1304. 親方の妖精考察
森林の道に、馬車を下りた数名が立ち尽くす姿を、上空から見ていたオーリンは、森が広範囲に渡って揺れ、その揺れ方が奇妙だったため、何事かと緊張が走る。
降下していたガルホブラフは一旦停止し、宙に浮いたまま、背中の友達を見た。
「何だあれ。どうした?」
オーリンが龍に思わず質問すると、ちょっと呆れるように、金色の瞳を細めた龍は『答えられるわけないだろ』とばかりの、首の動かし方をした。困るオーリン。指示を求められても・・・・・
「お前が止まった、ってことは。一先ず、様子を見るか・・・誰も攻撃の様子がないし。しかし、何か気配が違うな。魔物じゃないが、あれは。何だ?馴染みのない気配だが」
呟く龍の民を乗せたまま、龍も真下を見つめる。龍には分かっていた。それが妖精の力であることくらい(※喋れないだけ)。
暫く待ち、時が止まっているようにさえ見えた、動きのない数分間を終えた後。ガルホブラフが再び下へ向かったので、オーリンは任せる。すぐに馬車の荷台からイーアンが出て来て、タンクラッドと一緒に見上げた。
「おーい。どうした~」
一応、挨拶をするオーリン。手を振りながら、少しゆっくり近づくと、皆の応対はいつも通りで、笑顔と手を振り返す様子。今のは何だったのかなと、20mほど上で森を一回見渡したが、もう何ともない。
異質な感じを受けたらしいオーリンの態度を見て、彼が降りたすぐ『今、フォラヴが』タンクラッドは先ほどまでのことを話した。それで!と納得する龍の民。妖精が相手じゃ、馴染みなんかなくても当然だな、と思った。
「上から見ていたんだろ?何か見えたか?」
タンクラッドは全体が分かるかどうかを訊き、オーリンは首を傾げて『変だな、って程度だ』と、特に大きな動きは見えなかったことを教えた。
「それでフォラヴは?いつ戻るとか、言っていないのか」
訊ねるオーリンに、タンクラッドもフォラヴが消えた場所に顔を向け『何も』と呟く。彼が動物に取った行動の内容が分からないので、答えようもない。
「とりあえず、進むか。ここで待っていても、この先で待っていても、道は一本で変わらないのだ」
そう促すドルドレンは、フォラヴが人間離れした能力で飛んだり、走る姿を、何度も遠征で見ている。妖精の姿は初めてで驚いたが、彼が人間の姿に戻ったところで、場所が森林地帯なら、彼には馬も要らないのだ。
皆もそれを聞けば『そうか~』と同意し、どうせ歩いて坂を進むのだし、とても距離が開くことはないだろうと、フォラヴの帰りを待たずに歩き出した。
オーリンは、ミレイオに呼ばれ、荷台のすぐ後ろへ行き『あの青いの(※聖獣)何だって?』の質問に受け答えする。ザッカリアは、荷台を下りたイーアンと一緒にまた歩き、フォラヴと珍獣の話に没頭。
ドルドレンとバイラも、前を歩きながら、精霊信仰や妖精のフォラヴの感覚を話し合っている中。
親方は、時々、振り向きながら確認しつつ、フォラヴのことだったと分かる一つの言葉を思い出していた。
――『閉ざされる異界の門の鍵、すなわち精霊の血族』(※369話後半参照)
これは、ハイザンジェルにいた時。白い棒に書かれた文字にあった、仲間の一人を示した説明文。これこそ、フォラヴだ。
『精霊の血族』とあったから、妖精とは思わなかったが・・・自分たちがいる世界は、どうも精霊が、全ての頂点的な印象も感じている。
呼び名や能力は、人間の目安や判断と異なるにしても、何かにつけて『精霊』の言葉が出る。
思えばイーアンも、精霊が呼んだ存在という話だし、自分も龍気を最初から持っているような情報を得ているが、説明には『精霊』の名があった。
そう思えば、フォラヴも『精霊の血族』=『妖精』で、解釈して良いんだな、と考える。
「閉ざされる異界の門の鍵・・・か。何のことかと、想像もつかなかったが。
魔族の世界は、本来繋がっていないなんて知った後だと、なるほど、と思うな。彼以外、仲間の誰一人、魔族相手に立ち回れる存在な・・・・・ ん。あれ?待てよ。あの白い棒は、確か」
あれはズィーリーの時代のものだろ? ふと、タンクラッドは思い出す。ズィーリー時代には、魔族はいなかったわけで・・・気が付いたタンクラッドは、急いでこれまでの情報を記憶から引っ張り出す。
「どういうことだ?ズィーリー時代の産物に、あの一文があるとなると。魔族じゃない、別の世界の何かが出たってことか?『いた』として、そいつも当時の妖精の仲間が対処した?そういうことを、遺しているのか?」
親方は考える。フォラヴ自身も『これまでこの世界に、魔族が来たことはない』と話していたこと。
別の敵?まだいるのか? ぎゅっと眉を寄せるタンクラッドは、すぐに『いやいや』と頭を小さく振ると、勢いで不安を増やしかけるのを止める。
「そうだよな。もしかしたら、白い棒に残された言葉が、予言という可能性もあるんだ・・・そう、ちょくちょく、どこかの世界の厄介者が来られても困る」
そうではない、それを前提に。万が一、別の敵が存在するとしても(※いない方を願う)。
どの道、そんな奴らが出て来るとなれば、応じる相手となるのは、フォラヴ・・・妖精なんだなと、それだけは確かであることを覚える。
しかし、フォラヴ一人に今回、託した形だったが、危険にも程がある。
ミレイオの言葉じゃないが、下手したら死んでいたかも知れない。魔族の世界に入れるのが、まず妖精だけ。どうしてか、ホーミットとバニザットも入ったようだが、フォラヴが言うに『一時的』らしいし、入った条件は曖昧だった。
こんなことがこの先もあるとすれば、フォラヴに毎回任せるのも気が気ではない。
「やはり・・・俺たちも、もう少し動きが自由に出来るように。何か手っ取り早く、手段を探さないとな。
ビルガメスが教えてくれた『条件』をどうにか見つけないと。仲間が死ぬかもしれないのに、指くわえて見ているなんて、冗談じゃないぞ」
タンクラッドの気持ちの中で、自分が守れるなら守ってやりたい思いが強くなる。自分の力が鍵になると言われた以上、のんびりする気はない。
「俺の力。今回の魔族への解釈。重なる部分がある。旅の仲間に、俺と同じようなことが出来れば・・・出来ないにしても、何か。条件か」
早いとこ、答えを見つけようと、改めて強く思う。バニザットにその秘密がありそうに思ったが、彼自身も知らなかった。彼が気が付いていない間に、何かを得ているか、もしくは捨てているか――
一人考え込みながら歩く親方は、何の気なしに、目端に動いた影に顔を向けた。
道の脇の木々に、白い小さな鳥が飛び、その光が目に入ったようで、ちょっと微笑む。
すると鳥は、パタパタ飛んできて、驚く親方の広い肩に止まった。手の平くらいの、小さな白い鳥は可愛らしくて、親方はつい笑って、『どうしたんだ。怖くないのか』と指で鳥の腹を撫でた。
その瞳の色が空色。あ、と気が付いた親方に、鳥は目を閉じて『怖くありません。私たちはいつも一緒でしょう?』静かに囁いてすぐ、コロコロ、鈴のような笑い声を立てる。
親方も笑って『お前だったのか!』と手に乗せた。白い鳥は親方に笑顔を見せるように、頬をぷっと膨らませ、可愛い顔のまま、前を歩く振り向いたザッカリアの所へ飛び、ザッカリアも喜ばせた。
タンクラッドの見える範囲で、白い小鳥は次々に仲間の側で挨拶し、皆が喜ぶ声が沸いた後に、人の姿に戻った。
不思議なもんだな、とタンクラッドは微笑みを浮かべたまま、妖精の騎士を見つめる。
小鳥の時。イーアンも平気なのか、と。あれもまた―― 混じる力ではないのか。そんなことを気に留めながら、馬車の一行は緩い坂を上がり切り、少ししてから昼休憩に入った。
お読み頂き有難うございます。




