1293. 馬車歌三部『卵泥棒』から ~最初の問いは空へ
4つの話が、この『ザハージャング』を介した理由で遺っていて、なぜか異なる内容。
イーアンの疑問の一つ、『卵が盗まれた』それが文字通りの『盗む』かどうか、そこも知っておきたい点としてあった。イーアンが知りたい確認に直結することはなくても。この際、タンクラッドに打ち明ける。
「タムズが話してくれたことが真実としても、馬車歌に遺った物語にも『嘘』と決めつけたくありませんでした。
なぜここまで違うのか、とも思ったし、タンクラッドが『テイワグナの謎の主題』を話して下さったばかりでしたから、馬車歌の根底にある『別種族が行き交う・触れる』そこを削り落とす気になれなかったのです。
馬車歌では、『卵を盗む』とか『子供たちを連れて行く』とか。これは触っているのです。サブパメントゥが龍に」
「ふむ。お前は面白いところを突く。いいぞ、イーアン。
男龍の話もその部分が一緒だ。男龍はこれについて、特に何も意見を挟まなかったが、『卵を盗もうとした』ことと、『子供を連れて行こうとした』こう俺に説明したんだ。
触れる時点で、今思えば変な話だ。触るだけで消えるという、コルステインやホーミットを知った以上な。
お前の疑問、俺も思う。このズレに大きな意味があるのか、無いのか。隠された何かへの示唆か、ただの想像物語か・・・いや、単純な作り話ではなさそうじゃないか」
女龍の顔近くに頭を寄せると、タンクラッドは笑顔で『聞いてくる前に、こっちも少し考えるぞ』と囁いた。
「質問するにも、ある程度は考えておかないとな。久しぶりだな。面白くなるぞ」
そう言ってニヤッと笑う。イーアンは彼をそんな見て、本当にこの人、謎解き向きなんだなぁと、しみじみ思った。生き生きし始めた親方の話に、イーアンも身を入れてきく。
上り坂はまだもう少し続くらしく、上り切った後は道が少し広がるからと、前を歩くバイラが大きな声で皆に教える。
昼食には早いが、そこで昼にすることに決まり、旅の一行はそれぞれ話をしながら歩き続けた。
タンクラッドはイーアンに、まずは自分が理解したことと、推測出来ることをざっくり伝える。
イーアンも彼の話を聞きながら、『もしかして』『この時間差は』と没頭し始め、二人は昼休憩に入るまでに、幾つかの可能性を探り出した。
昼休憩時、昼食もタンクラッドの側へ行くイーアン。
そそくさと食事付きで親方の横に座り、二人はお話に熱中する。待ち構える親方も自然体。イーアンが運んできた昼食の皿と平焼き生地を受け取り、並んで食べながら、ああだこうだと意見を交わす。
それを―― ドルドレンたちは、離れた場所で見つめる。そう。二人はどうしてか、ちょっと離れた場所に座っているのだ。まるで秘密の話のように。
「あれ。イヤ」
呟いたドルドレンに、横にいるミレイオが笑い、オーリンが可笑しそうに顔を歪めて咳払いする。ドルドレンは二人を見て、眉を寄せたまま『笑うことではない』と注意する。
「だって。あんたったら。分かるけれど」
「総長は素直だよね」
「当たり前だ。奥さんだぞ。やきもち云々の話じゃない。あれは嫌だろう、夫として」
まぁね、と頷くオーリンは、離れた場所で意見を交わす二人に目を向け『でもさ』と総長に言う。
怪訝そうなドルドレンは何も言わずに、龍の民の言葉を待つ。ミレイオも同じことを思っているようで、横で笑った顔のまま食事を続ける。
「別に彼らの味方をするわけじゃないが。あれ、前からあんな感じじゃないの?」
「そうだ。最近は二人が一緒にいる時間は減ったが。下手するとイーアンは『抱き締められたまま、会話に没頭する』という恐ろしい癖がある。
彼女は、意識が逸れると、自分がどんな状態にいるのか、素晴らしい集中力で気にしなくなるのだ。それは、誰が相手でも起こる現象だから、夫の俺はひやひやする」
アハハハと笑ったミレイオは、『私もあるよ』と普通にドルドレンに言う。さっとミレイオを見たドルドレンは『ミレイオは良いのだ。最初はビビったけど』と(※上半身裸事件他諸々)頷く。
「俺もあるよ」
「オーリンはダメだろう!何してるんだ、俺の奥さんに!」
「そうだな、うん。ごめんな(※一応謝る)。大した理解者だ、総長。イーアンは変わってるからね。
さっきの意味だけどな。まぁ、気分は悪いだろうが、あれはどう見ても二人にしか出来ない内容だぞ」
「それが嫌」
「じゃなくてさ。ハハハ、あの二人は謎解きしている時、すごい似てる気がするんだよ。頭使ってる時の顔だろ?笑ってないじゃないか」
オーリンがそう言うと、ドルドレンはぶすっとする。それは分かっている。そう、自分は追いつけない部分(※これも悔しい)。二人が同時に謎に挑戦し始めると、ああなる・・・・・
「オーリン。お前の意見は正しい。しかし、あの状態が始まると長い。俺はそれも食らっている。俺なんか蚊帳の外だ。何かあれば『タンクラッドに聞きましょう』『タンクラッドに相談しなきゃ』と言われるのだ。
一度、『謎』という好物がぶら下がれば、イーアンはホイホイ行ってしまうし、タンクラッドもガツガツ進むから、朝晩関係なくイーアンを呼びつけるのだ。俺が旦那なのにタンクラッドが旦那状態」
「その言い方、よしなさいよ。あんただって、謎解いてもらってナンボでしょ?」
苦笑いするミレイオに、ドルドレンは悲しそうに頷く(※素直)。オーリンは総長の肩を叩いて『元気出せ』と笑う。
「得意分野なんだ。これは仕方ないぞ。二人で問答しているうちに、どこにも始発点がなかったはずの道を走り始める。彼らじゃないと出来ない」
おかわり貰えよ、と総長の皿を見て、反対側のミレイオに促し、笑うミレイオも、沈むドルドレンの手から皿を引っこ抜いて、おかわりを付けてあげた(※貰えば食べる)。
こんなやり取りをされているとは知らず、当の二人はひたすら話し合う。
熱が入り、お互いの言葉に敏感に反応し、そこから新たな紐を見つけては繋ぎ、手繰り寄せて、別の見解を導いて、元の問題を解釈して進む。
タンクラッドもイーアンも夢中。今、話が途切れたら勿体ないと思うほど、集中力が昂る二人は、食べながら話していたが、食べ終わっても皿を置かずにそのまま続ける。
「これで一つだ。お前の疑問でもあり、俺も疑問の一つだった箇所に触れた。
イーアン。次に空へ行く時、ビルガメスに訊くんだ。直結すると教えてもらえない可能性がある。今の俺たちの状況から『彼らが教えて差し支えない』判断に結ぶ流れを組め」
「非常に厄介な要求ですが、努力はします。ビルガメスたちが気にしていない以上、彼らが教えるかどうかも分かりません。やるだけやってみます」
「フォラヴの話を取っ掛かりにしろ。彼は人間の体と妖精の体で、魔族の世界まで行った。
この先、俺たちにもある、その『混じり状態』が、未熟以上の宝として見えてくる、そういった使い道に繋がる可能性は、お前が聞けるかどうかに掛かっている」
「めっちゃくちゃ、プレスしますね。え?プレス?そうね・・・重圧(※まんま)。怒らないで下さいよ。本当に重圧なのですから。あの男龍相手に『求める答えを聞き出してくる』なんて。これまで何度も、無視されています」
「イーアン。粘れ。お前の賢さなら大丈夫だ。一刻も早く、聞いて来い。食べ終わったら行くか?」
「急ですよ!今、魔族が出たら」
「大丈夫だろう。もう(※親方の勘)。フォラヴも手段は得たし、ドルドレンは倒せる。ミレイオもいる・・・どうせなら、俺も一緒に行った方が早いか」
「ええ~ タンクラッド付き~?(※ムリ多そうな予感)」
何だその言い方は!怒る親方に、イーアンは翼を、すちゃっと出して盾にし『怒ってはいけません』と目を瞑って回避(※『ひえ~』って感じ)。
離れた場所で彼らを見守る皆は、その展開にちょっと笑う。
「ほら。真剣だからさ、どこかでああなるんだよ」
オーリンに言われて、ドルドレンも何となく頷く。『奥さん、可哀相である』あれは何か言っちゃったんだな、と理解する旦那(※理解力高い)。
わぁわぁ怒っているタンクラッドに、白い翼二枚で『ひ~』と怖がっている女龍に、笑いながらミレイオが立ち上がって側へ行き、タンクラッドを叱りつけ、イーアンは翼をしまうことが出来た。
「女龍なのにな。親方ってのは伊達じゃないな」
「タンクラッドの威圧は、イーアンには苦手なのだ。行き過ぎると、イーアンも言い返すが」
そうなると立場が逆転するだろ?と訊ねるオーリンに、ドルドレンは『よくそういう場面を見た』と教えた。オーリンは笑って『彼らはあれでいいんだよ』と、ミレイオに仲裁に入られている二人を見て言う。
「あの様子。俺も出かけそうだな」
うん?と見た総長に、龍の民は『午後。無事に野営地まで行けよ』と笑顔を向けた。
*****
「本当になったのだ」
御者台に座って、緩い下りの道を進むドルドレンは、背の高い木々に囲まれた、森林の隙間にのぞく、青空を見つめて呟く。
「3人で空へ行ってしまった」
「いつものことですよ」
バイラが横で慰める。笑うに笑えなくても、昼食中の話は聞こえていた。『夕方には戻って来てくれますから』と続け、不満そうな総長に『音楽は?』と笑顔で振ってみる。
「そうだ!ザッカリアを呼びましょう。今日はショショウィも来ていないから、ザッカリアが楽器を奏でてくれるかも」
ドルドレンが何かを言う前に、バイラは後ろへ下がり、あっという間に白い楽器を抱えた子供付きで戻る。子供はぴょんと御者台に飛び乗ると『元気出しなよ』と励まし、不服な総長のために景気の良い音楽を奏で始める。
「これの歌、知ってる?これはベルが教えてくれて」
「俺が知らないわけはないだろう。歌うから合わせるのだ」
横で曲を弾かれたら、有無を言わさず歌うことになる総長。歌う総長に、楽器を弾く子供。バイラは『いい時間だなぁ~』と自分の思い付きに満足し、音楽付きの道を楽しんだ(※素敵な旅の午後)。
*****
イヌァエル・テレンでお別れした、龍の民と、イーアン&タンクラッド。
イーアンはミンティンを呼び(※親方命令)午後一番で空へ向かった。お空でオーリンに『後でね』と挨拶した後、タンクラッドと二人でふらら~と・・・・・
「あ。来た。来ましたよ。これは」
「うん?俺も分かるぞ。この龍気、ルガルバンダだ」
「あら~ よく分かりますねぇ。私、そうかな~程度なのに」
子供部屋に連れて行くのも何だからと、誰か男龍の家に寄らせてもらおうと思っていたイーアン。ミンティンもいるからか、早々と迎えの男龍が来てくれて、とりあえず一安心する。
薄緑色の透明感溢れる男龍・ルガルバンダ。すぐ側に来て、珍しい組み合わせに首を傾げた。
「どうした。何でタンクラッドがいる」
「聞きたいことがありました。私だけだと」
「俺が説明した方が良いと思ったんだ。それで付いて来た」
タンクラッドはイーアンの言葉を引き取って、さり気なく答える。ルガルバンダは彼を見て『ふむ』と可笑しそうに口端を上げる。
「良いだろう。イーアンとミンティンの龍気だったから、他のやつもいるのかと思っていたんだ。イーアン、今日はそれだけか」
そうです、と答えた女龍に、ルガルバンダは周囲を振り向いて『早めに行くか』と呟くと、自宅へ誘ってくれたので、二人は彼に付いて行き、ルガルバンダ邸に降りた。
ミンティンを帰し、タンクラッドが降りると、ルガルバンダは『バーハラーがもうすぐ動ける』と教えた。
「本当か?そうか、良かった。悪いことをした。どうしているかと」
「お前も知らなかった。仕方ないだろう。だがな、次は気を付けろよ。バーハラーは強いが、何度も食らって平気なわけじゃない。寿命も短くなる」
男龍の言葉に、胸が痛む。タンクラッドは慎重に頷いて『気を付ける』と答る。ルガルバンダの金色の瞳が少し優しく光って、理解をした男を許したように、イーアンには見えた。
「入れ。話を聞こう」
「ビルガメスは来ますか」
「どうだろうな。お前だけなら来そうだが。彼は、タンクラッドの持つ龍気も感じていそうだ。俺はピンと来なかったけれど。ビルガメスは子供と一緒だから来ないかもな」
ちょっと笑ったルガルバンダは、『重鎮が子供と一緒だから来ない』と遠回しに言い、タンクラッド付きの状態に訝しく思うであろうことは伏せた。
今回は自分が相手をしてやろうと思う男龍は、二人を座らせると、イーアンの横に座り『言ってみろ』と早速、促す。
イーアンはちらっとタンクラッドを見る。向かい合って座ったタンクラッドは、単刀直入に訊いた。
「俺たちの状態。旅の仲間に共通する、『混じる者』として集められた目的だ。それは、二回目の旅の仲間、ズィーリーたちにあったかどうか、分からないが、始祖の龍の時代にはあったと」
「ふーむ。面白いことを言うな。俺にそれを聞こうって言うのか」
ルガルバンダは長い髪の毛を片手でくるっと丸めると、首を傾げてニヤッと笑った。
「俺の知っているのは、ズィーリーたちの旅の一部。お前が聞きたいのは、始祖の龍の時代。俺じゃ答えに間に合わないかな。タンクラッド、その目的を知りたい理由は何だ」
「ザハージャングの話が、ここ最近、度々出ていた。俺は時の剣を持つから、勿論知っておきたい。
だが、集まった話を並べてみれば、内容に差異が目立つ。単に『違うだけ』と済ませるには、何かおかしい。それが『混じる者・混じる世界』の見え隠れだ」
男龍はじっと、親方を見つめて『そうか。お前は自分の力の意味も併せて、旅の仲間に変化を与えられると考えているのか』それが求めるところか?と訊ねた。
ルガルバンダの切り返しが早くて、タンクラッドは教えてもらえそうな気がしてきた。頷くと、男龍は間を置いて、イーアンを見た。
「ザハージャングの話は、したんだろ?」
「はい。数時間前です」
「ザハージャングを連れて行った日から、時間が経っているな。まぁ、変わんないか。それと?他所でも、あれの内容が見つかったわけか」
「馬車歌、というものが、地上にあります。古い時代の歴史を歌う・・・前も、お話しました。でもあなた方は『馬車歌は知らない』と言っていましたが。
そこに遺った内容に、ザハージャングらしい内容が。なぜそうかというと、タンクラッドが精霊にも同じような内容で、『ザハージャング』と名指しで話を聞いています。そして、これもタンクラッドですが」
「俺が言う。ビルガメスに前に聞いたんだ。噂話、として。ザハージャングは登場していないが、サブパメントゥの卵泥棒の話を」
男龍は、親方に何度か小さく頷くと、横で見上げている女龍に視線を戻して、『ザハージャングの真相、って話じゃないんだな?』確認のように訊く。
イーアンは何て答えて良いか、一瞬戸惑ったが、確かに知りたいことは違うので、そうですと答える。
「良いだろう。お前たちが知りたいことは大体分かった。面倒な。これじゃ、いつも通りだ」
そう笑ったルガルバンダは、イーアンの肩をちょっと抱き寄せて『ビルガメス行きだ』と囁いた。イーアンも、そうかなぁと思っていたので、苦笑いで『だと思った』と答えた。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして頂きました!有難うございます!




