1309. メーウィックの宝 ~その壺の中身
向うに山脈の連なりを臨む、この場所。森林の中にポツンとある遺跡。
――今夏、最初の方でロゼールが訪れた場所(※1245話参照)。
遠出をしたからと、支部に戻って地図で調べてみれば、現在はハイザンジェルだが、昔はアイエラダハッドの国の一部だった。
森と山しかないから、人っ子一人、道一つ見えはしない。そんな場所にどうして遺跡があるのだろう?と興味津々で少しだけ入った。一人だったし、遠目からでも分かるくらいに、しっかりとした彫刻が残っていたから、それを見ただけで満足したロゼールは、特に奥へ入ることもなく戻った。
そこへまさか。コルステインたちと一緒に来るとは――
『っていうか。ここ、関係あったんですね』
『メーウィックに?そうだ。メーウィックはたくさん知る。世界を動いた』
ロゼールの質問に、四本の腕のマースが答える。世界を動くメーウィック・・・彼の職業って何だったんだろう?僧侶だったような話だが、彼の行動は謎が多い気がする。
思っていることは丸聞こえだが、皆もあんまり関心がないことには答えない(※メーウィックの仕事とか)。聞かれたら答えるくらいで、気にしていない部分に関して、彼らは無言だった。
大きな5人の歩く中に、ロゼールは手を繋がれて一緒に進むが、身長差がある為、少し速足。思っていたよりも神殿は広く、奥に見えていた祭壇は、意外に遠かったと知った。
青黒い火の玉がやんわりと照らす、石の壁と床に囲まれ、ロゼールは少し崩れた場所などを見上げ、いつ造られたのかな、とか、誰が造ったんだろう、とか、疑問をたくさん持った。
考えながら祭壇のある場所まで来て、祭壇を挟んで向かい合う壁に、立体的な龍の彫刻を見る。
『これ。イーアンみたいです。あっちに見える女の人、あの人なんてそっくりですよ』
ロゼールは手を繋いでくれているリリューに教えると、リリューは言われた方に顔を向け『イーアン』繰り返してから、そうだっけ?とコルステインに確認。
コルステインはカクッと首を傾げ『イーアン?そう?』分からなさそう。サブパメントゥの感覚だと、あまり似ている気がしないのか。ロゼールには、そっくりに見えるのだが。
でも、龍の彫刻を見て、コルステインは『イーアン。似る。昔。龍。同じ』と微笑む。
ロゼールにその意味は分からなかったが、コルステインよりも長生きは、この5人の中におらず、また、コルステインの親は、『昔。龍。知る。する』とのことで、どうやらとっても古い時代に生きていたらしかった。
『こっちだ。来い』
ゴールスメィが、立ち話で足を止めた3人に声をかけ、彼が呼んだ方面には大きな彫刻があった。こっちと言われたが、彫刻は壁を浮き彫りにしたものだし、裏も何もない。
『これはどうするんですか』
『動く。部屋に入る』
質問する騎士に、ゴールスメィは彫刻の一部にある、崩れた線を示す。『お前が動かす。やれ』当然のように、うん、と頷かれ、騎士は戸惑う。
『わ。分からないんですけど。この前みたいな仕掛けもなさそうだし(※1226話参照)』
『よく見る?見える?』
急に『やれ』と、ちょっと笑っているような顔で言われたロゼールは、全く見当も付かないので戸惑ったが、リリューが屈みこんで顔を寄せ、心配してくれる。見えないのでは、と気にしたのか、青い火の玉を摘まんで(←火の玉なのに)ちょいと彫刻の線に寄せる。
『凄いことしますね。これ、摘まめるんですか?』
『大丈夫(?)。ロゼール、見える?』
さらっと流されたので、とりあえず『見えます』と答えて、ロゼールは、小さい青い火の玉を気にしながら(※自分も触れるのかとか)寄せられた箇所に走る、崩れかけの線を観察した。
よく見ても触っても、何も分からないロゼール。でも、ここをどうにかしたのが『メーウィック』なら。彼も人間だったのだ――
自分とそっくりであることはお墨付きの事実。背が高いわけでもないし、別の能力があったわけでもない彼が、ここで何をしたのか・・・ロゼールに分かることは、自分でもきっと同じ条件、ということだけ。
『多分。何かあるんだ。彼は、魔法も何も知らないんだもの』
と思いたいよね・・・苦笑いで呟きつつ、指でなぞり、崩れた場所を隈なく見つめ、後ろで静かに見守り続ける大きな5人に緊張しつつ、ロゼールは見つけた。
『これ?これかな。そうだよな、ここだけなんか違う気がする』
『ある?どれそう?』
リリューも嬉しそうに、さっと寄って、お顔を目一杯横付け(※ロゼ大好き)。近過ぎて笑うロゼールは、笑顔のリリューに、自分が見つけたところを指で教えて『これです』と教えた。
『なんだか、ここだけ。違う石なんですよ。色が違うって言うより、質が違うんだと思うけれ』
『ど』と、続けようとしたところで、ぐっと押した彫刻の一部が奥へ引っ込む。うわ、と声を上げたロゼールは、目を丸くして『すごい、上手く行った!』と感動。
『開くな。ちょっと待ってろ』
メドロッドが前に出て、黒い隙間に太い指を一本引っ掛けると、上下左右に力を入れてみてから、ぐっと手の平で押した。動く方向の確認だったようで、壁の一部が一度奥へ沈んでから、そのまま左に流れる。壁が退いた場所は通路が続いていて、青い火の玉は揺れながら先へ進む。
『うわ~ 凝った造りだなぁ・・・誰がこんなの造ったんだろう』
メドロッドだから、一本指で引っ掛けてちょちょい、と済んだが。自分だったら、拳を入れて思いっきり動かす場面だったな、とロゼールは驚く。
驚くロゼールの手を繋ぎ、リリューはニッコリ笑うと『ここ。宝あるの』と教えてくれた。
どこにあるとか、それも感じている範囲らしく、ロゼールは一々驚きながら、サブパメントゥ最強の5人のお供と共に進む(※一番脆弱な騎士)。
湿った空気かと思えば。山脈と冷え込む気候のためか、中はカラカラ。
誰も入ったことはなさそうな印象の、真っ暗な通路は、青い炎が無ければ、ランタンでも暗く感じる気がした。
通路は広く、サブパメントゥたちが歩いていても、まだ天井が高い。左右の壁も、通路の広さを確保してあるため、一定の幅で奥へ続く。
途中に部屋や別の通路がなく、壁には剥離した表面から窺える、何かの絵物語もずっと彫られていた。
大きな彫刻群だけに、剥離が勿体なく思う。積んだ石を彫った様子だが、あまりにも古いのか、通路自体はしっかりしているけれど、石の表面は彫刻の細かさを留めてはおらず、幾つも切り込みの入った箇所が崩れて落ちていた。
『シャンガマックが好きそうだ』
教えてあげられたら良いな、と、遺跡好きの友達の顔を思い浮かべる。ゴールスメィがその言葉の映像を観たようで、後ろを歩きながら『お前の仲間か』と訊ねた。
『はい。俺の友達なんです。あの、ホーミットって言う、サブパメントゥのお父さんがいて(※変)』
『ホーミット。ホーミット?』
ゴールスメィが繰り返し、少なからず意外だったような表情で、コルステインを見る。横を歩くコルステインは『そう。ホーミット。いる』バニザットと仲良しだと教えてやる。
『人間が相手だろう。親じゃない。ホーミットは』
『違う。でも。一緒。好き。良い。大丈夫』
小さいこと気にするな、とばかり、コルステインは横槍を入れるメドロッドに返す(※心広い)。それを聞いたリリュー。ハッと思いついたように、手を繋いでいる騎士の腕を持ち上げ、顔を見下ろす。
『リリュー。ロゼール。一緒にいたい。家族は?出来る?』
『ダメ』
思いついたこと。リリューは『自分も彼と、家族になれば良いんだ』と提案したら、ざくっとコルステインに切られた。
ロゼール、笑うに笑えない。余地もなく切り捨てられたリリューが、少し可哀相ではあるけれど、でも確かに家族化されても、なんかいろいろ困りそうだしと思うと(※しょっちゅう来そう)何も言えない。
無表情に叩き切ったコルステインに、リリューは睨む。コルステインは、彼女の不満丸出しの顔を見つめ、歩きながら、リリューの顔に顔を寄せ、じっと大きな青い目で見つめると、リリューは目を逸らした(※負け)。
うん、と頷くコルステイン(※親)。いつでも自分が権限を持つことを、力の差で思い知らす(※自然界の掟①)。
そんなやり取りを横目に、コルステインって一番強いんだなぁと思っていると、コルステインはロゼールを見てニコッとした(※肯定)。後ろの三人も、このやり取りには何も言わなかった。
こんな感じで、ほのぼの(?)夜の遺跡の中を歩いていると、何度か曲がり角を通った後、ようやく大きな部屋へ出た。
「あ。ここ・・・まずいんじゃないですか」
呟くロゼールの見たものは、通路よりも損壊が激しい状態の室内。広いけれど、そこかしこ、壁も崩れて天井に当たる部分から土が流れ込み、木の根もあちこち垂れ下がっている。
天井が幾らも崩れているので、床には穴が開き、土塊の山もある。奥に見える小さな通路の向こうは分からないが、そこへ行くまでの室内の状態は、お世辞にも通りやすいとは言えないものだった。
『何?ロゼール。何。言う。する』
『あ、そうか。あの。ここに宝があっても、これだけ崩れていると壊れているかも、って』
コルステインが、ロゼールが何を気にしたのかを訊き、騎士は宝がどのような形か知らないにしても、埋もれているか、壊れているか、していそうであることを話した。
『奥だ。この奥へ』
マースがロゼールに答え、奥にある小さな通路に顔を向ける。青い火の玉もそちらへ向かうので、宝はこの部屋ではないと分かり、部屋を通過する。
ロゼールが歩き難そうなので、リリューは抱え上げて腕に乗せる。お礼を言って、垂れている木の根を払うロゼール。そこで気が付く。
――新しい・・・・・ 木の根は乾燥して、間もない。何百年どころか、何年も経っていない。
ふと、手に着いた土を指で擦る。まだ塊の中に湿度がある。え?と思って崩れた場所をよく見ると、壊れた石の割れ口の色は、時間が経過していないと見える。
『いつだ?最近なのかな』
魔物騒動で、ここも壊れたのか。でも、何年も前って感じもしないぞ、とロゼールは妙な感じに眉を寄せる。ロゼールの意識の動きに、リリューは気になる。
『どうしたの。困る?』
『いえ。あの、ここ。こんな風に壊れたのは、最近みたいに感じて』
うん、と頭を上下に揺らしたリリュー。とは言え、何かを知っている様子でもない。彼らはここが壊れたことは気にしていなさそう。ロゼールは、自分だけの感覚として、とりあえず覚えておくことにした。
それから、広い部屋を通り抜け、小さい通路の前に立った5人は、誰も相違ないようで、リリューは腕からロゼールを下ろす。
『中に宝、ある。見て』
はい、と答え、火の玉と一緒にロゼールは小さな通路へ進む。自分でも背がギリギリくらいの天井。とは言え、そこはほんの3m程度で終わり、通路の終わりの壁の手前には、石の机が置いてあった。
石の机の中央は、円形に沈む段差を彫られていて、そこに壺が。思うに、この壺が『宝』なのだとロゼールは見つめた。
古代の。想像もつかないくらい古い時代の。見たこともない絵や、模様。ロゼールの両手で包んで、少し大きいくらいの、壺がそこにあった。
若い騎士はそっと壺に触り、蓋があったであろう壺の内側を、指でなぞった。よく、厨房で漬物瓶を洗った後みたいに、中に汚れがないかどうか、確認するつもりで。
『汚れ』なんかはなかったけれど。
明らかに、この中に水が入っていたと分かる。それも、塩水が。
ロゼールはため息をついて、通路の外で待っている皆の所へ戻り、教えた。
『壺があったけれど、割れています。上から瓦礫が落ちたんです』
お読み頂き有難うございます。




