1316. ザッカリアの『合いの手』
馬車の午後は静かに過ぎる。前を進む荷馬車のドルドレンは、自分がずっと御者なので(※+ザッカリアの演奏付き)全然、勇者らしい動きしていないなぁ、と気にする。
「戦っていない」
「良いじゃない。総長、前もそんなこと言っていたよ」
「総長は見せ場があるから」
一言落としたら、子供とバイラにすかさず均された。ドルドレンの灰色の瞳は、自分を振り向いた銘々をゆっくりと見てから、前に続く道に向く。ふーっと一息ついて、宣言してみる。
「次。魔物が出たら、俺が行く」
「イーアンが行くでしょう」
「イーアンならすぐだよ」
またしても。阻止に似た言葉。それも、奥さんのが株が上がっている(※龍だもの)。俺は勇者なのに。イヤそうな目で二人を見ると、バイラは笑い、ザッカリアは弦をポロ~ンと弾く。
「だって」
ちょっと粘ってみようと思うが、言い返す説得力のありそうなことが思いつかず、ドルドレンは子供のように『だって』で止まる。
そんな総長を、冷めた感じで大きなレモン色の瞳が見上げ、灰色の瞳をがっちり鷲掴み。何か言われる気がするドルドレン。心が防御に入る(※子供の言葉に傷つく最近)。
「総長。シャンガマックが言っていたじゃないか。俺たちは役割があるんだ。
イーアンは強過ぎるくらい強いよ。コルステインも凄く強いでしょ。ホーミットも強いよ、総長よりもずーっと強いんだよ」
やっぱりな、と思う、深々としたグッサリ感に、ドルドレンは胸を掴む(※苦しみ中)。
「勇者だけど。無理して行くことないと思うよ。それで早く倒せなかったら、嫌でしょ」
バイラは、聞くにツライ。苦笑いをどうにか引っ込めて、馬を御者台の横に付けると、こっちを見たザッカリアに『総長は皆を守りたいんだよ』と教える。ザッカリアは不審そうに首を傾げた(※子供は見抜く)。
ドルドレンは大きな溜息をつき、ザッカリアに自分を見させると、苦虫を嚙み潰したような顔で言う。
「お前。俺にそんなことを言って」
「誰が言ったって、本当のことだもの。総長はいつもそうだよ。自分が動かなくなると、何かしなきゃってなるの。役目が変わったんだから、少しは総長の気持ちも変えなきゃ」
「役目が変わっ」
「俺まだ喋ってるよ。待っててよ」
遮られて、しかも注意され、総長は子供の前で唸って黙る。ザッカリアは、うん、と頷く。
「総長。総長じゃなきゃ出来ないことなんか、一個しかない。総長はその日まで、自分を育てるんだ」
「まさかお前に、『自分を育てろ』と命じられるとは(※年齢差約25年・相手はおよそ11歳)」
黙ってて!ともう一度叱られ、ドルドレンの目が据わる。バイラは笑いそうなので、静かに後方へ下がった(※後ろで笑う)。
困ったように眉を寄せる、レモン色の瞳の少年。可愛い顔して・・・何て辛辣なんだ!ドルドレンは逃げたかった。しかし、可愛い顔の少年は逃がさない。きちっとお説教をかます。
「一個。言える?」
「何が」
「総長じゃなきゃ出来ないことだよ」
「え。魔物の王、倒すのだ」
そうそう、と頷く子供に、何これと思うドルドレン。子供は、そんな目の据わる総長を無視して続ける。
「最近、総長は自分の力を使えるようになったでしょ(※ここでドルはまた傷つく)。あの力は、皆を愛してるから生まれるんだよ。皆がどれだけ、総長と一緒に頑張っているか、ちゃんと毎日分かっているだけで、皆への愛は育つじゃないか」
「え。お前、もしや。俺は見ているだけで成長していると」
「じゃないよ。見てるだけじゃダメに決まってるでしょ!皆に有難うっていつも思うんだよ」
「思っている(※ダメって言われたから遠慮がち)」
「もっと!毎日思うの!」
えええ~ 分からないぞ、と眉を寄せて体を引くドルドレンに、ザッカリアは腕を掴んで教える。
「魔物退治に、イーアンとオーリンが行くでしょ?二人とも、龍気が減ったら空に帰る」
「そりゃそうだ」
「分からないの?龍気を減らして戦ってくれるんだよ。馬車に戻って、食事して眠ったら、治るんじゃないんだ。無敵じゃないじゃないか。もし空に戻れなかったら、イーアンだって、前みたいに動けなくなっちゃうんだよ」
ドルドレンは首を小刻みに振り『分かっているのだ』と真剣なザッカリアに答える。彼の様子が変わったので、何かを告げようとしている気がした。ザッカリアは腕を掴んで、近くに体を寄せて訴える。
「コルステインだってそうだ。夜しか来れない。あんなに強くたって、明るいと動けない。ミレイオだってそうだよ。あんまり地下の力を使ったら、戻らないと苦しくなっちゃう。フォラヴももう、そうでしょ?木がない所で、妖精の力を使えないよ。
俺たちは皆、条件付きなんだ。どんなに強くたって、無敵じゃない。交代で、自分が一番強い場所を引き受けるんだよ。他の人は出来ない。手伝えない時だってあるんだ。
総長、皆が出来る時に動いてくれるの、制限の中だって分かってる?」
「ザッカリア。お前、そんなことを考えて」
「だからね。総長はそれ毎日思うの。そうしたら、ただ『誰かが強いだけ』じゃないって、思えるでしょ?条件とか、制限があるのに頑張ってくれる、イーアンとか皆に『有難う』って、もっと思うでしょ?」
「思う(※やられた)」
うん、と頷き、切実に総長に言い聞かせた子供は、見つめる総長の顔に手を伸ばし、よしよし撫でてあげた。
「総長は。そうやって自分を育てるの。自分も何かしなきゃ、って思ってないで。いつか絶対に、総長しか出来ない『決戦の日』のために。誰にも負けない、強い心と愛を育てて」
「分かった(※がっつり)」
ニコッと笑ったザッカリアは、総長の眼差しに満足そうに頷くと、『お菓子食べる?』と訊き、総長が微笑んでお願いすると、すぐに御者台を下りて後ろへ走って行った。
「うーむ。ザッカリアに諭されたのだ(?)。なるほど。俺はどうも『何もしていない感』に苛まれていて、肝心の使命が疎かになってしまっていた(※ってほどでも)」
ドルドレンはしみじみ、ザッカリアのああいった『お告げ的お言葉』は凄いなと思った。
『決戦の日』―― まだ先なんだろうけれど。毎日意識しているかというと、そんなこともなく。
「こういうことなのだな。毎日、意識をして動くのは、決して容易くはない。神経が疲れてしまうだろう。だが、自分の役割こそ、それ、と思えば。ふーむ。深いのである」
一人、手綱を持ちながら、頭振り振り。総長はザッカリアのお告げチックな戒め(※そこまでじゃないの)に気持ちを正した。このすぐ後に、ザッカリアが来て『これ食べな』と笑顔でお菓子を御者台に置くと、またいなくなる。
「慌ただしい。一緒に食べないのか」
褒めようかなと思っていたので、少し残念な総長。でも、お菓子はもらったので、有難く齧りながら、またお告げを思い返して、心に留めるに励んだ。
ザッカリアは荷台へ移動し、ロゼールを見る。まだ眠っている・・・お昼も食べないで、眠っているロゼールを見つめると、頭の中にいろんな絵が浮かんでは消えを繰り返した。
じっと、オレンジ色のフワフワした髪の毛を見て。ザッカリアは少し切ない気持ちを抱く。そーっとロゼールの頭を撫でて『俺も手伝うね』と、吐息のような小さな声で伝えると、寝台馬車の荷台を下りる。
見えたものは、誰に言うこともない。感じたことも、誰かに言うようなことではない。ザッカリアはそう思う。
外に出てすぐ、前の荷台に走り、ミレイオとイーアンがいるところにポンと飛び乗る。
イーアンがニッコリ笑ってズレてくれて、横に座ると、ミレイオが『何か飲む?』と縫物を置いて、食品の棚に腕を伸ばした。
小さい容器に、冷たい水とか砂糖漬け果物を入れてもらい、ザッカリアはお礼を言う。
「何で冷たいの?水が冷たいよ」
「あん?水。冷たい・・・か。あ、あんたでしょ」
イーアンを見るミレイオ。イーアンはエヘッと笑う。ザッカリアが不思議そうに容器の水を見つめてから、イーアンに『どうして?』と訊ねた。ミレイオは笑顔で黙っている。
「私、女龍ですから。ちょびっとはこんなことも出来るようです」
「何したの」
あのですね、とイーアンは目をちょっと上に向け、説明の簡単さを考えてから『ニヌルタが氷を降らせたの、覚えていますか(※1037話参照)』と確認する。
「ニヌルタ。氷を降らせたのはミンティンの時でしょ?覚えてるよ。飛ぶ魔物、夜に(※192話参照)」
だー、違うっ!イーアンは嫌な記憶(←ムダって言われた記憶)を振り払うように遮り、ちょっと驚いているザッカリアに『すみません』と取り乱したことを謝ると、咳払い。
「ニヌルタです。マカウェに入る前の道。雹が落ちました。タムズもいた時ですよ。思い出せない?分かりました。とにかくね、その時にニヌルタが私に『お前も出来そうだ』と言いまして。
すぐには無理でしたが、最近は試しにやってみることも多いから、お水にですね。氷を」
氷を空気中に作った(※これを雹という)のを、飲料水樽に入れたので、そう話すと、ザッカリアはとても面白そうに『それ。今日ギアッチに話す』と喜んでいた。
どうも、勉強に繋がったみたいで、良かったとイーアンは思う。ザッカリアは冷たい水を飲み干すと、ニコッと笑った。
「イーアンはさ。今の時間が一番、自分のことたくさん出来るよ。いろんな使い方すると、イーアンが動きやすくなるんだ」
「はい?」
「女龍の勉強したでしょ?尻尾出したり、顔が龍になったり。氷も小さいの作れる。硫黄谷の臭いのも変えられるよ。いろんな使い方出来ると」
「あ!そうですよ。そう!結晶、私の力で反応起こせ・・・って、それじゃ他の人使えないから、やっぱり」
「違うよ。イーアンが知っていることで、どんな人でも使える物を作れば良いじゃない。
それは、道具でも良いでしょ?一個作ってあげたら、他の職人はマネできるよ」
イーアンは目を丸くして、子供の顔を見つめる・・・『道具』とは。
言われた途端、頭の中に、フラスコや試験管、蒸留器、理科室で昔見た(※相当昔)ものたちが蘇る。
似たような形のものは、首都でも買えた。保管する容器も、イオライセオダの缶を持っている。だが、テイワグナ全体に普及したいとなると、自分が持っているものがそこら辺で入手できない分、作るにしても、調整済みの完成品『混合』系を渡すにしても、どう扱うべきか。それは考えていた。
今の自分なら。最初のサンプルに使う容器などは、作り出せるかも知れない。受け取った龍の力で、一つ二つ作って、使用素材と工程や温度などを記録して・・・作れそうな工房に教えたら。
ザッカリアの助言に感動し、イーアンは(※母として)両腕を伸ばして抱き締めようとする。が、ザッカリアにすかっと断られ『尻尾が良い』と言われた(※イーアン撃沈)。
しおしおと尻尾を出して巻いてやると、腕に抱き締めるよりも、断然喜んだザッカリア(※母の抱擁<尻尾)は、笑うミレイオと、後ろの寝台馬車のタンクラッドとフォラヴに笑顔を向けた。
「ミレイオも手伝ってあげたら良いんだよ。イーアンは温度分からないもの。イーアンの出す熱で熔ける材料、何度だよって教えてあげるの」
「温度」
「ミレイオの目は温度が分かるから。炉なんかなくても、イーアンがいれば」
へ?と訊き返すミレイオに、ザッカリアは可愛い笑顔で頷く。
すぐ、後ろのタンクラッドがちょっと笑って『ザッカリア』と声をかける。子供が振り向くと『炉はないと難しいんだ』熱が散るし大変だぞと、そっと教えた。
「でも。タンクラッドおじさんは石が分かるじゃないか」
「ん?石。それは鉱石のことを言っているのか。石と炉が何か」
「石が壁になっているところがあれば、イーアンは大きい壁に穴を開けられるよ。その中で熱を閉じ込めること、出来るんじゃない?タンクラッドおじさんが、炉に使う石を見てあげたら良いよ」
「炉。石だと?まるでその辺の岩壁を、炉に変えるみたいに聞こえるぞ」
「そうだよ。出来る」
待て待て、と困ったように笑うタンクラッドは、突拍子もない子供の意見に困惑を隠せない。言われている意味は分からないでもないが、無理を言うなよ、と止めようとする。フォラヴはそう言いかけた親方の腕に、さっと手を置き彼に黙ってもらい、首を振った。
「私が話します。ザッカリア。あなたは今、私たちに教えて下さっていますね?」
「うん。フォラヴ。石を炉にしたら、使い終わった時に戻してあげて。砕いた石なら戻せる?」
「砕いた石・・・ですか。消えていないという意味?だとすれば恐らく」
「そうしたら、使った場所も穴開いたままじゃないよ。そうやって試せば、町で炉を頼らなくても平気だ」
空色の瞳は、子供の言葉に丸くなる。笑顔の子供に『あなたって子は』と笑い出して、ザッカリアに『驚くことを教えて下さいました』と褒めた。
うん、とにっこりする子供は、優しい笑みの妖精の騎士に続ける。その顔が一瞬、真剣に戻り、フォラヴは話しが変わると気づいた。
「それとね、フォラヴ。ロゼールの手伝いをしたいんだよ。俺の話を聞いてくれる?」
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体調の回復が遅く(熱下がらない~)本日23日と明日24日も、朝1度の投稿です。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、何卒宜しくお願い致します。
皆様もどうぞ暖かくして、寒さにお気を付けて週末をお過ごし下さい。




