1326. フラカラ『秘密の部屋』の情報
子供部屋から、龍の子の住まいへ移動したイーアン。と言っても、目と鼻の先。
『龍の子』の住まい自体が、とても大きい建物なので、そのために歩く時間があるだけで、連結ではないが渡り廊下も繋がっているから、てくてく歩いて進める。
フラカラに呼びかけながら歩いているイーアンだが、龍の子たちが、通りすがりに見ているのが、どうも気になる。
ここは彼らの生活の場だし、自分は女龍だし。見られても仕方ないのかも知れないけれど・・・こうした違和感、どうにか出来ないのだろうかと考えてしまう。それだけ、彼らと男龍たちに距離があるのだ。以前も思った、歴然とした力の差による、区別が。
そう言えば、オーリンが迎えに来た時も、フラカラは『何で龍の民がいるの』くらいの勢いで(※低レベル認定)嫌そうだったことを思い出す。
「悩みますね。私は区別が悪いと思わないけれど、少々行き過ぎているハッキリ感」
「イーアン、こっちよ」
歩きながら首を振り振り、イーアンがうーんと悩んでいると、フラカラの声が掛かる。気配で分かりそうなものだが、未だにイーアンには、気持ちが散漫だと気が付かない癖がある。
そんな女龍に笑うフラカラが前から来て、イーアンの手を引く。美人なフラカラに手を繋いでもらうイーアン、ちょっとシアワセ(※悩みどこ行った)。
「手を繋ぐと。他の龍の子が気にしそうだけど。良いわよね?」
「良いですよ(※喜)。ファドゥもよくそうしました」
「ファドゥ・・・ちっとも来なくなったわ。子供部屋に、毎日来るのは知っているの。でもこっちには顔を出さないから」
友達なのにね、とイーアンが呟く。金色の瞳が、その一言にすっと向いて『友達、で良いと思う?』思わずこぼれたフラカラの問いは、イーアンに切ない感情を生む。
「良いと思うのです。私の個人的な気持ちは。でも、あなた方のように、生まれてからずっとイヌァエル・テレンに生きる龍族には、違いが常に付きまとうのですね」
そう、と頷いたフラカラは、イーアンの手を引きながら、長い廊下を歩き、右に見えた下る階段へ導く。
少しの間、沈黙が流れ、地下に下りるのは初めてかなと思いながら、階段を下りるイーアンは、すぐにそれが地下へ向かうわけではないと知る。
建物の床に潜る角度で下りた階段は、続く踊り場に明かりがさしていて、半地下の通路を進んだすぐ、左手の壁に簡素な木の扉を迎え、フラカラは戸を開けた。
「中庭?」
木の扉の向こうは外で、そこは、少し手入れされた植物が囲む小さな空間。
だが、自生していると言われたら、そうも見える自然さが、庭として管理しているのか、分からなくなる。フラカラはイーアンの質問に答えず、微笑みながら『こっちよ』と誘導を続ける。
中庭に見える空間は、まとまった『庭』然とした風景ではなく、ぽつんぽつんと木が生えていて、茂みも木の足元を囲うため、道といった道がない。
フラカラに連れられて、人のいない静かな外を歩くイーアン。少し不思議な印象の場所を進む時間は、思っているよりも長くて、穏やかな日差しと佇む暖かな空気に心が和んだ。
「イーアンに見せたいものがあるのよ」
「はい」
徐に話しかけられ、すぐに見上げると、フラカラは前を向いたまま『この先にね。昔からある秘密の部屋』と真面目な顔で呟き、くすりと笑う。
「秘密の部屋ですか。外に?」
「外よ。部屋って言えば部屋だし。もうすぐだから、行けば分かるわ」
イーアンは、フラカラの『秘密の部屋』は、意外なオープンさがあるのでは、と思ってしまった。外だし、ここは多分、他の龍の子も歩くだろうし、割に建物から近いし・・・(※開けっ広げの秘密?)
じーっと見ている女龍の顔が可笑しかったのか、フラカラは突然声を立てて笑い始め、驚くイーアンに『そんなに不思議じゃない』と言う。
「秘密の部屋、って呼べばそうなのよ。他に言いようがなくて」
「そうなのですね。フラカラの特別な場所に、案内して下さって有難う」
けらけら笑ったフラカラは、赤い長い髪をかき上げ、さっと顔が真剣に変わる。この変化、龍の子独特なんだなぁと、イーアンはしみじみ見つめる(※最初はファドゥもそうだった)。
「本当に特別。あのね、ファドゥたちに言わないで」
「はい?言わないですよ。秘密なのに、他の人に言いません」
イーアンがすぐに答えると、フラカラは真剣な顔に不安そうな色を浮かべて『見つかったら取り上げられるかも』と呟く。
本当に心配している様子だが、イーアンにはちょっと分かりにくい。
万が一、知られたら。男龍が取り上げるくらいの特別な場所・・・こんなに建物から近くて(※歩いてるけど敷地内)。ファドゥの方が、彼女より長生きだと思うけれど、彼も知らない?(※大御所くらいの長生き自慢)
ファドゥは、タムズと同じ時に生まれているとか、聞いているのだ。休眠を繰り返して長生きにこだわり、彼はウン百年と、生きているような気がするんだけれど。
眉を寄せて悩む女龍は、フラカラの手が離れたことに気が付かず、そのままスタスタ歩き続けて、フラカラにクロークを引っ張られた(※がくんってなる)。
「あ、はい」
「イーアンったら。考え事?着いたのに」
振り向いたイーアンに、フラカラはニコッと笑って、クロークを掴んでいない方の手で、横を指差す。
イーアンは彼女の白い指が向いた先を見たが、そこにはこれといったものはない。下草が花を付けて、ちらほら咲き、指先から外れた場所に低木が点々とあるだけ。
目をぱちぱちしてから、ゆっくりとフラカラを見ると、彼女はイーアンのクロークを掴んだまま、二、三歩その方向へ進み、イーアンを引き寄せて、自分の真ん前に立たせる。向かい合う形で、フラカラを見上げる女龍。
フラカラは何も言わず、女龍の両肩に手を置くと目を閉じた。
その途端、周囲に透き通った紅色の風が吹く。あ、と声を上げそうになったイーアンは、声を出す間もなく、風の消えた場所に目を丸くした。
「ここは」
「秘密の部屋。私だけの、秘密の場所」
イーアンが振り返った場所は、既に先ほどの中庭的な印象はなく、大きく撓んだ石柱が取り囲む、石の御堂のような中に二人はいた。
御堂の外は草原で、潮風の香りがする。良く晴れているのは、昼間だから変ではないが、ここはもっと晴れている気がする。
撓んだ形に造られたのか。きれいで緩い曲線を描く12本の石柱は、中心に向かって集まり、帽子のような屋根を支えている。ここはさながら、『鳥かご』のよう・・・・・
でもどうやって、ここへ?と訊ねる女龍に、可笑しそうに笑っているフラカラは、イーアンの背中を押し、中心を囲んだ小さな壁に進ませると、壁の内側に見える階段を覗き込む。
「この階段を下りるのよ。ワクワクする?」
しますっ! 胸を張って頷くイーアン。美人の隠れ部屋行きに、ワクワクしないわけないのだ(※おっさんのように)。
真顔で『ワクワクしっぱなし』と答える女龍に、フラカラは笑いながら手を繋ぎ、『イーアンは楽しい』と言ってくれた。
手を繋ぐたびにシアワセな女龍。はー、女龍で良かった~(※違)こういう時、心から思う。
3代目の女龍がちょっとズレていることに、フラカラも楽しんでいるようで、明るい自然光の照らす階段を、二人は一緒に下りた。
そして下りた場所は大きな部屋。そう、とても・・・大きな。
「えーっと。がらんどう、です」
「うん。何もないでしょ?」
「そう見えます。あるものと言えば、あの、あれ?小さい台がありますが、それくらい」
階段の続きは、だだっ広いだけの部屋で、明るく差し込む光もどこからかと疑問を持つくらい、隙間さえない。
壁には彫刻が、と思いきや。彫刻ではなくて絵だった。浮いているような立体的な絵で、見事な腕だなぁと感心するものの、絵は何となく。イーアンの記憶を手繰り寄せるに、充分な特徴・・・もしや。
何も言わないまま、フラカラが歩く後ろをついて行き、彼女が石の台の横に腰を下ろしたので、イーアンも並んで座る。
「窓も何もないの。でも絵があるでしょ。絵って、大切なのよ」
「絵の存在。あまりイヌァエル・テレンでは聞きませんね」
「そうなの。必要ないから。でも私は好き。絵の意味があるのか、よく分からないけど、何となく、ここに居ると落ち着くの」
龍の子の住まいにも、彫刻はある。着色はなくて、白一色の雲を思わせる品の良い彫刻。それは扉や壁に施されているけれど、装飾の柄は大きな意味を持たなさそうである。この不思議な部屋の絵に比べれば・・・そうだろうなと、イーアンも頷いた。
「では。フラカラはこの部屋で・・・一人、こうして座っては、物思いに耽るのですか」
「そんなところかしら。龍の子の部屋は、自分の部屋だけど、いつも誰かが側にいるの。イヤじゃないのよ、そうではなくて。何と言うか。上手く言えない」
「分かります。私も一人で居られる場所は大切でした。あなたの特別な場所に、私を連れて来て下さって嬉しいです」
「話しがしたかったのよ。誰のことも気にしなくていいように」
フラカラはイーアンをちょっと見てから、壁の絵に視線を戻し、小さい溜息を付いた。その話の内容は何となく、見当がつくイーアン。『女龍のことですか』と訊ねると、彼女は顔を俯かせた。
「成れない。成りたい。頑張っても頑張っても」
フラカラの声が小さくて、イーアンは何て言えば良いのか悩む。
ビルガメスに前、聞いている話では『無を可には出来ない。龍の子は龍にならない。そのくらい彼らも知っている(※632話最後参照)』こうした結論。
一度訊いてみたかったことがある。それは彼女を傷つけるかも知れない。だけど、悩むフラカラが気の毒でもあり、自分が女龍の立場であるのも複雑な会話を、この先も続けるのは良くない気がした。
「フラカラ。その。質問が」
「なあに?訊いて」
「傷つけるかも知れないですが、私は本当に知らないから訊ねます。
龍の子が、龍に変わる。その可能性は、誰かが話していましたか?もしくは、そうした話が遺っているとか」
「あれよ」
へ? 思いがけず、あっさり『あれ』と指差された先を、急いで振り向くイーアン。遠目が利かないイーアンは、よく見えないが、どうも天井近くに理由がある様子。
見て来ていいか、と訊ね、どうぞと促されたので、イーアンは翼を出してパタパタ飛び、側へ行った。
「うお。これ。え。これ、でも」
あちゃ~・・・と思う絵が、そこにはあった。この部屋しか見ることがなければ、フラカラが勘違いするのも無理はない。
人の形をした女性が、龍の形に変わり、続きが龍の形に近い人の姿。思うにこれは。これ、さっきからそうじゃないかと思っていたが、あの『灰色の世界』の、始祖の龍に因んだ絵に似ているのだ。
そしてその絵は。きっと。女龍そのものが、人間から、龍の姿、龍から女龍(※もれなく角付き)に成長する話を描いている。
3代に続いている女龍の特徴―― 皆が似ている顔、髪の毛の質、体の大きさなどは曖昧な描写で、ただ普通の女が変化した風にも見える。
でも。ここはイヌァエル・テレン。比べる絵が、他に圧倒的に少ない(※というか、皆無)。
普通の女=人間や龍の民の女性、の認識ではなく、龍の子の敷地にある以上は『龍の子の女性』と、フラカラは信じたのだ・・・イーアンは目を瞑る(※ぐは~って感じ)。これ、言うに言えないよ~・・・・・
ここで、ふと、イーアンは思う。関係ないが、龍の子の敷地?ここはどこなのだろう、と。
そして、一つ過る。もしや。もしも。あの、全くそう思えないけれど。あの灰色の世界の関連だとしたら。絵の特徴は似ているが、あの遺跡ほどぎっしり彫刻ではない、ここ。
何かの理由で、別に造られた同じ系列なのでは――
そう思うと、イーアンはさっと、他の絵を見渡す。今、自分が見た絵は、人間が女龍に変わる絵。ということは。
「これが最初、ですよ。恐らく、これは始祖の龍。とすれば、この続き・・・この。あった!海。やっぱりそうか。海の上に大きな龍。サブパメントゥを沈めた怒りの海。
であれば。あれば・・・あれば~ あった、あった!これかっ これだわ!おお、お導きです!凄い」
ほんの1時間前くらいに教えてもらった、『混沌の海』の絵が。イーアンの目の前にあった。そして、海の中に見えていた巨大な絵の、説明されずに終わった続き―――
「イーアン?」
「あのう。ちょっと、すみません。絵を見ても良いですか?」
話の途中で申し訳ないのだけれど。
イーアンの顔から、20㎝の場所に、混沌の海を精霊が『清めている』場面があり、イーアンはそれを目一杯の記憶力を動かして、細部まで叩き込んだ(※で、この後、フラカラにやんわり事実を伝えた)。
お読み頂き有難うございます。




