1325. 空に遺る『太古の海』・男龍の黙認
ビルガメスに促された男龍と女龍は、子供たちを子供部屋に集めると『皆で仲良く遊ぶように』と伝え(※子供分かってない)外に出た。
「ルガルバンダ。お前が導け」
外へ出てすぐに浮上した、薄緑色の男龍は、空の一方に顔を向けて頷き、ビルガメスに『上で話すか』と訊ねる。ビルガメスが何か言う前に、シムが『問題ないだろう』と答える。
「イーアンは?構わないのか?」
タムズが女龍を見て、少し気にした様子だが、ビルガメスはフフンと笑って『イーアンが持ち込んだ話だ』そう答え、見つめる女龍に微笑む。
「これは、教えても良いんだろう。必要なら俺が後で聴く」
大きな美しい男龍の言葉で、誰もそこからは質問せずに飛び立つ。
必要なら聴く・・・相手は精霊だろうか、と思うイーアンは、横を飛ぶビルガメスに手を伸ばされたので、すぐに彼の横に付き、その手に手を置いた。
「違う。尻尾だ」
「え。また(※ザッカリアにも断られたばっか)」
またとは何だ、と注意され、イーアンは仕方なし、尻尾をびゅーんと出すと嬉しそうなビルガメスの腕に巻き付けてあげた。もう、触れたりするより尻尾のが喜ばれるのか、と思うと、何だか切なくなるイーアン。
「お前の尻尾。母もこうだったのだ。この目で見る日が来るとは」
「ビルガメス。お前はこの前も、尻尾を見ている。尻尾をよこせ(※奪われる尻尾)」
前を飛んでいたルガルバンダがさっと、尻尾の途中を掴んで引っ張り、イーアンは反転。ファドゥが急いでイーアンを抱き留めるが、ルガルバンダとビルガメスで尻尾は取り合いになっていた。
イーアンが気の毒だ、と注意したファドゥのおかげで、イーアンはこの後どうにか助かったが、結局は尻尾を気にする男龍に『見えているだけでも違う』とやんわり求められて、尻尾は道中のマスコットとなった(※心境複雑)。
もはや。女龍の存在ではない―― これ(←人気)は尻尾だ、と自覚するイーアンは目が死んでいるが、そんな死んだ目のイーアンなんか、誰も気にしない。
目的地の島に着くまで、イーアン尻尾は大人気で、イーアンは初めて、自分の飼い猫が尻尾を触られる度、苛ついたようにブンブン振っていた気持ちが理解出来た(※心で謝る)。
そして着いた先は、イーアンも知っている、あの島。
これにはイーアン、ちょっと躊躇う。行き先言わないんだもの、と思いつつ、付いて来ちゃった手前どうしようかな~・・・ちらっと男龍を見ると、シムと目が合った。
「どうした」
「あのですね。もしや、これからあの『灰色の世界』に行きますか」
「どうしてだ」
「私、時間がそんなにありません。あの世界に入ると時間がどうも違う気がして」
始祖の龍の学びを受けた日々。イーアンは2日程度と信じ込んでいたのに、実際には7日も経っていたことを思い出す。
男龍たちは顔を見合わせ、何となく違和感が漂うが、イーアンにも予定はある。
男龍は、時間があってないような感覚だから(※基本ヒマ)皆で『え~?』みたいな顔をし合って、どうするんだとばかりに目が泳いでいる。
タムズが思いついたように、ふとイーアンを見て『魔物退治?』と確認。それだけじゃないでしょう、と言いたいが、イーアンも言葉を考えて『いくつか用事が』なんて、人間社会でも言いそうな返答をすると。
「用事。ふーむ。馬車の旅に支障があるのも困る。それなら、どうしようか」
上の世界に行く気満々だったと分かる、タムズの一言に、ルガルバンダがビルガメスとニヌルタを見て『あそこは?』顎をちょいと動かして、別の方向を示す。
「向こうか。あれはでも、説明するには」
ニヌルタは、懸念を表すような言葉のくぐもり方をした。ビルガメスも『ふむ』と唸って、同じ方向を見ると『まぁ良いんじゃないのか』俺が話す、と片付けた。
ということで。イーアンたちは再び移動。小さな熱帯雨林のような島を離れ、陸のある方向へ飛んですぐ、前方に現れた大きな谷へ降り始め、谷の合間を飛びながら進んだ後、ぱかっと下部の抜けた広い岩棚の下へ入った。
初めて入ったその場所に、イーアンはキョロキョロしながら『イヌァエル・テレンは広いんだな』と改めて感心する。
岩棚の下は暗くもなく、入って少しすると、青白い光が星のように、広々した洞窟に明るさを与えていた。タムズが、不思議そうな顔の女龍の側に来て『昔、龍だった体がここを照らしている』と教えてくれた。
「綺麗です」
「そうだね。また来ても良いよ」
はい、と笑顔で頷くイーアンに、タムズは久々、彼女と一緒にいる時間を楽しんだ(※子育て忙しい)。そんなタムズを、おじいちゃんは胡散臭そうにチラチラ見ながら『ここに用はないだろう』と嫌味を言っていた。
広々した、星空のような洞窟を抜けて、イーアンはまたしても驚く。そこには海があった。
ここに空は見えず、とても高い天井を持つ洞窟の一部であることに、龍の子たちの住まいがある一枚岩を思い出す。ただこの洞窟の先を舞台にした海は、あそこよりも、もっと広い気がした。
海はちゃんと砂浜があり、どこへ続いているんだろうと思うほど、遠景の広がる様子。高い高い天井には、空の代わりのように、柔らかく照らす水色の光が渡る。タムズが言うには、先ほどの発光体と同じものだった。
「素敵なところですね」
わぁ、と感心して眺め渡す女龍の手を引きながら、タムズはこの場所のことを先に少し教えてやる。
「外の海と繋がっているが、それはこの下。今、私たちが飛んでいる海の続きは、先にはないんだよ」
そしてね、とタムズが言いかけて、ルガルバンダが側に来る。
「ここで上に」
『上』の意味は何だろう?と思うイーアンは、タムズに手を繋がれて、その場所から上昇。皆も同じように上昇し、高い天井の近くまで上がって、そこで止まった。
「見てご覧。下を」
「あ。れ?え!何ですか、これは遺跡?」
「違うな。記憶だ。海の記憶」
タムズに真下を見るように言われ、海面を見下ろしたイーアンは魂消た。遺跡のように複雑な、巨大な絵が水面越しに見え、ルガルバンダはそれを『海の記憶』と呼んだ。
「海の記憶。まるで、この海が生きているような」
「そうだ。正しい。この海は、お前も見ただろうが、始祖の龍の滅ぼした中間の地の海」
横に並んだニヌルタは、イーアンを見ずに静かに教えた。イーアンは彼を見て『地上の海がここに?』どういう意味だろうと、続く説明を目を丸くして待つ。
この場所の存在が初めてなのは、ファドゥも一緒。イーアンと二人で、他の男龍の話を興味深そうに待ち、他の5人がそれぞれ顔を見交わしながら、話し手を決める。
「俺が話すのが、楽だな」
こういうのはやはり、ビルガメス。余計なことを言いかねないルガルバンダが、笑って頷き、タムズも『詳しくはないね』と譲る。シムは自分から言えることは限られていると言い、ニヌルタも『俺は止めよう』と辞退した。
イーアンに向き直ったビルガメスは、大きな絵を指差し『余計な質問には答えない』先にぴしゃっと断り事項。イーアン、無表情に頷く(※何それ、って言いたいけど黙る)。
「あそこに。大きな龍がいるな。あれが母だ。そして海が割れた絵は、あの渦だ。渦の横に、奇怪な生き物が見えるだろう。あれはサブパメントゥたち。母を怒らせた相手。
今度はこっちを見ろ。三つの世界がある。イヌァエル・テレン、中間の地、サブパメントゥの三層だな。中間の地から直角に線が入っている様子は、海が落ちたことを示している」
「海が落ちた」
「そうだ。母は、中間の地を海で満たした。その水の量は、全ての命を奪うに容易いものだった。
罰した後、海の水は中間の地に残す分以外を、サブパメントゥの奥底へ注ぎ、これを忘れないために、ここイヌァエル・テレンにも分けた。
中間の地の海は、サブパメントゥたちの影響を消すために、母が精霊に伝え、精霊は中間の地の海を正した」
何ともドラマチックな話に、イーアンは驚嘆しつつ、絵を見つめる。自分も始祖の龍の部屋で、彼女の生きた歴史を見たが、彼女自身に焦点が当たっていたので、今聞いた話などは知らない。
大きな美しい男龍は、少し黙ってから静かな息を吐き出し、オーロラのような色の豊かな髪を軽く揺すった。
「こうした話が、遺っている。当然、俺に確認する方法はない。俺が生まれる、遥か前だ」
「あら。あ、そうですね。ビルガメスより、ずっと前のお話」
そうだ、と頷いて、ビルガメスは続ける。他の男龍も腕組みしたまま、海中に見える絵を眺め、思い思いの時間に浸っている。
「お前も知っている、ザハージャング。あれは、その混沌の海から生まれた。
龍の卵のはずが、混じり合う別種の存在を含んだ。俺の言いたいことはもう、分かるか?」
イーアン、きゅーっと鳶色の瞳が丸くなる。『まさか』じゃ、と呟いて黙る。大きな男龍はイーアンを引き寄せると太い腕に座らせ、その顔を見て『合っているな』そういうことだと答えた。
「混沌の海の水であれば、取り入れた時点で、ザハージャングと似たようなことが起こるだろう。混ざりあう性質を得る。ただ、ザハージャングがその後、どうなったかはお前も知ったな」
何も言えないイーアン。姿かたちが変わるほど、恐ろしい変化を生むかも知れない、太古の海の水・・・ビルガメスの目が、困惑する女龍を見つめ、もう少し説明を続ける。
「お前たちのいる、中間の地。その海は、疾うの昔に精霊の計らいによって、自然の状態へ。
だが、サブパメントゥと、俺たちの目の前にあるこの海は、当時の混沌を今も尚、湛えている。
そして、サブパメントゥに落ちた海は、グィードが守っている。あの龍が動いた時は、混沌の海は閉ざされ、戻ると、再び開かれる。その開閉を、グィード以外がどうにか出来るものではない」
ビルガメスがここまで言うと、ルガルバンダが少し動いて、『ここからは俺が話すか』と引き取った。
「ズィーリーたちの時代。オリチェルザムが、空も地下も攻撃した。サブパメントゥに攻撃を仕掛けた時、オリチェルザムは光を投げ込んだ。この時、グィードが動き、何かがあったんだな。
どういうわけか、『太古の海の水と似たような性質』を持つ話が浮いたことがある」
ルガルバンダの話に、イーアンはゾクッとした。それが即ち、誰のことか。
自分は既に男龍に話してしまったと、今になって焦る。メーウィックが。コルステインたちが。咎めを受けるのでは?まずいのでは?心が騒ぎ始める。
だがイーアンの騒ぐ心の不安は、素通りする。ルガルバンダは、特に何も含まず、話を進めた。
「それも何かの運命だったんだろう。グィードが留守の間に、誰かが忍び込んだとしても・・・思うに、グィード以外が動かせるはずもない場所だ。
それでも、太古の海の水と重なる、そんな話があった以上。それは既に『大きな運命の一端』として見ることも出来る。
俺はこの話を、ズィーリーに少し聞いた程度だ。これほど時間が流れて、現在。イーアンからまた聞くとは思わなかった。それも、真相として」
うへ~~~! やっべ~~~!! 顔を伏せるイーアン。先に言っちゃったよ~! 言わなきゃ良かった!と、後悔しても後の祭り。
顔に出てしまう女龍に、ビルガメスが少し笑う。ルガルバンダも可笑しそうで、タムズも他の男龍も、失笑する。イーアンだけが、目をギューッと瞑って皆さんを見れない。
「イーアン。おい。顔を上げろ。誰も咎めん」
ビルガメスが女龍の頬を突いて、自分を見させる。垂れ目を垂れさせた女龍が、そっと目を開けて『でも』と弱い声で返すと、大きな男龍は笑った。
「サブパメントゥは、サブパメントゥだ。龍の範囲じゃない。グィードは守っているが、グィードも見張りであって、罰する役割じゃない。
お前の話では、どうもコルステインたちが『混沌の海』の水を手にしたようだが、それも言ってみれば正しいんだ。他のサブパメントゥじゃない。あの世界の最も強い存在が管理したなら、それはそれなんだ。
だが、どうして・・・その人間に与えたのかは。まー。コルステインはあまり考えられないから、そうした理由が一番、しっくり来るが」
おじいちゃんの見解。コルステインはオツムの問題で、責任と管理の自覚はあるにしても、それが何なのかは深く考えていないだろう・・・と(※当)。
「では・・・あの。今回は」
「そうだな。コルステインたちが、再びそれを使おうとしているなら、龍に関係ない。だがお前も懸念があるように、決して聖なる存在じゃないぞ。簡単な言葉で云えば『呪われた水』とでも言える。
それを使って、全ての種族に通じる体を受け取るとなると、俺の想像だが、精霊に導かれた宿命でもない場合、無事じゃ済まんだろう(※シャンガマック、セーフ)。
『呪い』と知っていて、手を出すようなもんだからなぁ。死ぬだけで済めば良いが」
「え。死ぬだけで済めば良い。ホント(※怖)」
「そうだろう、そういうもんだぞ。俺が思うだけのことしか言えないが、そのメーウィックとやら。過去の人間の。効力だけ頼りに飲んだなら、魂が罪を犯したのと同じだ」
「メーウィックの魂。罪。犯したことに?(※繰り返すしか出来ない驚き)」
目を見開いてビビるイーアンに、そうだな、とニヌルタも頷き、おじいちゃんは『だよなぁ』とのんびり答える。
「でも。『彼が飲む前、妖精が混沌の海の水を変えた』と、イーアンは話していた。それは?」
ファドゥが間に挟まり、質問をする。おじいちゃんとニヌルタは彼に振り向き『妖精』と同時に口にして、顔を見合わせる。
「(ビ)そうか。妖精が引き取ったか。それなら」
「(ニ)そうだった。さっきそんなこと言っていたな(※忘れてる)」
ここからの話を、イーアンはあまり理解出来ていない。
だが、結論としては『妖精も絡んだとなれば、その妖精も女王に確認しているはず』とした話で、妖精の女王も知るところであれば、『運命と言えなくもない』らしかった。
とどのつまりは、どうすれば良いのか。使って良いのか。ダメなのか。やめておく方が良いのか。それとも条件があるのか。イーアン、答えを絞ってもらうために質問。
「あのう。ではですね。今回、魔族の種から・・・旅の仲間(※伴侶と親方&バイラ&ロゼ)を守るにあたって、前回同様、その・・・妖精の力でどうにか(?)大丈夫にした水は。えーっと」
「それは。俺が許可することではない」
へ。 止まるイーアン。おじいちゃんは、さらっと往なす。顔が笑っているが、こっちを見ない。イーアンは戸惑う。さっとニヌルタを見て、彼の答えを聞こうとしたが、ニヌルタの金色の瞳が子供のように笑みを浮かべ『帰るか』言われた言葉は帰宅を促す。
「あの」
「久しぶりに送ろうか。私の子供たちは、ジェーナイと仲が良いから。少しくらい、中間の地に行っても構わないよ」
「げ。タムズ。その前にですね」
「メーウィックに入れ知恵したやつ・・・あの魔法使いか」
ハハハと笑った、思い出す相手に、ルガルバンダは首を振って『大した男だ』とか何とか。イーアンとしては、そうじゃなくて!と慌て、ルガルバンダに『つまりどうすれば』と縋るが、シムが間に入り、ニコッと笑った。
「お前がいれば。大丈夫だろう」
「んな、無茶な。間違ったら一大事で」
「イーアン。行こう。時間が気になるんだろう?」
え、ファドゥまで!どうしてなの、どうして~!
慌てるイーアンは、誰かなんかちゃんと答えてくれ、と皆に頼むが、男龍たちは笑って相手にしてくれないまま、用は済んだと背中を向けて、古代の海を後にした。
イーアンは帰り道、頑張って誰かに答えをもらおうと、ずーっと頼んだが、一向に受け入れてもらうことはなく、子供部屋に着く手前で『フラカラと会うんだね』と流された。
フラカラとの約束が済んだら、タムズが送ることになり、イーアンは呆然とした状態で、しおしおフラカラに会いに行った。
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