1311. 別行動:苛立つ知恵
旅の仲間がロゼールを迎えた夜。その7~8時間前―― 魔方陣のある場所、その夕方まで時間を遡る。
朝一番で出かけたヨーマイテスを、送り出したシャンガマックは、夕方近くなっても帰ってこない父を、少し心配していた。魔法の練習は応用編を幾つも試しているけれど、それも相手がいないと確認出来ず。
腕にまとった緑の風を、一旦、魔法に乗せて解き放ち、自分の持つ別の属性の道具に合わせて、結果を変えると、シャンガマックはそれを今日の終わりにして、道具を魔法陣に置いた。
「どうしたんだろう。彼は俺の頭に話しかけられないから、こういう時は気になるな」
毎日一緒にいるから、何時間もいないと心配が・・・『心配?』自分で突っ込む、褐色の騎士。
「心配。じゃないな。寂しいんだ」
ぽつりと呟いた声。ヨーマイテスが聞いたら、何て言うだろう(※答:大喜び)。『俺がいなくても、ちゃんとしろ』と言われそうだな、と俯く(※絶対言わない)。
「俺も甘えているから。ヨーマイテスが、いつも気にしてくれることに慣れてしまった。いないと寂しい。ああ、いつ帰るんだろう。こんなに離れるなんて珍しい」
寂しいな、ともう一度呟いて、魔法陣に置いた道具を、寝床にしている洞窟の下あたりで一まとめにし、騎士は一人で温泉へ向かう。
歩いてもどうってことはない距離だけれど。毎日、ヨーマイテスと通る道。
久しぶりに家族感を全身で毎日受けていた、この日々のもたらしたものは、褐色の騎士の家族愛に、それに比例する寂しさを忍ばせる。
「うーん。支部とは全然違う。馬車の旅とも違う。俺が部族にいた時みたいな、安心だな。これ」
自分の心を、ちょっと距離を離して見ている時間。シャンガマックは家族と仲が良く、尊敬し、尊敬を受けて育った。それは騎士修道会に入ってから、全く違う形に変化する『人間付き合い』の日常に変わり、今また。ヨーマイテスを父と迎えたことで、昔の淡く温かな記憶の中に浸る。
「俺はヨーマイテスがいないと、つまらない。寂しいし、何だか心細い。一人に慣れた支部の生活が、あっさり消えたな」
着いた温泉で服を脱ぎ、熱い湯に入ってぼんやり空を見上げる。夕食を摂らずに来たから、まだ空は夕方の後半。いつもは一緒に、ここで入って、いろんな話をするのに。食欲もわかない。いないから、何だか寂しさに囚われて、徐々に沈みがちになる。
「早く帰ってくると良いな。どこにいるんだろう」
シャンガマックは、ちょっと子供っぽい自分の一言に笑い、頭を振って『しっかりしろ』と自分に言った。
*****
「まだか」
イライラしているヨーマイテスは、赤い布にケチをつける。彼のいる場所は、一つの遺跡。
「何で今日なんだ」
「じゃあ、いつが良いんだ」
ちっ、と舌打ちして、赤い布を腕に巻いたまま、裸の大男は、広い海のど真ん中に浮かぶ遺跡に立つ。
嫌になるくらい、時間が気になる。外はもう夜。夕方が来る頃に『いつまでいるんだ』と吐き捨てたら『何が大事だ』と逆に訊き返され、そこでも黙った(※答:息子)。
それからあっという間に2時間近く経つ。遺跡に天井はなく、広い床と壁が、海に浮かんだまま存在し、ヨーマイテスの足は、午前中からそこを行ったり来たりしていた。
「違う日にしろよ。いつまでかかるんだ」
「別に構わん。繰り返すだけだ、最初から」
「ちくしょう」
「お前の頭に花でも咲いたか。バニザット(※騎士)だな?」
「黙ってろ」
布は高笑いして『ここまで腑抜けだと滑稽』と容赦なく馬鹿にする。イライラが暴発しそうなヨーマイテス。俺はどうして、こんな嫌味でムカつく奴と、ずっと一緒にいたんだろう!とさえ思う(※ウン百年前のこと)。
バニザット(※カワイイ息子の方)が心配で仕方ない。
今日。まさか、この布相手に(※既に扱いが布)質問したらその流れで、一日拘束されるとまで思っていなかった自分にも、腹立たしくなる。
バニザット(※息子)は、昼は食べたのか。もうこの時間だから、夕食も食べないと(※義務)。風呂は?俺を待っているだろうか。それとも一人で寂しく入っているのか。
『一人寂しく』―― その言葉を浮かべた頭に、非常に抗いがたい『帰りたい』願望がメキメキと伸し上がる。
バニザット(※可愛い方)が寂しいなんて、あっちゃならないっ 俺が放ったらかして、捨てたみたいじゃないか!
あいつは優しいから、絶対『俺が何かしたのかな』と余計なことを思って、自分を責める。そんなの冗談じゃないっつーの(素)!
もう無理だ、と一言告げ、赤い布をぐっと握ると『戻る』ヨーマイテスは憎々し気に、それを伝える。
「良いだろう。次に来る時は一日仕事だ、覚えておけよ」
「何で一日かかるんだ」
「お前が歩いた道順の条件だ。お前も、読んだろうが」
唸るヨーマイテス。赤い布は少し待ったように黙り、それから『帰るなら帰れよ』と挑発。ヨーマイテス、肩で息をするほど戦慄きながら、この先に待つ戦利品のため、どうにか耐える。
終わったら―― 何が何でも、過去最速で帰ってやると誓い、ヨーマイテスは歯軋りをしながら、示される道順を睨みつけながら続けた。
一見すると、それは同じところを行き来しているだけなのだが。
ヨーマイテスのいる広い遺跡は、天井こそないものの、階段や廊下は多く、またそれらは、上下左右に展開し、逆さに続く階段を上がっても、真横に伝う廊下を歩いても、踏む場所が地面のように働く。
不思議なその遺跡の中、何度も同じ場所を移動しながら、歩数と地点を確認し、正確に繰り返し続けること、既に13時間。
倍はかからないが、この半分は繰り返さないと、目的地に辿り着かず――
ヨーマイテスはこの後。この異空間にも似た、海の上で、残りの6時間をムカつく相棒と過ごし、条件を果たしたようやく、飛び込むように別次元へ入って、一秒でも惜しむように宝を手に入れ、赤い布に説明をされるのを遮って『次だ!』と怒鳴ると、急いでそこを出て、影の中へ飛び降りた。
この時、シャンガマックが風呂に入ってから、実に8時間は経過してた頃で、一人で洞窟に上がるのも気後れした騎士は、魔法陣の上で横になって、父の帰りを待ちつつ眠っていた。
*****
急ぐに急いで、疲れ知らずのヨーマイテスが、魔法陣に辿り着いた時間は夜中の3時。
魔法陣の上の洞窟に上がった時、息子がいなくてビックリし、大慌てで名前を呼ぶと、下から息子の気配が返る(※慌てなかったら気が付いている)。即、洞窟の入り口から外を見渡し、月明かりの下に眠る息子を見て、愕然とし(※冷える!って)駆け出して息子を抱き上げた(※この間3秒)。
「ヨーマイテス!」
「おお、バニザット。俺を待って、こんなところで」
「お帰り」
ホッとしたように笑った、寝ぼけ眼のシャンガマックは抱え上げられた父の首に両腕を回して、ぎゅーっと抱き締めた。ヨーマイテスも抱き締め返し『苦しい!』と笑われ、緩める。
「食事は?食べたか。風呂はどうし」
「そんなの良いんだ。良かった、帰って来てくれて!」
体を起こして顔を見ようとする大男を遮って、褐色の騎士は再び抱き付き、しっかりと父の首を抱いて『俺はヨーマイテスがいないと寂しくて』と耳元で笑う。その言葉に、胸がぎゅうぎゅう締め付けられるヨーマイテス。愛ってこんなに良いものか!と、目を閉じて浸る(※父何百年の歴史初)。
「お前が心配で」
「俺も心配だった。だけどそれは、心配じゃなくて、寂しいって気持ちだった」
「バニザット~・・・お前ってやつは(※父崩壊)」
抱き合う父子は、お互いの愛情に喜び合って、一頻り抱き合った後に、ようやっと顔を見合わせる。
月の光に照らされる、金属質の肌が輝くヨーマイテス。漆黒の瞳に月光を宿す、正直な笑顔のシャンガマック。
「お前がいない時間は嫌だ」
「俺もだよ。一緒が良いね」
ヨーマイテスは目を閉じて、息子の顔を引き寄せると、額をすり合わせて『お前のための宝を取って来た』と静かに教える。額を付けたまま、シャンガマックが父を見ると、彼の碧の瞳が光を撥ねた。
「お前のため。俺のため。耐えるしかなかった(←離れる一日に)」
「また危険な目に?」
違うよと笑い、ヨーマイテスは額を付けた息子に微笑むと、腹の鳴った息子にちょっと笑って『何か食べろ』と言った。シャンガマックも笑うが『朝で良い』と断る。
風呂は入ったか、入ったよ、その会話も終えて、ヨーマイテスは息子をしっかり抱き締めると、魔法陣に置かれた息子の道具を、もう片腕に抱え、洞窟へ跳び上がった。
洞窟の中にベッド(←箱)を出すと、荷物を側において、ベッドに息子を下ろし、その頭を大切そうに撫でて顔を見つめた。
「朝。早いぞ。お前が食べていないと分かる。これから夜明けまでは短いが、眠れ。朝が来る前に、食べ物を用意する」
「俺のことなんか良いんだ。一緒に寝よう」
ひたすら嬉しいヨーマイテスは、いつもにないほどの笑顔(※太陽のような、ともいう)で息子の言葉に頷いて、ベッドに横になり、息子が大好きな『手足・耳・尻尾、だけ獅子』にしてやった。
笑うシャンガマックがお礼を言って、父のフカフカの耳を撫でながら『父さん。愛してるよ』と伝え、すとんと眠りに落ちる。
初めて。『父さん』と呼ばれたヨーマイテス。きょとんとしたまま、暫く動かず、噛み締めるように目を閉じて、静かな温もりが寄せる波を感じる。
ヨーマイテスは獅子に変わり、ぎゅうっと息子を抱え込むと、鬣に腕を伸ばして潜り込む、息子のいつもの動作に少し笑い『息子よ。俺もお前を愛しているぞ』と呟いて答えた。
ヨーマイテスが、一日近く費やして、手に入れたもの。
それは、過去のメーウィックの『特殊な』動きを可能にしていた話。
そして、大切なバニザットと頭の中でやり取りすることが出来る、もう一つの宝の存在。
前者は、旅の仲間のタンクラッドが訊ねたことから、息子にも関係していると考えて探った。息子に確認する必要があるが、それは今、どうでも良かった。明日、ゆっくり話せば良い。
後者は、バニザットがこの前、手に入れた指輪。その対。二つを異なる者が持てば、相互の意識を言葉がなくても行き来する。
指輪の使い方を確認したら、その話を聞き、ヨーマイテスはどうしてもそれが欲しかった。
ぐうっと体を丸めて、息子を包み込む。
「お前と俺の距離が、どんどん消えてゆく」
嬉しそうに囁く獅子は、息子の腕と首にぴったり沿う、僅かな夜の明かりでも輝く精霊の加護を見つめ、『どんな力も、俺たちの邪魔はさせない』と伝えた。
お読み頂き有難うございます。




