1297. 旅の九十四日目 ~ニヌルタの教え
朝早く。イーアンは伴侶に置手紙を書く。早過ぎる時間で、日も上がっていない。コルステインだって、まだいるくらいの暗さの時。
置手紙に、雲とお空、男龍を描き、自分が飛んでいるところの絵を描く。それから数字で、午前中に戻る意向『8~9(時のつもり)』を添える。
「ドルドレンなら。きっとこれで読み取って下さいます(※信用)」
イーアンは文字が書けないまま、この世界で一生を過ごす覚悟をしているので(※覚える気ない)絵手紙に託す。枕元に手紙を置くと、伴侶の頬にちゅーっとして、そーっと馬車を出た。
思った通り、コルステインの気配がビシバシ来るので、ちらと馬車の間を見ると、大きなコルステインがこっちを見ていた。
『空へ行ってきますから』と空を指差してちょんちょんすると、コルステインはニッコリ笑う。
イーアンも微笑んで手を振り、コルステインに影響のなさそうな場所までてくてく歩くと、そこからびゅ~っと飛ぶ。
飛ぶだけ飛んで。『オーリン、忘れていました』ハッと気が付く。でも、オーリンも午前中に出かけると言っていたから、まぁ良いよね・・・ということにして。
後から連絡しておこうと、イーアンは急いでイヌァエル・テレンへ向かった。
あんまり一人で向かうと、おじいちゃんに叱られることもあるので、イーアンは言い訳を考える。
でも。何を言っても、男龍は自分の意見を引っ込めない。うーん、と唸り、素直に叱られることを受け入れることにする(※諦め)。
とりあえず、おじいちゃんの家近くを通らないように、真っ直ぐニヌルタの家を目指した。
「ビルガメスが気づきそうなものですが(※というよりも、皆)。質問したい相手はニヌルタ。彼にだけお話して、すぐに帰れば。8時から9時には戻れます」
お子タマと一緒かも知れないから、そうすると、少し遊ばないといけないかもだなぁとか・・・そんなことを思いつつ、イーアンはぎゅーんと夜明け前のイヌァエル・テレンを飛ぶ。
「今日は、動きが出ますからね。オーリンもお出かけ、硫黄谷にも到着だし。早めに戻るに越したことありません。その手前でも、何か動きがありそうなんですよねぇ」
ブツブツと独り言を、遠慮なく普通の声量で言いながら、見えて来たニヌルタの家。
ぼうっと柔らかい白さに包まれているおうちは、男龍が『二人分の明るさです』息子のファタファトもいるな、と分かる。寝ているだろうから、そーっと。お父さんには起きてもらって(※ニヌルタの睡眠は別に気にしない)。
極力、龍気を引っ込めて。イーアンはそーっとそーっと、ニヌルタのおうちの目立たない場所へ降りる。壁のない柱ばかりのおうちなので、寝室のある部屋から離れた場所に着陸し、そそっと歩く。
頭の中で、『ニヌルタ』と彼の名を何度か呼びながら、静か~におうちに入る(※侵入ともいう)。
でも。ニヌルタの反応はない。起きないのか~と困りつつ、苦笑いで仕方なしベッドの側へ行き、ぼわ~んと光る大きな男龍と、その隣の小さな光を覗き込む。思ったより、がっちり寝ていた。
起こしたら可哀相かと思う、ニヌルタの熟睡。きっとお子タマ相手に、毎日の睡眠時間がズレているのだ。男龍はきちんと眠るので、イーアンは今日は止めておいた方が良いのかもと思った。
ニヌルタは角も背鰭もあるため、横向きでしか眠れない(※仰向けのない人生)。大きな腕の内に、小さなファタファトが見えて、イーアンは可愛さに微笑み、手を伸ばしてそっと子供の頬を撫でた。
その時、男龍の目がさっと開き、腕が素早く動くとイーアンを捕獲。
ぐはっと慌てたイーアンだが(※不法侵入の自覚あり)取っ捕まって、片腕に抱え込まれた顔を男龍に向けると、笑っていた。
「どうした。会いたかったか」
「ある意味正しいですが、それは目的ではありません」
声に出さずに笑ったニヌルタは、子供を起こさないよう、ゆっくり体を起こして小脇のイーアンを自分の足の上に下ろして、外を見た。
「ファタファトが寝ている。外へ出るぞ」
「すみません。あなたも寝ていらしたのに」
「後で寝る。珍しいな。この明け方前の時間とは」
外へ出た二人は、おうちに上がる低い階段に腰かけ、少しずつ明け始める空に顔を向けて、話す。
「昨日。お前とタンクラッドが来たな。ルガルバンダが話していた。それか」
「ではないのです。ルガルバンダに聞いたかもですが、私は肝心の話を知らないので。そっちじゃなくてですね。あなたが教えて下さった『魔族の種』のことで相談です」
イーアンがすぐに話を出したので、ニヌルタは頷いて促す。女龍の角をくりくりしながら(←何となく癖)彼女の話を聞き、イーアンらしいなと思いつつ、ニヌルタは少し教えてやることにした。
「つまり、あれか。俺が『黙っていた方が良い』と伝えた意味を、教えてやる必要があるわけだ」
「え。いえ、別にそういうつもりではなくて。ただ、現状がここまで進んでいますから」
イーアンとしては、聞きたいのはそこではなく、続きにある『三つめの情報の開示』を、皆に話して良いかどうか。ニヌルタが伏せておくように言った、その理由を聞くことが目的ではないのだ。
でもニヌルタは、伏せている理由を重視しているようで、見下ろす大きな白赤色の男龍は、じっと女龍を見つめて『ふむ』と一言。
「イーアン。俺がなぜお前に『それ以上は』と伏せさせたのか。俺はお前に、言うこともないと思っていた。だがお前の感覚は、依然として、人間の心情に揺れやすい。仲間と一緒に動いている時間が長いからだろうな、まだ、変化に時間が掛かるのだろう」
何やら、イーアンへの理解を示した様子で、ニヌルタはちょっと言葉を考えて『そうだなぁ』と片手を顔に当てると、白む空を見つめる。
「俺が話してやることを、そのまま受け止めろ。質問をしても、俺は答えない」
え~~~ そんな前置きされたら、もう訊けないじゃないのよ~
ニヌルタに、嫌そうな顔を向ける女龍。その顔を見て笑うニヌルタが、『そんな顔するな』と注意し、話し出す(※女龍の訴え無視)。
「お前に訊かれて、俺は調べた。その3つのうち、最後の話を伏せるように言ったのは、お前たちの旅だけではなく、動き出す世界に影響を及ぼす可能性があるからだ。
イーアンは、仲間が危険を冒す前に、俺の話を聞かせてやれば、少しは危険が少なくなると思っている。
それはもしかすると、間違いではないかも知れない。
だが、ここで。お前がそうした『安心』を与えたために、動くはずの駒が止まり、止まった後に、絡むはずの運命が離れてゆくとしたらどうだ。お前はそれを知っても、仲間のために安心する情報を伝えたいだろうか。
俺は、お前がそれを選ばないと思う。違うか、イーアン」
短い説明に、ニヌルタは答えに近いものを含めていた。イーアンは目を見開き、眉をぎゅっと寄せて『それは』と言いかけたが、続く言葉が出なかった。
ニヌルタは静かに女龍を見つめて、自分に何かを答えようとしたまま、急いで何かを考えている顔を撫でる。
「そうなるだろう?お前は繋がりの意味を知らないから、『見えて知っている現状』に力を注ぐ。それはいつもだ。何度、俺たちがお前に言い聞かせても、やはりその言動から、分からないように思える。根本的な部分を、お前が理解出来ていないし、無理もないのか知らんが。
もっと教えてやっても良いのか、と思う時もある。だが、お前は何でも知りたがる。経験のあるなし、考え方の未熟成熟の関係なし、お前の理解に及ばない部分さえ、『知識』として得ようと腕を伸ばす。
それは危険だ。未熟な解釈と、経験のない理解は、真実を嘘に変える。嘘は誰の責任も伴わず、多くの命を蝕み、要らない怖れを生む。
俺たちは、お前に嘘は与えない。だから、お前が成長するのを守りながら、その時に話せることだけを伝えている」
「ニヌルタ」
イーアンは何も言い返せない。ニヌルタの太い腕にそっと触れて、俯き『すみません』と謝った。男龍は、謝って心苦しそうな女龍の顔をちょっと持ち上げると、首を振って『謝るな』と伝えた。
「お前に教える理由もまた、俺たちの運命だ。お前も、人間の時間を過ごしてここで変化する。これもお前の運命。変えたければ、世界に楯突くと知って愚かさを選ぶ勢いでもなければ、これを変えることはない」
「はい」
弱々しく頷くイーアンに、ニヌルタもちょっと可哀相にも思う。
イーアン、とニヌルタは小さく名前を呼ぶと、女龍を抱き上げて、自分の膝の上に座らせ、大きな白い角を撫でた。
「お前は、魔族について、俺が教えた最後の話を知っている。お前が知っていれば充分だ。お前さえ、ドルドレンたちを導いてやれれば、揺るがず、遠くを知るお前の言葉に、彼らは理由を求めるより信頼を寄せるだろう。それはお前が、俺たちを見て信頼を寄せ、安心しているのと同じこと」
ニヌルタは、小さな女龍をそっと抱き寄せると『お前は女龍なんだ。お前も俺たちを見て学び、その態度を取れ』と教えた。イーアンもそう感じた。うん、と頷き、そうなれるように頑張ろうと思う。
「有難うございます」
見上げてお礼を言った時、ニヌルタの家の中でピカッと光った。二人が振り向いてすぐ、中から龍の声がしたので笑った。
「起きた」
「起きましたね。子供の姿で眠っていたけれど」
寝る時は何度も姿を変えているんだ、とニヌルタは言い、イーアンを立たせて、二人で家に入る。お父さんを見つけた子供の龍がベッドから下りて来て、イーアンにもくっ付く。
「寂しくなっちゃったのかも知れません」
「寂しくない。俺たちの龍気は分かっている。呼んだんだ」
よしよし撫でて、イーアンがちゅーっとしてやると、子供の龍もちゅーっとしてアハハハと笑う。子供はお父さんの抱っこされ、イーアンはニヌルタ親子に『今日は戻る』とお別れの挨拶。
「そうか。今日はもう来ないのか」
「時間がないと思います。私が今、教えて頂いたことで私の動きがなくなりますから。そうすると、他の人たちは動くわけで。動けば人数も少なくなりますし、馬車から離れるわけにはいきません」
材料も手に入れるし、と呟くイーアンに、ニヌルタは了解。『ビルガメスが、お前の帰り道にいるかも』空を見てから、翼を出した女龍を送り出す。
「早く来いよ」
「はい。また来ます。朝っぱらから、お世話かけました~」
手を振り振り、ニヌルタ親子が小さくなるまで見ながら飛び、それから間もなく。ビルガメスに捉まった。おじいちゃんは側へ来て『何でニヌルタの家に』と面白くなさそうにぼやく。
「事情がありました」
先ほどの話をイーアンが搔い摘んで話すと、ビルガメスは『ふむ』と頷き、何となく認めたようだった。
「そうか。まぁ、そうなるなぁ。で、お前は結局、どうするつもりなんだ」
「男龍や、アンガコックチャックたち精霊から頂いている、情報を元に考えますけれど・・・皆と一緒に。
でも、う~ん。暫くはおっかなびっくりで、試行錯誤するでしょうね。『魔族の種から防げる、安全な品』を用意するために。
今のところ、ビルガメス達から頂いている、脱皮した翼の皮と、以前、一緒に集めて頂いた龍の皮の服くらいは、候補かなぁと思います」
そうかそうか、とおじいちゃんは微笑み、イヌァエル・テレンの空の境目まで来ると、イーアンを見送りながらこう言った。
「ドルドレンのことは、心配するな。あれは、俺の髪の毛が守っている」
え?と振り向いたイーアンに、大きな美しい男龍は意味深な笑顔でゆっくりと頷くと、すーっと戻って行った。
「今のは。もしかして」
イーアンの表情が、見る見るうちに明るくなって、遠ざかる男龍の背中に、思いっきりお辞儀した。
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