1298. 出来る範囲 ~龍の着物・アリンダオの朝
空からの帰り道。イーアンは大きな喜びを胸に、ビルガメスに感謝しながら、ニヌルタの言葉も反芻して自分の中に刻み込む。
――ビルガメスは、ヒントをくれた!ビルガメスの毛があれば、伴侶は大丈夫・・・それは、龍の皮でも大丈夫、という意味だ。
きっとそうだ、とイーアンは嬉しかった。自分が先に『種から防ぐには、龍の皮などが候補だろう』と話した、その後。ビルガメスが何かを考えた様子で、一言知らせてくれた情報だもの、と。
「可能性は一気に上がりました!まずは龍の着物を皆に・・・って、私とオーリンやミレイオは、別に着なくても良いけれど。
親方にも着てもらって、夜は脱げば、コルステインと一緒にいられるんだから大丈夫。バイラにも、着せなければ。ザッカリアは・・・あら。ザッカリアの事、聞くの忘れていた。でも彼にも着させましょう。安心ですよ。
フォラヴはどうなのかしら~ 妖精の力がもう、漲るほどに分かるけれど。人間の体を持っているから、着させちゃって平気なのか」
フォラヴに訊かなきゃ、とイーアンは急ぐ。急ぐ顔に笑みが浮かびっぱなしで、嬉しくて仕方なかった。先に聞いた、ニヌルタの返事には・・・頷く以外の選択がなく、同時にそれは『魔族の種の解決策』が宙ぶらりんで終わる回答だったのだ。
――でも。ニヌルタに言われたことは、尤も。
もし、三番目の話を、皆にした後。それによって、動きが出るはずの世界が止まったら。間延びしてしまうとか。そんなことが起こっては、いけないのだ。
フォラヴが動いたことも、オーリンが精霊アンガコックチャックと出会ったことも、全ては混じり始める世界の振動。そうと分かれば、これを止めてはいけない。この先も、もっと起こる・・・・・
イーアンは聞こうとして教えてもらったが、本来、龍族の中の知識や知恵である以上、門外不出に近いもので、それを旅の仲間の『大きな場面』でもない時に使っては、その度に、大きな存在が『手出ししてはいけなかった事態』が生じてしまうのだ、と思う。
「私は、ニヌルタの言う通りです。自覚が足りないと言えば、それきりですが。私は龍族なのだから、龍族の中での話を、外に持ち出してはいけないことも覚えなければ。ああ、人間の時代の染み付き方が~」
まだまだだなぁ!と頭を振るイーアン。雲を突き抜け、森と細い糸のような小川、近くにある馬車と焚火の煙を見つけ、今日の自分の仕事を決める。
「硫黄谷で採集でしょ。空き瓶はあるから、それと。ミレイオに相談して蒸留出来そうか・・・それが出来ればその場で作ってしまうし。それと、移動中は縫物です。バイラの服を作らなければ。
言うわけに行かないけれど、これで守れるかもしれないなら!
私は龍なんだから、龍製品(?)ならどうにかなります。もしかしたら、アンガコックチャックの話をオーリンが新たに持ち帰って下されば、それでもっと確かに感じるかも。
精霊製品(?)もイケるんでしたらね、精霊製品は、精霊系の人たち向けですよ」
後、何?サブパメントゥ系かなぁ? 一人、あれこれ喋りながら、イーアンは馬車へ到着。ミレイオが料理を取っておこうとしたところで、朝食が始まったばかりだった。
「おはよう、早かったじゃないの!」
お食べ、とミレイオに皿を渡されて、良いタイミングで戻れたことをイーアンは感謝。
ドルドレンに『ただいま戻りました』と挨拶すると、ドルドレンは自分の横を見て座るように、モグモグしながらジェスチャ―で示す。
「お空に行ってきました」
「うん。おはよう、イーアン」
おはようございます・・・改めて挨拶し、伴侶に笑顔をもらう。ドルドレンは側に置いておいた紙を膝に乗せ『これ、ニヌルタ?』と訊ねる。色付きじゃないから、一瞬、何者かとビビったらしい。
「トゲトゲしているのだ」
「ハハハ。あの方は角もあるし、背鰭もあるから。色を塗ればすぐ分かるのでしょうが」
「空に何かあったのかと思ったぞ。無事で何よりである」
「え。私の顔、笑顔に描いてあるではありませんか。ニヌルタも笑顔」
そうだけど、次から字にしなさい、と遠回しに『文字で書いて』と頼まれ、イーアンは真顔で頷く。言い返せないので、ここは流す(※文字諦めの境地)。
「あのね、もうオーリンは行ってしまったのだ。君が早く戻るだろうから、と。彼も午前中に戻るつもりみたいだが、イーアンは馬車にいなさい」
「そのつもり。今日は上に行かない、ってちゃんと男龍に伝えてあります」
それなら良いけれどねと、ドルドレンは奥さんをナデナデ。ここからは他愛ない会話で、ドルドレンは特に、イーアンが空に出かけた用事を訊ねなかった。
イーアンもそれについては話さなかったので、彼は何となく、空気を読んでくれたのだと思った。
食事を終えて片付け中、イーアンはバイラに話しかけられる。硫黄谷は午後に着くから、もし作業するなら、1~2時間は大丈夫だという話。
「谷なので、きっと影になるのが早いと思います。谷は道の傾斜がきつくて、馬車で降りられませんから、馬車は上で待機です」
「分かりました。安全のためもあるから、馬車は危なくない場所に」
そうしましょうと、了解してくれたバイラが引き上げようとしたので、イーアンは彼を捉まえる。『バイラ、ちょっと』呼び止めた上に、腕も握られ、バイラは驚いて振り向く。
「はい。なんですか」
「採寸しますよ。来て下さい」
「え。採寸?服だったらありますが」
「そうじゃないの。すぐですから来て下さい」
皆もじーっと見守る中、バイラはイーアンに連れて行かれ、サクサクと馬車の後ろで肩幅やら何やら、測られた。親方は瞬きも少なめに、若干睨むように見ていたので、ミレイオが気が付いて注意した(※『目がコワイわよ』と)。
「あれは何だ」
「見りゃ分かるでしょ。体の寸法」
「そうじゃない。何でいきなり」
知らないわよ、とタンクラッドの神経質に呆れたミレイオは、食器を片付けるために運ぶ。バイラは解放され、苦笑いで馬へ戻った。
荷馬車の後ろで測っていたイーアンは、紙を置いて炭棒で自分用の覚書を書き始めていた。それを覗き込み、そこにある数字からピンと来る。
食器と調理器具を中に仕舞いこんだミレイオが、荷台でカリカリ書いている女龍に『着物?』と訊ねると、女龍は顔を上げてニッコリ笑った。
「やっぱりそうか。バイラにも作ってあげるの?」
「はい。あの、種が・・・心配だから。龍の皮が、彼に合うかどうかまで分からないけれど、あれば安心です」
私も手伝う、とミレイオは笑顔で申し出て、イーアンは有難くお願いした。でも、材料がないからすぐではないとも話す。
「龍の皮は持って来ていないのです。今日、空に上がったけれど、話だけして戻ったから」
「あれはダメ?あの、ほら、翼の皮。薄~いけど、バイラはテイワグナの人だし、薄い皮の羽織物の方が良さそうじゃないの」
ミレイオが大きいのを引っ張り出し、薄く揺れる翼の皮を二枚繋ぐ。『もう一枚あれば、袖も出来そう』と相談し、イーアンも乗り気になる。
昨日の晩の話を、イーアンはちゃんと考えてくれているんだ、と思うと、ミレイオは嬉しい。すぐに動こうとしてくれるイーアンを手伝って、自分の意見の可能性を一緒に探したい。
二人で話していると、馬車が動き出す。後ろの馬車はタンクラッドが御者らしく、目つきが怖かったので、イーアンはじっと親方を見てから、さっとミレイオを見て『あれは』と訊ねた。
「あん?ああ。いつものよ。どうしよう、もう裁断しちゃおうか」
流して作業に入るミレイオに笑い、イーアンは心強い味方と一緒に、早速バイラの着物作りを開始した(※親方は見続けている)。
*****
寝台馬車に、ザッカリアと乗っているフォラヴは、少し落ち着かない。
起きたらイーアンが留守で、オーリンも出かけ、自分まで動くわけに行かなかった。
イーアンは意外に早く戻ったけれど、オーリンが戻ってからの方が安心はある。行き先は安全だが、馬車の人数の問題。
皆は昨晩『オーリンの持ち帰る答えを聞いてから動け』と言っていたけれど、妖精の世界の本はまた内容が異なる・・・それは、例えオーリンが聞いて戻った答えに正解らしき響きがあっても、違う視点で知ることがある、という意味でもある。
ザッカリアに算数を教えながら、ソワソワしていると、ザッカリアが気が付いた。
「どうしたの。お手洗い?」
「いいえ。私も出かけようかと思っていましたから」
「え。また?嫌だよ、危ないんでしょ。フォラヴは休んでいなよ」
危なくないですよと、焦る子供に微笑んで、もう少し調べたいと呟くと、子供は大きなレモン色の瞳で見上げて首を振った。
「ダメだよ。ね。もうすごい物、手に入れて来たんだから、フォラヴが行くことない」
「ザッカリア。私はね。オーリンが戻ったら、妖精の図書室へ行こうと思います。危なくないでしょう?」
「分からないじゃないか。危なくないなんて!俺は行ったことないもの。それにまた何日も居ないなんて」
すぐ戻るから、とフォラヴは遮る。ザッカリアは本当に嫌そうで、言えることが少なく『嫌だ、ダメだよ』を繰り返す。
「シャンガマックだって居ないんだ。フォラヴがいなかった時、俺は一人だったんだよ。お昼とか、ショショウィが来てくれたから、少し寂しいのもなくなったけど。ショショウィはずっといないし」
フォラヴ。意外なところで頼られていたと知る。いつも一緒だったから、ザッカリアの大きな兄弟のような感じで、自分の存在があったのかと理解した。
それを知ると、少し申し訳なくなった。彼は背こそ170近いけれど、まだ11~12歳程度。
誕生日もいつか分からないが、そのくらいの年齢であることは確かで・・・イーアンをお母さんと慕うにしても、イーアンは旅に出てから、龍の子供たちの元へ通う。
「ザッカリア。寂しかったのですか」
彼の黒い髪をそっと撫でて、心配そうにフォラヴが訊ねると、ザッカリアは溜息をついた。
「どうして寂しくないと思うの?」
逆に問われて、フォラヴは目を閉じる。彼に可哀相なことをしたと、反省。ロゼールが来た時も、ガーレニーが来た時も、ザッカリアはとても嬉しがっていた。
――彼は、そうだった―― 孤独な幼少期で過ごしたから、支部に来て短い月日で大所帯に安心したんだ、と今になって思う。
ザッカリアが俯いているので、フォラヴは頭を撫でてから、背中に手を添え、自分を見た彼に『分かりました。行きません』と微笑んだ。
「本当?」
「はい。やめておきます。別の方法を探します。あなたと一緒にいても、ちゃんと分かる方法」
ザッカリアは炭棒を置いて、炭で黒くなった指を自分のズボンで拭う。それを見て、フォラヴが『そんなところで拭いては』いけませんよと、言いかけると、ザッカリアは腕を伸ばしてフォラヴを抱き締めた。
「ザッカリア」
「一緒にいてね。俺もたまには空に行くけど。俺たちは、旅の仲間でも先に帰るんだもの。一緒にいられる時間は一緒にいようよ」
自分を抱き締めるために、汚れを服で拭いた子供に、フォラヴはちょっとジーンとして。そっと抱き返して『そうですね。一緒の時間を大切に』と頷いた。
*****
その頃。アリンダオ集落へ着いたオーリンは、龍を帰して、クトゥたちを呼ぶ。しかし、
音もなければ影もなく、誰もいないように見えて、腰袋からもらった紐を取り出すと、『こうか?』と呟いて、端を握って回してみた。紐は風を切って音を立てる。
「これで・・・鳥が来るのかな。誰かの鳥が反応すれば、クトゥたちも気が付きそうだよな」
回しながら、どこからか鳥が来るもんかなと、空を見渡して、遺跡の通路の上、立ったその場で一回りする。ふと、向かいの絵の描いてある山から、声が聞こえ、オーリンはそちらを向いた。
「お。反応したか。クトゥの鳥みたいなのが来るの・・・ク。トゥ?え?」
オーリンの目がどんどん見開かれて、口が開く。手は紐を回しているまま。オーリンは向かい合う山の方に体を向けたまま、固まった。
ガァー・・・と音ではない、何かの声が響き渡り、山の絵が剥がれて体を起こし、それは立体を伴って翼で宙を叩く。
「なっ!何だ、あれ!!」
紐を回していた手は止まり、オーリンは恐れおののいて後ずさる。だがその絵の生き物の方が早く、宙を叩いた勢いで、グワッと龍の民の立つ通路の真上まで来た。
「こいつ。こいつ?鳥じゃないだろ」
オーリンの上に影を落とす、それは、青い体に鳥の頭と翼があり、大きな獅子の体を持っていた。
「マジかよ」
さすがに笑えない、ビビるオーリン。その時、大量の鳥の声が辺りに響いた。




