134. ドルドレンの休日
午前も午後も通して。黙々と続くイーアンとダビの作業を、ドルドレンは一頻り見ている。
ハルテッドは午前の早い段階で途中で飽き、『ベルのところに行って来る』と飴を1本持って出て行った。
・・・・・兄の方は合同演習だと思うが。 ――でもドルドレンは放っておいた。掴まって一緒に演習でもしてこい。
ハイルは実力はある。しかし秩序がない。自由奔放で、根性とは無縁の生き方をしているから、騎士で給金を受け取る気なら秩序を学ぶ必要がある。
イーアンのように、自分を侮辱するチェスのような相手でも、仕事に差別をしない、といった面はハイルにはない。イーアンは以前の世界で、自営だったから、と仕事を徹底する姿勢が育ったらしいが。ハイルは真逆で、嫌な仕事や嫌な相手には全く関わらない。
ダビも実はそういう面があるな、とドルドレンは思った。
入りたての頃。ダビを扱うのは難しかった。ずば抜けて凄い能力があるわけではないが、武器に異様な関心を持つので自分の隊に置いた。
ダビは自分の仕事を済ませると、後は無関心なところがあり、当初そのことを何度か注意してもよく理解できていなかった。言いつけに背いたり嫌がったりはしなかったが、無関心すぎるのだ。思い遣りがないのとも違う。ただ、他人に興味がない。
人間に対して『機能が動けば、自分の仕事は自分で出来るものでしょう』と妙な解説をして、急な戦闘の展開で入る援護など、普段の訓練以外を教えることには本当に手を焼いた。
だから今。ここで積極的に関わっている場面を見るのは、不思議な気さえする。単に仕事時間で、自分の趣味を堂々と出来るからなのだろうが。
――でも。暖炉作ったんだよな。棚も作ったと話していた。
イーアンの工房を過ごし易くする、そんな配慮が出来るのかと驚いたが。イーアンが相手だから、ではなく、好きなことが相手だから、という感覚かもしれない。
午前に出て行ったハイルは帰ってこなかった。良かった良かった。昼飯時もいなかったから、恐らく、兄と一緒にいたのだろう。神経を脅かす存在が消えて、ドルドレンは安心していた。
こうして陽だまりの午後。工房の椅子に座っていると、子供の頃を思い出す。
停めた馬車の荷台から、馬車の外で大人が仕事をしているのを見ていた。器用な者は、金属の調理器具を作ったり、木製の楽器などを作っていた。踊ったり占ったりする者は、馬で出かけていた。
イーアンとダビを見ていると、楽しそうに楽器を作っていた、あの時に周りにいた大人たちと重なる。時々、工程の途中で手にとっては出来を確認し、次へ進む。どんなものづくりでも同じなんだな、と思う。
ドルドレンは運動神経が良かったから、軽業と剣技が子供の頃から身銭を稼ぐ方法だった。ベルとハイルの兄弟も年齢が近くて、一緒に稼ぐことが多かった。
ただハイルがしょっちゅう女装をするので、ハイルだけは稼ぎが自分たちより良かった。『女の子なのに凄い子だね』と大人が菓子や金を多めに渡していた。『女』は稼げる、と笑っていたな。
どこかでちゃんと仕事したい、と考えていたドルドレンは、若い頃に旅を辞めて、騎士修道会に入れてもらった。20年近くも前の話しだ。それがまた、こんなことであいつらと一緒に仕事とは。
フフ、と思い出して笑った。イーアンが手を止めてこっちを見た。微笑んでいるイーアンに、『何でもないよ』と無言で首を振る。イーアンが笑顔のまま頷いて、作業を続けた。
イーアンの・・・いやらしい編み込み時間は腹が立って仕方なかったが、髪型をちょっと変えたイーアンは、とても綺麗だと知った。
いつものふさふさした髪も好きだけど、編んだ部分と捻って留めた部分が模様のように頭を飾る、毛先がぴんぴん出てるのも可愛い。
自分の伴侶が目の前で好きなことをしているのを見ているのも、良い休日だなと思った(※ダビもいるが視界にはいない)。
午後3時前くらい。ダビが『ここからは自分の工房で、機械と工具を使う』という段階に入ったので、今日はお開きになった。ダビの言う機械は、自分で作ったもので、工具が幾つも連結して動作する。そっちの方が力が要らないから、と帰って行った。
「イーアンはどうする」
ドルドレンが椅子に座ったまま両手を広げると、イーアンが来てドルドレンの膝に座った。ドルドレンが抱き寄せて顔を覗き込むと、イーアンは『ちょっと休みます』と笑顔で答えた。
「髪を編んでもらうと、また別のイーアンに出会ったみたいだ」
可愛い、と誉めると、イーアンは照れ臭そうに俯いて『モイラが編み込みできちんとしているのを見て、羨ましかった』と話した。自分の髪は編めないと思っていた、と。
「ハイルに編ませるのは、全くもって反対だが。またどこかで女性にでも編んでもらうと良い」
イーアンのぴんぴん出てる毛先を高い鼻で突きながら、ドルドレンは提案した。イーアンは笑って『あれはちょっと恥ずかしかったです』と本音を教えた。
抱き締める腕に力を入れて、イーアンを振り向かせたドルドレンが『今日はするのか』と訊く。イーアンが『何を?』と質問する。
「夜」
ハハハ、とイーアンが笑い出した。そんなことばっかり言って、とドルドレンの胸を軽く叩くイーアン。ドルドレンも笑顔のまま『だって。昨日そう言っていた』と額にキスした。
で?ともう一度確認し、イーアンが『そうですね』と違う方向を見て答えたので、上向かせて唇にキスする。
「これからでも良いと思う」
「ダメです。まだ明るいでしょ」
何で明るいとダメなんだろう、と思うドルドレン。『よく見えて良いと思う。健全だ』と思うことを伝えると、イーアンが『健全の使い方が違う』と笑いすぎて咳き込んでいた。
今日はこの後、『昨日の魔物の毒がどんなものかをある程度確認して、それが終わったら手袋の続きを少しして、後はダビ待ちですから』ということで、夕食の前には終わるだろうとイーアンは言った。ダビの加工が済めば続きに入るが、それは時間的にもう明日になる。
「だから今日は、夕食前まで作業して。夕食後は部屋で本を読んでもらえませんか」
「もちろんだ。本を読む時間は1時間くらいだ」
その時間指定は、とイーアンが笑う。ドルドレンはイーアンを抱き締めたまま『もちろん察しているとおりだ』と答えた。
穏やかな休日。静かで、二人が一緒で。普通のことが楽しくて、普通の笑顔が嬉しい休日の午後。
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