1337. ペリペガンの呪い ~伝説と現実と袋道
メツリの表情は、相変わらず動きもなく、喋る時だけ口や目が動くだけで、濃い色に隠された皮膚からは、彼が何を考えているのか分からなかった。
バイラの訳してくれた内容に、二人の龍族は『危険』を察しはするものの、ここに付いて来た理由は、魔物の話を聞かせることなので、バイラに話を続けてもらう。
「何て質問しましょうか」
「彼らの家族と、魔物の行方を知っていると。彼らは『魔物に取り込まれて死んで』しまったし、魔物は倒したと伝えて下さい」
「魔物に取り込まれて死んだ、か。そうだな。結果は」
バイラに答えたイーアンの言葉に、オーリンも、それ以上は説明しない方が良いな、と感じる。魔物に取り込まれたせいで、死んだのか。魔物に変わったから、倒されたのか。疑問は相手の範囲。
イーアンに言われたことを、出来るだけ直接的に伝わるよう、バイラはメツリに答えを伝える。話を聞いたメツリの顔に、僅かな怒りのシワが出来たが、それは長引かなかった。
「『私たちの家族は死んだ。そうなのか』」
「『そうだ。全員。ここへ来た魔物は、魔物とまた違う邪悪な存在。人間や動物を悪く変えて、殺してしまう』」
メツリの小さな問いかけに、バイラはちゃんと答えた。魔族に種を付けられたら、種を取り外すことが出来るのは魔族だけなのだ。それは、カンガの時に知った。
だが、多くは、付着したままの種が体を蝕み、魔族に変わる末路のよう。
そして魔族に変わった体は、既に人間として・・・普通の生き物としては、存在していない。結果、倒すしかない相手に変わることは、ここで言うべきではない。
彼の答えを待つバイラに、メツリの黒にも茶色にも見える目が動く。何か、咎めるような視線に、バイラは言われることを予測した。思った通り『魔物に変わった家族。死んだのは、倒したのか』と来た。
自分の返答より、イーアンに言い回しを借りようと、バイラは分かりやすい態度で首をイーアンに向けると、メツリが言ったことを伝えた。イーアンも、もう顔に出さないで答える。
「倒したのは魔物であったと言って下さい。そしてそれは、あなたが見た場所だ、と」
「あ、そうか。さっきも『焼かれた』と言っていたから」
イーアンの返事に、バイラは今朝の話を繋げて、メツリか、この集落の誰かが見ているだろうと思い出し、そう伝えてみる。すると装飾の顔は、初めて、不愉快そうに歪んだ。
「『あれは龍の仕業か。龍の力で』」
「『違う。龍ではない。だが同じくらい大きな力の持ち主が倒した』」
「『体もなかった。何も残っていなかった。全て焼かれた』」
メツリはどうも、現場を見たらしいと分かる。そして、彼らは連れて行かれた家族が、どの状態でも連れ帰ろうとしたのだ。それさえ出来なかったことに、悔しそうに歪む顔は、人の顔であるはずなのに、顔を埋める模様のせいで怖いくらいだった。
でも。彼の悔しさの深さを知ることはないにしても。バイラは、独断で意見を伝えることにした。
「『もし生きていたら、魔物だ。二度と人間にならない。心も違う。化け物でも良かったのか』」
「『家族だった』」
「『あなた達の家族。昔は、別の誰かの家族だった。同じ気持ちとは思わないのか。ここから帰れなかった人々は、人間だった。しかし、魔物になった家族は、もう人間の心も体も死んでいる。倒したことをなぜ怒る』」
バイラの意見に、メツリの瞼が少し下がり、睨むように馬上の顔を見つめる。バイラからすれば、当然のことを言ったまで。黙って見据えていると、装飾の顔は俯いた。俯くと、馬上からは大きな獣毛の鬘しか見えない。
よく見ると、彼の毛は震えていて、それはとても人間らしい衝動の状態に感じられた。
怒鳴るのか、攻撃するのか、泣くのか、背中を向けるのか―― どうするのだろう、と待つバイラ。イーアンたちも分からないなりに状況を見守る。
震えていたメツリは、ふと顔を上げると、家の中に向かって大きな声で何かを言い、その声に家族らしき人々が出て来て、数名の男女が土間に現れた。
戸口の馬と立つ二人の姿に目を見開いているが、視線を合わせようとしない彼らは、女性と、そう小さくはない子供で、皆が同じように顔に装飾の色と、大きな鬘、変わった衣服を着ていた。
3人が、暗い土間に現れた人たちに、メツリの家族であろうと思った時、外からも声が聞こえ、馬に乗ったままのバイラの眉が寄ったので、イーアンたちも土間を出て外を見た。
「嫌な感じだぜ」
「そうですねぇ」
オーリンもイーアンも、通りにわらわらと出て来た人々に眉を寄せる。『どうする気なんだか』頭を掻くオーリンはすぐバイラに『何話したの』と訊ねる。
バイラも左右の眉が付きそうなほど寄せて、通りに増える人数を見ながら『特に間違ったことは』と答えた。
通りに気を取られた3人の後ろから、メツリではない人が近づき『皆は家族』と声を出した。驚いて振り向いた3人は、そこに女性が立っているのは理解したが、彼女の顔も同じような装飾済み。表情も年齢も知れない。
彼女はバイラを見て『家族を失くしたくない。魔物はまた来るのか』と訊ねた。話が動いたので、バイラは頷き、イーアンたちに、彼女の質問を伝える。
「彼女に答えて下さい。また魔物は来るかもしれない、と。そして、精霊の呪いがあるようだけど、祈って守られるようにとも。魔物が入ってきてしまったのだから、二度目もないとは言えないです」
「『龍は言う。魔物はまた来るかもしれない。精霊に守ってもらう必要がある』」
同時通訳までは無理だけれど、バイラがなるべく早く訳して伝えると、女性と、周囲の人々が口々に不満そうな声を上げ始めた。
「『精霊は閉ざす。私たちは出られない。ここで生き、ここで死ぬ。霧を出ることは出来ない。守られることはない。消されることもない。それは、龍に祈った日から―― 』」
「え?龍に祈った?」
バイラの素の返しは、イーアンとオーリンにも勿論、理解出来た。そして、女性の言葉を理解している仲間や、イーアンの角と白い尻尾、それを巻かれている男の黄色い瞳を、じっと見つめるメツリは、訪問者の反応を見つめた。
バイラが驚いて返した言葉から―― 女性とメツリ、また他の人々が数人集まり、3人に自分たちの状況を話して教えた。
聞けば、昔。彼らの先祖の時代に起こった出来事が、きっかけと言う。
―――――遥か昔に、一つの部族がテイワグナの北西山間部に暮していた。ずっと土地の精霊を崇めて過ごしていたが、ある時、魔物が襲った。襲われて部族の半分が殺された時、空から龍が来て魔物を倒した。
輝く大きな龍は男の姿に変わり、部族を見渡すと、死にかけている者に力を与えて戻った。
部族の信仰は、その時を境に、精霊と龍に変わる。土地の精霊をこれまで通り崇め、新たに龍を祀り、感謝を祈る日々が始まった。
この後、分離が起こる。『助けたのは龍だった、精霊は何もしなかった』と言い始める人々が増え、彼らは精霊を崇めるのをやめた。
部族は、精霊の祠も泉も抱える、豊かな大地に根付いていたので、反発意識を持った人々は、そこを離れて、自分たちの生活を始めた。彼らは精霊の土地を出たと思い込んでいた。
だが、土地の精霊は許さなかった。部族の守っていた土地より広い範囲を守っていた精霊は、これまでの恩恵を忘れて、一時の救済となった龍だけを、自分の土地の上で祀り祈る人々に、猛烈に怒った。
そして、その日が来る。
土地の精霊は、2回だけ質問への返答を許す条件で、人の姿に似た形を取り、龍を崇める人々に会いに行った。許しを請うなら、一度は許すと伝えた。
しかし、人々は、相手が精霊とも気が付かず、2回しか許されない返答も無視して、話が分からない、それは聞けないと、撥ねつけた。
精霊はその無礼を許すことなく、彼らの集落丸ごと、白い蜘蛛の巣に包み込むと、そのまま放り投げて『永遠に彷徨え。私の蜘蛛の巣から出ることはない』と叫び、その時より、このペリペガンは霧の中にのみ生きることになった―――――
―――気が付けば、最初の女性ではなく、別の女性がそれを話し終えていた。彼女は先の女性の、母親なのか。化粧の装飾で、目や輪郭だけ拾えば、そう思える。年齢が嵩んでいるのは、皮膚の皴に分かるほど。
バイラは思う。この彼女は、テイワグナ人の特徴が、著しく濃い顔にも感じた。
話される側から訳したバイラも。龍族の二人も。ただただ無言で、息継ぎさえ控えめ。よくあるおとぎ話に思えないのは、まさに只今その渦中だから。
そして、自分たちが悪いわけじゃないのに、龍族の二人は、心の中にざわざわ感じる、居心地悪い感覚を味わっていた。
そう・・・だろうなぁ、と思いながら、バイラは二人の沈鬱な表情をちらりと見てから、頬をぽりぽり掻いて、伝説の影響は置いておいて、とにかく話を続けたいので言葉を考える。
ここで話が長引いては、更に時間が掛かる。
マカウェを思い出せば、気が付けば翌日なんて話になりかねない。
早く、魔物の話を終え、彼らには彼らの対処を勧め、ここを出る―― 総長たちが『魔族の種』と一緒にいるのも不安なので、バイラは早く済ませたかった。
足を踏み入れる前の怖気づいた気持ちは、すでに消えた。この場所で魔物退治も魔族退治も必要ない以上、調べに来た目的は完了したのだ。
げほんと咳払いして、バイラは大きく息を吸い込むと、沈む気持ちは分からないでもないが、龍族の二人に話しかける。周囲の人の反応も考慮済。嘘は言わない。
「彼らは。現在の、ここにいる彼らは、特に龍に対して、悪く思っていないですよ」
「信じにくい」
オーリンの即答に、バイラは目を瞑って首を振る。『遥か昔の、彼らの先祖の話です』もう共通意識の中には薄れていそうだ、と付け加えたが、イーアンも疑わしそう。
「私。もろに尻尾も出ていますし、角も。彼らは嫌なのでは」
「イーアン、そんなこと言わなくて良いです。彼らは龍がいると聞いて、助けてもらえるかもしれない可能性を感じたから、ここに連れて来たんですよ」
でも・・・呟きながら、気まずそうに尻尾をきゅうっと締める(※オーリン、おえって言う)。居た堪れなさそうな顔つきの女龍に、バイラは同情して『違いますから。気にしてはいけないですよ』と励ます。
「その証拠に、彼らは今。龍に期待しています。魔物を遠ざけるのは、続く呪いの主ではなくて、突如、偶然に入って来た龍じゃないかと」
「期待されている感じに見えないぞ。睨まれてる」
「そういう化粧なんですよ。周囲を囲んでいるのは、先ほど・・・一斉にざわめいた時の印象ですと、彼らにすれば、精霊は助けてくれる対象じゃないんですよ。
メツリも家族を呼んで、皆に呼びかけて集めた理由は、また魔族や魔物に入り込まれたら、怖いからです。『家族を倒された』解釈をした後でも、繰り返し襲われる恐怖を避ける方を選んだんです。それが、苦渋を飲んだ決断だとしても」
「魔物に成り代わった家族を倒した相手に頼むっていう、苦渋か。何とも言えないが、まぁ。そうか」
イーアンは黙っていたが、オーリンは何度か小さく頷くと、『分かった、だがな』と続け、横のイーアンを見て『守るって言われてもね』と眉を引き上げた。女龍もオーリンを見て、ちょびっと頷く。
「私たちがここに居るわけにいきません。人間奪取の人口集め方法で、閉じ込めておきたいのかもだけど」
「そこも話してくれよ。俺たちは、ここに棲まないって」
オーリンに言われることは尤も。バイラは難しい通訳だなと思いながらも、誤解のないように伝えるに徹する。
メツリを交えた数人の人たちは、古い言葉や方言も混ぜながら、バイラの話す地域のテイワグナ語を理解し、口々に何かを言う。その様子が、穏やかに見えないイーアンとオーリン。
振り向いたバイラは、見上げている二人に『とりあえず、言われたことを伝えます』と前置き。
「ええっと。時系列ですと、私たちがここに迷い込んだ時。
あれはいつも、あんな感じみたいです。誰かが迷い込むと、ああして入って来るというか。
でも、イーアンの角が光っていたでしょう?霧の中でも、彼らには見えるんですよ。角があるから、人間じゃないと判断して、あの四角い床に引き込んだ。
先に攻撃しようとしたら、尻尾も翼も出たので、間違いなく魔物と、それで矢を射たみたいですね。
だけど龍だと聞いて、伝説で助けてくれた龍の話を思い出したから、ここまで連れて来たと。
えー・・・例え。家族を焼いたのが、龍の仲間の仕業としても、龍に救いを求めるような。
というか、もっと簡単に言うと『龍が助けに現れたんだ』と、決めつけている具合です」
勝手だな、と呟くオーリン同様、イーアンも困る顔を隠せない。
魔物に襲われたばかりだから、私の姿を見て、正体も分からないし、攻撃するまでは理解するが。龍と知れば、今度はこれまで通り、引き込んだ人間を住まわせる感覚で、さも「ここに来たのが運命』のように言う。
「アオファの鱗でも持っていれば、渡して使って頂くことも出来るでしょうが。持ってもいないし・・・解放してもらうために、引き換え条件が必要な相手ですね」
イーアンの見解。男二人は、遣り切れなさそうに頷く。相手は引き換え条件でもあれば、解放するのだろうから、と思いきや。
「『入ったら出られない。精霊が出さない。魔物は、精霊が出した』」
メツリが口を開いた、その言葉。バイラは額に手を当てて『あ~』と呻く。
すぐに龍族の二人にそれを教えると、二人ともギョッとした表情を浮かべ、首を振って顔を見合わせると『何が何でも出ないと!』と焦り始めた。
ようやく。なんとなく。全体の把握が追い付いた3人。
つまりここは。人口減少を防ぐために、人が入って来たら『集める』のだが、それは彼らの意思ではないのだ。そして、この集落の存在自体が呪われているから、入った人間は出られない。
彼らが出さないのではなく、そういうもの。
集める、の言葉がメツリの口から出たのは、精霊がそうした仕組みを作ったことを、長年に渡り、先祖代々に言われ続けた言葉だったからだろう。
『あなた方だって、迷い込んだ人間を出さない』とバイラに言われて、悔しそうにしたのは、自分たちの仕業ではないから。
そして、龍が来た以上。迷い込もうが何だろうが、入ったら出られないこの場所に来た意味、それは運命―― とした解釈。
「嫌ですよ。絶対、イヤ。私、出ます」
イーアン、目つきが変わる(※必死)。冗談じゃないわよ、と翼を広げ、人々が少し遠巻きになってざわめく。バイラは馬に乗ったまま、女龍の強行突破しそうな勢いをに待ったをかける。
「でも。精霊が相手です!私の剣も、変だなと思ったけれど、ここに入ってから剣の光が消えていないんですよ。
彼らの話だと、伝説から相当時間が流れていそうなのに、精霊の力は健在だし、魔族相手にしめ出せるくらいの土地の精霊ですよ。なまじ怒らせては」
「話し、聞いてくれそうにないじゃありませんか(※イーアン素)。私、一応、女龍ですよ。最近登場したから(?)まだ有名じゃなさそうだけど、精霊なら気が付いてそうなものなのに」
「イーアン、悲しがるな。そこじゃない。でもそうだな、訴えようにも、精霊がどこに居るのかも分からないもんな。居たところで、『お前たちは良いよ』って感じでもないし」
言いながら萎れるイーアン(※存在感薄い女龍)を励ますオーリンは、イーアンの強行突破に任せる方に一票。
躊躇うバイラに『出られないより、良いだろ』と言い返せない言葉を投げると、黙ったバイラにオーリンは頷いた。
「やれ、イーアン。出来るだけ、精霊刺激しないように。出来れば穏便に突破してくれ」
「無茶言いますよ、あなたもタンクラッドも(←朝)。ちっ、でもそうです。まずは龍に変わりますからね。オーリン、頼みますよ」
そこまで言うとイーアンは、メツリたちの誰に告げることなく、白い翼で宙を叩くと、霧を吹き上げながら浮上して、ボンッと龍に変わった。
見上げる人々の騒ぎが一度に湧き上がる。イーアンは気にしない。
こんなところで死んでたまるか。ドルドレンたちが待ってるんだ、私は魔物退治しなきゃいけないんだ、と思いっきり咆哮を上げた。
「『龍が吼えた!龍が怒った』」
「『精霊が怒る。精霊がまた、ここを閉ざす』」
人々の血相が代わり、皆が一目散に家に向かって逃げ込み、バイラはオーリンに腕をさっと伸ばし『乗って』と彼を後ろに乗せる。
「『ジーダ!何をする』」
メツリが叫んだ時、馬にオーリンを乗せたバイラが振り返ると同時、龍の向こう、外から―― 巨大な白い渦が巻き起こった。
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