1291. 別行動:ヨーマイテスによるアレハミィの記憶②
――その能力が災いした。
父の一言に、さっと見上げた漆黒の瞳が不安そうで、ヨーマイテスは息子の頭を撫でる。
「アレハミィは妖精だ。動ける範囲・触れる範囲がある。サブパメントゥや、龍と一緒で。まずこれが、一つめのキッカケだったと思う。
旅自体が長引いたが、後半の頃だった。アホのせいで『旅の仲間が分裂していた』と話しただろ?(※1009話参照)人数が少なかった馬車で、ズィーリーとバニザット、ヘルレンドフが一台に乗っていた。
俺は夕方を越えた時間に、バニザットに呼び出されて行った。何が起こったかというとな。魔物の世界と繋がっちまったんだ」
「魔物の世界・・・って。もしかして、リーヤンカイの穴みたいな」
この話になると『リーヤンカイ発動』の件も出て来ると分かっていたヨーマイテスは、長引かせたくないので、そこはさらっと流して『そうだな』とだけ言い、次へ進む。
「それまでの旅の流れはな。どこから魔物が湧いて出るのかを、地元民に聞きながら馬車が動いていた。見つけたら潰すような具合だ。バニザットも魔法で探っていた。
ある日。魔物退治で呼び出されたアレハミィは、倒し終わった後。その近くで、魔物が出て来る森を突き止めた。彼は馬車の連中を待たせて、一人で担当した。
だがそこは、不完全な次元の歪みが生じていた場所で、アレハミィが一掃するために動かした衝撃で、繋がったんだな。これはアレハミィも予想外だっただろう」
シャンガマックはごくっと唾を飲む。総長たちと退治に出た、2年前。目の前の山脈から魔物が飛び出して来た、あの日を思い出した。
「アレハミィがぶっ壊した垣根は、待機していたバニザットの結界で、外へは広がらないように押しとどめたが、その時のズィーリーは、まだ龍になるのもおぼつかず、ヘルレンドフと二人で・・・バニザットも含め、三人は結界の中、わさわさ出て来る魔物を片っ端から退治だ。
どうにかするには、歪んだ次元の中に入って、魔物の通路を封じないといけないんだよ。本来は、勇者なんかの仕事だが、いないだろ?(※ありえない勇者)」
「もしかして、それをヨーマイテスが」
「俺だ。ヘルレンドフが、龍に乗って中に行こうとしたが、奥がどこまで続くか知れない次元へ向かうに、ヘルレンドフだけじゃ無理がある。
お前たちのこの前・・・ドルドレンとタンクラッドが動いた後、龍が一頭ダメになったって聞いたが(※1087話参照)。そういう意味でな。ヘルレンドフだけでは、屍まっしぐらだ。
バニザットは結界で手一杯。なんせ森がデカいからな」
どこの国か分からないけれど、被害が広域に渡ったと知って、シャンガマックは恐ろしい事態に言葉が消えた。彼を見つめる碧の瞳は、遠い記憶をなぞりながら、少し合間を開けて続けた。
「結果を言うか。俺が次元の中に入った。だが俺だけじゃ沈む。分かってるだろうが、俺は飛べないんだ。だからコルステインも呼んだ。コルステインに任せると、細かいことはあいつに理解出来ないから、俺は鳥のコルステインに乗って、魔物の通路を塞ぐ最後まで行って、仕事を終えて、戻った」
何て大変なことが起こったんだろう、と思いながら、父の手をぎゅっと握って『無事で良かった』と呟く。ヨーマイテスは『お前に会えたな』生きていた事に感謝して笑った。
「アレハミィは?」
「これから話す。魔物の通路を塞いで、コルステインと二人で力づくで閉じた後。
出て来た俺たちも、休む暇なんかない。そのままとっ散らかった魔物退治だ。
結局なぁ・・・そこで10日くらい使ったんじゃないか?俺とコルステインは夜か影しか動けない。朝が来ればズィーリーとヘルレンドフだ。
バニザットは近い距離の魔物なら、結界を張りながらでも倒したが、遠方は動けないから、日中は女龍とヘルレンドフで、夜は俺たちって感じだった。
この間。アレハミィはどうしていたかって言うとな。動けなくなって役立たずだった。魔物が溢れた初日。その森の中で暮らしていた集落が幾つも、魔物に襲われて壊滅したからだ」
「そんな」
「森がデカいと言っただろ?アイエラダハッドだ。アーエイカッダと呼ばれていた時代。あの国は、森ばかりだ。広範囲の森にも人間は住んでいたし、集落だから点在している。
アレハミィが、一斉に出た魔物を倒せなかったのは、魔物の次元の歪みに触れなかったからだ。噴き出した魔物は次元のずれも伴って、アレハミィはその場を逃げるしか出来なかった。
本当ならな、コルステインも影響があった。だがコルステインには、バニザットが俺の力を一時的に移した。俺は、別の次元でも動けるサブパメントゥだから・・・俺の話はまぁ、良いにして。
急いで逃げたアレハミィの見たものは、自分の起こした出来事の犠牲だった。森林にあった集落。もう忘れちまったが、何百人死んだんだろうな。アレハミィには、耐えられなかった」
「でも、でも。それは、アレハミィだって知らなかったんだろう?いつもみたいに、自分の力で魔物を倒そうとしただけで」
「そうでもないんだ、これが。後から聞いたんだが、アレハミィがぶっ壊した場所はな。どうも古い結界があったらしい。土地の人間が、精霊か何かに教えてもらったんだろうな。人間の作った結界に、別の力が宿る場所で。
だがその奥から、魔物が出ているし邪気も強いから、アレハミィはそこを壊した。あいつは『弱々しい結界』とでも思ったのかも知れない。何を封じているのかも、触れないから分からない。壊すだけなら、離れていても出来る。
どの道、魔物が出ている場所に、古臭い弱い結界があるだけと判断したか。壊したら―― 」
「その、古い結界は。残骸があったのだろうか」
「あったようだ。過去のバニザットが気が付いたんだから。
後日。バニザットはアレハミィを呼び、結界に気が付いたかどうかを、問い質した。すると『知っていた』と返事が戻る。
結界は触れると、何に反応するのか分かるんだ。お前もそうだろ?
魔物相手だと、魔物が触れるとダメだと・・・って、お前の場合は、目的ナシで全部、封印する結界らしかったが」
ちょっと凹んだ息子を急いで抱き寄せ『お前が落ち込む話じゃない。悪く取るな』と、慌てて言い聞かせる。
「これは老バニザットの意見だが。その場所は、もしかすると初代の・・・遥か昔の魔物退治の時にも、魔物が出てきた場所かも知れないとな。始祖の龍たちの時代だ。
土地の遺跡みたいなもんで、そこに結界を遺した。効力が弱くても、それが何かを理解したら、単純に取っ払おうとは、しなかったんじゃないか」
「彼は触れないのに。触れないなら、何の結界か理解出来ないよ」
話を聞いていて、『無理もないのでは』と、躊躇いがちにアレハミィの味方をする、シャンガマック。ヨーマイテスは溜息をつく。
「お前は優しい。分からないなら、馬車に乗ってる連中に、聞けばいいだけの話だ。
過去のバニザットもいて、龍もいて、人間のヘルレンドフもいたんだ。森の外れで待たせていた仲間の誰かに相談して『あれは何か』ってな。
たった一言聞けば、誰かは触る・・・というか、バニザットが見れば一発だろ。『魔物から封じた場所』と聞けたはずだ。それをしなかったんだよ。アレハミィの性格がさせなかったんだ」
褐色の騎士は、アレハミィを哀れんだ。強気な妖精だったとは分かるが、能力も高く、旅の仲間として選ばれて、魔物退治のために動いたら、自分のせいで取り返しのつかない被害をもたらしたなんて。
「こんなことを言うと、どう思われるか分からないけれど。
仮に触れなくても。アレハミィは、その結界が魔物相手くらい、見抜けそうだ。でも既に、効果がないと判断して。悲しいけれど、実はまだ最後の効力を持っていた、というか」
呟く息子に、ヨーマイテスは首を振ってはっきり告げる。
「それなら余計に無様だ。『触って確認できない』その理由ならまだな。勢いで行っちまった、とも思える。それもバカだが、『触って確認』が理由じゃなくて、『魔物封印の古臭い弱い結界』を侮った愚かさは、勢いを上回るくらいの愚行だ」
結界を誰が何のために使ったか。過去のバニザットならそれくらい、あっという間に知るだろう、とヨーマイテスは言った。
「言ったばかりだが。『アレハミィの性格』が起こした悲劇だ。俺だってもう少し、マトモな動きをするぞ。俺は奇妙だと思えば、下手な事はしない」
――触れないなら、聞けば良かった。見抜いていたなら、警戒するべきだった――
アレハミィの行動は、犠牲者を出し、仲間を疲弊させ、旅の足止めに充分過ぎる、深刻な問題として残った。
龍を呼んでも、どうにもならない森の中。勇者もいない(※大問題)。勇者と一緒に動いている仲間もおらず(※これも問題)。出逢っていない仲間も2人待ちの状態で(※これは仕方ない)。
ズィーリーは、今のイーアンよりも弱かったし、ヘルレンドフは戦い続けたが、彼も生身の人間で、老魔法使いは、結界の中の魔物を倒し切るまで結界を張り続けた。
老魔法使いの結界は、サブパメントゥの二人には強烈だから、彼らを呼ぶ時、老魔法使いは別の魔法も用いて、内側にもう一つの結界を作っていたと言う。
「さすがに、バニザットもくたびれていたな。10日間、ぶっ続けで。食事も何もないんだから」
「え。皆が?」
「そうだ。ズィーリーもヘルレンドフも、馬車が結界の外だったから、森の中で何か食べたんじゃないか。いくら何でも、水は飲んだと思うが。どこかで」
さらっとスゴイことを言っている父に、シャンガマックは息切れしそうだった。
眠るにはどうにか、サブパメントゥの二人と交代出来るにしても。飲食もほぼない状況で、彼らはひたすら戦ったのかと思うと、気の毒で同情しかない。
「俺も・・・遠征で何日も食事を抜くことがあったが、4日もろくに食べなくなると、力が出なくて」
「何だと?お前が4日も食べられない?ドルドレンか!お前の管理は」
そこじゃないよと、怒り始めた大男を宥めて、シャンガマックは『過去のことだし、皆がそうだったから』と、機嫌を悪くした父を落ち着かせる。
「俺は『何て大変だったんだろう』と言いたかった。俺の過去はどうにもならない。怒ってくれて嬉しいけれど」
「当たり前だ。お前が『食べられない状況』なんて冗談じゃないぞ。他のやつは、どうにでもなるがいいが(※極端)」
そんなこと言わないでくれと頼み、迂闊に過去の話はするものではないことを学ぶ騎士。そろそろ風呂を上がろうと促し、頭を洗い、体を乾かしてもらって、二人は魔法陣の洞窟へ戻る。
洞窟にベッド(←箱)を出して、息子を座らせ、ヨーマイテスはその後を伝えた。
「そうしたことがあったからな。アレハミィは、人の体を求めるに至った。どうすると、そうなるのか。思考の流れは分からんが、後悔と反省の形が、行き着いたのはそこだったんだろう。
自分を人の体に押し込めて生きることで、犠牲にした人間たちに・・・どうなんだろうな。真相は知らないが。
人間が触れるものや、人間だから入れる場所に、妖精の力も持った状態で動く。その意味は分かる。利点がないわけじゃない。
とは言え、欠点の方が多いのは確かだ。妖精の力は遮られるし、人間でいる時間に危険があれば、人間らしくまともに食らうんだ。だが、あの男はそれを選んだ」
妖精の力が遮られている状態は、妖精の状態よりも回復は遅く、回復するにも『いつでも・どこでも』とはならないようだった、とヨーマイテスは話した。
「アレハミィは、『最後まで一緒だったか』というと。それも違う。だが、今はここまでだ」
「彼は・・・そうか。分かった。ヨーマイテス、俺がこの話をフォラヴに?」
俺が言うより良いだろ?と碧の目が見た。シャンガマックは、とても言い難い内容だと思った。フォラヴにはキツ過ぎる気がして。
それを読み取ったヨーマイテスは、息子の顔をちょっと触って、俯いた目を向けさせる。
「俺は、訊ねられてもフォラヴに教えなかった。理由は、今のお前の感覚と近い。ちょっと違うがな。
何でもかんでも、一人で抱え込むだんまりの男が、魔族の世界まで出かけて行っただろ?その直後にこんな話したら、落ち込むだけで済まないくらい、精神がやられそうだ」
父の言葉に、ちゃんとフォラヴのことを理解してくれていたんだと、シャンガマックは少し嬉しく思った。一人で抱え込むフォラヴ・・・その通り。
「だから。抱え込むのを止められたらな。話してやっても良い、とは言っておいた。それは、俺が判断する」
「ヨーマイテス・・・その意味は、皆に打ち明けたり、相談するという」
「お前たちの気持ち悪いくらい仲の良い状態だったら、問題なさそうだ。出来ないことじゃないだろう」
言い方が可笑しくて、シャンガマックは笑う。ヨーマイテスの腕に寄りかかって笑い、上を見上げて、イヤそうに笑みを浮かべる父に『何だ』と言われて、首を振る。
「いいや。気持ち悪いなんて言うから。でも。有難う。フォラヴに心を軽くするように促してくれた。ヨーマイテスは、本当に優しい」
「お前に言われると、少しは頑張った甲斐があると思える」
何を頑張ったの?と笑顔が眩しい息子に、父は『性格を変えている努力』までは言えなかった(※恥ずかしい)。
お読み頂き有難うございます。




