1323. 騒ぎ後の仮眠
帰り道は、いつも通りのサブパメントゥの通過。シャンガマックは、総長や皆が無事であったことと、父の大切な情報が間に合ったことで、心底ホッとしていた。
行く道――
父が突然、覚悟を決めたように『俺の世界へ入る。絶対に俺から下りるな』と命じた時。父が何を考えていたのかも、気が付かなかったシャンガマックには、急ぐ道だけに頷くしか出来ず。
あっという間に父だけの世界へ滑り込み、はっきりは見えないものの、サブパメントゥの臭いと異なる、鄙びた石や砂の空気に、シャンガマックは緊張した。
互いに話しかける余裕はなく、騎士は駆け抜けてゆく獅子の背にしがみつき、その場を出るまで待った。とは言え、入って僅かな時間で通過したのか、そこから表に出るまでは早かった。
表に出ても影の中を走る獅子は『よし。いた』の一言をこぼし、続いて『コルステインたちは馬車だ』と教えてくれた。
既に馬車にいると知って、びっくりしたシャンガマックに、獅子はすぐ『ドルドレンたちと話しているぞ』それも付け加え、息子を安心させた。
そして、馬車の真上。木々の深い闇の影から、獅子は飛び降りて、馬車の合間のベッド付近に到着した(※飛び込むともいう)。
「何を考えている」
先ほどまでのことを思い出しながら、シャンガマックが黙っていると、父が徐に話しかけた。
「うん。間に合って良かった、と。それとヨーマイテスの世界を通った早さだ」
「そうか・・・間に合ったのは。そうだな。何よりだ。俺の世界を通ったことは、少し気にはなるが。通っちまったもんは仕方ない。特別中の特別だ」
獅子の言い方がどことなく、気にしていそうな不安を感じさせ、シャンガマックは『本当は通っては行けなかったのか』と訊ねた。獅子は唸る。そうなんだ、と理解した騎士は、獅子を撫でた。
「もし。何かそれで問題があったら。俺にも教えてくれ。俺の頼みを聞いてくれたんだ。俺が」
「ダメだ。お前は関係ない。俺の判断だ」
「違うよ。俺が頼んで、急いでもらって通った。ヨーマイテス、何かあったら、俺に隠さないでくれ」
これで咎めでも起ころうもんなら、息子には言えないと、ヨーマイテスは苦い顔をする。だが息子は分かっていて、内緒にしないでほしいとこの後も頼まれた。仕方なし、折れた獅子は『そうする』短く返事をして、また二人に沈黙が流れた。
この沈黙で、シャンガマックは毎度のように、うとうとし始める。
一晩中起きていたわけで、無理もないが。時折、抱えた荷物ごとずり落ちそうになる息子に『掴まっていろ』と、慌てて注意するヨーマイテスは、帰りも狭間空間を使えたら、どんなに楽かと何度も思った。
そして。息子を連れて2度、狭間空間に入ったことに、ケチがつかないことを、心の奥で願い続けた。
*****
馬車にいる仲間は、夜明け間際の時間を迎える頃―― 皆に覗き込まれて、荷台に横になったままのロゼールに『寝る前最後』の状態確認をする。
「もう。大丈夫です。思い出せば嫌な気持ちはあるけれど、それも薄れたというか」
「私が、彼の心の中も癒せたかもしれません。彼が何度も、自発的に思い出そうとしなければ、恐れは過去のものに変わるかも」
白い手を、友の額にそっと置いた妖精の騎士は、ロゼールの言葉に続けて説明し、総長含む皆は『そうだと良いけれど』と頷く。心配はあるが、頭の中のことまで他人が動かせない。
「では。寝るか。3時間ほど仮眠だ。朝は遅いが、午前中に出発する」
「次の町まで、いつも通りであれば、今日あたり着く予定でしたから、夕方には側まで進めるでしょう」
総長は眠気が蘇った様子で欠伸をし、タンクラッドにも中で寝るように伝えると、ザッカリアに『お前は午前中、ずっと寝ていて良い』と気を遣った。ザッカリアも目がとろんとして、眠気に抵抗している。
「済まないけれど。イーアン、それでは頼んで良いか」
「はい。ミレイオが来たら事情を伝えます。私はその後、空へ。子供たちに会いに行って~と思うのだけれど・・・皆さんが起きる前に、戻れるかどうかは」
良いよ、気を付けてねと返事をし、ドルドレンは奥さんにロゼールを頼む。それから、お休みの挨拶をしてから、ノロノロと2階のベッドへ上がった。
バイラもタンクラッドも、フォラヴもザッカリアも、寝台馬車へ入り、皆は仮眠を取る。
「イーアン。イーアンも眠いでしょう」
荷台に横になったままのロゼールに、謝られたイーアンは、ロゼールの顔を見る。彼の足元に座ると、イーアンは作業用の道具と作りかけを手にして『いえ』と微笑む。
「でも」
「私はね。あなた方、厨房担当の方たちと同じくらい、早起きに慣れています。眠くないか、と言えば、眠気はありますが、体も変わりましたし、今は問題ありません」
「ごめんなさい。俺は迷惑をかけて。皆の足を止めて」
「ロゼール」
申し訳なさそうに、持ち上げた右手を顔に置いた騎士に、イーアンは彼の足をポンと叩いて『迷惑ではありません』気にしないで、と伝える。深い緑の瞳は、とても居心地悪そうに見えて、気の毒に思う。
「俺は・・・この前も思ったんです。総長に、手伝いの話を出した際。その・・・『人を攻撃する可能性もある』って話で」
言い訳のように。少し辛そうな溜息を落とし、騎士は『自分がここまでやられた』理由を話し出す。止めようかと思ったが、イーアンは何か助言できるかもと思い直し、黙って聞いた。
「騎士修道会は、盗賊とか山賊相手なら仕事もしたんですが。でも斬り付けるなんて、滅多にないし、あっても報告だけで、俺は知らないんですよ。
魔物に殺された人たちの世話も、仕事で回ってきたことがありましたが。総長や隊長たちが、若い騎士や料理担当にはさせなかったんです。守ってくれたんですよね。
もし、テイワグナで。そうした状況があれば、俺は無理かなと、正直思いました。
昨日の夜、あれを見て。『やっぱり無理だ』と。怖くて・・・人間の死体がここにあったんだ、何かされたのかもと、思ったら、もう気持ち悪くて仕方なかったです」
「はい。普通はそうです。そうあってほしいものです」
「イーアンは、龍だから。もしかしたら、悪い人間を殺したりする時が来るんですか?」
「どうでしょうね。来るかもしれないし。でも嫌ですよ。そんなことしたくありません」
ですよね、と小さい声で呟き、ロゼールはハッとした顔で『すみません!酷い質問だ』と、言ってしまったことに気が付いて謝った。イーアンは笑って首を振り『別に』と両手の平をちょっと彼に向けて、宥める。
「頭が・・・本当にすみません。ダメだなぁ、俺」
「ロゼール。あのですね。私はね。あなた方のような生き方ではないから、人を傷つける意味を知っています。若い頃は、牢屋寸前くらいの行動を取っていました。
嫌な表現をすれば、慣れです。慣れちゃうの。誰かを傷つけて血が出ても、自分が同じような目に遭っても、繰り返すと、人って慣れるのです。『この程度なら』『こうしたらこうなるな』と、判断が細かく出来ます」
「イーアンが?本当ですか?確かにおっかない時あるけど」
昔ですよ、とカラカラ笑う女龍に、ロゼールは『壮絶な過去ですねえ!』と感心して、少し怯えている様子。イーアンは苦笑いしながら、だからねと続ける。
「ロゼールに慣れろなんて言いませんが、あなたが目にした恐ろしい場所。それも、何度も見たら自然に慣れます。嫌悪は続いても、『そんなこともある』と思うようになります。
もしですよ。次に見る時があれば、あなたは私の言葉を思い出しますよ。『イーアンは慣れると言っていた』って。で、きっと『やっぱ無理だ!』とね、2回目も気持ち悪くなるの」
「慣れてないですよね、それ」
「いいえ。3回目は、逃げませんよ。2回目は確認です。新しい情報と、過去の痛みのすり合わせ。感情の方が理性より強いから、大抵は、感情に押されますけれど。
3回目は、2回目の衝撃を更に情報に変えて、コマ数増やしていますから。3回も続けば、『やだな』で済みますよ」
イーアンのニコニコした顔で、空恐ろしい(※『3回は、やっとけ』みたいな)教育を受け(?)ロゼールは怖いなりにも、年配者の助言を心に刻んだ。
この時、すぐに眠ったはずのドルドレンも、うたた寝状態で話を聞いていて『うちの奥さんは、何て恐ろしい励まし方をするんだろう』と、荒治療のズレた優しさに悩んでいた(※奥さんは優しさのつもり、とは分かっている)。
この後。ロゼールにも寝るように促して、イーアンは一人、静かな作業をしながらミレイオを待った。
夜明けが過ぎ、少しずつ空が明るくなり始めた頃、ミレイオが地下から上がって来て、荷台に腰掛けているイーアンと、その横で眠るロゼールに目を見開く。
イーアンは小さな声で事情を説明し、ミレイオも了解して、二人で外に出て話すことにした。
「じゃ。すぐ食事ってわけじゃないわね?」
「はい。3時間休眠ですから、後2時間ほどあるでしょう」
「大変だったわねぇ。私、地下にいたけど、何にも知らないわよ」
知らなくて良かったかも、とイーアンは苦笑いし、ホーミットが来たことも話すと(※省いていた)ミレイオは眉を寄せて『あらそう』と棒読みで頷いた。
「ホーミットが、その、何よ『海の水』だっけ。その扱い方を教えたってことね?」
「ですね。タンクラッドが聞きました。私たちはロゼールを看ていたので」
「うーん・・・信用してないわけじゃないんだけどさ。あんた、今日イヌァエル・テレン行くの?」
行きます、と答えるイーアンに『男龍に話しておいで』とミレイオは薦めた。イーアンも、どうしようかなとは思っていたのだが。
「前もあったじゃない。っていうか、あの男(※実父)さぁ。自分は平気なもんだから、情報がテキトーじゃないの」
「私もその懸念は拭えません。ショショウィ指輪の時もそうでした」
でしょ~?と、ミレイオはちょっと笑って、何かあってもヤだから手を打っておきたいと女龍に言う。女龍、同意。
「そうしましょう。男龍に聞きたいとは思ったのです。だけど、伝えたら『使うな』と止められそうな気もして」
「あんたは可能性を追うからね。そういう、ガッツリ遮断されるのは嫌だろうけれどさ。
男龍も分かっていて教えてくれる結果だから。私たちのその場の感覚とは、全然違う視点で見てるでしょ?だとしたら、彼らの言うことの方が安全よ」
ホーミットの話も、使いようだとは思うけれど、とミレイオは添える。
「私だって、仲間を守れるなら何でもしたいと思う。だけど『魔族に抵抗出来る身体』が手に入った!って喜んで、その後、どっかでいきなりバタンって死んじゃうとか、冗談じゃないからさ」
一応、確認してらっしゃいよとミレイオに言われ、イーアンも頷いた。
そしてこの後。ゆっくりと朝食の支度にかかり、タンクラッドが独断で、シャンガマックに持たせた分の食料が減っていることに、ミレイオは頭を抱え(※町に着くの明日)笑うイーアンと二人で『3食、肉と汁物よ』とぼやきながら、野菜の減った朝食を作り始めた。
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