131. 一緒に工房時間
その夜。10時くらいまでイーアンは工房にいた。
泣き止んで落ち着いたドルドレンに『待っててね』と側に座ってもらって、『私のすることを見ているのも楽しいかもしれない』と説明しながら始めた。
――遠征の待機の時間。ハルテッドが教えてくれたドルドレンの年齢。ドルドレンは36歳だった。ハルテッドは34歳。彼の兄がドルドレンと同い年。
10年はいかないけど、自分とそんなに離れていたんだ、と驚いた。40代、とは言っておいた。でも自分は40も半ばにかかる頃。ドルドレンは年下だろう、と思っていたが、かなりの年齢差だった。
だからかな、とイーアンは横に座るドルドレンを見た。時々、少しだけドルドレンが弱気になって、子供みたいに泣くのは。
誰よりも強く、誰よりも真っ先に戦う男。普段もしっかりしていて、部下も配慮する、そんな彼が『総長ドルドレン・ダヴァート』として映っているけれど。きっと本人もそう意識しているんだろうけれど。
これまでは誰にもそうした面を見せることなく、一人頑張ってきたんだろうか。泣きたい時に泣けない、それはとても辛い事に思えた。
さっきのドルドレンを見たら、もう一人で工房に籠もろうとは言えなかった。一緒にいることで、彼の我慢、彼の一人きりの耐える時間を失くせているなら、負担をかけるかもしれないけれど出来るだけ一緒にいてもらおう、と決めた。
今。ドルドレンは横に座って大人しく、イーアンのする作業を眺めている。
「イーアンは今、何をしている?」
「はい。ここに穴を開けるでしょ。この穴は・・・紙に図案を描いているのですが、これを見ましょう。
この絵のここの部分。穴を開けてから、歯をね。入れようと思うので、まずは穴を開けるため前段階で、均一にする線を引くのです」
「ただ、穴を打つのではないのか」
「それでも良いのですが、いくらか計算して穴の間隔を取ると、威力が増すでしょう?それとこの板自体は縫い付けるか、何かで嵌め込むなどの固定を施します。そうすると、少し縁を残さないといけません」
「それで線を引いていたのか」
「そうです。線を引いてからの方が、残す部分にうっかり穴を開けないから」
いろいろ考えて作るんだな、とドルドレンは納得していた。フフ、とイーアンが笑う。『ちょっと地味な作業が続くのですけど、これが大事なのです』と教えた。
「これは板に歯を埋めて・・・絵だと手袋になるのか」
「そうです。良い効果が得られて、もっとたくさんの歯を集められたら、盾などにも使えるかなと思っています。とりあえず小さいもので試してみよう、と」
「イーアン。この板は湾曲している。歯を埋め込むとなると、隙間が出来るだろう。手袋地と距離がある」
「良いところに気がつきました。普通はこの隙間を埋めるため、板を腕の形に沿わせるでしょう。もしくは充填剤を入れて緩衝します。
でもこの板はね。普通じゃないでしょう?だからこの場合は、手袋地に直にこれを置かず、間に金属板を置いて手を保護し、手袋地の革への摩擦を少なくします。金属とこの板との空間を『緩衝』として使います。
フォラヴが盾を割った手袋で立証済みの硬さですから、これは作ってみて想像以上かもしれませんよ」
「そうなのか。手袋にこんなのが付いていたら、手に盾があるみたいだ」
「防御の幅が狭いですが、盾を持てない場合は少しでも心強いでしょう」
「イーアンはいつもこうしたことを考えているのか。ダビもか?」
「ダビも考えてくれます。こっちの資料はダビが考案した試作予定の資料です。彼は武器専門の状態なので、私の視点とはまた異なっています。私は防具と道具に集中しています」
ドルドレンは、イーアンが持っている手袋の防具を見つめた。何か考えている様子だった。
「今日の魔物から取ったものは何に使おうと思っている?決まっているのか?」
「頭から取り出したのは、明日実験しないと分かりませんが、毒矢のように使えると良いと思います。
翼の方は、一目見た時に武器に使えるのではないか、と思い、持って来ました」
イーアンは夕食前に描いた、今日の魔物の絵と説明書きの紙をドルドレンに見せる。そして、袋に入れて壁に立てかけてある翼を一つ机に乗せた。
「さっき描いた絵なのですが、これをね。こういう具合に置いて」
ダビ棚の下に入れてあるデナハ・バスの魔物の角を1本取り出し、机の翼に添えた。
「こんな具合で二つを合わせて、飛び道具にしたいのです」
二つの材料を合わせる時は金属を使おうと考えているが、溶接ではなくて、これ用に部品を作って双方をはめて押さえ込むつもりだ、と手振りで説明した。
「それとね。これもなの。また使う材料は違いますけれど」
一枚の絵を見せた。それはドルドレンの剣だった。
『これはイオライセオダで相談するつもりです。私の案では』とドルドレンに絵を指差しながら、自分が考えている作りを教える。ドルドレンは何度か、指差しながら説明するイーアンの横顔を見つめた。
ちょっと腰を浮かせて、ドルドレンはイーアンの髪を指でずらし、その頬にそっとキスをした。
唐突で少し驚いたイーアンがドルドレンを見ると、灰色の瞳を嬉しそうに細めている。
「俺のイーアン。俺の剣を作ってくれるのか」
イーアンもニコッと笑って『そうです。早く作りたい』と希望を伝えた。やりたいことも、しなければいけないことも山積みだけれど、イオライセオダでドルドレンの剣が出来上がるのが、今は一番楽しみだ、と。
「ドルドレンの剣は、試作が問題なく使える時点で、それを渡そうと思います」
他に作る剣はドルドレンの仕様ではない形にして、絵に描いた剣はドルドレンだけの剣にしたい、とイーアンは気持ちを話した。
「イーアン」
ドルドレンはイーアンを引き寄せて『抱き締めても良い?』と訊く。イーアンはすぐ、ドルドレンの体を抱き締め『もう遅いから、今日は寝ましょうか』と見上げた。
「うん」
ドルドレンはイーアンにキスをして、暖炉を消すから、と火を消してくれた。蝋燭を消し、工房に鍵をかける。ドルドレンはイーアンを抱き上げて『このまま部屋へ行きたい』と微笑んだ。
「見られたら困らないですか」
イーアンが笑うと『いいんだ。俺が強引だと全員理解している』とドルドレンは開き直って笑った。
「階段は、これでは重いでしょう」
「イーアンが重い、と感じた事は一度も無い」
ドルドレンは答えながら歩き出した。イーアンも根競べする気にならず、大人しく笑いながら抱き上げられていることにした。
「言い訳を考えました」
「どんな」
「私があなたにこうして運んで欲しいとねだった、と」
ドルドレンはイーアンにキスした。『いつでもその言い訳でいてくれ』と頬ずりした。
二人が笑っているので、抱えて歩いている姿を見た何人かの騎士は、遊んでいるくらいにしか思わなかった。イーアンが笑っていると、ただ本当に楽しんでいるように見える。
部屋へ戻って、扉に鍵をかけて、蝋燭を消して。
「あんまり毎日はしませんよ」
と軽く釘刺されてから、二人はベッドに入った。『しないの?』ドルドレンはちょっと訊いたが、イーアンは『毎日はね』と笑って眠ってしまった。
何で毎日はしないのだろう、と思いつつ。明日なら良いのかな、とドルドレンは考えて、今日は自分も眠ることにした。
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