1299. 親方からの伝言 ~出だし
お昼頃。硫黄谷まで、数時間ほどの距離まで来た地点で、少し早めに昼にして、旅の一行は昼食を摂っていた。
午前、着物を縫い始めていたミレイオとイーアンは、食事中も、縫い方や仕上がりの形を二人で話し続けていて、フォラヴはザッカリアの側にいた。
ドルドレンは、バイラに谷の様子と、馬車を停めておく場所の安全を聞いていて・・・親方は。
「ドルドレン、俺はちょっとな。これからショショウィを呼んで、遊んだ後に一度抜ける」
「何?」
「え・・・どうして。よりも、どうやって抜ける気なのだ」
ミレイオとドルドレンが驚いて、タンクラッドを見る。皆もビックリした様子で、黙って親方の答えを待つ。親方は何か考えているふうに、すっと息を吸い込むと『そう長い時間じゃない』と呟く。
「いや、だから。お前はバーハラーがいるわけではないし、どう動くのだ。ミンティンか?」
ドルドレンは、まさか馬車持って行くわけではないだろうなと、凝視する。その目に気づいた親方は、少し笑って『単独だよ』と見透かすように先に言う。
「少しな。少しだけ抜ける。調べたいことがあるんだが、この場合、時間も考慮しないとならないから」
「何を?何?どうやって、どこへ?」
まだ、出かけたオーリンは戻らない。ここで、タンクラッドが抜けるとは。
オーリンはもうじき戻るかも知れないけれど、それにしたって戦える人間のうち、相当重要な人(←親方)が抜けるなんて、とドルドレンは止めようとする。
慌てるドルドレンに、タンクラッドは残った料理を一気に口へ運ぶと、ニコッと笑って『すぐだよ』とモゴモゴしながら答え、馬車の裏へ行ってショショウィを呼んだ。
ザッカリアも急いで食べ終えると、ショショウィと遊びたくて親方の側へ行く。
馬車の後ろで、親方と白い猫、ザッカリアが笑っているのを、食事後半の皆は見つめ、互いの顔を見合わせ、首を静かに振って『どうしたんだろう?』と、不思議に思っていた。
そうして馬車が出発する時。タンクラッドはミレイオに御者を頼み、その場に立って皆を見送る。
寝台馬車の荷台から、フォラヴとザッカリアが見ていて、不安そうに親方に手を振るので、親方は笑って『そんな顔するなよ』後でな、と手を振り返し、森の中へ入った。
ドルドレンは彼の声が聞こえて、振り返りたくても御者台からでは見えないので、バイラをさっと見ると、バイラは親方を見たらしく『森へ入りましたね』と呟いた。
「この旅路。私が付き添ってからですけれど、タンクラッドさんが離れたのは初めてのような」
「そうだな・・・彼はいつも馬車にいる。一人で行動は、まずしない。一番、一人で動いてしまいそうな感じがあるが、タンクラッドは父親的な感覚が強いのか。皆の側を動こうとしない」
「その彼が、急に動いたとなると。イーアンもミレイオも理由は知らないみたいだし、どうしたんでしょうね」
普段は側にい続ける人物が、いきなりたった一人で理由も言わずに、離れてしまうと――
「バイラ。笑わないで聞いてくれ。俺は少し不安だ」
灰色の瞳を向けた総長に、バイラは首を横に振って『笑いません』と最初に伝え、自分も同じだと頷く。
「彼の存在感は、こんなに私たちに安心をくれていたんですね。離れた直後、心がざわめきます」
「俺もだ。タンクラッドは『すぐに戻る』と言ったが。俺はタンクラッドがいないことで、こんなに落ち着かなくなるとは思わなかった。どれほど、彼がい続けている時間に心を任せていたのか」
正直な総長の親しみある言葉に、バイラは想像する。総長は仲間を大切にしているから、彼が頼れるタンクラッドやミレイオたちは、総長の中でホッとする立場なのかも、と。
一人で頑張らなくて良い、そういった場所を作ってくれている人たちなんだろうなと思うと、総長の心細そうな素直な表情に、バイラは少し同情した。
「きっと。夕方前には戻ってくれますよ。タンクラッドさんが持って行ったのは、剣だけでしたから」
そうだな、と頭を掻いたドルドレン。その時、空にふわっと光る白さを見て、ハッと顔を上げると、森林の木々に切り取られた青空から『おーい』と明るい声が聞こえた。
「オーリンである」
嬉しそうな顔に変わった総長に、バイラも微笑み、向かいの空を見て『おーい』と同じように返し、手を振った。
「おや。今日は龍が二頭ですね!」
バイラが手を額にかざし、高い太陽の逆光に見える影の数を伝えると、ドルドレンも笑顔で『本当だ。二頭か・・・二頭?』と固まり、笑顔が戻る。見ていたバイラも、段々真顔になり始め、え?と呟く。
「あれ。何ですか?」
「知らない。龍じゃないぞ。今度は何だ」
ドルドレンとバイラが眉を寄せて、近づいてくる影に目を凝らした時、空気を刻むような、強烈な咆哮が空に鳴り渡った。
*****
「今。何か聞こえた気がしたが」
森の木々の深くなる方へ歩くタンクラッドは、空に響いた音に怪訝に思う。魔物か?と一瞬立ち止まったが、『イーアンがいるからな』とりあえずは大丈夫だろうと、また歩き出した。
「あいつが居てくれる時じゃないとな。心配があるからな」
それにしても、とタンクラッドは微笑む。フォラヴとザッカリアの寂しそうな顔を思い出し、昼食時に慌てたドルドレンを思う。
「何て顔をするんだ。別にサヨナラじゃあるまいし・・・あんなに不安になることないのに」
彼らの表情や態度に、親方は、自分がいてやらないとダメだなと、困ったように呟く(※内心嬉しい)。特にドルドレンと来たら、やめてくれと言わんばかりに慌てていた。
「全く。総長のくせに。俺が引き上げるみたいに焦って、何を困ることがあるんだ。イーアンなんか『あれ?』みたいな顔で・・・あいつは何で、あんなに慌てもしてくれないんだ(※気が付いた)」
『あれ?じゃないだろ、もっと困れよ!』思い出したイーアンの反応に、ケチをつけ始める親方(※イーアンは『親方、何かする気だな』と踏んでただけ)。
「ミレイオもミレイオで、『私が御者?縫物しているのよ』とか何とか。自分の都合じゃないか。あの二人は、俺がどこに行くのか、何をしようとしているのか、気にもしない」
ちっ、と舌打ちして、親方は気分が悪くなったので、バイラのことを思い出して気分転換。バイラも不安が過ったか、『もうすぐ谷です』と遠回しに止めた。彼はあからさまには引き留めなかったが、最後まで『この道をまっすぐで、途中から左手に下る』と、道の間違いがないよう、何度も教えた。
「頼もしい男なのだがな。バイラにも、俺は慕われているんだな(※自信つく)」
うんうん、と気持ちが好転したことで、森の中へ進む足も軽くなる。皆のために早く帰ってやろうと、良さそうな場所を求めて歩き回り、『ここかな』とある場所で立ち止まった。
「ここらで良いだろう。これだけ影が濃ければ」
タンクラッドが辿り着いた場所は、大きな木々が影を落とし、岩が増えて暗い箇所が出来た所。差し込む木漏れ日もなく、湿った岩が乾いている様子もない、暗がりに頷く。
その場所で、タンクラッドは彼の翼を呼んだ。何度か名前を呼ぶと、影の中からゆらっと青黒い炎が浮かんだ。
『コルステイン。悪いな、日中なのに』
明るくない場所を選んだが、平気かと訊ねると、炎は嬉しそうに揺れて答える。
『大丈夫。何。タンクラッド。困る。する?』
『違うんだ。困ったわけじゃなくてな。俺が昨日、お前に話したことなんだ』
『うん。分かる。お前。男龍。話す。した。それ?』
『そうだ。お前ならもしかしてと思ってな。昨日は思いつかなくて』
『タンクラッド。寝る。した。すぐ』
ハハハと笑ったタンクラッドは、『最近、疲れが取れなくてな(※年齢)』早寝したと答えると、青黒い炎に、自分の頼みを聞いてもらった。
『 ・・・・・ってな。いいか?』
『うん。言う。する。コルステイン。夜。お前。言う。そう?』
『それでいい。夜に来た時に教えてくれれば。すまないな。伝えるだけで良いから』
青黒い炎はゆらゆらと揺れ、少し桃色になったり、黄色になったりして、昼間にも側に来れたことを喜んでいるようだった。タンクラッドは、こんな形でも喜びを伝えてくれるコルステインをナデナデ(※炎相手)して、『それじゃあな。俺は馬車に戻る』と挨拶。
『馬車。行く。する。一緒。近い』
『ん?いいよ、明るいんだぞ。歩いてもどうってことない』
『一緒。コルステイン。お前。持つ』
持つ?タンクラッドが訊き返すと、青黒い炎がぐらっと大きくなり、真っ黒い翼が広がる。
『おい、ダメだぞ。外は光で』
『鳥。少し。平気』
少しの間なら、鳥で光の中も飛べると、コルステインは伝えると、それと同時に親方の体を、ぼんっと背に撥ねあげて、森の木々の中を滑るように飛び始めた。
大きな翼は、木々の幹に当たっているのに、翼は揺れもせず、コルステインはタンクラッドを背中に、森の中を飛び抜けて、馬車が動くすぐ側まで送ってから、ふっと姿を消した。
投げ出された状態のタンクラッドは、急いで体を捻って着地し、すぐ近くの影に、一瞬で消えたコルステインに笑って『有難うな』と大声で礼を言うと、前に見える馬車へ向かって走った。
タンクラッドの伝言――
『いいか?ホーミットに会って、バニザットへ伝えてほしいんだ。
龍の剣。精霊の護り。サブパメントゥの誓い。お前の糸は何?ってな』
フフンと笑うタンクラッド。走る自分を見つけたザッカリアが、大声で喜ぶ。荷台からフォラヴの笑顔も見える。
「バニザットだけなんだ。俺たちの中で、3つの違う存在に守られている生粋の人間は」
鍵はバニザット・・・・・ あいつが何を持っているのか。それが分かれば――
「お帰り!」
寝台馬車の後ろに飛び乗ったタンクラッドに、ザッカリアが跳びついて抱き締める。タンクラッドも抱き返して『すぐだと言っただろ』と笑った。
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今週、14日(木)16日(土)17日(日)の3日は、朝一度の投稿です。
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今日は各地で寒い日です。どうぞ皆様、暖かくして、無理のありませんようにお過ごし下さい。




