1319. ロゼールと氷河の遺跡 ~入口
氷河を砕いた紫電のおかげで、分厚い氷の下から浮上した大きな遺跡に、ロゼールを乗せた黒い巨鳥と、その家族は降りる。降りてすぐに人の姿に変わり、5人が若い騎士の横に立った。
『改めて思うけれど。皆さん、最高にカッコイイです』
『何を急に言うんだ』
メドロッドが笑う(←冗談通じる人貴重)。コルステインたちは真に受けるだけなので、うん、と頷く(※褒められているとは分かる)。
一緒になって笑った騎士が、自分を見下ろす背の高いメドロッドに『本当に生きてて良かったなって思います』と、そばかすの笑顔を向けると、メドロッドは笑みを少し引いて『お前の生き方は変わる』相手の脳に染み込むような低い音で告げた。
『ここで、この時代にお前と会ったのも。俺たちの運命。お前の運命。分かるか』
『はい。多分、そうなんだろうなと思いますが、俺は何も分かってないから』
『教える。サブパメントゥの誓いを与えることも出来る』
メドロッドとの会話に、四本腕のマースが割り込む。下に付いた腕の右手で、騎士の頭を撫でると『これからだ。恐れない魂の男』静かに、ロゼールにその存在を示す。
ロゼールは、自分に掛けられた大きな言葉にポカンとするが、彼らがとても自分を大切に考えていることは分かるから、ぐっと気持ちを引き締めた。
『教えて下さい。俺で良かったら、頑張ります。ここでも何か探すんですよね?行きましょう』
リリューがニコッと笑って手を繋ぎ、長いトカゲの尾をグルッと巻き付け、騎士を守る。コルステインの長い髪が風になびき、その青い目が、柱ばかりの天井のない遺跡の中心を見つめて、目的を感じ取る。
『中。ある』
呟くようなコルステインの言葉に、皆が同じ方に体を向けると、騎士を連れて、水浸しの石の床を歩き出した。
凍り付いた氷河の下は、ロゼールが想像していた状態とは違って、水があったんだと分かる。
そこかしこ、ギラギラと濡れた石が夜の光を撥ねて、冷たい空気の中でロゼールの体だけが湯気を立てる。汗をかいているわけではないのに、この場所が冷え過ぎているのが分かる。
床や柱を覆う水は、吹き荒ぶ風に薄氷を張り始めているし、割れた氷が立てる軋みの音や、どこかでバカンと何かが割れるも度々聞こえる。
分厚く表面を守り続けた氷が割れると、出て来た水の影響で、こんなに様々な動きが現れるんだなと、見開く目は、そこかしこに向いて落ち着かない。
不思議なことに、ロゼールの体は湯気を立てているし、息も真っ白だし、風に吹かれた息が睫毛や額に霜となって下りているのにも拘らず、寒さはほとんど感じなかった。
腹部に巻かれたリリューの尻尾に温度はないし、彼女が繋ぐ手も鱗の感触だけで、温かさを思わせることさえないのだが、どういうことか。革手袋一枚のロゼールの手は冷たくない。
そう気づけば、濡れた遺跡の表面を走り抜ける風に、薄氷が煌めく張り方は怖いくらいに速いが、それさえ、足元を冷やしはしなかった。
5人のサブパメントゥに守られた騎士は、夜の明かりと冷たい風を受ける、幻想的な遺跡の中を歩き、大きく長い柱が等間隔に立つ間を進む。
立ち並んでいたであろう太い柱は、一番長くて10m程度。短いと土台だけで、長いまま残っていた柱の周囲は、崩れて倒れながらも支えになったと思われる、大型の瓦礫が重なるように隙間を埋めていた。
床だって勿論、無事ではなくて、いろんな場所が欠けたり、抉れて壊れていたが、その部分には水溜りが出来て、水溜まりは他の表面同様に、吹き続ける風により、凹みさえ床のように均していた。
柱の表面や、上部を失った壁には絵の名残があり、それらは浸食されて溝に丸みを帯びているが、大きなうねる線と、凹凸の巧みさは健在で、遠目に見ても、ここがきっと昔はすごい場所だったんだと、何も知らないロゼールでさえ感じる。
歩きながら、段々と中心に近づき、中心を取り囲む箇所だけが、それと分かる造りを見せていた。
柱や壁の影が真っ黒に落ちる、薄氷の張り詰める石の床は、月明かりで照らされた銀色の舞台のようで、廃墟の遺跡の中心を、心得た主題のように青白く浮かび上がらせている。
中心には、ロゼールの背丈を越えるくらいの、正方形の大きな石が4つ、真ん中を囲むように置かれていて、本当はその石の上にあったと思しき、彫刻の動物の体の一部が遺る。
囲まれた真ん中は、正方形に床が30㎝ほどの深さで凹んでいて、凹みの部分に幾つかの穴と、削れた絵がぼんやりと線だけを示していた。そしてここも、漏れなく――
『コルステイン。ここ、氷が張っていますよ。この氷は、今張ったんだろうから、壊れるとは思うれど。でも水が入っています』
正方形の大きさは、一辺8m前後。深さ30㎝程度だが、水を包んだまま浮かび上がっているために、表面は薄っすらと凍り始めている。
『何?困る?』
『だって。ここにまずは用事があるんですよね?この水を取らないと』
『大丈夫。水。ない。する』
見上げる騎士に、コルステインはニコッと笑うと、正方形の縁に立ち、水にふっと息を吹きかける。ロゼールの見ている前で、薄氷は霧氷に変わり、水はシュッと小さな音を残して消えた。
『何でも・・・出来ますね』
呆気なくて驚くが、可笑しくなってしまう。こんな人たち居るんだなぁ~と(※人じゃない)首を傾げながら『頼もしいです』感心しながら伝えると、コルステインも少し笑う。
それから、『ロゼール』と名を呼び、彼の背中に鉤爪の背を当てて、前に押す。
リリューの尻尾が解かれて、繋いでいた手を離すと、リリューはロゼールの胴体を両手で持ち上げて、そっと下ろしてあげた。
『で、俺の出番か。毎回自信ないけど(※何もしてない気がする)。ここで何か見つけるのかな。すみません、あんまり見えないです』
乾いた正方形の場所へ降り、ロゼールは消えかかる線の絵に眉を寄せて、頭を掻いた。ゴールスメィは青い炎をボッと生み出し、ロゼールの側へ行くと、火の玉を近づける。
『見えるか』
『はい・・・ただ。見えても、俺じゃあなぁ。シャンガマックくらい知識があれば、何か分かるんだろうけれど』
参ったなぁと苦笑いしながら、青い火の玉を明かりに、ロゼールは薄れる線に顔を近づけたり、離したりして、それらしいものを探す。ぐるっと見渡して、真ん中も見て、穴の開いた場所を何度か気にした後。
「あれ。もしかして」
呟いたロゼールは動き出す。勘の良いロゼールは、床に不規則な距離と位置で開けられた、同じ径の穴に引き寄せられ、それから全体に薄っすらと残る線をじっと見つめて『ああ、そうかも』の言葉を呟く。
穴は四辺の縁に上がる、30㎝丈の壁近くにあり、それらは穴の数が四辺それぞれ異なった。
真ん中付近に開けられた穴もまた、一見すると不規則並び方だが、これらに共通するものを、ロゼールは思い出した。
「何が役に立つか。分からないもんだな」
声に出してそう言うと、ハハハ、と笑って、自分の思いだしたことが正しいと、既に感じているロゼールは、複数の穴に規則を理解し、穴の間近でじっくり観察。
「これか。すみません!・・・って、間違えた」
『すみません!手伝ってもらって良いですか?』
普通に声に出していたので、後ろの5人は無反応だったが、頭に呼びかけるとすぐにリリューが来て『何?』と訊ねてくれる。
『この穴の中。見えますか?玉みたいの入っているんですが、これ、取り出せますか?』
『壊すないでしょ?』
壊さないように取ってほしいです、とロゼールが頼むと、了解したリリューは直径4㎝程度の穴に向かって、両手をパンと打ち合わせた。打ち合わせた風なのか。穴の中で凍り始めていた残水が砕け散って、玉がぴょんと跳び上がる。
『えっ!うそ』
何だこれ、と笑うロゼールに、飛び出した玉を宙でピッと摘まんだリリューは『これ』と渡す。
喜んでいるロゼールにニコニコして、リリューは真横の穴にも同じことをし、四辺のうち、一辺の壁際にある穴から、二つの玉を手に入れた。
『凄いなぁ。有難うございます』
リリューは他の穴も見て『全部?』と訊ねた。ロゼールは待ってもらい、まずはこの二つを、中心に開いている幾つかの穴に運び、複数の穴の中から適した場所を選び、そこに落とした。
『ロゼール。何してる?』
『これですか?順番があるんですよ、きっと。じゃ、次の穴もお願いします』
ロゼールは面白そうに、リリューを見上げ、この後も他三辺の壁から、一回ずつ玉を取り出してもらっては中心の穴のどれかを選んで落とすことを繰り返した。
そして最後の穴に玉を落とした時――
ズズズと振動が始まり、ゴトンゴトンと響く重い音が足元から聞こえたと思ったら、中心の穴の周囲がどんどん沈み始め、それらは四角形を律儀に描く螺旋階段に変わる。
『うわー!すげえ!』
初めて、実感する成功感!ロゼールはぴょんとその場で跳んで、一回転して大喜び。喜びが溢れる若い騎士の動きに、コルステインは目を丸くする(※階段登場<ロゼール一回転)。
ハハハと笑うのはメドロッド。マースとゴールスメィも面白そうにゆったりと動き出す(※顔変わらない)。リリューも不思議そうに階段を覗き込み『ロゼール。これなぁに』と彼を見た。
『はい!支部で覚えたことです。こうやって、折り畳まったら・・・真ん中。ここ。って、分からないかな。でもこういうの、あるんですよ』
分からないけれど、リリューは嬉しそうに笑顔を向ける。ロゼールが何かをして、それでとても喜んでいるのが伝わるから、それで満足。
――ロゼールが行ったこと。それは、賽の目を持つサイコロの展開図を、組み立てた結果。
支部でよく、隊長たちがサイコロで賭けをする。お金じゃなくて、仕事を押し付け合うとか、次の食事を賭けて等。彼らが夕食後の遊びをしているのを、厨房の後片付け時にロゼールは見ていた。
賭けで負けると、クローハル隊長は頭に来て、度々、暖炉にサイコロを投げ込む。サイコロは木製だから、燃えてしまうので、器用な部下の騎士たちが新しいサイコロを作る。
投げ込まれるのを前提に作るから、賭け事の前にポドリック隊長たちに『お前は残って作ってくれ』と頼まれる騎士は、隊長たちの賭け事の間、側で木材を削って穴を打っていた。
何度か側へ行って『よく同じように覚えてるね』と、点々の位置を不思議に思ったロゼールが訊ねると、彼らはその度に、サイコロを回して見せて『こうだろ。この隣には・・・一の後ろは・・・』と教えてくれた。
この遺跡も、穴の数が決まっていた。四辺にある穴数は全て異なったし、中心の穴は、四辺それぞれの穴数を中央に集めた具合で、ど真ん中を囲んでいた。
ロゼールは、四辺の穴の意味を示すものを探し、穴の中に玉があることで『きっと立体に畳む順番で、四辺の各穴にある玉を、中心の穴に落とすのでは』と仮定した。
サイコロの四辺は穴数が2から始まって5までだった。四辺を側面としたら、天井と床の数も分かる。中央を6面立方体の6とした時、底に当たる地下は1。それが地下に働きかける、合図なんじゃないかとやってみた――
『行くぞ。ロゼール。お前も面白い』
階段の最初の踊り場に下りたメドロッドが、小柄な騎士の肩に手を置く。コルステインたちも来て、6人は地下へ続く階段を下り始めた。
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