1343. カベテネ地区シャルワヌの町
昼は抜こうか、と話していたのもあり(※食料微妙)馬車の一行は昼休憩もなく、お手洗いだけは度々馬車を停めるものの、それ以外の時間は道を進み続けた。
馬の疲労に心配もあったが、その辺は、御者台に座っているイーアンが、ちょいちょい龍気を流しては、お馬の負担を軽減してくれたのもあり、馬も体に疲れや痛みを伴うことなく、半日通して緩い坂を歩くことが出来た。
「イーアンのおかげで。私の馬もくたびれた様子がないです」
「龍気って凄いのだ。元気が出るのだろうか」
バイラとドルドレンに褒められて、イーアンは考える。どうなんだろう・・・詳しいこと知らないんだよなぁと思いつつ『回復には使える気がする』と曖昧な返事をしておいた。
「癒しとは違うのだと思います。癒しは妖精の範囲。病気や何やら、治せないですもの。ビルガメスは前、似たようなことしたの知っていますが」
「あ。あれだな。エザウィアの農家の怪我を消した、あの時(※802話参照)」
そうです、とイーアンが頷き『ああいうのは無理かも』自分は出来ない気がすることを伝える。
ドルドレンは、イーアンはもう出来そうだと思うので、やってみたらと言うのだが、イーアンは『男龍の力はまた別』と答えた。
二人がこんなことを話していると、バイラが馬に跨ったまま腰を浮かせ、遠方を見てから振り向く。彼の右手は、右斜め前を示し、その先に白っぽい一画が森の間に覘く。
「見えてきましたね!町ですよ。あれがシャルワヌの町です。小さいですが、食料と宿はありますから」
それくらいは町だからあるでしょうね、と笑うバイラは、昔は頼りない印象だったと思い出して話す。
「今の方が、人口も減っている可能性はありますが、10年前に比べれば、こうした辺境の町に運ばれる物資の質も、良くなっています。最低限は、国が配慮している・・・はずなので。多分、問題ないでしょう」
「旅路だからとはいえ。順調なら二日前には到着していたのか」
ドルドレンは、視界に入った町を眺めながら呟く。夜明け前の騒動で、遅い出発をした一昨日。昨日は濃霧と魔族の話で、停滞。旅は何があるか分からんなと、こういう時しみじみ思う。
「馬車で良かった。馬車でなければ、食料が尽きている」
何やら『馬車の旅が一番』と締めくくるに至った、伴侶の無言の想像時間に、イーアンも分からないなりに、うん、と頷いておいた。
そしてこの数十分後。空に雲が増え始め、山の天気が変わって来たねと、皆で話しているくらいに、町に到着する。
道がずーっと町の中にも通っていて、このまま通過することも出来る様子。こうした町の造りは、これまでも何度か見たが、この町はリャンタイと同じく小さいため、通過した先の出口まで見えたことには驚いた。
「村のような小ささ」
イーアンの驚きに、バイラも馬を寄せて『変わらないですよ。人と物が、村よりはあるくらいで』と同意する。
それでも、こうした町は一応、物資の供給が定期的に国から援助されていることが多いため、割と、運輸などには問題ない。バイラ曰く『荷物があれば、発送しても良いかも知れません。ここからだと、進行方向の・・・南へ向かうでしょうから』とのこと。
「山の中だから、本来は集落だらけなんですね。で、彼らが一っ所に集まると村になり、その村に、都合の良い大きい道が通ると、少しずつ町に変わる。そうすると流通は町を介しますから『多少便利に変わった村』のような。そんな感じです」
「説明されれば、その通りと思うけれど。何も考えていない状態で見ると、びっくりします」
ハハハと笑うバイラ。街の通りに馬車を進めながら、ドルドレンも笑って、バイラに『イーアンが昔いた世界は』と余談を教える。何を話すのやら、と伴侶を見たイーアンに、ドルドレンはニコッと笑う。
「国が幾つ?百何十とある、と話してくれた」
「ああ・・・世界の国の数。そうですね、私がいた時点では。196か国だったか」
「196?!」
バイラが素っ頓狂な声を上げる。イーアンは急いで口に手を当てて『シー』と頼む。バイラも慌てて口を押さえ、イーアンと総長を見ながら『そんなに大きな世界だったんですか』と訊ねた。
「人口なんて、想像出来ないぞ。70億人超えていると言われた」
反応するのも難しいようで、ドルドレンが教えた人口の数に、バイラは首をゆっくり傾げただけ。苦笑いする女龍は『私だって、70億の人を見たわけではない』と言い、あくまで調査数だと教えた。
「それじゃ・・・この町なんて、子供の遊び場ですよねぇ」
「そこまで思わないですよ。そんなことはないのです。以前の世界の全てに、人が溢れているわけではありませんから、極端に人が多い地域と、そうではない場所があるのは、ここと同じ。私はどちらにも住んだことがあります」
「女龍って言われるだけありますねぇ。何でも経験して」
感心するバイラの言葉が可笑しくて、笑ってしまうイーアンは『関係ないですよ』と否定した。一緒に笑っていたドルドレンは、ふと、右側に見えた看板を目端に捉える。
「あ。あれは宿では」
「そうですね。どうかな。金額と空き室を見て来ましょうか」
閑散とした町は、旅人も少ない様子。人もちらほらしか出ていない。空きに空いた大通りを横切り、バイラは宿に確認へ。旅の一行は、開いていない店屋の前に停まる。
後ろからミレイオが出て来て『どうする?』と訊ねる。何がどうするのか?と訊き返すドルドレンに『買い物よ』背後の店屋の並びを見渡して、答えるミレイオ。
「時間が早いじゃない。食料は出発前で良いけど、買えそうなもの買っておいた方が良いでしょ」
「それもそうか。まだ夕方でもない。用事を済ませてしまうのも、時間がありそうだ」
「オムツの布、買うんでしょ?薬は?肌用の油とか。あの子に必要ない気もするけど、あんたが要りそうなもの教えてくれたら、買っておくわよ」
気を遣ってくれていると分かるミレイオの言葉に、イーアンは心の中で感謝する(※午前の伴侶の心配による)。ドルドレンは固い表情でビシッと頷き『金を渡す。買ってきてもらいたい』と頼んだ。
赤子用の爪切りとかもあれば欲しいのだ、とか。思ってもない物品まで意識していた発言に、イーアンは驚く。
ミレイオも困ったように笑いながら、紙に書き付けてはいてめ『普通の子供の爪切り、要らないかもね』とは言っていた(←赤ちゃん鉤爪)が、ドルドレンとしては『子供と大人の爪は、硬さが違うから危ない』の認識が強かった。
ある程度、ドルドレンの注文を書いた紙を持ち、お金を渡され、ミレイオは『じゃ、行ってくる』と言う。オーリンと一緒に行くから、宿が決まり次第、馬車を一台出すことにした。
「それと、歯ブラシが必要である。肉を食べる。牙用の歯ブラシ」
「要らない・・・と思うわよ~」
「あの赤ん坊は、恐らく普通の歯ブラシをかみ砕く(※当)。うっかり欠片を飲んだら大変だから(※心配がそっち)かみ砕けない、強靭な柄の歯ブラシを買わねばならない」
「あのね、ドルドレン。そんな義務にしなくても良いのよ。『買わねばならない』ってほどじゃないから」
「虫歯になったら、危険だと思わないのか。あの小さな体で、抜歯は哀れでならないぞ」
人間じゃないんだってば~と、ほとほと困るミレイオに、ドルドレンは頑として譲らなかった(※大家族の経験&総長だから)。
伴侶の斜めな心遣いに、可笑しくて仕方ないイーアンは、必死に顔を両手で押さえ、笑い声を殺して頑張った(※あなたもズレてる、似たもの夫婦)。
すぐ先の宿から戻ったバイラは、『あの宿で良さそうです』と内容を伝え、他の宿が閉まっているから、選べない状況であることもを教えた。
「そうなのか。人が来ない時期だろうか」
「いえ。近隣集落に親族がいる人達が、宿の経営をしているようですが、集落に魔物が出たとかで、宿に親族を呼んで泊めているんだと、言っていました」
ああ・・・と頷くドルドレンは、そういうこともあるだろうなと同情し、とりあえず決まった宿に入り、宿の若い女性に人数と代金、風呂の確認をして、皆は一度、宿の中に入る。
ここでも、いつも通り―― 宿屋の女性がガン見する、イーアンの肩を抱き寄せたドルドレンは、『彼女は龍の女。で、俺の奥さんである。序に夜光るが、気にするな』と素早い説明をした。イーアンは笑って『光りますね』とは言っておいた。
「奥さんなのも本当だ。龍の女もそうだし」
「はい。全てが事実です。ドルドレンはいつも楽しい説明をされます」
そう?と真顔の伴侶に、イーアンは彼の顔を撫でて『面白い』と笑顔で頷いた。
そんな和んだ場面を見つめる、お宿の女性は、伝説の龍の女が自分の宿に来たことも驚いたし、やけに普通っぽいのも驚きつつ、龍の女に握手を求め、お供えとして果物をあげた。
この時、赤ちゃんは親方が布に包んで抱っこしていたので、お宿の人は特に気にしないで終わる。この赤ちゃんは泣き声も出さないので、こうした時は楽だなと、皆が感心した。
それぞれの部屋を確認し終わり、食事は宿で出ると言うので、時間だけ聞いて。ミレイオは早速オーリンと一緒に買い出しに行く準備。
ドルドレンはバイラと話し合って、町役場が隣の通りにあることから、今日中に町長に挨拶をと、決定。
ザッカリアとロゼール、タンクラッドとイーアンは、『どうせだから、荷物出してしまおう』となり、発送用に梱包しておいた魔物材料(※1272話魔物参照)を、寝台馬車で郵送施設へ出発した。
「荷が多いとな。馬が可哀相だろ?」
触らない分には問題ないイーアン、寝台馬車の荷台に、赤ちゃんと親方と一緒に座る。『さっき、荷物を移しておいたんだ』と親方が横を示すと、壁に木箱が積んであった。
「しかし、大人しいですね。起きているのに」
「さっき起きたんだ。喉も乾いていなさそうだが・・・まぁ、夕食の時間に肉汁でも飲ませれば」
そうですねぇと、笑ったイーアンは、青い大きな目の赤ちゃんを見て、微笑む。赤ちゃんもじっと見つめ返す。
「偶然、引き取ったお子さんが、肉好き。私たちに似ていて助かりました」
「な。俺もお前も『肉があれば良い』って感じだからな(※その他諸々の人たちもそうだけど省く)」
ハハハと笑って頷く親方。ニコニコする女龍。骨をしゃぶる赤ちゃん。
親方は、この三人の状態は、何となく疑似親子みたいで、ちょっとシアワセを感じていた(※心の妻復活)。
寝台馬車の御者はロゼールで、ザッカリアは前。荷物を出したら、お菓子も買いたいと二人で話し合い、夕方より早い時間に到着したことを喜んだ。
「ハイザンジェルに持って帰るよ。テイワグナは広いから、地方で違うだろうし、これからは町に寄るたびに、買って帰っても土産に良いかもね」
暢気なロゼールに、ザッカリアも満面の笑みで『ギアッチと、あの子たちに届けてあげて』と頼んだ。ギアッチが育ててくれている、テイワグナの神殿から連れ帰った二人の子。彼らも無事に、騎士修道会に馴染んでいるという。
支部の話をしながら、あっさりと郵送施設に到着。
ロゼールは親方に呼びかけ、ザッカリアが赤ちゃんを抱っこしてくれている間に、イーアン(※王様の印章持ってる人)・タンクラッド(※荷物運び兼通訳)・ロゼール(※機構のご用係)は田舎の町の施設で、発送手続きを済ませる。
ここでもイーアンが皆さんに握手を求められ、一通りこなした後、彼らに見送られながら、次なる目的地・郵送施設の人、お薦めのお菓子屋さんへ向かった。
*****
一方、ドルドレンとバイラ。バイラがまず駐在所に寄り、挨拶をしてから総長を紹介し、町役場の話を訊ねると、『町長はいつも居る』そう言って、向かいの役場を見た警護団員が、一緒に付いて来てくれた。
駐在の警護団員は一人で、交代制一人ずつの様子。その話も聞いておきたいバイラは『後でもう一度、駐在所に寄る』と伝え、町長に面会を通してもらった。
警護団員の挨拶とほぼ同じ内容の紹介をし、ドルドレンとバイラはひょろっとした町長に『じゃ、座って』と役場の入り口付近にある長椅子にかけた。
「誰も来ないから。ここで喋っていても気にしないです」
「そうか。それならそれで。魔物の出現はあるのだろうか。それを各地で確認している」
「あなた方の話は、警護団の報告書類で読ませて頂いています。出ていると倒してくれたりするんですか?」
それはその時による、とドルドレンは答え、立ち上がったバイラが席を外して警護団へ行くのを見送る。町長もバイラが出て行ったのを見て、『警護団の人は倒せないと思う』と小さく呟く。
「バイラは倒すのだ。しかし、町長の言いたいことは分かる。他の者たちはまだ、魔物に対して動きが少ないな」
他国から来た背の高い騎士に、町長は少し見つめてから『ハイザンジェルに行ったことがありませんが』と前置きし、騎士修道会はどんな団体か、魔物が出た時はどのくらいの早さで対処したかを訊ねた。
ドルドレンとしては、彼が何を知りたいのか。何となく想像が付く。変に差を付けられても困るが、事態に対処しようとして活動している自分たちは、そこに希望を持たせる必要があると感じた。
「テイワグナとハイザンジェルの、国土の規模。人口の数。魔物への対処を請け負う団体の有無など、最初に気にすることは幾らもあるだろう。
だが、目の前に魔物が出てくれば、何をするかは、どこの誰でも同じだ。逃げるか、戦うかしかない。死なないためには」
「死なないためには」
「そうだ。死なせないためにも」
「総長のような、せめて。意志を持った人がいればなぁ。また違うんでしょうね」
諦めたような言い方の町長を見ていると、ドルドレンは彼がこの小さな町や近隣集落を守るため、警護団員に何か頼んだか、対処の変更を訴えたかした後だ、と分かる。結果は残念だったのだろうとも、見当がついた。
「すぐに戦える者は少ないのだ。騎士修道会も、日頃から鍛えていはいたが、まさか倒す相手が魔物とは思わなかった。そのため、数えきれない同胞が死んだ。戦い方を知らないから。勝てるほどの意識を保つことも難しかったから。
だが、地域の誰かに魔物が出たと聞けば、死にたくなくても行くしかなかった。俺たちが腰に下げているのは、そのための剣だからだ」
総長の正直な言葉に、町長は、会って間もない旅人の、勇敢さと誠実さを感じる。
「話しだけでも聞いて行って下さい。うちの町みたいに、小さな町はテイワグナにたくさんです。どこも同じ悩みを抱えていると思うから・・・もうご存じかも知れないけれど、今、お時間がある間だけでも」
「そのつもりで伺ったのだ。聞かせてほしい」
はい、と頷いた町長は、総長にお茶を持って来てから、この数ヶ月で何があったかを少しずつ話し出し、総長は同情しながら、相槌を打ち、彼の責任と希望を静かに聞き続けた。
お読み頂き有難うございます。




