1328. 男龍の干渉
「話すとは、何をですか」
妖精の騎士は、久しぶりに来たタムズが何を知ろうとしているのか、話の中心について訊ねる。イーアンが彼らに話したかは分からないため、あまり、余計ないことを言ってはいけない気がして。
男龍は、自分の腕の長さ程度の距離に立つ、妖精の騎士に顔を向けると、真横にいるイーアンの角に片手を置き(※角くり)『彼女が私たちに相談した事について』短く答える。
フォラヴの空色の瞳は、イーアンにスーっと動き『お話された範囲はありますか?』の質問。これを確認出来ないと、話すに話せない。すると、イーアンが答えるより早く、男龍が分かりやすいほど大きく首を傾げた。
「訊いたのは私だ。私に隠す?君は龍に隠す気か」
「タムズ。隠すのではありません。私も妖精です。範囲を超えるわけにいきません」
おっと、と思わず声にしたタムズは、妖精の騎士の言い切った答えに、ニコッと笑った。その深い笑みに、何も嫌味なところがないから、フォラヴも一瞬戸惑ったものの、ぐっと顎を引いて『可笑しくありませんでしょう?』と続けた。
「フォラヴ。君は成長した。初めは人そのもの。今はしっかりと妖精の名を告げる。そうか。そうだね。君は私と同じように、はっきりとした種族の意識を持っている。それなら私も尊重しよう。
龍の命令は関係ないと分かったから、妖精に相談・・・かな。私が相談、ハハハ」
言いながら『龍族なのに控えめな自分の発言』に笑い出すタムズ。
イーアンは彼を見上げて、タムズだけはこういうところあるのよね、と感心する。彼は他の男龍に比べて、人間相手に(※ドルドレン)謝ることもすれば、変わり立てのフォラヴにさえ、ちゃんと対応するのだ。
プライドは問題なく高いはずでも、思えばタムズは、人々の生活を知る為に、渋々でも衣服を身に着けてくれたり、新しいことに対して素直に挑戦する性格を見せてくれる。
これが彼の良いところなんだろうなと、イーアンは思う。彼は理解してくれる・・・いつも、どこかでそう思えることで、タムズ独特の安心感を感じた。
そんな女龍の心の声が聞こえたか。タムズは、答えのないフォラヴの戸惑う表情から、横のイーアンに視線を移し、目が合ってニッコリ笑う。
「私の態度もなかなかだと思わない?」
「思います。あなたは本当に、男龍としては実に頼りになる親交的な御方です」
「有難う。私もそう思う。時々、行き過ぎている気もするけれど」
タムズの冗談に、イーアンは笑う。タムズも笑って、イーアンの長い角を撫でると『母の影響かもね』と頷いた。それは有ると思うイーアン、『良い影響です』と添えておく。
「さて。どうかね。私が尊重しても、まだ君は自分の話す枠でも心配するのか」
「いいえ。あの。私も後から知ったことです。そして、私は自分が頼まれたことしか、正確にはお話出来ないと思います。それしか知らないから」
「ふむ。正直なフォラヴ。君の言葉は分かりやすい。では、頼んだのは誰?」
「俺だよ。俺、見えたの」
タムズの質問に即答するザッカリア。イーアンとタムズの前に一歩出て、大きな男龍を見上げる。そのレモン色の大きな瞳に、見下ろす男龍は膝を折って屈むと、間近に顔を寄せて子供の目を見つめた。
「ザッカリア。教えなさい。君は何を見た」
「あのね。壺はあるんだ。それも見る?」
「見ても良いなら」
待ってて、とザッカリアは答え、すぐに自分のベッドへ走って、それから布に包んだ壺を持って戻った。屈んでくれているタムズの前に壺を差し出すと『これ。この中に水があるんだよ』と教える。タムズは壺に触らず、頷いて先を促す。
「この水がね、コルステインとか、ホーミットの話だと、特別な海の水だって。これを飲んだら、魔族の種から人間は体を守れるらしいの。でも俺はそれ、良くないと思ったんだ。だから」
「訊いて良いかね。良くないと思ったのは?見えた?」
うん、と頷いたザッカリアに、タムズは優しく微笑むと彼の頭を撫でる。
「君はちゃんと務めを果たしているね。君がいることで、彼らは無事だったんだよ」
「本当?でもまだだよ。使うのかも知れないでしょ?使うなら、これを違うふうにしなきゃダメなんだ。昔の妖精の人が、水を変えたんだって、ホーミットが言っていた。
それは俺も見えたけれど、フォラヴみたいな人が水に何かしたのしか、見えなかったから、それでフォラヴに『手伝って』って頼んだんだ」
水を分けるみたいだ、としか分からないし、ホーミットの話でもそこまで詳しくないから、まだ終わってない・・・と、ザッカリアは一気に、不安を喋った。彼が喋る間、男龍は静かに話を聞き続け、話が終わってから『ザッカリア』と名を呼んだ。
「なに?」
「君がいることで。皆が救われた。君の力は皆を守る。よくやった」
「だけど、まだなんだよ」
「もう大丈夫だよ。私がここに来たからには、ちゃんと続きが進むようにするからね」
タムズは子供を褒め、大きな手で黒い髪を撫でてから、その細い肩に手を置いた。それから次に、ロゼールに顔を向け、視線はロゼールに付けたまま、ザッカリアの肩に置いた手をゆっくりと滑らせて、片腕にザッカリアを抱えて立ち上がり、嬉しそうな子供の顔に微笑んだ。
「君はもう話してくれたから、ここにいなさい」
「すごい高いね!有難う」
いいよ、と首を振る優しい男龍は、ザッカリアを抱えたまま、ロゼールに向き直る。ロゼール、迫力の男龍にさすがに固まる(※コルステインより大きい男龍)。
「次は君か。ロゼール。私に話しなさい。君はコルステインたちに何を聞いているか」
「あの、えーっと。聞いているって言うか。宝を取りに行く、と言われたんです。過去に、俺とそっくりな人がいて」
「それがメーウィック?」
はい、と頷き、緊張で少し言葉が詰まる。タムズはそれを見て『隠さないように』と注意した。騎士が躊躇っていると思ったようなので、イーアンはすぐ『タムズ、彼はあなたに緊張してます』隠していませんよと教えた。
「私に緊張。そうか。怖いかね」
「いえ。怖くないです。だけど、初めて話すし。すごく神々しいから」
神々しいと言われて、タムズは少しだけ首を傾け『気にしないで』と呟くと笑った。
横のイーアンは彼を見上げ、彼の表情から、タムズが褒められて嬉しいと分かるので、これまたタムズらしいなと、ちょっと安心(※おじいちゃんには通用しない)。
髪をかき上げたロゼールは、大きく深呼吸すると『メーウィックの話は』と続ける。タムズも黙って聞く。
「俺も、彼が誰かなんて知るわけなくて。コルステインたちにある程度、彼のことを聞きましたが、どうも彼は、どこへでも出かけられた様子だし、いろんな種族と触れることに問題ない人だったようです。
コルステインたちは、俺を見てすぐに『メーウィック』と呼んだから、本当に似ているんでしょう。『俺は違う人間』と言っても、過去の彼にしたような優しさを、会ったばかりの俺に向けてくれます。
それで、今回。宝を取りに行くと言われて、一緒に行きました。
過去、メーウィックという人が、宝を世界中に隠したと聞いています。その宝は、元はサブパメントゥのもので、コルステインたちがあげたんだそうです」
一度そこで話を切ると、ロゼールは見上げている男龍に『俺は何の宝か、それも知りませんでした』と伝え、だけどコルステインたちは、メーウィックが隠した場所は、ロゼールが開放する・・・と思っているであろうことも話した。タムズは小さく頷く。
「だから。俺も何だか分からないのに、連れ出されている感じで。だけど楽しいし、一緒にいると喜んでくれるし、何か・・・イーアンや総長たちに手伝える気がして、出かけるのは嫌じゃないんです。
で、今回の宝は、手に入れている最中は何にも知らなかったけれど、戻って来て話を聞いてから『貴重な効力の水』と分かったんです」
「つまり。君は、自分が何を探しているのかも知らず。探したものが、何に使われるのかも・・・訊かなかった?」
そうです、と頷いた騎士に、タムズはどうやら面食らった様子。想像したことと違ったのか、背を屈めていたのを戻し、ふむ、と顎に手を添えた。片腕に座るザッカリアは、タムズの考える様子を見つめる。
「分かった・・・そう。ええとね、イーアン」
「はい。何でしょう」
「彼は君の友達?」
男龍の指差した先は、ロゼール。イーアンはしっかりと首を縦に振る。タムズは女龍に合わせ、背を屈め『彼はこういう人間』と確認する。イーアンは再び、大きく頷く。
「そう。ロゼールは、じゃ。こうした性質」
「だと思います。私が人間の状態で知り合った時から、何も変わっていません。数か月前だけど」
「『相手の言うことを聞く』性質?」
「ではなくて。信頼されている・信頼できる、と彼が判断すると、彼は疑いません」
ふぅん、と納得したタムズは、長い睫毛を少し伏せて、夕焼けの明かりに一層赤く輝く体を、またロゼールに向けた。ロゼールは心配そうな顔をして、大きな男龍の言葉を待つ。
「ロゼール。もう良いよ。君は単に、被害者だ」
「え。俺は被害なんて受けていません。コルステインたちと一緒に動くのは、さっきも言ったけれど、楽しいし、彼らは助けてくれたし」
「無知の、被害だ。避けられたのは救いだった。ザッカリアに礼を言うんだね」
「あのう、コルステインたちを悪く思わないで下さい。優しいし、俺は好きなんですよ」
ロゼールが慌てると、タムズは少し寂しそうに微笑む(※相手がコルステイン⇒オツムが、の認識)。そしてもう一度『もう良いよ。悪くは取らない。行きなさい』そう言って、穏やかにロゼールを退場させる。
そしてタムズは、最後に。最初以降、一言も口を挟まなかった静かな妖精の騎士に、金色の瞳を向けた。フォラヴも彼の瞳を捉える。何となく居心地が悪そうなザッカリアは、タムズに『俺はいない方が良い?』と訊ねた。
「うん?そんなことないよ。一緒に居なさい。何か食べたいなら、行っても良いけれど」
タムズは、ミレイオたちがひっそりと食べ始めているのを横目で見ていたので、ちょっと笑ってそう言う。ザッカリアは、お腹は空いていたけれど、首を振って『いい』と断った。
「君は空の住人。一緒にいて何も問題はない」
「有難う」
「そうだ。私の子供たちがね、君の好きそうな小さな姿になったんだよ。今度遊びに」
「タムズ」
男龍は脱線するので、イーアンがさくっと止める。タムズはちらっと女龍を見て、うん、と頷く(※忘れかけてた)。ザッカリアは子供たちと遊べると聞いて、もっと話をしてほしかったが、ここは黙る。
待たされているだけの妖精の騎士。静かに微笑みを湛え(※子供の話が微笑ましい)大きな男龍に『話せることは僅か』と先に振った。
「最初にお伝えした通りです。ザッカリアに頼まれたことは、私が人の姿と、妖精の姿を使い分けることで、その力を『海の水』に施してほしいとした内容です。私は出来る保証がありませんが、断りはしません」
「方法は知らないのだろう?」
「知りません。調べなければ。きっとどこかに遺っていると思います」
「調べたら、使う?」
「使う・・・使わないと、海の水はそのままでは」
言いかけて、タムズの質問の奥にある部分を、フォラヴは察した。ふっと柳眉を寄せると『もしかして』と呟いた。男龍はゆっくり頷くと、空から降り注ぐお告げのような声で伝える。
「女王は?」
「ああ・・・やはり。あの方にお会いして打ち明けるのだと、あなたは」
「イーアンは。龍族で最も強い女龍だが、知らないことが多い。だから彼女は、自分の知らないことがあると、私たちに聞きに来る。
彼女の探求心の扱いは、そこそこ大変だが(※ここでイーアン、むすっとする)悪いことではない。間違いを未然に防ぐため、自分の立場を常に確認している」
タムズの言いたいことは、直線でフォラヴに届く。自分は独りではないこと。ギリギリまで、どこにも『問』を持って行かない癖が、染み付いていること。
私は、と言いかけた声に、タムズは『まだ続きがある』そう被せると、互いに近づくことのない距離に視線を走らせる。
「私たちは、本来。すれ違い続ける相手。だがこうして、重なり、混在する時間に放り込まれた。
その速度を増す方法が現れたことも、言ってみれば、この先に待つ『必要』の準備かも知れない。うっかり使ってしまえば、君たちに面白くない結果を招いただろう物体さえ、誰一人怖れを追うことなく、手に入れようとしている。
フォラヴ。妖精の自覚があり、その力を使うなら。君を愛する場所に常に会いに行きなさい。
そして、君たちには君たちの決まり事があることも、君が自ら口にした『範囲』があることも学びなさい。ただの防御として、その言葉を使うのではなく、本当の意味を知りなさい」
フォラヴは男龍の目から逃げるように、さっと顔を伏せる。
ただの防御―― 最初に自分が彼に言った、『妖精の範囲を越えるわけに行かない』それを指摘されたと気が付いて、若干でも思い当ってしまった自分を恥じた。
そんな妖精の騎士を見つめて微笑んだタムズは、数秒の沈黙の後にザッカリアを腕から下ろす。
「ザッカリア。ドルドレンを呼んで」
分かった、と了解して、総長を呼びに行った子供を見送り、男龍はフォラヴに視線を戻した。
「私はもう戻る。君が知りたいことがあるなら、それは君の世界で得ておいで」
「はい」
「もう。撫でることも出来ないか。出来たとしても、無理やり」
そう言うと、タムズは夕日に顔を向けて『夜が来るか』と呟いて、可笑しそうに笑った。イーアンは、横でずっと聴いていて、どうしてタムズが今日、付いて来たのかを何となく理解した。
その話題が出るまでもなく、ドルドレンがやって来て(※速足)タムズに満面の笑みを向けると、同時にタムズに『もう帰るからね』と言われて凹んでいた。
この後、夕日がすっかり沈む前に、タムズはドルドレンに『今度イヌァエル・テレンに来る時は』と、小さな約束を幾つか交わし、寂しさを受け入れる面持ちの黒髪の騎士を撫でると、ミンティンと一緒にお空に戻った。
お読み頂き有難うございます。




