1295. 魔族の種の対処 ~ミレイオの気付き
イヌァエル・テレンを出る前に、オーリンを呼んだイーアン。オーリンはすぐに来て、挨拶を交わしながら、3人と二頭の龍は地上へ向かう。
「どうだったよ」
「私知りません。ミューチェズと遊んでいました。ルガルバンダも」
オーリンの問いに、イーアンが無表情で即答したので、オーリンはちらっとタンクラッドを見る。苦笑いの剣職人に『タンクラッドだけ、ってこと』と聞くと『そういう流れになった』と彼は答えた。
それで機嫌が悪いのかと笑ったオーリンは、仏頂面の女龍の側へ寄って慰める。
「そのうち分かりそうじゃないか。イーアン、怒るなよ」
「私、こういうこと度々あります。何で私抜きなのか」
「あのな、イーアン。ビルガメスはお前に、後で教えるような言い方だったから」
タンクラッドが言い訳のように伝えるが、イーアンは小さく首を振る(※気分良くない)。オーリンが仕方なさそうに、女龍の横で慰め続けるだけ。
「そりゃな。頭使って、しこたま考えて、最後にタンクラッドに怒鳴られて、ってな。その後、空まで来て、自分だけ話が聞けなかったら、そうなるだろうけど」
「オーリン。俺がいつ怒鳴った」
「お昼ですよ。ミレイオが止めて下さったでしょ」
オーリンの慰めに、ムッとした親方が口を挟んだら(※忘れてる)逆に指摘されて、親方は分が悪くなりそうで黙った。
結局、馬車に戻る手前まで、イーアンはムスッとしていて、オーリンが『その辺、調べに行くか』と連れ出す。親方は、別に自分が悪いわけではないのに、何でこんな状態なんだと不満だったが、イーアンがむくれているのは困るので、オーリンに任せた。
なので、親方だけ馬車に戻り、青い龍を帰した後、ドルドレンの御者台に乗って報告する。
「お帰り。今、オーリンとイーアンが見えたが」
「あ~・・・あのな、あれは。そうだな。ええと」
「話してくれ。俺は聞く」
何かあったでしょ、と灰色の瞳を向ける、察しの良い総長に、親方は起こった出来事を話す。
ビルガメスとの会話内容は搔い摘んだ報告だったが、ドルドレンは『どうやら愛妻ははじかれた』と理解し、それは大変だったねと、親方を労った。
「イーアンは知っておかないと、落ち着かないのだ」
「分かってる。俺だって別に、イーアンに聞かせたくないとは思っていないが」
「でも。ビルガメスは『言うな』と言ったのだろう?つまり、俺たちにもまだ言えない」
そうだな、と頷く剣職人に、ドルドレンは、うんうん頷いて『それは、イーアンが落ち着くまで待つだけ』と教えた。
「タンクラッドは悪くないのだ。ビルガメスはちょっと、何と言うか。
イーアンをおちょくって、楽しんでいるようなところもある。実はきちんと、意味のある行動だと分かるが、遊び心が。龍族だから、どうしてもあるのだろうな」
「男龍は気にしないからな。一緒に移動する俺たちの身にもなって」
「それは無理である。彼らは龍族だから(※そういうものってドルドレンは理解)」
困ったように笑うタンクラッドに、ドルドレンも笑って『帰って来たら、俺から話す』と言い、親方に休むように伝えた。
「もう野営地だ。誰も用がないのか。本当に人っ子一人いないから、気楽な道だ。バイラに聞いたら、野営する付近に、小川もあるようだし、木々の間隔は広いが、誰が見ているわけでもない。体を洗っても良いだろう」
水浴びだけどね、と笑う総長は、親方を荷台に促し、礼を言った親方は荷台へ。
寝台馬車の御者をするミレイオに『あとで教えて』と言われ、手をちょっとあげて了解する。空を見上げ、イーアンの機嫌は気になるものの。自分は全然悪くないので(※本当)、早くこの嫌な感じが終わるようにと、思うだけだった。
オーリンは、イーアンを連れて周辺の見回りをし、離れた地域へ出向いて、見つけた魔物を退治し、それから戻る。退治する場所の範囲が広かったので、イーアンはちょっと戦略を練って動いたこともあり。
「疲れた?」
「いいえ。疲れはあまり・・・この体に変わってから、疲れは少なくなりました。でもすっきりした」
「そうか。そんな感じだ。顔つきが普段の、素直な感じに見える」
「何ですか、そりゃ。ずっと素直ですよ」
ハハハと笑ったオーリンは、イーアンの憂さを発散させられたことで、満足する。オーリンもそうなのだが、言葉や意識で片付けるのに手を焼く時は、体を動かした方が早い。
それは、力仕事をしてどうにかなる場合もあれば、何かに没頭して体を動かす場合もある。ただ、手っ取り早いのは、自分に向いている方法で、頭を使ったり体を動かすこと。
イーアンの場合は、戦わせれば済む気がする。肉が好きだから、肉を食べさせるのも良いのだが(←動物状態)戦うことが性に合っている彼女は、動いて頭と力を使えば解消しやすい、そんな印象がある。
こんなことを思いながら、オーリンが顔に笑みを浮かべていると、イーアンが側に寄って『オーリンは私を嗾けましたか』というので、笑った。
「嫌な捉え方するなよ。すっきりしただろ」
「そうですけど。まー」
「君はそれが性に合うんだよ。それで魔物も退治したんだから、一石二鳥じゃないか」
「あなただけですよ。私に『戦ってこい』と連れ出すの」
そうかもね、とオーリンが笑うと、イーアンも笑って『全くもう』と首を振る。二人はその後すぐ、馬車を見つけて降りた。
馬車はもう野営準備を始めていて、タンクラッドとドルドレン、ザッカリアは小川で水浴び中だった。
イーアンはオーリンに促され、スタスタと親方の側へ行く。近くまで行こうとして、川が浅いために、3人が何となく・・・浸かっている部分が少なそうに見え、立ち止まる(※見える恐れ有)。
タンクラッドが気が付き、ハッとした顔で立ち上がろうとし(※反射的に)それに驚いたドルドレンが引っ張って沈めた(※丸出し防ぐ)。
「お帰り。イーアン。あのね。もうすぐ出るから。待っていなさい」
伴侶はきちんと挨拶をしてから、10mほど先の奥さんに回れ右を手で示す。イーアンは見えるように頷いて『タンクラッドに、ごめんなさい、って言おうと思いました!』と大きな声で叫ぶ。
笑うドルドレンとタンクラッド。ザッカリアはニッコリして『イーアンはちゃんと謝ったね』と褒めた(※子供も事情は知っている)。
謝ったイーアンはお辞儀をして、後ろから来たオーリンに肩をポンと叩かれる。振り向くとオーリンが上半身裸で『俺も入るから』とフツーに言い、続けて『良かったな』そう笑って川へ行ってしまった。
なーんも気にしない龍の民が、前方で腰布を取りそうな一瞬、イーアンは背中を向けて、急いで焚き火へ走った。ミレイオが見ていて、笑いながら呼び、イーアンを座らせて二人で料理する。
「退治してきたの」
ミレイオも何となく、イーアンの様子からそう思うらしく、イーアンが頷くと角を撫でた。
「お疲れ様。あんたやコルステインが、昼夜に動いて魔物退治してくれるだけでも、テイワグナはちょっと違うと思うわよ」
「こうしている間も、どこかで魔物がと思うと、いつも物足りなさは感じます」
「全部がどうにか出来るわけじゃないでしょ。それが出来たら、やっているんだもの・・・タンクラッドの聞いて来た話。あれはまだ、お預けみたいだけどさ。魔族の種については、明るさが見えて来たと思わない?」
ミレイオは話を変える。イーアンが反応して『明るさ』と訊き返す。鍋に蓋をしたミレイオは立ち上がると、イーアンに『おいで』と呼び、一緒に荷台に上がる。
「これ見て」
荷台に入って、自分の棚から何かを取り出したミレイオが見せたものは、タムズの色の龍の皮。イーアンはそれが、伴侶を守ってくれた皮と見て、ニコリと笑う。ミレイオも微笑み、それを外の光に透かした。
「分かる?ここ、これ。後、こっち。ここもか。それもそうでしょ?あんたが持ってる端の方の」
「はい・・・あの。穴?でしょうか。この、小さい穴が開いているという意味?」
「そう。焦げた穴だと思うでしょ?でも、タムズの皮は焦げないのよ。私、これ見た後に実験したの。だとしたら、何だと思う」
え・・・イーアンはゾワッとした。ゆっくりとミレイオを見上げ、その明るい金色の瞳を見つめ『まさか』と呟く。ミレイオは瞬きして『多分って範囲』と前置きした。
「種だったんじゃないのかな、って。あの時、ドルドレンは、ショレイヤに乗っていたの。ショレイヤは龍だから、絶対平気でしょ?でもドルドレンは人間だから、種を飛ばそうと思えば。相手が魔族ならさ」
「う。それは。強烈に怖い」
うん、と頷くミレイオは皮を畳む。そして思うことを話すため、イーアンを連れて焚火の側へ戻り、腰を下ろして自分の見解を伝える。
「種ってさ。もしかすると・・・もしかするとよ。龍の皮に当たって穴が開いたのが、仮に種のせいだとするじゃないの。でも落ちたとしたら、すごい危険でしょ?」
「口を挟みますよ。そんな可能性を考えていませんでした。戻って調べないと」
「ちょっとお待ち。イーアン、聞いて頂戴。私たち、ドルドレンが倒した後ね。近くで野営していたのよ。夜、コルステインなんかもいたの。家族よ、家族。あんた、知らないだろうけれど。
あの家族も夜に来ておいて、種があったとしたら気が付いているわ。私が言いたいのは、『種が落ちたとしたなら、危険だけど』・・・?」
その続きを、覗き込んだイーアンの顔を見つめ、イーアンに言うように促すミレイオ。イーアンは自分の続きが正しいのか分からず、眉を寄せたが、言葉を考えてゆっくり答える。
「その、えーと。種が消滅?したと」
「そんな気がしない?魔族の世界に放り込まないと片付けられない危険物、って話だけど」
ミレイオはそこで一度話を切る。川の方から声がして、タンクラッドたちが上がり、交代でバイラとフォラヴが川へ向かう。
「後で。皆が揃ったらね。言おうかなって思っているの。
昨日、フォラヴの話を聞いた時、私は彼に訊きたかった。だけど夕食後で、時間も時間だったし、確証があるわけじゃないからさ。
・・・・・今日ね。あんたたちが、空に何の用事で上がったのか、ちゃんとは知らなかったけれど、夜はそういう話するかな~って。そしたら、私も自分が感じていること、言える時間ありそうでしょ」
「話して下さい。タンクラッドの聞いた話は、まだ誰にも言えない様子だから。食事が終わる頃にでも、ミレイオの見つけた事実を」
イーアンは、それはとても大きな可能性を持っているだろう、とミレイオに言う。
頷くミレイオも、『確認するべきことが幾つかある』と慎重ではあるものの、この辺が鍵になるだろうとは感じていた。
こうして。
イーアンとミレイオを除く、全員が水浴びも終えて、夕食にする。
ミレイオはイーアンに『私たちは後で、地下でお風呂』と言ってあるので、食後の話も『共有と確認だけ』と決めた。
肉と穀物を炊き上げた料理と、煮込んだ野菜を器に盛って、皆に配ったミレイオ。食べ始めた皆の様子を見ながら、おかわりに立つ親方とドルドレン、オーリンに二回目を渡し、そろそろ良いかなと判断する。
「もう食べ終わるから・・・少し話をしたいの。良いかしら」
どうぞ、と顔を上げたドルドレンが促し、ミレイオは頷くとフォラヴを見る。彼が食べ終わる頃なので、この『緊張を伴う話』を始めた。
「まだ。食べている人がいるから、一応、先に何を話すか言うわよ。気持ち悪かったら言って頂戴。待つから。魔族の種のことなの」
和んでいた夕食の終わり掛け。皆の顔に緊張がさっと走る。フォラヴの空色の瞳がミレイオを見つめ、『話して下さい』と彼は言った。ミレイオは微笑んで『すぐ終わるからね』と返す。
「魔族の種って。フォラヴが手に入れた、あの欠片を使わないと返せないんでしょ?
でもね。私、疑問があるのよ。ドルドレンが雲の魔物と戦った時、彼を守った龍の皮に、穴が開いていたの」
ギョッとした顔の黒髪の騎士に、イーアンは気の毒に思う。伴侶もそこまでは考えていなかったのだ、と分かる。
話を続けるミレイオは『もしも、雲の魔物が魔族だとして』それと『穴が種による場合』この二つは、どちらも仮定でしかない、と初めに言い『そうであったとするなら、種はどこへ行ったのか』と皆に問う。
「はっきりしない以上、この話は、私がそう感じたっていう、想像を出ないわ。でも、タムズのくれた皮に穴が開くなんて。
グィードの皮、あるでしょ?イーアンが作ってくれた龍の皮の着物も。加工出来るし、切ったり縫ったり。意外に傷は付けられるのよ。だけどね、燃えたり焼けたりってのはないの。
言ってる意味、分かる?ドルドレンはあの時、雲の中で炎を生んだのよ。雲の中にあったもので、炎を伴う『礫』になるようなものは、聞いてみれば、何一つなかったわけ。
つまりね、炎だけで開かないはずの穴が一瞬で開いて、それもそれっきりで」
「分からない以上、想像なんだよな」
タンクラッドは、仮定の仮定であることを指摘する。雲の魔物が魔族だった証拠がない。
そうかも知れないとは思うが、確たる証拠は出ていない。そして、その仮定を前提にした『種だったら』は、もっと分かりにくい。
指摘した親方に、ミレイオは『そうよ』と答えた。
「でも。万が一を考えておいたって、この場合は悪くないわ。変に期待して、バカなことしないでしょ?
オーリンは、精霊に知恵をもらったわ。魔族の種を防ぐ方法。
『他の属性を持つもので、防ぐ』ってことよ。他の属性って、龍の皮だってそうじゃないの」
焚火の音がはぜる。ミレイオの言葉に、オーリンを始めとした、フォラヴ、ドルドレン、イーアンは期待と願いを胸に抱いた。バイラとザッカリアは、流れを見ている。
タンクラッドだけは、ミレイオを止めるように首を振った。
お読み頂き有難うございます。




