1305. 魔物退治と精霊の剣
昼休憩後。出発する馬車から、フォラヴは下りた。
理由は『回復』のため。森林がある場所で回復しておきたいことを、総長に伝えたので、総長は勿論『構わない』と返事をし『何事もなければ、進行方向へ向かうのみだ』一本道の先を指差して教えておく。
「前みたいに。何日もではないのだろう?」
「はい。ティティダックの時は、私も死にかけましたから。あれは数日使いました。今回は、夕方を目安に」
自分の意思ですし・・・妖精の騎士は、総長に安心させると、皆に『気を付けて』と送り出し、そのまま木々の影に入って姿を消した。
馬車の一行は道に出て、ゆったりとした下り坂を進む。バイラと地図を見たところ、今日明日は森林地帯を通り、明後日以降は岩の多い場所を通る。
次の町は大きくなくて、『過疎化が進んでいると思います』ふーっと溜息をついたバイラは、そう言う。以前に立ち寄った時も、人口が減っていた町らしいので、食品店や炉の期待は出来ないかもとの話だった。
「『町』とは、昔の名になってしまった可能性もあります。もう、村くらいの規模であっても不思議ではないですね。きっと、警護団は巡回で来ていると思いますが」
それも心配なんだよなぁ~と頭を掻く、警護団員。
御者台で話を聞いているドルドレンは、彼は本当に真面目な警護団員と思う。実際、それが普通であるべきなのだが、テイワグナは警護の意識が低いため、こうした時に毎回、バイラが悩んでいるのが気の毒だった。
「バイラ。この前の『リャンタイ』の町。あそこは警護団員が」
「え?ああ・・・来ないような話を町長はしていましたよね。もしかしたら、本当かも知れないんですよ。ここまで山奥だと、魔物怖さで動かないんじゃないか、と想像します」
次もそう変わらないですしねぇと、バイラは情けなさそうに笑う。『次の町も、特別、何か産物があるわけではないし』警護団が、巡回を先延ばしにする理由がありそうだと皮肉を言った。
「人が住んでいる集落や町がある以上。本当は全部見ないとダメなんですよ。そのための組織なんだから。産物輸送などがあれば、警護団の要請も厚くなるものですけれど、それじゃ護衛と変わらないんです。
だけど意識が薄いからなぁ・・・やってなさそうですよ。行く先々、肩身が狭いです~」
「バイラが気にしてはいけない。バイラは真面目なのだ。ちゃんと動いているし、俺たちはとても助けられている。職務に励めない者の分まで、バイラが肩代わりしたり、謝る必要はない」
気にしてはダメだよと、総長は言う。バイラは、良い人の総長に感謝して『はい』とは答えるものの。その後も、ずっと気になっているようだった。
何か、気を紛らわしてあげたいと思う総長。話題を何回か変えてみたが、どうしても『町』『環境』が絡むので、バイラの気分転換にはならなかった。
と思ったら。強制的な気分転換(?)が始まる。
後ろからイーアンが飛び出してきて、既に翼6枚状態で、御者台のドルドレンの上で止まる。『魔物が出ますよ』女龍は、道から斜めに顔を向けて教える。森林の中に?と訊き返したドルドレンに、イーアンは眉を寄せた。
「どうでしょう・・・バイラ。この向こうは、水ッ気ありますか」
「水?川ですか?川じゃないけれど・・・滝とかはあるかな。
いや、でも。かなり離れていますよ。この先に進んだところから、遠景で見えるけれど。滝は地下に入ってしまうので、川じゃないと思います」
自分も遠目で見ただけで、昔、現地の同行が付いていたから、その人に聞いた程度、とバイラは説明した。浮かんだまま、その方向を見つめる女龍は頷いた。
「ふむ。ではそこでしょう」
「そうなの。どうする?俺もショレイヤを呼ぼうか」
水が多い場所でも何でも、魔物退治はするものだからと、ドルドレンは馬車を停めて立ち上がる。
イーアン、ちらっと伴侶を見て『あなたは馬車で』と呟く(※命令)。総長、え?と答えてじーっと奥さんを見る。
「バイラ、一緒に行きますか。私と、オーリン。バイラも」
「俺ではないの」
「ドルドレンは馬車(※もう一度言う)。バイラは、似たような環境を知っていそうです。地下に滝が落ちるなら、地形から、どこまで進めるかも見当がつきそうですから」
ええええ~~~ 嫌がるドルドレンは寂しい。バイラもビックリしていて、『あ』とか『え』とか言いながら、狼狽える。
イーアンは、うん、と頷き『はい。ではね。オーリンと一緒に(+バイラは)ガルホブラフ』決定、と言い放ち、さっさと後ろへ行ってしまった(※直後にオーリンの笛が鳴る)。
そしてあっという間に、ガルホブラフが来て、オーリンは怖がるバイラを乗せると『落ちないでね』と笑顔で言い、イーアンは伴侶に『ミレイオがいますから(←魔族対応用)』行ってきます~と・・・龍族はバイラを連れて、あっさり左側の空へ飛んで行った。
ドルドレンは小さくなる彼らを見つめ、御者台を下りて後ろへ行き、荷台のミレイオに『行きたかったの?』と顔を見て笑われた。
「俺じゃない、って。勇者なのに」
「勇者じゃないとダメな時には、呼ばれるから」
寝台馬車の御者台に座るタンクラッドが笑い、後ろから子供が出て来て『総長ヒマ?』と(※微妙に傷つく)ヒマなら歌を教えてくれと、曲を奏で始めた。
ドルドレンは諦め、無表情で了解してミレイオの荷台に腰かけると、ザッカリアの曲に合わせて歌い、可笑しそうにしている職人二人を見ないようにして(※寂しい)イーアンたちの魔物退治が終わるのを待つことにした。
*****
「そうか。そういうこともあるな」
「あるな、とお前は言うが。他に考え付かないだろう。女龍がいると知っているんだ、相手は。それでも姿を見せたり、言伝をさせたりしたんだから。
あれなりに、自分も手伝っていると。そんなところだろう。それはオーリンに伝えておけ。下手に厄介払いなんかしたら、ファニバスクワンみたいに、ヘソ曲げるかも知れん」
ハッハッハ、と笑う、大きな美しい男龍は、『なぁミューチェズ』子供を抱き寄せて、可愛い顔を向けた子供にニッコリ笑顔を見せる。ミューチェズもニッコリ笑って『へそ曲げる』と繰り返す。
ルガルバンダとビルガメスが笑って『よく喋るな』と褒めてやると、小さい男龍も嬉しそう(※あんま分かってない)。
「じゃ。行ってくるかな。俺の子供も頑張っているんだが、まだ男龍にはなれなさそうだし」
ルガルバンダの子供たちも、何人かはピカピカ光り始めているけれど。最近、ようやくそんな光景を見るようになったので、暫くは子供部屋に預けて様子見をし、お父さんは自由が利く状態。
「アオファを連れて行け。ここのところ、オーリンはせっせと中間の地にいるようだ。ガルホブラフが疲れるだろう。アオファの側にいさせろ」
「そうしよう。オーリンなりに頑張っているしな」
二人の男龍が笑いながら外に出て、午後の光の中、ルガルバンダがアオファを呼ぶ。
ビルガメスの腕に乗る小さいミューチェズを撫でて、『俺の子供も早くこうなると良いが』と微笑み、ルガルバンダは、やって来た多頭龍と一緒に空へ出た。
見送るおじいちゃんは、ルガルバンダの子供が『そろそろ』と願うそのことも―― 従来なら、とても早い進展であることに、最近のイヌァエル・テレンが豊かに変わりつつあるのを実感し、嬉しそうに子供と一緒に家に戻った。
*****
イーアンと、龍に乗った二人は、馬車のある道から、ぐるっと迂回した森林の反対側へ出て、裏手に見える滝を見下ろす。滝壺の中に、怒涛の勢いで落ちる水ではない色が浮く。
「あれですか」
真上から見ると、明らかに黒々しているのが分かる。バイラは滝壺の大きさと、その黒い妙なものに眉を寄せて訊ねた。前に乗るオーリンも頷く。
「そうだね。イーアン、どうするんだ。イーアンが行くのか」
「あなた行きますか?バイラも精霊の剣を使える、良い機会です」
余裕のある女龍の答えに、男二人が失笑する。イーアンはそんなつもりがないので『?』の目つきで首を傾げる。
オーリンは後ろの男を振り向いて『行く?』と確認。バイラは困ったように笑いながら、どうにか頷いて『じゃあ』了解の答えを出す。
「俺も弓しかないぜ。跳び上がってくるやつだったら、バイラ、切ってくれよ」
「努力します。落ちないように」
そっちじゃないよ、と笑う龍の民に、バイラも自信がないから、顔は笑っているが、参る。とりあえず剣は抜いておく。
それを見ながら、イーアンは腕組みし(※エラそう)ニコニコして『数が多かったら手伝いますから』と送り出す。
「やれやれ。イーアンが行けば、一発だってのに」
苦笑いするオーリンがちょっとぼやいて、『行くぞ、ガルホブラフ』と声をかけると、戦闘開始。龍はぐーっと頭を下げ、勢いを付けて滝壺へ飛んだ。
「バイラの剣。精霊が叩いて作った剣。彼もどんな効力を発揮するか、知っておいた方が良いです」
白い洞窟に入って出会った精霊たちに、バイラが剣を与えられたと聞いていたイーアン。
どこかで彼の剣を使って、剣の状態を確認しておく必要があると、ずっと考えていた。旅の道で、魔物に会わないままなので、この機会に、と連れ出した次第。
「私がいて・・・大丈夫かなぁ?オーリンと、ガルホブラフもいるけれど。私たちが一緒でも、普通の剣として機能してくれる分には、それはそれで。でも、精霊の剣ですから、何かありそうなんですよね」
『精霊の剣』なんて初めて聞いたから、イーアンも興味津々。どうなのかな~と思いつつ、とりあえず魔物退治を見守ることにする。
滝の飛沫が掛かるくらいの位置まで来て、龍の背から、オーリンが最初に嗾ける。
「ちょっと水が掛かるぞ」
「はい?」
オーリンの黒い弓は小さく、彼が弦を引っ張る。そこに矢はなく、引いた手がパっと離れたのとほぼ同時、滝壺から水飛沫がボンッと噴き上がる。
「え!水柱?!」
「上がれ、ガルホブラフ!」
ボワーッと上がった水柱。龍は一気に浮上し、背中でずり落ちそうなバイラは、オーリンにしがみつく。
「何したんですか?」
「二発撃ったんだ。一つは、カヤビンジアの魔物の石。もう一つは、普通の石だ」
大声で質問すると、オーリンは水飛沫に目を閉じながら、ザクッと説明。オーリンは連射するのだが、それは普通、目に留まらない速さ。バイラも見えていない。
一発目に、カヤビンジアで飛ぶ魔物から回収した、喉石。
イーアンに『これ。発火して、条件によって爆発します』と教えてもらって、『弾』として使用するため、分けてもらっていた。
喉石を放った1秒以内で、もう一発、普通の石を射て、先に飛んだ石に当てたのが、水面に着く直前。それによって、水柱が上がった。
しかし、『二発撃ったんだ』くらいの説明をされても、何が起こったのか、見当も付かないバイラ。
考えている時間はなく、分からないままにすぐ『来たぞ。バイラ、近いやつは切れ』と命じられ、ハッとして下方を見る。落ちてゆく水柱と交代で・・・魔物の黒い塊が滝壺から噴出す。目を丸くして、思わず声が出る。
「うぉっ」
「意外にデカイな!切れよ」
飛び出してきた魔物の群れ。見た目は飛ぶ魚そのもので、異様に鰭が長く、体が大きい。軽く2mくらいはある様子。ギラっと光る魚の体と思いきや、鱗が逆立っている。『あれ、刃物みたいだ』オーリンが気が付き、絶対に当たるな!と注意する。
龍は当たっても傷つかないが、自分たちは怪我必須。切れると知った二人は、体を掠める魚(←魔物)を避けながら、オーリンが距離のある範囲、バイラが剣の届く範囲で倒し始めた。
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