドルドレンが想像した通りの特徴を備え、ドルドレンは自分の読みが、いかに正しかったか、一部始終を観察してかなり満足した(※要風呂場の換気)。
赤ちゃんは同時に、おしっこもしたが、それは向かい合った自分に掛かった程度で、浴槽への被害は免れた。
『赤ん坊が、男子で何よりだった。おしっこは直角に俺に飛んだし、下に置いた藁袋は無事だった(※角度の問題で)』
寝床で思い出しながら、ドルドレンは自分の予感的中を呟いて、褒める。
その藁袋には、赤ちゃんの落とし物だけが収まり、赤ちゃんのすっきりした顔を見て、ドルドレンはちょいちょい、お尻を布で拭いてやると、赤ちゃん片手に袋の口を畳んで、湯の掛からない場所に避難させ、お尻を洗い、湯に入れてやった。
『俺と同じくらい・・・上手くやれる者が、この仲間の中でいるだろうか?いや、いるとは思えん』
思い出し、自分の仕事の要領を考えるドルドレン。
タンクラッドはここまで出来ないと思う。自分は散々、赤ん坊の世話をした時代がある(※ドル子供時代)。母性本能が強いミレイオでも、こうはいかない。
イーアンは出来そうだが、序盤で敗退(←龍)。オーリンは野放しにしそうな気がするし、バイラは子供と触れ合う人生ではなかった。ザッカリアじゃ、遊んでしまって風呂の意味がなさそうだし。
フォラヴが戻って来ても、あの綺麗好きな男が世話できるわけがない。
シャンガマックあたりは部族育ちだし、意識の失せた俺の下の世話も引き受けてくれたくらいだから・・・とは思うが、彼のお父さんが許さないだろう(※付きっ切り嫌がるはず)。
こんなことを考えながら、ドルドレンは溜息をつく。悩みはまだある。赤ん坊の歯ブラシがなかったのだ。
これは早急に、タンクラッドか誰かに作ってもらうべき・・・金属にブラシを埋め込むのは、どうすれば良いのか。頭を捻っても思いつかない分野なので、凄腕職人(※専門、歯ブラシじゃないと思う)に任せるのみ。
歯ブラシがないと知ったので、やむなく、普通の木製の歯ブラシを口に入れてみたら、すごい勢いで噛み折ったので、慌てて引っ張り出した。あれを飲んだら、手術しかないだろう(※心配はどうしてもそっち)。
眉をギューッと寄せ、イケメン騎士は赤ん坊の歯磨きに悩む。
とにかく作ってもらおうと決め、寝る前に散々、イーアンに話した内容を明日の朝食の席で、タンクラッドたちにも言うことにした(※さっき言うの忘れた)。
「後は。バイラ。バイラか。うーん・・・バイラの悲しみは尤もである。俺も町長の話を聞いて、少し気になったし。明日は周辺を調べてみるか」
遅くに戻ったバイラの話。問題あり、と思うのは同じなので、これは放っておくのも気が引けると判断した。
腕の中のイーアンを抱え直し、明日はイーアンとザッカリアに留守番を頼んで・・・と、そこまで思い、黒髪の騎士はそのまま眠り始める。
ドルドレンが気にした、歯ブラシやお世話―― 彼はこの時、すっかり忘れていた。赤ちゃんとお風呂に入った時に、もっと重要な事実があったことを。
首元のビルガメスの毛は、あることに慣れ切ったいつも通り、その首に巻かれていたが、グィードの皮の切れ端は脱衣の際に取ってしまっていて、付けていなかった。
実は彼が早めに気にする必要があったのは、歯ブラシではなくて、この事だったのを、眠りに落ちるドルドレンが思い出すことはなかった。
*****
親方の部屋では、夜空色の大きな体をベッドからはみ出させて、うつ伏せに横になったコルステインが考え事。ベッドに両肘をついて、組んだ鳥の指の上に顎を乗せ、うーん…を連発している。
タンクラッドがもぞもぞ抱きつくので、その度に翼をかけ直してやり、頭を撫でて大人しく寝かせる(※添い寝に甘える親方)。
コルステインは、ロゼールを送って出かけたのだが、雨が消えた地点でリリューとメドロッドが引き受けたので、今回は任せて途中で戻って来た。
リリューは『自分がロゼールを運びたい』と言い続けていたし、メドロッドはロゼールに教えておくことがあるようだった。マースとゴールスメィも一緒に行くようだし、自分が抜けても、後は帰るだけだから、まぁ・・・とした具合。
で、その戻った時間が早いのもあり、コルステインは赤ちゃんを見た。
正確には、タンクラッドの部屋の扉が開いている状態で、タンクラッドとミレイオ、ドルドレンが扉向こうで話しているのを、戻った時に見たのだ。
――あの子供は。サブパメントゥ。だけじゃない。
コルステインの感覚では、それが最初の判断だった。小さくて、あんなに小さい体で創るのもヘンだと思った。
サブパメントゥも入っているが、違うのも入っている。弱くないのに、小さい体。何で小さい?と疑問が浮かんだ。
誰かに世話されて大きくなるのはそうなのだが、サブパメントゥは、人間の赤ん坊ほど小さい体では、普通、創られない。
でも目の前にいる子供は、誰かが抱いていないと動くことも出来ず、自分の力を出来るだけ出さないよう、温存しているのも分かる。
強いと分かるが、体は自由が利かないほど小さい。
誰が創ったのか。そして、もう一つの違うのは、何なのか。コルステインの感覚だと、精霊やその辺が入っている気がするのだが、そんなこと考えたこともないので、それ以上は進まなかった。
悩み考えても限界のある、コルステイン。
あの子供は、誰にも迷惑にならないのも分かる。子供は自分の力を知っている。それを出さないのも。
タンクラッドに聞こうかと思ったが、自分が早く戻ったことに喜んだタンクラッドは、赤ん坊の話はちょっとしかしないまま、眠ってしまった。
あの子供。気になるまま、コルステインも目を閉じる。イーアンには分かるのか。それも聞いてみたいと思いながら、コルステインの夜は更けて行った。




