1329. フォラヴ再び帰郷・コルステインの夜
夕食は長引いた。早い時間に、することもなくて食べ始めたミレイオたちと、時間差が出て、後から食事にありついたフォラヴやイーアンたちは、たっぷり2時間ほど使って夕食を終えた。
食事中の会話は、タムズが話したことと、イーアンが空から持ち帰った情報について。イーアンは全てを話すわけにはいかないので、受ける質問への答えも、理解を促す説明も、タムズに倣った。
フラカラとのことや、古代の海の水がイヌァエル・テレンにも在ることは、伴侶にさえ話せない。
それはイーアンの中で、何となく、置き場に困る『隠し事』のような存在感だが、この感覚が『人間として』の状態によるのも、もう理解していた。
自分は龍族だ、と。こういう気持ちの時、きちんと頭の中で繰り返す。だから、言えないこともある。
ふと、フォラヴも同じような心境かもと彼を見れば、正しくその状態に思えた。
フォラヴは静かだったが、皆の話に加わりながらも、話し方にいつもの流れるような早さがなく、言い淀んでは間を開けて、短く返答することを続けていた。
暗い時間に差し掛かったくらいで、ミレイオとイーアンは片付け始める。ミレイオは、今日も地下へ戻るので、イーアンにも『お風呂、入んなさい』と持ち掛け、連れて行くことに決定。
二人で後片付けをてきぱき済ませ、ドルドレンに『お風呂入ってきます』と伝えてから、皆の洗濯物を集めたイーアンは、カゴに洗濯物と着替えを用意し、ミレイオの待つところへ。
ミレイオに後ろから抱えられて、地下へ潜る時。ぼそっと、思わずこぼした、イーアンの気持ち。
「言えないこと。結構ありました」
「あん?私なんか、開けっ広げよ。何でも喋っちゃう。喋れることだけ」
ミレイオの返事の最後に、アハハハと笑ったイーアン。ミレイオも笑いながら、二人は地下の黒い穴へ吸い込まれて消えた。
夜の暗がりに僅かな時間響いた、二人の笑い声のすぐ後には、交代のように青い霧が近づいて来て、霧の後ろには、青黒い火の玉も幾つか揺らぎながら、馬車へ近づいていた(※ホラーチックだけど、コルステイン一家)。
ロゼールがコルステインたちに、お礼を言う間。
フォラヴは少し離れた場所に出て、彼らに影響がないように気を遣う。馬車に乗っていても良いのだが、一人考えたい気持ちもあった。
バイラが総長と次の町の話をし終わり、総長が荷馬車に入った後、森の木々に寄りかかるフォラヴを見つけ、彼は近くへ来た。妖精の騎士が微笑むと、バイラもニコッと笑う。
「どうかしましたか」
「いいえ。私は彼らに、影響があるかもしれないので。それで少しの間、こちらへ」
「現役の騎士に『危ない』とは思わないけれど。一人が良いですか?」
バイラの気遣いに、フォラヴは微笑みながら首を振って『ご一緒に暇つぶしはいかがですか』と訊ねる。小さく笑うバイラが了解して『それじゃ、少しお邪魔します』と答えた。
二人は少しの間、黙って同じ木に寄りかかっていた。黙っている時間が苦痛にならない、お互いの状態。
フォラヴは距離を持っていて、バイラは『居ることが大切』とした感覚で。
10ほどの年齢差があっても、二人は馬車にやんわり灯る明かりを見つめ、暗がりの木々の中に立つ。不意に、バイラが溜息に似た吐息をついたので、フォラヴは反射的に彼を見た。
バイラはフォラヴを見ないまま、静かに、聞こえにくいほどの小さな声で、騎士の反応に答えた。
「あなたはまた出かけますか」
妖精の騎士は、唇が動きかけ、声を発することなく、開いた唇をそのままに止まる。そのつもりでいたことを、彼は読んだ。バイラは、答えの戻らないことを気にする風でもなく、ちょっと目を伏せた後、また馬車を見た。
「行くなら。今です。私が伝えておきます」
「バイラ。あなたは」
「ザッカリアのことなら。私が彼を出来るだけ、面倒見ます」
警護団員はそう言うと、さっと妖精の騎士に顔を向けて『行くなら。今。無事に早く戻って下さい』と落ち着いた声で頼んだ。フォラヴは数回の大きな呼吸に取り乱されることはなく、6度目の吸い込んだ息と共に、『はい』と答えて、そのまま森の奥へ歩いて行った。
バイラは彼が影に飲まれるまで見送り、『無事で』と誠実な祈りを呟いた。
*****
夜の闇に、青い炎が揺れて消え。寝台馬車にロゼールも乗り込んだすぐ後。
馬車に戻ったバイラが、タンクラッドとコルステインだけが残った馬車の間で、『フォラヴを送り出した』ことを伝えている頃。
フォラヴも既に、木々の中をすり抜けて、次から次へ移動していた。
妖精の国に帰ることは、そう面倒な道順でもないのだが、妖精の国の目的地に直接の移動は出来ない。
自分がもっと、いろんな事を習得したら出来るのかも、と思いながら、フォラヴは順繰りに『目的地』に近づく。移動し始めて、そう時間も使わずに妖精の国には入っている・・・・・
「アレハミィは。彼は、もっとすんなり、移動したのだろうか」
ふと、素性も知らぬ男の事を思い出して、自分と比べる。妖精の騎士は、女王に会うことが出来たら、彼の話も訊ねてみようと思った。
空に掛かる銀の月は、テイワグナで見るよりも、細く、金属のように輝き、真綿のような柔らかな白い明りを、妖精の世界に与える。
木々は背が高くて、自由に枝を広げ、黒々した影を落としていても、怖れるには至らない。そこかしこで小さな愛らしい光が飛び交い、大きな太い幹の間をすり抜けて遊ぶから、フォラヴはいつも微笑んでしまう。
枝は自由に揺れ、風は話しかける。鈴の音は遠くからも近くからも聞こえ、涼しい夜気に響き渡る。足元の草も、月光で青く照り輝き、騎士の足取りを軽くするために、撥ねるように動いてくれる。
この美しい妖精の世界に。魔族が入るなんて――
次の大樹を探して、歩みを止めないフォラヴは夜空を見上げ、小さな溜息をつく。
そんなこと、決して許さない。自分の運命は、妖精の世界も守らなければいけない、と知った時から、フォラヴの心に消えない炎が宿った。
魔物の王を倒す旅路に参加して。途中で交代する立ち位置の自分。
そして交代した誰かが、私の代わりに総長たちを支える間―― 私は、この妖精の国を全力で守るのだ。
「私の家族の亡骸を奪い返すために」
二つの目的を持った、自分の運命を知ったあの日。
フォラヴは、これまでの自分を変えようと決意した。動き出した運命の波に、傍観者でいることはやめようと誓った。声を上げず、自分の問題は自分だけで解決に進む、そんなことも時間の無駄だと理解した。
「待っていて下さい。もう既に、遥かな年月を待たせているけれど。後少し。もう少しお待ち下さい。
私が必ず、囚われたあなたの亡骸を取り返しに行きます。私が動けば、妖精の世界も安全の条件を投げることになる。
それでも。私に託された予言を信じて、私はあなたを迎えに行くでしょう」
ぐっと握り締める拳。噛んだ唇。白い肌を更に白く、血の気が引いた怒りの眼差しを静かに閉じ、フォラヴは大きく息を吸い込むと、見つけた大きな木の幹に腕を伸ばし、広がる幹の中に滑り込んだ。
「まずは、一つずつ―― 」
*****
フォラヴが出かけてから、数時間。
地下からミレイオとイーアンが戻り、ミレイオはまた地下へ帰り、イーアンがちょっと馬車の間を覗いて、コルステインに『お休みなさい』の挨拶をしながら向けた笑顔に、コルステインも微笑んだ後。
馬車の一行が眠りに就き、コルステインはいつも通り、タンクラッドの横に寝そべって、ぼんやりしていた。
数時間前、ロゼールと話し、彼の様子が落ち着いたことを知って、コルステイン一家は安心。
何度もロゼールが礼を言う間、リリューはいつまでもロゼールを抱えて放さなかった。リリューは、メーウィックも好きだった。
寝返りを打ったタンクラッドに、もう一度、大きな翼をかけ直し、コルステインは再び思いを巡らす。
――メーウィックが助けた、リリュー。リリューが生まれたのは、メーウィックがいたから。
消えかけていたリリューの気持ちが、メーウィックの優しい心で元気になった。だからずっと、リリューはメーウィックと一緒に居たがった――
リリューは今。ロゼールと一緒にいる時間が、もっと欲しいと言う。家族になれば良いんだ、とコルステインにも頼むので、コルステインは毎回それを断る。
ロゼールを家族にしても、人間のロゼールではなくなるから、リリューはそれは嫌じゃないかと思う。
話を続けると、きっとリリューは諦めない。だからすぐに断る方が良い、とコルステインは考える。
コルステインなりに、家族の状態を理解している優しさ。リリューには伝わっていないようで、最近は言うことを聞かなくなった。
フーム、と考えるが、コルステインには深く考えるのは難しい。堂々巡りで頭が疲れる(※仕方ない)。
リリューは何かあるたびに、ロゼールを呼びたがる。旅の仲間に必要なものがあれば、ロゼールを呼ぶのは、彼の役目だが。
『水の壺』の話は、ホーミットに聞いて、やっちゃったかと思った(※コルステインたちは知らなかった)。
あの水は、タンクラッドの欲しいものでもある。ロゼールやタンクラッドが使えば良い、と思った。
だけど、何かしないといけないらしい、と知ったから、後は任せた(※丸投げ)。
ここで、ふと思い出す。
どうしてタンクラッドは、バニザットの力のことを知りたかったんだろう・・・(※それはよく分かってない)
タンクラッドが『知りたい』ことは、何だか分かった。だから『海の水』を取りに行った。
でもそれは、どうして知りたかったのか。
コルステインは首を傾げ、大きな青い目をキョロッと上に向け、暫く考えた。
考えても、ピンと来ない(※いろいろすぐ忘れる)。何だったんだろう・・・翼の下で、すーす―寝ているタンクラッドを見つめ、彼はなぜ自分に、ホーミットへ話すように頼んだのか、それも思い出してみたが、やはり何も直結しなかった。
『うーん。何?種族。沢山。平気。する。タンクラッド。それ。知る。したい。何?』
バニザットの状態や、海の水の効果から『種族関係ない触れ合いのため』とは分かるが、それがどうしてタンクラッドに知りたいことだったのか。
この時、コルステインはさっと気配を感じ取る。
気配は魔物で、側にいると分かり、少し感覚を向けて状態を調べる。が、何か変。何かが違う。
『魔物。違う。魔物。半分?』
魔物の気配なのに、魔物だけではない気がする。以前も、これと似たような気配を感じているが、何だったかまで覚えていない。
コルステインは体を起こし、タンクラッドを一度、青い炎で取り巻いてから、ゆっくりと離れる(※炎=虫除け)。
気配のする方へ顔を向けると、霧に身を変えて、すぐに森の中へ移動した。
お読み頂き有難うございます。




