1314. 旅の九十六日目 ~機構の近況報告・世界の均衡
馬車の朝は賑やか。ロゼールが来たことを知ったザッカリアは、起きてすぐに大声で喜び、バイラの横の部屋から出て来たロゼールの笑顔に飛びついた。
「いつ来たの!」
「『おはよう』だろ?ザッカリア、挨拶は」
「おはよう、いつ来たの」
ハハハと笑ってロゼールは『真夜中』と答え、ザッカリアは満面の笑みで頷く。ロゼールが着替えるのを待つ間に、ミレイオたちにも言いに行き(※皆さん知っているけれど)ロゼールの分の食事も頼んで戻る。
「昨日の夜。ギアッチは何も言ってなかったから。全然知らなかった」
食事、もう出来るよと、腕を掴むザッカリアに、着替えて荷物の袋を持ったロゼールも引っ張られるように、馬車の外へ出る。
「ギアッチは今ね、記録資料を作っているから。それで一杯一杯なんだと思うよ」
魔物退治の資料を作って、各支部に回した後、講義をする話。『魔物出ないのに』不思議そうに首を傾げた子供に、ロゼールは『他の国に行く人のためだよ』と教えた。
ここまで話している間、既に皆が焚火の側に座っている中へ入り、それぞれの挨拶に若い騎士は答える。総長とイーアンの側へ行き『おはようございます』の挨拶。総長もイーアンも笑顔で迎えてくれて、側に座るように言う。
「10日しか経ってないのに、また来ました」
「あっさりだな。どうだ、今回は。何か機構からの預かりものは」
ないですよ、とロゼールは答えて、荷袋の中に手を入れると『おやつあります』取り出した包みを渡す。イーアンが笑って受け取り『これは』と訊ねると、そばかすのある笑顔で『イーアンが前に作ったお菓子、あるじゃないですか』とゆっくり開いた包みの中の、半月型のお菓子を指差す(※421話前半参照)。
これは、イーアン・パンケーキ。ジャム入り・・・イーアンはロゼールを見て『よく覚えていますね』と感心。こんなちょっとしたものも、ロゼールはちゃんと覚えている。
「簡単で騎士たちにウケが良いから。すぐ焼けるし、瓶詰果実なんていつでも厨房にあるので、皆によく作ります」
はいどうぞ、と全員に渡し、ミレイオとタンクラッドは笑いながら『これが最初だったな』二人で顔を見合わせ、親方は苦笑いしていた(←422話でミレイオに叱られた人)。
それから朝食が始まり、ミレイオとイーアンに取り分けてもらった食事を食べながら、ロゼールは昨日の夜に来たことと、その前にコルステイン家族と遺跡へ行った話をし、『スランダハイの町で話したこと(※1245話参照)』と付け加える。
「俺が、夏に出掛けた北の方の遺跡。そこへ行ったんですよ。でも目当てのものはなくて。何か・・・そうだ。イーアンなら、分かるかな」
はい、と答えたイーアン。皆に聞こえるように話していたロゼールが、話を振って来たので質問を聞く。
「変な感じだったです。俺が夏に行った時も、壊れてはいる所は勿論あったんですけど、一人で最初に行った時、奥まで入らなかったんですよ。今回は皆さんが一緒だから、奥まで進んで。
それで気が付いたのが、奥の損壊が激しかったことです。だけど・・・木の根っことか、湿っているのっておかしいですよね?
遺跡の中は乾燥していましたが、天井の上にある土が落ちたのか、木の根がぶら下がっていて、それがまだ、折れ口が新しいような」
ロゼールの話に、イーアンはじっと耳を傾けていたが『地震』と、一言呟く。
親方と目が合うと、親方も『テイワグナ沖地震か』すぐに拾って繋げてくれた。ロゼールは『ああ!そうか』と手を打つ。
「あの地震。大きかったですもんね。俺は、最近のリーヤンカイの振動かと思ったんですが、それにしては、遺跡は遠いし。でも何年も前という感じもしなくて、何だろ?って」
「テイワグナ沖地震は、相当だっただろう。揺れ方が普通じゃなかったんだ。下から突き上げてくるような(※733話参照)。あれだったら、遺跡がやられるのも分かる」
納得した様子のロゼールに、親方は『地震で壊れた遺跡は、他にも幾らもあると思う』ことを伝えた。
「ロゼール。今日も行くのか」
ドルドレンは、昨日は用事が終わらなかったと知り、今夜も動くのかと訊ねる。ロゼールは『そうだと思う』と答えると欠伸。ちょっと笑ったドルドレンは『寝て休め』と勧めた。
「すみません。来た早々、寝るなんて」
「お前が悪いわけじゃない。時間帯が真夜中ではどうにもならん。朝食が終わったら、少し眠ると良い。フォラヴ、寝台馬車の御者をしてくれ。ザッカリアは俺の横にいなさい。歌を教えるから」
その場で指示をし、ロゼールが一人で眠れるように部下に伝えると、二人はロゼールと話したそうだったが、顔を見合わせて了解する。
「じゃ。俺がフォラヴの横にいるか」
タンクラッドが御者を引き取り、フォラヴと御者台。ミレイオは着物が縫い上がる頃で、イーアンも、そろそろフォラヴの靴の修理が終わるからと、荷台に引っ込む。
皆の気遣いに感謝して、ロゼールは食事を食べ終わると、最後に近々の機構の話を報告する。
「さっき。ザッカリアにも少し伝えました。今、北西支部でギアッチが魔物退治の記録をまとめて、資料を作成しています。
それは、出来上がったら各支部に回して、ギアッチも講師で回るそうですが、まだ仮決定です。理由はハイザンジェルから、外国へ行く人たちのために」
へぇ、とドルドレンがちょっと驚いたように呟く。イーアンも『ふーん』と興味深そうに頷き、ミレイオが質問する。
「それは?民間にってこと?」
「誰と対象は決めていませんが、国民全体だと思いますよ。ギアッチが講義に巡るわけではなくて、ギアッチは『北西支部の管轄区域を担当する』って話です」
「じゃあ、他の支部でも、ギアッチと同じ役割の仕事が」
ドルドレンの質問に、ロゼールは振り返って『はい』と答える。本部も入れて、9名を予定していると教えた。
「そう思います。資料作成の話も最近出たから、早速、彼は取り掛かっているけれど。資料を使った講義は、追々、各支部から、地域を回る担当者が選ばれるんじゃないですか」
こうしたことで、ロゼールが教えてくれた新しい情報を受け取り、機構も何となく役に立ちそうな動きが出て来たと、皆で話す。
この後、ロゼールの欠伸が頻発したことで、彼に睡眠を取るよう促し、朝食の片づけをして、旅の馬車は出発する。
「ロゼールは今日も。もしかしたら、目的が果たせないかも知れないな」
寝台馬車の御者台に座り、馬車を出した親方は、隣のフォラヴにぼそっと伝える。妖精の騎士は親方を見て『遺跡が壊れている可能性ですか?』と理由を聞く。親方は頷き『何日も眠れないと、体に堪えるな』と同情した。
「昨晩。彼が馬車に入ったでしょう?時間はもう真夜中で、彼はとても疲れています。もし・・・今日、魔物退治が入ったら、彼を起こさないようにしなければ」
「そうだな。ロゼールは自分も参加しようとする。止めろよ」
「タンクラッドも止めて下さい。あなたもまだ、馬車に居残りでしょう?」
綺麗な顔で、きついことを冗談で言うフォラヴに、親方は苦笑して、妖精の騎士の白金の頭をわしゃっと撫でる。フォラヴが笑って嫌がる。
「バーハラーはもうじき、動けるそうだ。そうしたら、そんなこと言わせないからな」
「戻ったら言いません。今は言えますから」
「フォラヴ」
優しい顔の妖精の騎士に、目だけ怒って見せる注意は効かず、フォラヴは可笑しそうに笑って『タンクラッドが動かない日々は貴重でした』と伝えた。何だそれは、と笑う親方に、妖精の騎士は彼を見上げる。
「一昨日。あなたがいないことで、私たちは不安でした。ほんの2~3時間でも、それを実感したのです。だから、どこへも行かないでほしいくらいです」
いきなり可愛いことを言うので、親方は真顔に戻って、ちょっと照れた(※夜も素敵・朝も素敵)。そうか、とゴニョニョ呟くタンクラッドの横顔を見つめ、フォラヴは真面目に言う。
「あなたは、総長と同じくらい強い御方です。馬車を離れて戦うのが、強い方々の最初の行動にしても、総長もあなたもイーアンもいなくなると・・・ミレイオも大体、その時は出てしまうし。
勇ましくて頼れるタンクラッドが、龍のいない時期に馬車に留まって下さることが、どれほど心強かったか」
「あんまり褒めるな。何も出ないぞ」
「笑顔が。あなたの温かい笑顔を頂けます」
「フォラヴ~」
恥ずかしくて困る親方は、困りながら笑って(※でも嬉しい)妖精の騎士から目を逸らした。
褒めると詩のように長くて、こっ恥ずかしい言葉を、微笑みと共に連発するフォラヴなので、タンクラッドは直視出来なくなった。
「ですから。バーハラーが戻ってきて。お出かけになるとしても」
「馬車にいるようにするよ」
「はい。宜しくお願い致します。そして、別の世界へ向かうのは、私に任せて下さい」
ニコニコしながら返事した矢先。妖精の騎士の最後の言葉にハッとして、彼を見ると、フォラヴは笑っていなかった。
「お前・・・・・ 」
「あなたは。全てを守ろうと尽力されます。それはいつでも伝わっています。私が魔族の世界から戻って、あなたは私のために自分が代ろうとお考えです」
「どうしてそれを」
「『伝わる』と言いました。私にべったりではなくても、常に私を見ている。私が動こうとすれば、子を守る親のように止めます。ミレイオもそうですが、あなたは私を動かさないで済むよう、手を打たれようとしています。でも。私の役目です。私にお任せ下さい」
見通されているような、澄んだ空色の瞳に見つめられて、タンクラッドは眉を寄せ、小さく首を振る。
「お前一人じゃ。考えてみろ。側に誰もいないんだぞ。別の世界なんて行ったら、俺たちはお前が姿を現すまで、指一つ動かせない。手伝うことも注意することも」
「それが私の役目です。もし。タンクラッドも、あなた以外の誰かも、私を心配して、別の世界へ行ける手立てを実行しようとするなら、私は止めます」
フォラヴの凛とした声が、冷たく響く。その透き通るような白い肌に、タンクラッドは手綱を持っていない方の手を伸ばし、彼の頬に大きな手をそっと当てると、小さな顔を覗き込み、丁寧に、真剣に、ゆっくり答える。
「自分が何を言っているのか。分かっているか?万が一、倒れても。助けもない場所で死ぬことを選んでいる」
妖精の騎士は彼の囁きに頷き、大きな手の上から、自分の手を重ねる。
「この力強い手は。私のためではありません。皆を守る手。仲間の皆を導いて下さい。それがあなたの役目です。私は運命に与った役目である『鍵』の選択肢を選びます。
そしてタンクラッド。覚えておいて下さい。私たち旅の仲間は、世界を守り救おうとして、動くけれど。だからと言って『世界の均衡を崩せる判断』を下す力はないことを」
フォラヴの静かな言葉に、親方は目を見開く。イラっとしたわけではないが、その目つきが鋭くなり、それを見たフォラヴは、彼の手を少し強く掴んで頬から離し、その手を握ったまま、今一度繰り返す。
「龍も。サブパメントゥも。精霊も妖精も人間も。これまで重なることはありませんでした。今、まさに『混じり合う世界の始まり』を通過している私たち。
ですが、行動は慎重に。主観は個人の域を出ません。特に人間の主観は。
怒らないで聞いて下さい。それが人間の状態として、備わっている特性です。揺れて、間違え、正し、学び、少しずつ進むのが『人間』です」
「つまり。お前の言いたいことは」
人間が決めるなってことか、と言おうとした親方の口を、フォラヴは重ねた両手を当てて封じる。見上げる空色の瞳は、妖精の存在として、冷静で感情を含まない、森林の泉のように落ち着いている。
「タンクラッド。答えを急がないで。私は悪いことを教えていません。
私が妖精の立場として知りつつある様々なことを、全てお話することがないように。世界の行き来も全てを一度に行うわけにはいかないでしょう。例えそれが、あなたが優しい愛を注ごうとする想いからでも」
両手を当てられたまま、タンクラッドの鳶色の瞳が少し寂しそうに瞼を細め、フォラヴは彼の呼吸の熱を感じながら目を閉じる。
「あなたは心の熱く、優しい御方です。総長もそうです。でもどうか、別の種族が集まることを、常に意識してみて下さい。愛と想いが募った時は、特に。
妖精にも、きっと龍や地下の国にも。愛と想いから、すぐさま動き出したい『知恵』があります。でも出来ないこともあります。それは、独断で世界の均衡を崩せないから」
この様子を、荷馬車の後ろから見ている、イーアンとミレイオ。
途中までは二人もドキドキしながら(※♂♂接近)ニヤニヤ見ていたが、フォラヴの言葉の変化が始まった時からは、ギョッとした様子で見守り続けた。
ミレイオは何も言えなかった。それはイーアンも同じで、フォラヴが親方に伝えた言葉は、自分が抱える、秘密のように後ろめたく感じる『知恵』の存在を示していて、胸の中に緊張が走った。
ミレイオの思考にも『サブパメントゥの生きた宝石』と呼ばれる自分の使い道、そのことが重く圧し掛かった。誰にも言えない、自分でも勘繰るだけの、自分の存在への怖れ。
二人の反応を気が付いているのか。フォラヴは荷馬車の二人を見ることなく。
目の前の剣職人の目を見つめ続け、彼が寂しそうな色を浮かべる瞳に微笑むと、そっと手を離して、親方の頬を撫でた。
「愛して下さって有難う。私も愛しています。どうぞ。役目を果たして下さい。私も、この魂の全てをかけて臨みます」
妖精の騎士の声は力強く、仲間の中で一番嫋やかな存在なのに、誰よりも屈強に映る雰囲気をまとっていた。タンクラッドは何も言えず、自分を諭して理解を伝えてくれる妖精に、力なく微笑み返す。
「時々。お前が怖くなるよ。何でも知っているのに、何でも一人で抱え込んで」
「いいえ。この前、抱え込むのはやめました。だからそれを抱いて、私を手伝うと思って下さい」
親方は、どこまでも高尚な存在にちょっと笑うと、フォラヴを片腕に抱き寄せて、頭を撫でて頷いた。
「手伝うぞ。それしか出来ないなら」
フォラヴは嬉しそうに微笑みながら、大人しく親方の小脇に収まって、暫くの間、頭を撫でられていた。
お読み頂き有難うございます。
最近、何度も投稿が移ろってしまい、申し訳ないのですが、明日22日(金)は朝1度の投稿です。
体調不良により、夕方の投稿をお休みします。
明後日の投稿につきましては、明日の様子を見て、改めてご報告します。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、どうぞ宜しくお願い致します。
皆様も寒い日々ですから、どうぞお体に気を付けてご自愛下さい。




