1313. 別行動:サブパメントゥ『グィードの海』
サブパメントゥの、時間をはぐらかす(?)入れ物に納められた、とんでもない条件を持つ『古代の海の水』。
その存在を聞いたシャンガマックは、父の顔を見上げて『俺がそれを?何千年前の水を』と呟く。
「そういうことだ。『古代の海の水』は、壺さえ無事なら今もある。お前は知らない間に取り入れた。その水、飲み干していないだろ?」
「顔について、慌てたくらいだ。遺跡だから何が起こるか分からないし、まさか水が入っていると思わず、急いで栓を戻した。すぐに出たよ」
お前のそういうところが好きなんだ、と父は嬉しそうに言い、抱き寄せていた息子を撫でる。撫でられながら息子は、父に『今も。あのまま、あるかな』思いついたことを言おうとして、父が首を振ったので黙った。
「バニザット。お前の言いたいことは知っている。俺も同じことが過ったが、簡単じゃない」
「もし、まだ誰も・・・俺の後に、あの遺跡に行っていないとして。それに、壁の仕掛けを知らなかったなら。水は無事だと思う。あれを総長たちにも飲んでもらったら、俺たちは種族の別なく、行動を共に」
「待て、って。簡単じゃないと言ったぞ」
どういう意味かを、止める父に訊ねると、ヨーマイテスの碧の瞳は息子を見つめ『考えてみろ』と言う。
「考えても。タンクラッドさんだって、きっと同じように」
「そうだろうな。だが忘れている。なぜ、種族の別があるんだ。誰が決めた。俺たちはそれを自由に動かすだけの責任が取れるか」
あ、と小さく声を上げる息子の額に、大男の手が置かれ、淡い茶色の髪をかき上げる。漆黒の瞳が少し緊張したように動かず、ヨーマイテスは頷く。
「お前たちの人間として働く感覚。だが常に覚えておくべきだ。棲み分けは何のためか。混ざる以上、どこに何が生じるか分からん。それを忘れて、手に負えない事態が起きても、笑い話にならないぞ」
「そうか。そうだな。俺はダメだな」
「ダメなんて言うな。そうじゃないぞ、未熟なだけだ。だから、俺が育てている。その水の存在だって、コルステインたちならまだ、管理もするだろう。タンクラッドあたりは嗅ぎ付けるかも知れないが、それも懸念だ。先に忠告しておかないとならん。お前に限っては、仕方ない。偶発的な摂取だと思え」
それも運命だったんだろう、と大男に言われ、シャンガマックは慎重に頷く。『運命か』俺の場合は、そうだった。そうだとしたら、他の人に伝えることは避けた方が良いのか。
シャンガマックはどうするべきかを考える。考え込む息子に、ヨーマイテスは一先ず、コルステインたちに確認すると伝えた。
「タンクラッドの質問を運んだコルステインが、内容の意味に気が付いているとは思えない(※オツムの問題で)。だが、あれも勘は良いんだ。あいつらは感覚で動くから、もしかすると、あそこまでタンクラッドにイカレていると、タンクラッドのために『海の水』の存在を思い出すかもしれない」
「イカレているって」
父の言い方が毒っぽくて、シャンガマックは苦笑い。ヨーマイテス的には笑うところじゃないので『可笑しくない』と息子に注意。息子、咳払いして、真顔に戻す(※でも可笑しい)。
「面倒だが。俺は早めにコルステインに会って話す。だが昨日のように、丸一日、居ないことはない」
「うん。もしも遅くなりそうでも、今日からは頭に話しかけられるから」
指輪を見て、ニコッと笑うシャンガマックに、そうだなと笑顔を返すヨーマイテス(※嬉)。会話が可能な距離も確かめておこうと決めて、一日の予定を組む。
ヨーマイテスはこの日、コルステインのいるサブパメントゥに出掛け(※近いから気にならない)用を終えて戻り次第、息子を連れて、指輪効果の『会話距離』を確認することにした。
*****
こうして出かけたヨーマイテス。地下の国へ降り、コルステインの名を呼びながら動き回ること少々。強烈な気配を放つ相手の登場に、溜息をつく。
『お前だけで良かったんだぞ』
『来る。困る。ない。何?』
獅子のヨーマイテスの前に、コルステイン以外の青黒い炎が揺れる。この中にマースがいることで、余計な感情の動きを急いで封じたヨーマイテスは、自分の一部を遮断中(※1033話後半参照)。
『コルステイン。質問だ。お前たちが昔、メーウィックに渡した『海の水』のことで』
『ホーミット。なぜお前がそれを質問する』
『コルステインに聞かなかったか。タンクラッドが探している内容に近いからだ。しかしあれは、注意がいる。それを伝えに来た』
コルステインの炎が一際大きく膨らみ、タンクラッドの名前に反応した様子で、数秒ゆらゆらと左右に振れた後、コルステインの代わりにメドロッドが答える。
ここにいるのは、マースとメドロッド。ヨーマイテスは、この二人と会話をしたことは、ほぼない。で、あっても覚えていない(※どうでも良いと忘れる)。
『ホーミット。注意を言え。昨日、その水を探しに出たばかりだ。しかし、水は消えていた。夜にまた別の場所へ探しに行くだろう』
話の流れが速くなったので、メドロッドの炎に顔を向け、獅子は質問を交えて注意を伝える。この家族に、こんなやつがいたのかと脳裏に浮かぶが、これは遮断域。
『昨日。随分早いな。コルステインはタンクラッドのために取りに行ったのか。水が消えたとは、何かあったのか知らんが、まだ残りがある時点で、要注意だ。与える相手を気を付けろ。人間に与えると、何をするか分からない。一生付きまとう能力を生む。メーウィックがそうだったように』
『ふむ。ホーミット。知恵の獅子。メーウィックで、お前も思い出したのか』
メドロッドの探るような言い方に、獅子は答えない。
この前の晩、バニザットがタンクラッドに話したことを、コルステインが知っているかどうか。もしその後に、息子との会話について聞いていたら、俺が言わせなかったように捉えるだろう。俺だってその時は忘れていたんだ、と思うが、こいつら相手に、面倒な言い訳じみた会話はしたくない。
『注意。ホーミットの要注意は?人間に与えるなと言いに来たか』
『人間だけじゃないだろ。必要ないだろうが、馬車の連中に与える権利は、サブパメントゥにないはずだ。あれはグィードの海の水だ。持ち出したのは』
獅子の言葉を最後まで聞かず、メドロッドは遮る。その鋭さに、獅子は少し眉を寄せた。
『偶然だぞ。ホーミット。どこまで知っているのか。メーウィックに与えたのは、サブパメントゥから外すためだった。
今は、与える懸念か。水をどうするかは、コルステインに任せている。コルステイン、教えろ。ロゼールに使う気か』
『違う。タンクラッド。でも。ロゼール。良い。大丈夫』
コルステインの答えに、メドロッドが思わず『え(素)』小さな疑問が出したのを、獅子は聞き逃さなかった(※『ほら、そのつもりだよ』って)。
『コルステインは、タンクラッドとロゼールに、与えるつもりだったのか』
獅子の問いに、コルステインは『そう』と普通に答え、これには何となくメドロッドも黙る(※コルステインが考えていないと知る)。コルステインとしては、別に二人に与えても良い、と思っている様子。
『どう?何?水。二人。あげる。良い』
何がいけないんだとばかりに、コルステインに訊かれたメドロッド。側にいたマースは、この会話が面倒になって来たか、勝手に退席する(※自由)。
メドロッドは、ロゼールに水の壺を取らせることで、何か新しいことの準備・・・と、そう捉えていただけで、タンクラッドやロゼールに渡すとまでは、思っていなかった。
『コルステイン。ロゼールは、もしかしたら。メーウィックの魂かも知れないが。タンクラッドに使うのは待て』
『何?タンクラッド。ダメ。どう?変。違う』
『渡したタンクラッドが、誰に使うのかも分からないぞ。タンクラッドだけじゃないかも知れない』
コルステインに問うメドロッドの言葉が、少しずつ注意を帯びて来たことに、黙って聞いている獅子は、メドロッドに後は任せて様子を見ることにする。メドロッドは大丈夫そうなマトモさ(※大事な事)。
『おい。そういうことだ。壺を探して水を得たとしても、使うとなれば俺たちの範囲じゃない。メーウィックは使ったが、ロゼールもそれで良いとまで分からん。使う気なら、精霊にでも聞け』
獅子はそう言うと、揺れるメドロッドの青黒い炎に『俺は、忠告した』何が起きても、もう俺は知らん、と伝える。メドロッドは言い返さず、コルステインの炎は『何?』と相変わらず分からなさそうだった。
こうして獅子は用事を終えて・・・帰ろうかなと思いつつ。
時間がどれくらいか知れないにしても、気になったので、もう少しだけサブパメントゥを移動することにした。二人に背を向けて離れたが、二人は引き留めず、彼らも消えたので、獅子はそのまま走り始める。
闇の世界と飛ぶように走り、遠いかと判断して、一旦狭間空間へ入り込み、そこから見当を付けた場所へ降りる。サブパメントゥの広い国の中、近づけるものも僅かな場所へ出て、ヨーマイテスはそこを見つめる。
――壁が崩れたその場所。今回もまた、全ての用事が済んだら。ここは再び、壁で覆われるのだろうか。
ヨーマイテスの目の前に広がる光景は、崩れた壁と岩場と泥土がある、だだっ広い空間。ここに、海龍がいた。イーアンに呼ばれ、驚くほどの急展開で、あっさり出て行ってしまったが(※741話参照)。
「このどこかに。古代の海があった。グィードが守り続けた海が」
崩れた壁の中に足を踏み入れ、自分の体に、クローク付きのイーアンに触れた感覚が蘇るのを感じる。『グィードの皮(※1067話最後参照)』と話していた、あのクローク。サブパメントゥに唯一、害のない龍。
「バニザット(※過去の方)の話通りであれば。この更なる下に・・・そのどこかに、混沌として存在しているんだろうな」
ぬかるむ足元は、古代の海ではなく、サブパメントゥの上にある海の水の湿り気。グィードが守っていた海は、グィードが動き出した時に合わせて閉じられる。グィードがサブパメントゥに入ると、また現れると云う。
グィードがいる場合、この中に入れる者は、いない――
「とは、聞いているんだがな。それなら余計に。持ち出した水を飲んじまったら、それこそ誰の罰が下るか分かったもんじゃないな」
偶然、飲んだ場合は仕方ないだろうけれど、と呟き、獅子は少し進んだ場所から、今は何もない『そこ』を出ることにした。
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