1318. アイエラダハッド ~氷河の遺跡
夕食後。片付けも終わる頃に、タンクラッドが気が付く。
コルステインはいつもよりも遅く現れて、馬車の間の影に置いたベッド側、タンクラッドが見に行くとそこに青い炎が揺らいでいた。
『タンクラッド。ロゼール。来る。する』
『呼ぶのか。あのな、ちょっとお前に言いたいことがある』
何?と訊き返され、出来るだけ早く戻ってほしいことと、いないと寝にくい(※虫他)と伝えるタンクラッド。炎は揺らぎ、何やら考えている様子。親方がじーっと待っていると、返事が頭に響く。
『早く。いつ?困る?』
『虫が来るのも困る。お前がいないと。そのな。うーん(※寂しいって言えない)』
言えなくても筒抜け。親方は慣れないので、黙った。コルステインはそれを知って、ゆらゆらしながら炎で彼によると、ぶわ~っと炎の中に包み込んだ。目を見開いて驚くタンクラッドに『虫。平気』の言葉が聞こえる。
『今のか?これで虫は。でもな、虫だけじゃないから』
『分かる。コルステイン。早く。急ぐ。お前。ロゼール。呼ぶ』
分かった、急ぐからロゼール呼んで来い、と命じる炎は、包み込んだタンクラッドから、また離れる。苦笑いで頭を掻きながら、タンクラッドは言うことを聞いて、若い騎士を呼んだ。
「ロゼール。迎えに来てるぞ」
「はい。今行きます・・・あれ?コルステインだけかな」
用意は済んでいたようで、そそくさ来たロゼールは、青い炎が一つだけなので不思議に思う。青い炎は揺れながら黒い鳥に変わる。鳥に変わったコルステインは、騎士に乗るように言い、ロゼールはぴょんと飛び乗った。
『皆。近く。いる。一緒』
『あ、そうなんですね!じゃあ、行きましょう』
ロゼールの『?』を感じた鳥は翼を広げ、近くに皆がいることを教えると、羽ばたくこともなく浮上する。ロゼールは、見上げているタンクラッドに手を振って『行ってきます』と朗らかな笑顔を向け、手を振り返してもらいながら、夜空へ飛び立った。
タンクラッドが見送る、鳥と騎士の後に、続いてポンポンと青黒い炎が4つ宙に浮かび、それらはすぐに大きな異形の姿を取って、先に飛んだ鳥を追った。
「あれが。家族か。しかしロゼールは、本当に慕われているというか。いや、メーウィックがどれほど慕われていたか、ってところだな」
ロゼールが動くと、コルステインたちは家族で付いて行く。人間のように感情表現が頻繁ではないから、そうした意味では分かりにくいものの。
「喜んでいるんだろうな・・・彼らなりに」
不思議な関係にも思う。ロゼールは細かいことを気にしないから、難なく付き合うけれど、見ている側からすれば、とても深い絆が、時を越えて蘇っているようにさえ映る、奇特な付き合いの姿だった。
夜空へ飛んだコルステイン。そしてロゼールの左右に、4つの姿は二手に分かれて並ぶ。コルステインは毎度のことになると覚えるため、自発的に炎の壁を出す。
『有難うございます。寒くないから助かります』
『ロゼール。今日は寒いかも知れない』
左奥のゴールスメィが話しかける。ロゼールがそちらを向くと、牙をむき出しにした獣の口を見せるゴールスメィは『かなり北へ向かう』と教えた。
『遠いんですか?』
『遠いかもな。お前は寒いと思う』
どこだろう?と思った途端、右横に付くリリューが『海なの。風も吹く。凍る』そういう場所だと、情報をくれた。驚くロゼールは『海』と繰り返し、これまたすごいところに遺跡があるんだなぁ、と感心する(※感心で済む人)。
『海だが、山の中にある。多くの山が重なる。その間を海は渡る。風が強い。お前を守ろう』
メドロッドが続け、さらなる詳しい情報に、ロゼールは想像して『あ、アイエラダハッド?』まさかとメドロッドを見た。カッチョイイ虫(←メドロッドは虫スタイル)が左横から少し近くに来る。
『アイエラダハッドだ。いつも凍る。太陽も熱も関係ない』
話しにだけは聞いていた、アイエラダハッドの氷河。どんなに昔からあるんだろうと、支部で話したことがある。この話を、ハイザンジェルの一番北の部族出身・アティクから聞いたのだ。
高い山々の隙間に、河のように見える海がある。その海は常に凍っていて、氷の塊が移動するという。
『俺は今日・・・そんなところへ行くんですね。うわぁ、感動だ~』
『嬉しい?』
感情が喜びに包まれる若い騎士の様子に、リリューはすぐに反応する。騎士がリリューに『嬉しいですね』と笑顔を向けると、リリューも嬉しそうに『寒いのないするから。大丈夫』と、まるで自分が守ってやるくらいの勢いで答えてくれた。
騎士を背中に乗せている、コルステインも楽しい。ロゼールとメーウィックが、未だにその別をよく分からないにしても(※分かりにくいし気にならない)前みたいだなと思う。
マースはずっと黙っていたが、マースもまた、少し懐かしんでいるようで、それはロゼール以外の皆には伝わっていた。
ロゼールとコルステインたちは、会話が途切れては、何か思いついたように話しかけ、それを繰り返して夜の空を滑るように飛ぶ。
少し躊躇ったが、随分飛んだ先に、徐々に大きな山が増えてきた辺りで、ロゼールは夕方の約束を思い出して伝えることにした。
『あのう。俺、今日。宝を見つけたら、どうするのか。訊いて良いですか?』
『見つける。する。使う。うーん。使う・・・うーん』
あれ?と思う反応が返る。コルステインは使うとは告げたが、悩んでいる様子。ロゼールは大人しく、答えを待つが、コルステインが悩んでいるのが伝わると、段々、可哀相になる。
『ええと、答えにくかったら、答えないで良いですよ。使うのかな、とは思うけれど』
『メドロッド。お前。言う』
若い騎士の気遣いを遮り、上手く表現できないコルステインは、メドロッドに振る。メドロッドは『俺が思うことだぞ』何やら前置きを挟む。黒い大きな鳥は、頷いて促した。
『ロゼール。お前が見つける宝。それはすぐに使うつもりだった。だが、待つことにした。そうだな、コルステイン』
う~ん、と唸るように大きな黒い鳥は、頷くような、困るような首の振り方をする。メドロッドは、そんな躊躇いがちな鳥を見つめる騎士に、続けて話しかける。
『すぐに使わない。だが手に入れる。それが今日だ』
『分かりました。俺は仲間と約束したんです。使わないで、預けてもらえないかって』
『誰だ』
『ザッカリアという名前の』
『ザッカリア。空』
コルステインが反応して、間に入る。ハッとしたロゼールは黙った。
コルステインは、ロゼールに聞こえないようにか、横のメドロッドに顔を向け、数秒使う。メドロッドは動かなかったが、数秒後に『そうか』と彼の音が響いた。
『良いだろう。持て余すところだった。ザッカリアに任せるか』
『えっ。良いんですか』
『それが約束だろう』
あーはい、まぁ・・・ロゼールは、驚き状態で生返事。そうなんだ、すごいなザッカリア!とビックリするが、何だか通じたので深くは追わない(※ロゼの良いところ)。
『見えて来たぞ。ロゼール、寒くないか』
『寒くないです。有難うございます』
メドロッドが目的地を見つけ、寒さを気にかけた後――
サブパメントゥたちとロゼールは、黒々した影に包まれる、大きな雪山の合間に、月光を受けて青白く浮かぶ、氷塊の道へ向かって高度を下げた。
『あのどこかに遺跡が』
呟く若い騎士。寒さは有難いことに大丈夫。降りたらどうなるのかは、分からない。見るからに寒そうな風景に、騎士は眉を寄せて、山間の複雑な輝きに目を凝らす。
よーく見ていると、分かる。あれが・・・きっと氷なんだ、と。
その大きさ、同じ色、同じ質感、同じ輝き。目で追う左右、そして続く先、吸い込まれる影の向こうへ顔を動かし、ロゼールは魂消る。
凄まじい広さを覆う、その氷の道。氷の大地。これが海とは、なまじ信じられず、海を千切るようにそそり立つ尖る山々の連なりに、脅威と感動が入り混じった。
『俺を。こんなところまで連れて来てくれて。有難うございます』
凄いや!と驚き続けるロゼールは、思わずお礼を伝える。サブパメントゥの家族が笑うような響きを感じ、皆を見渡すと、マースと目が合った。
『ロゼールの知らないこと。メーウィックの知ること。俺たちが教えよう』
『マース、有難うございます』
答えて思う、ロゼールの胸中。俺はきっとこれからも、彼らと頻繁に交流し、仲を深めて行くんだろうと。それは自分の知らない場所から湧き上がり、または注がれるように落ちる、始まったばかりの運命にも似た感覚だった。
『降りるぞ。コルステイン。氷を割れ』
メドロッドの一声で、大きな黒い鳥は翼を傾けてグーッと降下する。しがみ付くロゼールは、更に驚きの渦に入る。大きな黒い鳥が口を開けた瞬間、紫色の雷が走る。
うわっ!と声を上げたロゼールだが、コルステインは光り輝く紫の雷をガラガラと落とし続け、轟音と空気を揺さぶる振動が夜を騒がせた。
『な、何ですか』
『見て。あれ、そう。分かる?見える?』
仰天する騎士に、落ち着かせるようにすぐさま話しかけるリリューは、慌てる騎士が向けた顔に、あっちだと示す。
『あれ。行くの。見える?』
「え・・・出て来た?海が割れ・・・違う、氷が割れて。嘘だぁ」
驚き過ぎて、額に両手を置いて笑い出すロゼール。紫電は氷の道を割り、割れたそこが薄緑色のぼんやりした明かりに包まれたと思いきや、底からぐんぐんと建物が上がって来る。
『凄いことしますね!毎度思うけど』
信じられないよ!と笑うロゼールに、コルステインも愉快なのか、目一杯速度を上げて滑空し、続く家族の4人も同じように速度を増して、割れた氷を突き破るように浮かび上がる遺跡へ向かった。
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