1315. 要・混在の示唆 ~靴タール修理・バイラ用龍皮着物懸念
フォラヴの諭しで『親方心配対策』は、呆気なく振出しに戻る。
でもなぁ、と思う気持ちが無いわけではない。
手綱を取りながら馬車を進める親方は、横で・・・なぜかくっ付いたまま、気楽に本を読むフォラヴ(※親方片手の内側に寄りかかった状態で読書)をじーっと見て、これもまた見張られているのかと考える(※違)。
――彼は。俺があれから質問しないから。どこからともなく取り出した、本を読み始めてしまったが。俺の小脇に寄りかかって、俺が片腕を回した状態で、普通に読み続けて。既に1時間半(※長い)。
ちらっと前を進む荷馬車の荷台を見ると、イーアンとミレイオが作業の手を休めず、楽し気に会話しており、時折、こちらを見ているので目が合う。
目が合うと、急いで視線を外す様子から、きっと俺とフォラヴの体勢を見たくて、チラ見しているんだと理解する(※特にイーアンが)。
はーっ、とため息をついて、親方はフォラヴにかけていた片腕を抜き取る。柔らかな動作で、妖精の騎士が見上げて、にっこり笑った。
「お邪魔ですか」
「いや」
「タンクラッドの鼓動や呼吸が聞こえるので、安心していました」
「あ。そう。そうか。うん」
でも少々、図々しかったですねと微笑み、妖精の騎士は体を起こしたが、タンクラッドはもう一度抱き寄せてあげた(※思い遣り)。ん?と笑顔で上を見るフォラヴに、ちらっと目だけ動かした親方は。
「暑くないからな。道も真っ直ぐだし。別に構わんぞ」
「そうですか。有難うございます」
フォラヴは涼しい笑顔を向けて、また普通に寄りかかる(※背凭れのある椅子が好きな人)。
親方はちょっと照れながら『お前には、俺が臭うんじゃないかと』遠回しに気にしていることを呟く。騎士は本のページをめくりながら、くすっと笑った。
「匂いですか。あなたは『ミレイオの香袋』の香り。汗もかかれていないし、特に気にはならないです」
あ、そう。親方は臭わないことを知ったのと、フォラヴ認定(?)が下りたことで、ちょっと安心し、そこからはまた無言の時間が過ぎる。
親方の中で。フォラヴが話した『世界の均衡』は重く、自分もそれを忘れていたような気がして、少しばつが悪かったが、それを理解してもやはり―― 彼一人に背負わせる『別世界の危険』には、どうしても諦めが付かない。
何か。小さなことでも良い。抜け穴を潜るような真似はしたくないが、必要ならそれをしてでも。この優しい妖精の騎士を守ってやらないと、と思う。
人一倍、忍耐強く、人一倍、表面に出さない。苦しみながらも受け入れて動いてしまう、この勇気ある若い騎士に、俺はなにがしてやれるんだか。
上手い方法があれば良いのに、と知恵を絞るタンクラッド。これがフォラヴじゃなくたって、自分は仲間が孤独にならないよう、守ってやれるだけの力はあるはずだと、自分に言い聞かせた。
こんなタンクラッドの、真面目な心配をよそに。
前の荷台にいる二人は、落ち着かない様子で、再び騎士を抱き寄せたタンクラッドと、自然体のフォラヴをチラ見しながら、ひそひそ『意外に似合う』『ああいう関係みたい』とニヤニヤしながら話していた(※女子だから軽い)。
そんなこんなで、お昼休憩に入る。
魔物は気配もないし、テイワグナに入ってから、自分たちが感じ取る気配の範囲で、倒しに動いているものの、全員で戦う場面がないからか、穏やかな日中に寛ぐ。
ミレイオが調理している間に、イーアンは縫い終わった靴を確認。焚火の火を借りて、工房で以前作ったタールを溶かす。
イーアンが支部にいた時、支部で近くの森の伐採した木の中、カバノキに似た木を見つけたことがある。ドルドレンに頼んで木をもらい、砕いて土中に蒸し焼きにして、数日かけてタールを取り出した。
固まった後に砕いたその塊は、馬車の荷物に入れてある。接着剤で柔軟質は、いろいろ使い勝手が良いので、靴などの動くものにはもってこい。
こんなの使うかなぁ、と思って入れておいたが、場面があれば使うものである。
タールを丁寧に溶かして、木べらに取ると、靴の縫い目に少しずつ塗り付け、垂れるところを掬い、ベタベタと靴底にも塗り付ける。
「あんたの作る靴って、そんな感じで仕上げるの?」
「思い出したのです。靴自体、そんなに作らないです。これは防水用」
冷えて固まったら、その黒いの割れない?とミレイオは訊ねる。固形物だったのを溶かしているので、そう思う。
質問されて、イーアンは『この木のタールは、柔らかい』と教え、靴を振って冷ますと、靴をぐいぐい曲げて見せた。
「黒いの、タールっていうの」
「私のいた世界では、その名が一般的でした。剥がれて来るのは、使用頻度や時間の問題ですが、それは何でもそうだし」
そうね、と頷くミレイオは、側に来たフォラヴに『靴。出来たみたいよ』と教え、フォラヴは喜んでイーアンから受け取った。
「そうだ。着物も、もう羽織れるのよ。後は帯だけで」
イーアンとフォラヴの受け渡しを見て、ミレイオはバイラを呼ぶ。呼ばれたバイラは、総長と話していたが、すぐに来た。お鍋の料理に笑顔を向け、バイラは『はい』と呼ばれた用を促す。
「着物、出来たわ。まだ、縛って留めておく帯が無いんだけど」
「本当ですか!嬉しいなぁ、測られた時は何かと思ったけれど(←イーアンの強制)。着れるものと分かると・・・あ」
バイラは喜んだが。喜んだのも束の間、ハッとしたように自分の腰に下げた『剣』を見た。イーアンも、『あ』の言葉を落とす。二人で目を見合わせ『龍』『精霊』と呟きが重なる。
ミレイオとフォラヴは、この二人の困った顔を見て、どうしたのかと思い、彼らが話すのを待つ。バイラは顔をちょっと擦り『効果が変わるような』と呟いた。
「効果。効果ですか」
妖精の騎士は、バイラに詳しく話を聞き、少し戸惑うように首を僅かに傾げる。
「私が留守の時、あなた方が『魔物退治をされた』とは聞きましたけれど。オーリンは晩にすぐ、上がってしまったでしょう?オーリンの聖獣の話が印象的で」
「私も聞いてはいたけれど、そうね。聖獣の話の方が印象に残っちゃってるわ」
ミレイオとバイラ、フォラヴが『問題』を話し合う中――
イーアンはお鍋周りを片付けながら、前ってこんなに気にしたっけ?と思い巡らす。自分はこの世界に来てから、思えばありとあらゆる(※そんな種類ない)由来の物品に包まれていた。
いつも気になるのは、あの青い布。精霊の布とは知っているが、かなり効果は高く、これがまず第一に気になる(←男龍に教えてもらえなかった)。
次は、白いナイフ。あれも妖精の女王の物らしき(※83話参照)存在。
魔物製品に関しては、聖別手前でも、邪気を抜くのは自分の効力だったようだから、邪気さえ抜ければ、他と併用は有りだとして。
あちこちでに手に入れたものは、思い起こせば割にある。印象的だったのは、サブパメントゥの『地下の鍵』。ヒョルドにもらったが、自分はずっと身に着けていたのだ。
イーアン自体が『サブパメントゥ寄りの龍』の話に沿えば、まぁ、それほど驚くことじゃないのかも知れないけれど。地下の方々の強い方とは触れ合えず、弱い方とはOKな自分だから、鍵(←物品イメージ=弱系)は平気なのか。
・・・・・そうだ。私の角が生えてから。変化が目に見えて始まって以来、私の属性が強くなった。
それ以降、何となくだけれど、他の存在と関わることに意識するようになった。取っ掛かりは『コルステイン』『ホーミット』だったのだ。
コルステインは、私に触ろうとして頑張ったけれど崩れかけるのを見て、驚いて止めた。ホーミットは、彼が私を攫い、あまり触れないような話をしていたから、気を付けるようになった――
イーアンは、腕組みして悩む。
白いナイフも青い布も、最初のように頻繁ではないが、使っている。今はそこまで頼らなくなっただけで、別の効力があることと、お守りのような気持ちで側に置いているのだが。
どうして・・・バイラの剣は、イーアンでやられてしまったのか。精霊その人が鍛えた剣なのだし、青い布と近い聖なる品のように思える存在が、なぜ。
腕組みして悩み続ける女龍を、皆はちらちら見ながら食事をする(※イーアン気が付いていない)。
こうなると食べないからな、と分かっているドルドレンは、皆の昼食が始まって少しすると、愛妻(※未婚)の側へ行き、そっと自分の皿から、料理を乗せた匙を向ける。イーアンは匂いに釣られて口を開けると、悩みつつもぱくっと食べる。
それが可笑しくて、ミレイオもタンクラッドも笑いそうになるが、堪えて見守る。バイラとフォラヴ、ザッカリアも離れた場所で静かに笑い『イーアンは、食べるには食べるね』と納得する。
ドルドレンも可笑しいけれど『俺の奥さんはこういう人』と知っているので、奥さんが飲み込んだタイミングを見計らっては、甲斐甲斐しく次を食べさせつつ、自分も食べた(※イーアン、匙を寄せると口開ける)。イーアンは眉を寄せて、腕組みしたまま、うんうん、悩み続けた。
そうして馬車の昼食は終わり、起きてこないロゼールのために(※爆睡)、ミレイオが食事を包んで取っておく。
周囲の動きにハッとしたイーアンは、横の伴侶の笑顔に謝り(※意識戻る)ドルドレンの食事を、夕方は増やすからと約束し、笑う伴侶に荷台へ乗せられた。
馬車は午後の道へ出発する。緩い下り坂を、行き交う他の馬車や旅人もなく、順調にぽくぽくと進む。
イーアンはミレイオに自分が悩んでいた内容を話し、ミレイオも『そうよね』と一緒に眉を寄せる。バイラに渡すにはもうちょっと待たないとダメなのか、とか、何だか立ち往生のような状況。
「せっかく作ったのに」
「すみません。私もそれがあれば、魔族の種を撥ね返すのではと思って」
「違うのよ、謝らないで。作っておくのは良いじゃないのさ。そうじゃなくて、使えないとなると、使える状態を見つけないとならないでしょ?・・・あんたもシャンガマックも、違う属性の物使えたのにねぇ」
何でかしら、とミレイオは首を捻って、最後の帯の部分を取ると、端の始末をするために針を刺した。向かい合うイーアンも、『そうですね。シャンガマックも』と思い出す。
「彼なんて。龍の顎ですよ、剣が。元々精霊の関わりが強い部族の人だし、テイワグナに入ってからは、見える形で加護も受けました。でも。ほら。ホーミットが近づいてから、暫くした頃」
「あ。あれでしょ?あの子が朝に戻った日。って、何度も朝帰りあったけど(※不穏)」
ミレイオの言い方に笑いながら、イーアンは頷いて『あの日。そうです、同じだと思います』そう答えて、笑顔を少し崩し、分からなさそうに溜息を落とす。
「何でしょうね。彼は、ホーミットから『サブパメントゥの気配』に似たものを、体に受け取った気がしました。でもその時、既に彼には『龍』『精霊』の大きな力が添えられていて」
「あんたもでしょ?何かあるのよ。シャンガマックに訊いてみたいけど、ホーミットと一緒だからね」
ミレイオの嫌そうな言葉に、イーアンも無表情で同意(※この二人は彼がキライ)。でもシャンガマック本人も知らないのでは、とイーアンが言うと、ミレイオは明るい金色の瞳を少し上に向け『かもね』と答えた。
「まぁ。知らないってことにしておいて。とりあえず、何かしら条件があるんだわ。
とは言え、単体に備わっている条件の可能性はあるから、それを当てにしても仕方ないでしょ?魔族は今のところ、見ていないけれど・・・早めに『同時に所有』出来る方法、探さなきゃ」
龍の皮は良い手だと思ったのにね~ ミレイオが遣り切れなさそうに苦笑いする。イーアンも苦笑い。
前の二人のこの会話を聞いていて。午後も一緒の御者台にいる、タンクラッドは、無言で隣の妖精の騎士に目を向けた。彼は視線に気が付いたようで、数秒遅れて見上げる。物問いたげな眼差しに、タンクラッドはちょっとだけ、首を傾げて見せた。
「タンクラッド。あなたの胸の内は手に取るように伝わります」
「お前が女だったら、男は余計なことは考えられないだろうな」
何を言うのですか!と笑った騎士は、冗談を言う親方に『今の話でしょう?』と確認する。タンクラッドも笑った顔のまま頷いた。
「バイラの剣。精霊に鍛え上げられた、人間の製造する代物と訳が違う剣だ。それが龍と重なるだけで使えないなんて、あいつらの意見(※前の二人)じゃないが、せっかくの威力が台無しだ」
親方の言葉は、フォラヴにも理解出来る。午前に話したことが、覆るような返事を求められているのも。
この場合、どこを判断するべきなのか。何を押さえれば良いのか。
フォラヴは静かに考え始める。自分の領域である『鍵』と深く結びつく、この問題――
これもまた、もしかすると。『自分が行動して、示唆を見つける仕事の始まり』なのか、と過った。
意見を聞きたそうな親方に、ちょっとだけ顔を寄せると『答えはお待ち下さい』と囁き、親方が何となく照れたのを見て笑い、フォラヴは座り直して本をまた読み始める。
彼の意識は違うことを追い始め、本のページに添えた指は無意識に動き、思考には、次に取るべき行動を並べては消し、正解を求める時間が過ぎた。
お読み頂き有難うございます。
今日は、朝1度の投稿です。夕方の投稿がありません。
体調不良により、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、どうぞ宜しくお願い致します。




