1306. 魔物退治を精霊の恩恵で
滝壺から銀色の魚の群れが跳び、それも滞空時間がそこそこあると分かる様子。イーアンは不思議そうに首を傾げて『トビウオです』と呟く。
「淡水なのにねぇ(※魔物に関係ない)。トビウオがいるなんて。私、海にしかいない、と思っていました(※魔物だもの)」
いろんな意味で常識が通じませんよ・・・宙に浮いたまま、イーアンは首を振り振り(※あなたも既に常識外)『テイワグナの山間部滝壺にトビウオ~(?)』と妙な納得をしていた。
しかし、数が多い。毎度のことだけれど、テイワグナの魔物は分裂型。親玉が出てこないうちは、増えることも珍しくないので、どうしたものかなと、イーアンは二人の戦いぶりを見つめて考える。
「あれ。バイラが話した通り、滝壺はあの下へでも続くのか。川は見える範囲にありませんから、きっと、地下を抜けているのでしょう。とすれば、あれらも地下水の道から来ているのか」
キリがないのはいつもなので、進みながら、もしくは二手に分かれて、親玉を探す方が良い。
たまに、自分から出て来る親玉もいるが『この前の鹿モドキ(※1272話参照)はそうでしたね』あれは私が倒したんだけど、とイーアン考える。
あの時は、こんな窄まった場所ではなかったから、親玉も動けばすぐ手が届いた。
今回はちょっと・・・奥にも奥過ぎるか。その可能性もあるなぁと、戦うオーリンとバイラの疲労具合を見て『もうすぐ、私も行きましょうか』と眉根を寄せた。
バイラの剣は、光ったり、何か特別な効果が表れた気配はない。特に彼から、精霊の気配も感じない。
「龍族と一緒だからかしら?ふ~む。普通に切れ味のある剣、とした状態」
とりあえず、龍族が側にいる時の使用状態は『普通』と判断し、イーアンは手伝うことにした。
オーリンは弾の残量がある。彼は退治には火薬を使うので、火薬玉もどれくらい用意があるか分からない。
バイラも、剣に疲れは見えないにしても、如何せん、場所が空中。足場のない龍の背で、剣を振るうのは初めてだろうし、大地に立って剣で相手に切り込むのと、力の使う位置が変わる。
「疲れそうです。まだまだ体力は問題ないにしても」
よし行くかと、龍気をグォッと増やすイーアン。ガルホブラフが反応し、さっと見上げたので、女龍は頷いた(※『交代よ~』って感じ)時。魔物の群れを越して、邪気が膨れた。
「えっ、あらっ」
イーアンびっくり。あっという間に邪気は滝壺に姿を現し、イーアンが龍の尾を出そうと思った矢先で、大きな魔物が水を破って跳び出した。
「うわ!」「デカイ!」
すれすれで脇に退いた、龍に乗った二人は、飛び交う魔物の群れを大急ぎで抜けながら逃げる。逃げる間も、跳ぶ魔物に当たりそうなので、バイラが剣を振って切るのだが、『変だ』と彼は叫んだ。
「どうした」
「切れません!めり込むくらい・・・わっ」
「バイラ!」
逃げる二人の声を聞いたイーアンは、ギョッとして龍に顔を向ける。出しかけた尻尾をひゅっと消し『まさか』の一言。親玉は強烈で、大きな飛ぶ魚そのもの。落ちることなく、本当に飛ぶ。
二人を追い始めた大きな親玉が、体を振った途端に鱗のようなものが一度に吹き飛び、ガルホブラフが旋回して上空へ急上昇する。飛ばされた鱗は、仲間の魔物の体に当たり、阿呆なことに小物が傷ついて落ちる様を、3人は見て驚いた。
「イーアン!倒せっ」
「はい、逃げて!」
叫んだオーリンに大声で答えたイーアンは、バイラの剣がくすむのを見て『やっぱり』と目を丸くする。自分の龍気に打たれた彼の剣は、いきなり使い物にならなくなったと知った。
逃げるオーリンたちを守り、ここからは自分だと思ったイーアンが頭を龍に変え、カッと口を開ける。開いた口の方向の魔物が消え、親玉は逃げた。『逃がすか』呟いたイーアンは、勢いを付けて追いかけようと翼を広げて、止まる。
「あらっ アオファ?」
前方の上空に多頭龍がいる。一瞬、意識を奪われたイーアンに、アオファの後ろから凄い勢いで白い光が突っ込み『男龍?!』驚いた一声が口から洩れた時には、女龍は片腕に抱えられていた。
「誰、ル。ルガルバンダ!」
「イーアン、引っ込むぞ」
「はい(素)?何をするの!魔物が」
「オーリンにやらせろ」
「何言っているんですか!」
女龍を腕に抱えたルガルバンダは、パカッと口を開けて慌てる女龍に笑い『聖獣向きだ』と短く伝えた。
その言葉に反応したイーアンは、急いでオーリンたちを探す。
空の上の方、ガルホブラフが戸惑ってこちらを向いたのを見つけ『オーリン!青い聖獣を』と叫び、叫びながら連れ去られた(※女龍退散状態)。
目の前で、突如。高速で登場した多頭龍と男龍らしき姿が、イーアンを持って行った(※拉致)と思いきや。
あっという間に空に消えてしまったため、龍の背にいるオーリンとバイラも、何が起こったのか分からずに慌てたが、イーアンの言葉『聖獣を』の意味にハッとして、オーリンは大急ぎで腰袋から紐を出し、風を切って回し始めた。
飛び込んでくる魔物を避け、自分たち目掛けて攻撃をする、親玉の大きな魔物から逃げる二人。バイラは剣が使えないことに怯え、しかしオーリンも攻撃の弓を出さないことで、息が荒くなって不安が募る。
「あれは?!どうしてイーアンは。彼女はどこへ?・・・魔物が、オーリン!」
「待ってろ!男龍が連れて行ったってことは。あれはルガルバンダ。なら」
ガルホブラフが巧みに避けながら、魔物の中を何度も行き来する。この間、風を切って、ひゅっひゅと円を描く紐。
後ろに乗るバイラは、剣を片手に、何が何だか思考が追いつかず、慌てふためき『魔物が来ますよ!俺の剣じゃ切れません』まずいですよ!と焦る。
「バイラ、落ち着け。もうちょっとだ、もうちょっと・・・どこから来るんだ」
オーリンだって気が気じゃない。ちょっとぼんやりしてしまえば、いきなり魔物の一部が当たって、衣服が切れる。怪我はしていないと思うが、怪我があっても、気が昂っていて気が付いていないのか。
早く来い!・・・祈るような気持ちで、任された退治の空を飛び回る。
「もうすぐ。もう・・・来たっ」
空を突き割るような、ガァーッと響く音が空気を揺らす。声と音の中間のような、この響き。ガルホブラフ、目が据わる。
「オーリン!あの青い」
「こいつだ、こいつが倒すぞ」
俺じゃないから、と後ろのバイラに笑う龍の民。こんな状況でも笑顔が楽しそうで、バイラは困惑。龍は目が据わったまま、びゅんびゅん魔物を避けて飛ぶ。
後ろから素晴らしい勢いで、大きな大きな翼を広げた、真っ青な聖獣が飛び込み参戦し、太い四肢で宙を駆け回る。翼を打ち付けて魔物を叩き落とし、魔物の親玉の飛ばす鱗を、全て弾き返す。
「うう、強いですよっ」
「はじいたな!マジで?何で?聖獣だからか?(※他に理由がないはず)」
「あっという間・・・何て強さだ」
「龍並ってところか」
バイラの興奮に合わせた、感心するオーリンの呟きに、ガルホブラフは気分最悪(※頑張ってるのに)。青い聖獣は、体こそミンティンよりは小柄だが、翼がある分、大きく見える。
深い毛の生えた胴体は、青い毛並みが筋肉に沿って輝き、鋭い嘴と猛禽類の顔は、好戦的に笑うように見え、聖獣は首を振って雄叫びを上げて、宙を駆け巡る。
「カッコイイなぁ!」
ハハハと笑い出すオーリンに、バイラも剣をしまって、先ほどまでの不安はどこへ行ったか。『いや、凄い!』笑顔が止まらないバイラは、次々に魔物を倒す、青い聖獣の圧巻の強さに見惚れるだけ。
聖獣はその強さから、触れる側から魔物を倒して落としたし、落ちた魔物は壊れて灰に変わる。そして、とっくに倒せそうな親玉を最後まで追い詰め、大きな翼で引っ叩き、前足の爪にかけて滝壺へ投げ込んだ。
「あの聖獣。遊んで」
「だな。そうだよ、遊んでいるんだ。俺たちに見せるためなのか。それとも、そういう性質なのか」
気が付いた、バイラとオーリン。ちょっと真顔に戻る。強いから、こんなに時間をかけなくても済みそうに何度か思ったが『聖獣は遊んでいる』と理解し、背筋が凍った。
「楽しいんだ。きっと、あいつ。楽しんで倒している」
オーリンの呟きに、バイラの鳥肌が立つ。聖獣なのに、と小さな声が漏れ、それを聞いた龍の民はゆっくりと振り向いて、警護団員の恐れる顔に、首を振った。
「聖獣だからって。『倒すことに使命感を感じている』とは限らないだろ。それは人間の感覚だ」
「あ。はい。そうですよね」
小さな注意を受け、バイラはハッとした。オーリンに謝ろうとしたが、オーリンはすぐに青い聖獣に視線を戻し『もう終わったか』と大声で聞いた。見えている範囲には、何一つ、魔物の影も名残もなくなっていた。
聖獣は、自分が叩きつけた魔物が、滝壺の中に水飛沫と共に沈むのを見ていたようで、オーリンの声に振り向くと、『ピャー』と高く鳴いて答えた。その声の違いに、オーリンもバイラも『聖獣は感情表現もある』と知った(※ピャー=嬉しそう)。
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