1321. 別行動:老バニザットの配慮と貸し
コルステインたちが馬車に戻ったのは、真夜中を疾うに過ぎ、日付も変わって2時間後。旅の一行、97日目の幕開け。
待っていた親方が『ちっとも早くないじゃないか(※帰り)』とぼやきかけて、彼らの腕に抱えられた若い騎士の姿に仰天し、駆け寄って受け取ったのを境目に――
馬車の朝は、夜明けを待たずに始まった。
親方はロゼールの意識があることには、何とか安心したが、顔も白いし震えているしで、急いでドルドレンたちを起こし、イーアンはコルステインたちが来ていると知って、慌てながらクロークを羽織って、後ろの馬車のフォラヴを起こしに行き、ロゼールを助けてあげてと頼んだ。
ザッカリアは眠っていたが、さすがに慌ただしい煩さに目覚め、何が起こったかを見て、すぐに対応した。
コルステインたちに話を聞いている親方と総長を見てから、ロゼールの側に付く不安そうなイーアンに『俺にグィードの皮を貸して』とお願いすると、何が何だか分からないなりに、クロークを羽織らせたイーアンにお礼も言わず、ザッカリアは急いで馬車の間へ行った。
コルステインたちが振り向き、その異形の姿にザッカリアはビビったが、ぐっと我慢して『水を俺に渡してくれる?』と頑張ってお願いした。
四本腕のマースがじっと見つめ、その顔に泣き出しそうになったザッカリア。彼は子供に近づき、布に包んだ壺を渡した。
『お前が誰かに訊くのか。そうするなら、そうしろ』
『使ってない?』
『使っていない。聞いてからだ』
ザッカリアは、彼らがこれを使っていないことだけ確認出来れば良い。お礼を言って、逃げるようにその場を去ると、馬車の荷台の、一番ふかふかの所に、壺をそっとしまった。
この時、ロゼールはフォラヴの癒しの力を受けて、少しずつ気持ちが穏やかになり始めていて、イーアンはフォラヴの邪魔にならないよう、バイラと一緒に少し離れたところで、ロゼールを見守っていた。
*****
馬車の皆が大慌てで、ロゼールの対処に追われている朝。
そこから時間を巻き戻し、時は、ロゼール含む皆が、前日の夕食を食べているくらいの時間のこと。
ヨーマイテスは涸れ谷の奥、ショショウィのいる森に。そこで、夕闇に染まる影の中、赤い布を相手に会話をしていた。
――この日の午前は、サブパメントゥに下り、コルステインたちに『海の水』に気を付けろと告げてから、『グィードの海』の跡を見に行き、それから地上へ戻った。
それほど時間は経っていないと思ったが、息子は今日もせっせと練習に励んでいて、すっかり汗だくの姿。
気づけば昼近くと分かり、せっかくの息子との時間が何時間も潰れたのか、と悔しく思った(※4時間くらい)。
それから獲物を獲りに行き、息子に昼食を食べさせ、午後は指輪の会話距離を確認するため、息子を連れて、安全そうな見晴らしの良い場所を選び、二人で楽しく過ごした(※遠くても姿見える)。
こんなことをしながら夕方近く。魔法陣に戻る帰り道で、息子は『この指輪で、遺跡の文字も読めるかな?』と言い出した。そりゃそういうシロモンだ、と答えたら。
『じゃあ。明日行かないか?近くに、俺が読めない遺跡が幾つかあった。どうだろう?』
嬉々として、漆黒の瞳をキラキラさせる息子に頼まれ、ヨーマイテスは『明日』と呟いた。
それは・・・(※老バニザットに)確認してからじゃないと、何かあってもマズいな・・・頭を掠めるのは安全性(※頑張って思考遮断した)。
無表情で焦るヨーマイテスは、何となくはぐらかし、息子に『今日のうちにもう一つ、用事を済ませるのを忘れていた』ことにし、息子に夕食用の鳥を渡すと、『風呂までに戻る』と約束して、そそくさ出発した――
そうして父は。ショショウィの森で、一々、嫌味な老バニザットと会話をして、早30分。辺りは夕闇に包まれる頃。
「二度手間だな。あの時、もう1時間程度待てば、こんな面倒」
「今、ここに居るんだから、関係ないだろう!他に言い忘れたことはないのか」
「頼んでいるはずの態度だがな。お前ってやつは、どうしてそんなに若造にのめり込んで」
「若造じゃない!俺の息子だ。ふーっ・・・(※落ち着く)指輪は他に、条件もへったくれもないんだろ?それだけ分かれば、もう良い」
金茶色の髪をぶるっと震わせて、首をゴキゴキ鳴らすと、ヨーマイテスは赤い布に用事を終えた様子で、腰に巻こうとした。
「指輪だけで、充分なのか?」
「何だ?」
赤い布はゆらゆらと動き、訊き返した大男にすぐには答えない。何だか嫌な予感がして、ヨーマイテスの目は、布を訝しむ。
「言え。どういう意味だ」
「メーウィックの話だ。お前に話した、あいつの自由」
「何だ?まだあるのか。『古代の海の水』だろ?飲んだ以外に」
「聞きたければ教えてやろう・・・と言いたいところだが。
俺は『旅の仲間を死なせる動きはしない』と、お前にも言っているしな。伝えておくか」
老バニザットの魂が告げた一言に、ヨーマイテスの眉が寄る。『今、何て』旅の仲間が死ぬ?何のことだ、とざわめくヨーマイテス。まさか息子が!焦った気持ちに、布を掴んだ手が力を込めた。
「言え!何がある。古代の海の水を飲んだら」
「話してやろう。お前の質問が出たってことは、恐らく、旅の仲間に『古代の海の水』に関連する動きが出ている、ってことだろう。
『掟破り』に似ているな。あれをそのまま飲んだら、早死にするぞ。俺は知らんが、そんな話を読んだことが」
「何だと?!早死にする?なぜだっ!知っていることを全部話せ!」
「おい。その慌て方。お前まさか、バニザット(※子孫)が飲んだみたいな感じだぞ」
「飲んでいるんだ。あいつは遺跡を巡っていて、それと知らずに、口に入ったかも知れない、と」
赤い布を引き千切りかねない勢いで、ヨーマイテスが目をむいて怒りで震える。怒鳴り散らす声に、近くにいたショショウィは、ビックリして逃げた。赤い布は『そうか』と答え、戦慄く旧友の声を押さえる。
「焦るなよ。いつだ、バニザットが飲んだのは」
「焦るなだと?無理言うな、あいつが死ぬなんて」
「ヨーマイテス。俺は『いつ飲んだ』と聞いたんだ。『焦るな』は助言だ」
ちっと舌打ちした大男は、『かなり前と言っていた。恐らく10年は』経っている、と言いかけて、布に遮られる。
「そんなに悠長に長生きしないぞ。掟破りにしては、例外どころか『特例』だな」
「おい、嫌味の言い方に気を付けろ。俺は容赦しない」
「お前はどこまで鈍くなったんだ、ヨーマイテスめ。そののぼせた頭、問題あるな」
早く言えっ! 間延びする答えに怒りを露にしたヨーマイテスは、老バニザットの布を、大きな両手で引き裂こうとする。『息子が万が一・・・』と知って、気が気じゃない心に余裕が消える。
そんな大男に動じることもなく、赤い布はバタッと大きくはためき、大男の顔を覆った。
「いい加減にしろ。落ち着け。取り乱して逃がす話じゃないだろ。
バニザットは無事だろう。精霊の加護もある。その時点で、バニザットは『あり』ってことだ。あいつだけは助かったな」
「本当だろうな」
肩で息する大男は、布に顔から引っぺがすと、睨みつける。赤い布は馬鹿にしているように、何度かはためいて、大男の顔を仰いだ。
「頭を冷やせよ。『掟破り』だとしたら、どうして10年以上も何事もなく過ぎると思う?どうして『掟破り』に、ナシャウニットの加護が付くんだ。
ナシャウニットが何も告げていない時点で、バニザットに何があるわけもない」
言われてみれば。ヨーマイテスはようやく目を瞑り、息を吐き出して静かに『そうか』と答えた。
「バニザットは無事なんだ。おそらく、運命だ。
だが、他の者はそうもいかない。知っていて手を出すとなれば、浅はかどころの話じゃない。やりかねない連中が揃ったみたいだしな。俺はメーウィックの話を」
「言えって何度も言わせるな。メーウィックは『古代の海の水』を飲んだんだろ?何かしたのか?あいつは暫く、死ななかったじゃないか」
赤い布は『そうだ』と相槌を入れると、落ち着きを戻したヨーマイテスに、当時、メーウィックに何があったかを詳しく教えた。
話し終わった老バニザットは『これで全部だ。もし使うなんてなったら、お前が教えてやれ・・・貸しだぞ』そう最後に告げると、声を消して、ただの布に戻った。
ヨーマイテスは聞いたばかりの話に、自分が今、どう行動する必要があるのかを考えながら、腰に布を巻き、それから影を伝って魔法陣へ帰る。
――『古代の海の水』を飲むと得られる特性。
今日、老バニザットに過去の出来事を聞く前まで。俺は『種族を跨ぐ特性を人間が得る』そのことに懸念があったが・・・・・
そんなことをして、本来触れ合うはずのない相手の世界に立ち入ったり、別種の動きに対抗出来る身体を持つ存在が、おいそれと許されるとは思えなかったからだ。
だが、続きが本当に用意してあったとは。そのまま使えば、命の破滅を受け取る。どこに書いてあったかは、老バニザットに聞いた。機会があれば調べても良いだろうが。
分解して半減させてまで、その力を求めたメーウィック。
小賢しいにも程がある・・・『古代の海の水』を使うため、抜け道を潜った行為。彼の魂は許されたのか。それとも、彼もまた宿命だったのか――
最後の情報に時間を使い、戻る時間はいつもより遅かったが、帰るまでずっと、自分が知った情報をどうするべきかを考え続けた。
魔法陣に戻ったヨーマイテスは、すっかり暗くなった時間に、洞窟に上がった息子に迎えられ『風呂はまだだよ』と笑顔で言われたので、彼を連れて温泉へ行き、一緒に風呂に入った。
「遅くなった。すまないな」
「いいや。もう、そこまで気を揉まなくて済む。指輪があるから、安心していたよ」
いつもどおり、笑顔で態度の変わらない優しい息子に、ヨーマイテスはちょっと微笑んだが、相変わらず、頭の中は『海の水』でいっぱいのまま。
そのため、風呂で髪を洗ってもらっている時も、二人でまったり浸かっている時も、ヨーマイテスは黙っていたので、その様子をずっと気にかけていた息子に心配された。
『どうかしたのか』と訊かれ、指輪のことなど、今はすっかり忘れていたヨーマイテスは、彼に話そうかどうしようか悩み、一度目は『何でもない』と首を振った。
息子は探らないので、素直に『そう』と了解し、今日の話を続け、気もそぞろの父をちらちら見ながら気にし続けた。
話が続かないのもあり、シャンガマックとヨーマイテスは、いつもより早めに風呂を上がって、寝床へ帰った。
ベッドを出して、獅子に変わったヨーマイテスが、ボーっとしているため、もう一度、シャンガマックは同じ質問をした。
「お前に隠すのも。違うか」
「隠す?俺にも関係しているのか」
そうと言えば、そうだし。そうじゃないと言えば、そうじゃない。獅子はゴロッと仰向けになり、お腹を上にして息子を抱き寄せると、大きな腕の中に息子を包んだ。
獅子の両腕に包まれたシャンガマックは『言える範囲で、俺に伝えてみたら』と遠慮がちに獅子の目を見つめ、獅子は少し考えた後、大きな溜息と共にその案を受け入れた。
が。結局は、全部打ち明けることになり、最後まで話し終えた時には、息子もビックリして慌て始めた。
「そんな!もし、もし!今もう既に手に入れていたら・・・もし、誰かが口にしたら!」
「バニザット、落ち着いてくれ。俺も取り乱した(※それは息子心配オンリー)。だが、俺は今日。コルステインたちに注意もした。メドロッドという家族は、物分かりが良さそうだったから、きっと軽率な動きはしない」
「だけど。だけど、ダメだ!万が一がある。大変だっ タンクラッドさんがもしも飲んでしまったら。もしも、総長が・・・人間を対象に使おうとするはずだ。強化させたいなら」
落ち着けって、と獅子は頼みながら、声が大きくなる息子の起こす体を押さえ付ける。シャンガマックは、押さえつけられても落ち着けるはずもない。
「行こう!今すぐ行くんだ。連絡珠で行きがけに総長に連絡するけれど、コルステインとロゼールたちには誰も連絡が付かない。
もし、総長たちの元に既にコルステインたちが『海の水』を持って行っていたら、俺の連絡が間に合いさえすれば・・・でも、そうじゃなかったら。
ああ、ダメだ!絶対にダメだ、ヨーマイテス、立ってくれ。俺を馬車に連れて行ってくれ」
「分かった、分かったから!バニザット、興奮するな。落ち着け。連れて行く。コルステインには、俺が呼びかければ、大体・・・場所によっては無理だろうが、応じるはずなんだ。
今夜、ロゼールと探しに行くような話だったから、俺も、明日には知らせようと思っていたが」
それなら尚更、明日じゃないよっ!目を丸くする息子に、獅子は顔を両手で挟まれて、真ん前から『今だよ!』と抗議を受ける。
獅子は追い立てられるように、息子を背中に乗せて、暗闇の中へ走り始めた。
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