1338. ペリペガンの呪い ~タンクラッドの救出劇
吼える白い龍の声。濃霧が怯えたように切れ切れに散り分かれた時、龍の顔はハッとしたように一方に向く。
――タンクラッド!
自分の声を聞いたからか。いやしかし、それにしては早いのでは。どうしてここに?と思ったが、ともかく感じる、猛烈な彼の力。
この霧の異界の外から、タンクラッドが、自分たちを助けるため、力を使っていると分かる。
見ればその方向に、ブワッと突如引っ込む勢いで霧が吸われ、瞬く間に巨大な渦が出現する。
イーアンは自分の龍気も取られていると気づき、一瞬焦ったが、タンクラッドの力は、龍とこの場所の精霊の力を混ぜ、相殺していると思い出し、イーアンはぐんぐん龍気を上げ始めた。
――タンクラッド。タンクラッドが助けてくれる。彼が隙間を作ったら・・・オーリンとバイラを出さないといけない!
イーアンは急いで、オーリンに呼びかける。龍の状態でも、言葉は頭の中なら通じるのか。やったことがないよ~と思いつつ、必死にオーリンを呼び、オーリンの反応が得られたので、すぐに『バイラと渦へ』と伝える。
一方通行なのか。コルステインやミレイオたちが、頭に話しかけるのと違う。こんな時、連絡珠を使いたい。自分の呼びかけに応えてくれるのは分かるが、言葉らしい言葉が戻らないので、自分の伝えたい内容も、オーリンに届いているのか、分からない。
――オーリン、オーリン!バイラと一緒に渦へ向かって!タンクラッドが来てくれた!
この言葉を何度も何度も繰り返す、大きな白い女龍。自分の龍気が、大量に連れて行かれるのを感じながら、同時に、辺りの白さが、そこら一帯から引き続けているのを見る。
『タンクラッド!』
助かった~!!イーアンは彼の登場に、オーリンたちの退路を心配しつつも、安心で嬉しくなる。オーリンに呼びかける間に、ぐっと胸に湧き上がった嬉しさのあまり『タンクラッド~!』と彼の名を呼んだ
『イーアン?イーアン!俺だ。分かるか、タンクラッドだ』
ビクッとする白い龍。頭の中に、タンクラッドの声が響く。連絡珠もないのに、連絡珠のように鮮明に聞こえる声・・・ビルガメスが自分に呼びかけたあの時と似ている、その澄んだ空間に響く声に、イーアンは急いで『聞こえます』と返した。
『そこにいるな?待ってろ、ここから切れ目が見え始めた。お前たちは中だろう?』
『そうです、そう!切れ目?どこですか?私は龍です。バイラとオーリンが下にいて』
『俺から見えるのは・・・霧の消えていく中に黒い建物がある。道もある。俺が、時の剣で切り開いている間に出口を見つけろ!イーアン、龍の姿は戻せ。龍気を遣うなら、いつものお前でも同じことだ』
はい、と答えて、イーアンは大急ぎでオーリンたちを探す。渦に吸い込まれる、自分の龍気の感覚が強過ぎて、オーリンの龍気が分かりにくい。
オーリンはどこ?と首を振って下を見ると、黒い馬が走るのを並ぶ長屋の隙間に見た。
彼らはメツリの家をとっくに出ていて、集落の中を移動している・・・方向を見ると、渦のある方へ道を選んでいると分かる。イーアンはすぐさま龍の姿を人に戻し、翼と尻尾だけ出して、黒い馬に向かって飛んだ。
*****
片や。タンクラッド。
リーヤンカイの穴の中と同じように、時の剣を振りかざしては切り刻む。イーアンとオーリンたちがここを見つけて出て来るまでと、剣を振るう腕を休めず、目の前にゴウゴウと音を立てて渦巻く巨大な流れを作り続ける。
――馬車を出て、この近くまで来た時。何もない場所だが異様な濃霧の怪しさに、タンクラッドは時の剣を振ってみた所、勘が当たったか。濃霧に妙な隙間が見えた。
時の剣の金色の光は、霧に消える前に霧を裂いたと知り、これはマズイ場所と判断した。
そして、剣を再び振り上げる時、足元に何か懐かしい感覚を覚え、ふと顔を動かしてみれば、そこに、やんわり龍気の光。
何だろうと近づくと、白い手のひら大の鱗が何枚か落ちていた。摘まみ上げなくても、それが誰のものか分かる。鱗をざーっと手で集めて、『イーアンが中にいる』と分かったや否や。
タンクラッドの意識も、怒り混じりに膨れ上がった。時の剣を持つ手が震え、イーアンがこの中に閉じ込められたことに、剣は自然に振り上げられる(※他二名もいるはず)。
相手が誰だか知らないが、そんなことはタンクラッドにどうでも良かった。
「イーアン」
名前を一声叫んだ後、イーアンを助けるため、タンクラッドの剣は唸りを上げて、怪異な霧を相手に、金色の光の鎌を放つ。
これとほぼ同じ一瞬で、龍の声が辺りを劈く。その声は怒りの如く、霧を振動させて白い空気が不安定に揺れた。揺れた霧が粒を増やして、そこらに水が落ちる。
「イーアン!中だな!イーアン、待ってろ」
タンクラッドは大声で叫んで、龍の咆哮に返し、力を集めて剣を持つ右腕を勢いよく振り回す。
それはあっという間に渦を作り、右へ左へと振り上げる彼の腕の動きが、そのまま空間をかき混ぜる大渦へ変わった。
渦は広がり、自分がこの場所の何かと、イーアンの龍気を混ぜていると分かったが、この場所の何かを越える、もう一つの気―― 龍気 ――を使わないと消し去ることが出来ない。
「耐えろよ、イーアン」
心配は過るが、中にオーリンもいる(※今更思い出す)と思えば、イーアンの龍気を容赦なく引き込んだ。
頭の中には、バーハラーの一件が。後悔したあの時が離れないが、今のイーアンはバーハラーより強い!と信じて、霧を切る剣の手を止めなかった。右手だけだったのを両手にし、両手で剣の柄を握って空間を切り裂く。
その時、頭の中に『タンクラッド』と声が響く。誰より愛する(←コルステインどこ行った)女の声に、タンクラッドは即、反応。続いてもう一度『タンクラッド~!』と嬉しそうに聞こえたその声に、たまらず返す(※コルステイン…)。
『イーアン?イーアン!俺だ。分かるか、タンクラッドだ』
頭の中で返した途端、イーアンは『聞こえる』と言い、そこから指示を出し、ハッとして、龍の姿を戻しておけと命じた。以前、彼女が使う龍気は、人の姿でも龍の姿でも同じと聞いたのを思い出す。それなら、龍の姿を維持せずに龍気を使う方が、彼女の負担が減ると思っての命令(※本人忘れてた)。
イーアンは了解して、オーリンたちと一緒に出口を探すと答えると、そのまま声は消えた。
「使うぞ。お前の龍気。お前が倒れそうになったら、俺はお前をイヌァエル・テレンに運ぶ。心配するな、バーハラーの二の舞にはさせない」
龍気の限度が分からない以上、リーヤンカイで、時の剣を使った時間を目安にするしかない。バーハラーより、女龍の方が強いとは思うが、それでも心配はあった。
*****
黒い馬に向かったイーアンは、オーリンを乗せたバイラに安心して彼らの上に行き、走る馬を止めずに『タンクラッドが来てくれました』と叫んだ。
見上げて驚いたバイラとオーリンの顔に『彼が渦を作っている』と教え、あの渦が出口だと大声で教える。
「イーアン、大丈夫か!俺も龍気取られてるんだ、イーアンは」
「私は平気です。オーリン、どうしよう。オーリンが取られては大変では」
俺は龍気で息してないから!とちょっと笑ってくれたオーリン。でもその顔がいつもより疲れて見える。
イーアンも知らなかったが、龍の民の龍気は、彼らにとってどのような影響を齎しているのか。龍気がなくなったイーアンは倒れるが、オーリンのことを知らない自分に気が付いて、イーアンは焦りが増す。
「急ぎましょう!もう近いですよ!家屋の列が長くて、次の道に出るまで大回りですが、もう見えてきている」
叫ぶバイラは、次の角で馬を直角に操って、手綱を引くと、またすぐに走り出す。蹄が土を蹴り上げ、湿った土が掘られて、後ろに飛ぶのが見える。霧は、さっきよりずっと浅くなっている。
「もうすぐ、そうです!もうすぐですよ!集落の人たちには済まないけれど!」
そう言いながら、あ!そうだ!と、イーアンは尻尾をグルンと自分の前に回すと、自分の尻尾の鱗を4~5枚ぺりぺり取って、ちゃかっと聖別。
「これ。アオファのような効力はないかも知れないけれど。魔除けにはなるかも(※控えめ)」
神頼みで(※あなたは龍)目を閉じて『これが魔物も魔族も、撥ね返しますように!』と祈ると、イーアンは鱗を通り過ぎる道に投げた。
馬が走り抜ける道には、人っ子一人おらず、誰もが家の中に入っているように、晴れて行く霧の集落の風景に、二人を乗せた黒馬と、白い翼で飛ぶ女龍の姿しか見えない。
渦は大きさを変えず、イーアンは少し眩暈がしたが、これはバーハラーもそうだったんだ、と感じていた。あの仔も頑張ったんだから、私も頑張らなければ!とはいえ、龍気が消える速度が凄まじく、眩暈はどんどん酷くなる。
自分だけなら早く飛べるが、さすがにバイラたちを置いて行くわけには・・ここでイーアン、気が付く。
「馬ごと。馬ごと私が運べば。そうですよ、龍になって」
そうよそうよ!と、今まで焦って気が付かなかったことに舌打ちし、イーアンは馬に乗る二人に止まれと呼びかけると、驚いて『もうすぐなのに』の返事をした二人に、自分が運ぶことを伝えて、返事も待たずに龍に変わった。
「うぉ!龍で馬ごと?」
「そのつもりですよ。来た!(※化け物のように)」
慌てるバイラとオーリンが目を丸くしている間に、白い龍は狭い家屋の隙間に腕を伸ばし、そっと黒馬ごと、大きな指で掬い上げると(※馬大人しい)落とさないように、ぐーっと腕を引き戻し、大渦に向かって動き出す。
イーアン龍の大きさが、既に現在地と渦の距離、三分の一くらい。片手に持った馬と仲間を、草原のような首元の鬣の内側に隠して、あっという間に龍は渦へ突っ込んだ。
渦の向こうに、急に現れた白い龍を見たタンクラッドは、心が躍る。
「イーアン!早く来い!」
大声で叫ぶ顔は喜びを抑えきれない。龍が出るまでと、疲れて来た腕にもう一頑張りさせた直後、白い龍が頭をぐっと下げて飛び出してきた。
ズォッと音を立てて、何かに鷲掴みにされた体を引き抜くように、白い龍が渦を抜け切り、長い尾をぶるんと振って最後の尻尾も霧から抜けた時、タンクラッドと龍の目が合う。
『タンクラッド!』
「イーアン!」
涙が出るほど嬉しい親方は、剣を下ろして持ったまま、見上げる龍に両腕を広げた。白い龍は片腕を折り曲げていて、そっと腕を下ろすと、そこに黒い馬と男二人。
「バイラ、オーリン!無事だったか!(※タンクラッド完全に忘れてた)」
「助けに来てくれたんですね!有難うございます!」
「ヤバかったぞ~!有難うな!」
馬も親方を見つけて、自発的にパカパカ駆け寄る。タンクラッドは仲間の無事を喜び、イーアンを見上げ、ふと、顔が凍り付く。その顔に、寄せた馬の上の二人もハッとして、白い龍を振り返った。
白い龍は、渦を見つめて首を揺らす。口を開けかけて締め、躊躇いながら、渦の向こうを見ている。
「どうしたんだ。イーアン。イーアン?」
オーリンが大きな声で名を呼び、戻れよと言うと、龍は目だけを動かして、小さく首を振った。そのすぐ後、タンクラッドが『何だと』恐れるような声で呟く。
渦はどんどん小さくなり始める。イーアン龍が意を決したように、もう一度、中に飛び込もうとした時、タンクラッドは『行くな!』と叫んで、龍が振った大きな長い尻尾に飛び乗った。
お読み頂き有難うございます。




