1307. 男龍の『聖獣扱い説明』・男龍と龍気の種類
急に来たルガルバンダに、いきなり連れ去られたイーアンは、離れた場所から、魔物退治が終わるところまで見届けていた。
アオファの頭の上にいる男龍と女龍は、下で繰り広げられた様子を眺め、ああだこうだと話をしていたので、イーアンはある程度の理解は得られた。
「あれ。終わりましたでしょう」
「終わったな。魔物の気配はない」
「この後はどうなるのですか?あの仔、オーリンとガルホブラフは平気みたいですが」
「戻るだろ。精霊が貸し出しているような具合だし」
精霊が貸し出し・・・イーアンはちょっと笑う。図書館の本みたいな響きだが、ルガルバンダの話だと、本当にそうした理由らしくて、何とも不思議な気がするばかり。
笑っている女龍の顔を見て、ルガルバンダは『可笑しいか?』と訊く。イーアンが見上げる彼も、ちょっと笑っているので『そう思いませんか』と訊き返す。
「女龍や男龍は、無理があるだろうが。龍の民くらいなら、あの聖獣は問題ないとしたことからだ。まぁな、変な気もしないでもないが、精霊としても何かしら援助しているつもりなんだろう」
龍も平気なんですね、とイーアンが首を捻ると、ルガルバンダは髪をかき上げて角に引っ掛け『アオファは無理だろ』と答えた。
「だから離れたんだ。俺たちがいたら、あいつも来なかったと思う」
「ガルホブラフは、小さいから?でしょうか」
「そういうわけでもない。ミンティン、アオファ、グィードは特別なんだ。龍の中でもこの3頭だけは、宿る力も、他の龍と違う。俺たち同等か、それを越える場合もある」
そうなんだと納得するイーアン。ルガルバンダは、見上げるイーアンを見つめ、くすっと笑う。
「何ですか」
「お前を連れ去るのは二度目だな。今回は俺も無事」
「やめて下さいよ!もう終わったことでしょう」
言いかける男龍を急いで遮って、苦笑いするイーアン。顔を手で覆って、笑いながら『最初は分からなかったのですよ』ああなりますよ、と言い訳する。
ルガルバンダも笑って、女龍の頭を撫で『そうだな。そう、そう』と流しながら頷く。
そんな冗談を言い合う龍族は、下で聖獣が、体の向きを変えて戻って行く姿に気が付き、もう行っても良いだろうと、自分たちもオーリンたちの側へ動いた。
イーアンたちが戻る1~2分前。バイラは切れなくなった剣を、鞘から出して見た。
この時、オーリンは聖獣に礼を言い、聖獣が表情に満足そうな色を浮かべた(※嘴だけど笑っているみたいに見える)ので、少し冗談など伝え、聖獣が帰る間際。
バイラも聖獣をちらちら見ながら、ふと、切れなくなった剣を勿体なく思い、そっと鞘から出した次第。そして、変化に気づき、じっと見つめる。剣は輝いている・・・・・
「じゃあな。もう今日は良いよ。また呼ぶかもね」
オーリンが聖獣に挨拶の声をかけると、聖獣は喉の奥を鳴らす音を立てて、ガルホブラフに顔を向け(※聖獣なりに挨拶⇒龍は無視)それから、翼を広げて戻って行った。
「助かったな」
ハハッと笑った龍の民は、背中のバイラを振り返ってそう言う。バイラはさっと目を上げて『そうですね』と慌てて返事をした。
何かに気を取られていたらしい彼に、どうしたのか、と思ったオーリンは目を合わせて黙る。バイラは剣をちらっと見て説明。
「あの。剣が」
「おお、そうだよな。剣、勿体ないことしたな」
バイラが柄を持っていたので、ハッとしたオーリンも同情して、『タンクラッドに見せよう』とすぐに提案したが、バイラは『そうではなくて』これ見て下さい、と遮った。
「輝きが戻っているんです。さっきは曇り空のようだったのに」
「どれ?本当だ、色がきれいに。何でだ?また、切れるのかな」
少し鞘から出した剣身を見て、二人は理由が分からず、お互いの顔を見て首を捻る。
そこへ、多頭龍と男龍と女龍のセットが戻って来た。顔を向けたバイラは剣を仕舞い、『おかえりなさい』と挨拶。オーリンも笑って手をあげる。
男龍と多頭龍は、近くまで来ないうちに止まり、ぴょろろ~と進み続けるイーアンのクロークを、引っ張って止めた(※イーアン、がくっと仰け反る)。
「ちょっと離れておこう。お前、お前は誰だ」
ルガルバンダは、精霊の気配に気を遣って、手前で距離を取った様子。
龍の背に乗る人間に、『人間から、精霊力?』と小さく呟く。イーアンはちょっと目が据わっていたが(※首締まった)うむ、と頷いて答える。
「彼はバイラです。ルガルバンダ、見たことありませんでしたっけ」
「気にしてない。まぁ、良いだろう。ふむ。バイラ、お前のそれ。剣だな。剣が精霊の力を・・・それ、気を付けろよ」
「え。こんにちは(※挨拶大事)。け。剣ですか?」
返事が可笑しいバイラに、イーアンとオーリンは笑う。急に男龍に名前を呼ばれて、話を振られたバイラの緊張は一瞬で高まり、カチカチに固まる。
男龍もちょっと笑って『そんなに怖がるなよ』と呟くと、イーアンを見て、人間の腰に下がる剣を指差した。
「イーアンが近いと、壊れるかもな。気を付けてやると良い」
「あらやだ。私ですか。んまー。有害な私」
「有害なわけはないだろう。冗談でも、女龍なのにそんなことを言うな」
ルガルバンダが眉を寄せて注意し、イーアンは『ちょっとふざけただけなのに』と黙って頷く(※おじいちゃんだともっと怒られる)。オーリンとバイラはそれを聞き、鞘に入る剣に視線を落とす。
「そういうことだったか。じゃ、今もマズいのかな」
「どうなのでしょうね。イーアンが一緒でも、最初は問題なかったのに」
龍の背で、今し方話していたことの理解が進んだ二人は、それをルガルバンダに伝える。男龍は少し考えた後、話せることだけこの場で教えてやることにした。
「俺が来た理由が先だな。オーリン。聖獣は、アンガコックチャックからの援助だと思え。これを伝えに来た。
イーアンも俺たちも、この旅に関わっているのは、精霊も知っている。
それでもアンガコックチャックとしては、世界のために『自分の領域の力』を差し出した。あの聖獣は借り物として扱えよ」
「借り物。俺に?俺に貸してくれたの?」
「だろうな。お前が会いに行ったから。イーアンや俺たちのような龍気の強さじゃ、聖獣も居心地が悪いから、同時に同じ場にいるのは難しいだろうが」
男龍の言葉に、オーリンは戸惑う。会いに行ったけれど、特に何をしてもらう気もない。強いのは認めるが、聖獣に頼らなくても龍がいれば、と思う。
「何で貸してくれたんだ。別に必要ないのに。援助とは言うけれど」
「お前はたった今。聖獣に倒してもらっただろう。バイラ。お前の剣は無事か?龍で入れない部分は、あいつ向きだ。それを覚えておけ」
え?と訊き返した龍の民に、男龍はフンと鼻で笑うと『ここまでだ。ガルホブラフを休ませろ』と話を変え、イーアンには『またな』の笑顔を向けた後、アオファと一緒に、さっさと上がってしまった。
あっさりと帰るのは、男龍にはいつものことだけれど。もう少し教えてほしかったオーリン。
イーアンをちらっと見ると、イーアンは少し笑って『とりあえず戻ろう』と馬車のある方を見る。灰化して消えうせた魔物に、回収するものも何もないので、3人は一先ず、馬車へ帰ることにした。
バイラは帰り道の短い間で、あの聖獣が来てくれたから、剣が戻ったのかも知れない、と思った。それはイーアンも同じで、『剣は無事か?』と訊いたルガルバンダの言葉から、精霊には精霊の回復があるのだろう、と気が付いた。
*****
イヌァエル・テレンに戻ったルガルバンダは、子供部屋へ向かい、自分の子供たちを相手に遊ぶ。皆、もうそこそこ大きくなったので、大きなお父さんでも、一度に集まられると対処が難しい(※ルガルバンダの子供44頭)。順番に相手をしながら、どんどん業務的に回す。
「双子も多いからなぁ。お前とお前なんか、どっちがどっちか分からないよ」
自分の腕に上る、同じ動きの龍を、二つ見比べて笑う男龍。子供も笑って(※本人たちも分かってない)大好きなお父さんの腕に、よじ登っては下りるのを繰り返す。
ルガルバンダが遊んでいると、2階からジェーナイがパタパタ飛んで来て、ルガルバンダにニコーっと笑う。笑い返した男龍が腕を伸ばすと(※沢山ぶら下がってる)ジェーナイは彼の腕に下りた。
「良いな、お前は。もう飛べるんだもんな。小さい可愛い翼だが、ファドゥの子だからか。飛んでも安定しているな」
「ファドゥ、上」
「うん。そうか。話も出来るようになってきたな。早くお前みたいに、こいつらも変われると良いが」
「名前、ある?名前、何?」
「こいつらか?ないよ、まだ。形が変わったらな、イーアンが名前をくれる」
「イーアン、どこ?」
小さいのに、自分の聞きたいことはちゃんと言えるジェーナイに、ルガルバンダも可愛くて笑い、『頭良いなぁ』と頬にキスをしてやる(※顔埋まる)。ぶはーっと息をしたジェーナイに、後ろから来たファドゥが笑って抱き上げた。
「顔が。こんな小さいと、口付けで息が出来ないよ」
笑って注意されたルガルバンダも『そうか』と笑い、横に座ったファドゥに『他の子は?』変化のありそうなのは、いるかどうかを訊ねる。銀色の男龍は笑顔のまま、首を振って『まだだね』2階をちらと見上げ、もう少しかもしれないことを教えた。
「シムの子もちょっとずつ、変化が見えているけれど。まだ光ったりしないから」
「俺の子供たちもだ。イーアンが来ないからかな」
どうだろうね、とファドゥも首を傾げ『あまり関係ないような』と答えた。ルガルバンダは彼の言葉に、何か気づいたような気がして、じっと見つめる。ファドゥは少し考える。
「私が何かを知っていると思ってる?」
「そんな素振りだぞ」
そうじゃないよと答え、ファドゥはルガルバンダの子供たちとも遊ぶ。『イーアンはほら、ちょっと変わっているから』彼女の龍気がね・・・言いかけて止まる。
「言ってみろ。思うだけのことでも」
「ルガルバンダ、イーアンの龍気は強いけれど。龍気の相性なんてあるだろうか?」
「何だって?龍気に相性。何を言っているんだ」
ジェーナイを肩に乗せ、ルガルバンダの大きな子供たちを抱っこしながら『イーアンの龍気は、サブパメントゥ寄りと、ビルガメスが話していた』それが気になると、ファドゥは続ける。ルガルバンダも黙って聞く。
「もしだよ。サプパメントゥ寄り・・・とは行かなくても。グィードのような龍に近い、そうした龍気を持った子供たちがいるとして、そうしたら、『イーアンの龍気』に早く反応したり、強く受け取ることもあるのかと」
「ふむ・・・面白いな。そんな雰囲気、感じたのか?ジェーナイも?ミューチェズも、ってことか?」
「そうではない。だけど、私の子供たちも。今のところ、人の姿に変わったのはジェーナイだけなんだ。不思議だろう?」
ファドゥの問いかけは、言われてみれば同感で、それはルガルバンダも何度か思ったことがあった。ファドゥは、父親のルガルバンダに、龍そのものの話もする。
「龍もそうだろう?シャンガマックにあてがった龍、ジョハイン。シャンガマックに、強力な精霊の加護が付いてからも、彼は全く問題ない。シャンガマックは戦う時、精霊の力を使うのに。
ジョハインは精霊の要素が強い龍だけど、龍に変わりはない。私はそうしたことが、子供たちにも影響しているような気がして」
「お前の意見は尤もだな。男龍がこれだけ一度に生まれることは、これまでなかった。始祖の龍以来の出来事だから、俺でも『男龍の誕生』に何が起きているのか、知らないことが多い」
表は夕方の色に染まる。イヌァエル・テレンの美しい空が、柔らかな残光に染まり、部屋の中も少しずつ龍たちの白い光が目立ち始める中、ルガルバンダとファドゥの親子は、『龍気の種類と影響』について話を続け、近いうちに、ビルガメスに話してみようと決めた。
「彼も、男龍が早く増える方が良いだろう。寿命もあるし」
「ビルガメスは最近、妙に若々しくなった気がするよ!心配なさそうだ」
早死にするみたいな表現のルガルバンダに、ファドゥは笑い出して、『そんなこと言わないで』と注意した。『イーアンが来たから、寿命も延びたのかも』と二人で笑い合い、この日はこのまま、数頭の子供を連れて、二人は子供部屋を出た。
同じ頃。おじいちゃんは自宅でミューチェズを遊びながら、何となく『俺は若返った気がする』とか呟いていた(※あながち嘘でもない)。
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