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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
129/2942

129. 日帰り遠征報告

 

 支部に着くと夕方より早い時間だった。


 ダビが一緒だったイーアンは、そのまま工房へ向かって、報告会議前の時間が勿体ないから・・・と鎧の打ち合わせをする。ドルドレンは先に報告書類を用意するため、げんなりしているクローハルを小突きながら執務室へ向かった。

 クローハルの部下とスウィーニーには、会議室に呼ばれるまで自室か広間で待機という形を取らせた。クローハル以下部下全員が具合を悪くしているので、数名は医務室へ行って休んでいた。


 ハルテッドは彼らの付き添いをしてあげよう、と医務室へ同行し、医者に『気持ちの問題かも』と彼らの具合の悪さは、魔物退治が辛かった事だ、と遠巻きに伝えた。


 医者は支部と自宅の往復が主で、魔物のことも良く分かっていないため『日帰り遠征でも、相手が悪いと精神的に打撃があるね』と同情していた。



 ――『そうね』とは返事をしたものの。相手が魔物じゃなくて仲間内の一人であることは言いにくいわ。

 だって彼女が、『魔物の頭割って中から何か引っ張り出したから』とか言えないじゃない。あんなの見たら、大体の男が気絶するわよ。女って意外と図太いから平気だけど・・・・・ 私も。



 白い頬に細い指を当てて、困り顔で沈黙するハルテッド。お医者さんもチラチラ見てしまう色気のある男(※お医者さん♂了承済み)。ハルテッドは余計な事は言わないでおこう、と思い、溜息をつく。とりあえず、唸っては洗面器に胃液を吐く仲間の背中を擦ることに専念した。



 工房ではダビが楽しんでいた。


 イーアンと二人きりでもOKな男。ミリヴォイ・ダビ。人間に無関心、とドルドレンに思われているからだった。

 その通り、ダビの目には自分の好きなものと、好きなものを話せる相手しか存在していない。好きなものを話せる相手がいない時は、単に素材に話しかけるので寂しさを感じる事はなし。


 イーアンに見せてもらった金属素材の山と、新しい砥石。この前の試作鎧で、駄目にした自前の工具の新品、デナハ・バスの金属問屋のカタログ。それに加えて、ルシャー・ブラタの職人から受け取ってきたメモ。



「イーアン、これ凄いですよ。私、こんな仕事ずっと出来るんだったら、全然、騎士辞めても良いですね」


 迂闊に言ってはいけない一言に、イーアンは眉根を寄せた。ドルドレンごめんなさい、と心の中で謝る。

 これを続けたら、騎士が一人脱会しちゃう。でもダビの腕は非常に助かるので、工房にいてほしい従業員候補。


 相談してみちゃったら駄目かしらね・・・・・駄目ね、だめです。だめよ。自分に言い聞かせるイーアン。


 咳払いをして、イーアンはシャンガマックの鎧制作について、図に描きながらダビの意見を書き込む。

 ダビも『イーアンと使う字が違うから』と自分用に紙を借りて書き、お互いに書いたことを言葉にして確認しながら、大まかな設定を決めた。


「シャンガマックを連れてきましょう。今日は会議が入るともう夜だから、明日くらいに。私たちは明日休みですし、シャンガマックは鎧がないと動けないので、破損鎧を修復すると言えば、許可を得られるでしょう」


 職人のメモですと、シャンガマックの鎧の補修はこの辺から・・・と絵を見ながらダビが説明し、イーアンも自分がオークロイに教わった即興のポイントを伝え、最初の工程が決定した。


 そこまで行なうと、廊下から足音が聞こえてきて『会議だ』とドルドレンの声がした。イーアンとダビは工房を出て、向いの会議室へ入った。



 会議の出席人数は少なめだった。出向は13人だったが、ドルドレンの隊4名と、クローハルの隊は本人とハルテッドだけだった。理由を知る者はイーアン以外で、イーアン自身はあまり分かっていなかった。

 部隊長も集まり、執務室と会計の者が揃って、遠征報告会議が始まった。


 流れは一緒で、報告の段階でクローハルが最初に伝えた。


「今回、主導隊は我々だったが、戦闘指示はイーアンだ。魔物を倒したのはハルテッド・クズネツォワ。他の者は・・・俺も含めて剣さえ抜いていない」


 そこまで言うと、クローハルは再びぐったりした。えーっと、とドルドレンが呟く。


「そういうことなので、俺から状況報告をしよう。俺の隊が加わったのは、前日にクローハルから同行依頼があったからだ。飛行系の可能性があることから、イーアンの見解を求めて依頼された。ダビは弓を使うため、ダビも一応加えた。スウィーニーと俺はイーアンの保護だ」


 それ必要?といった視線を、場にいる者から向けられるが、ドルドレンは無視して続ける。


「場所はさっき話した洞窟で、地元民から収集した情報により、風向きのあう時間に洞窟前で火を焚き、煙で燻して、洞窟から魔物を出した。出たところをハルテッドがソカで倒した。以上だ」



 質問でブラスケッドが手を挙げた。『説明が適当だから訊くんだが、なぜ燻した。なぜ剣ではない?』ドルドレンのいい加減な説明を指摘しつつ、尤もな質問をした。


 ドルドレンがイーアンを見たので、イーアンは『はい』と答えた。


「今回は魔物が2頭と報告があり、私たちが到着した時も、魔物2頭が丁度洞窟に入ったのを見ました。

 これは良くないことかもしれませんが、その魔物の翼は材料に出来ると見て分かったので、出来るだけ傷つけないように倒したい、と考えました。

 頭数が多かったり、また、危険な相手であったら、ソカで倒してもらう事は考えなかったです」



「頭数は報告どおりで何よりだったが、危険ではないとどうして判断できた?」


「はい。被害の報告には、家畜の血液を抜くような事を書かれていて、襲いかかって食べたり、奇妙な技や習性等の報告は他にはありませんでした。


 私がその姿を見たのは、魔物が洞窟に入る一瞬でしたが、似たような生物を以前に知っていたので、どのように血を抜くかその行動は見当がつきました。体こそ大きかったですが、実際に攻撃されても、頭の他に怖れる部分はないと判断しました」



「イーアンが見当をつけたその生物とは。鳥ではないのか?どんな習性や難点がある?」


「同じではないと思いますが、似ていたので参考にした生き物の話をします。それは鳥ではありません。


 主に夜間に活動し、食事は血液です。家畜以外にも動物の体に貼りついて、牙で肉を傷つけて出てきた血を舐めます。吸い出すというよりは、垂れた血を飲んでいる印象です。


 夜間に飛ぶので、眼は良くありません。ちょっと変わった発達をしており、私たちが耳で聞き取れない音を出しながら、音の跳ね返りに敏感に反応し、それのおかげでと言いましょうか。見えるものに頼らない飛行をするのです」



「牙で傷つけるとしたら、家畜が騒ぐな」


「魔物は巨体なので騒いだと思います。でも私の知っている生き物はずっと小さく、それらが傷を付ける際は、家畜は気がついていない場合が多いようです。また血が固まらないようにする、唾液の質も関係しているかもしれません」


「血が固まらない」


「彼らは血を飲むために傷口を舐めますが、唾液は傷口に入り、血の凝固を遅くし飲み続けることが出来ます。


 今回の被害報告に『傷があり、血を抜き取られたため、出血多量で死んだ』とありました。


 魔物の体の大きさから、どれくらいの血液を抜いたかは分かりませんが、察するに『抜かれた』と報告している以上、『家畜の周囲が血に濡れて』も『家畜が血まみれ』でもありません。

 血は取られたのでしょう。そうしますと、私がいま説明した生物と同じようにして、唾液や何かそうした血液の凝固を防ぐ手段を持っているかもしれないと思いました。


 倒した魔物を調べましたら、そのような可能性がある箇所を見つけました。それは採集しましたので、後日調べた結果を報告します」



 ・・・・・採集? ブラスケッドは左右と顔を見合わせた。ポドリックがフフ、と可笑しそうに下を向いて笑った。クローハルが小さく『おえ』と呻いた。



「ではイーアン。煙とソカを使った理由を教えてほしい。剣を使わないのは翼を材料にするため、というのは分かったが、頭を取るくらいは剣でもできるだろう」


「出来るでしょう。でも剣を持った人が正面に立って待っていたら。魔物にもし、障害物を音で避ける習性があった場合、魔物は逃げると思いました。だからソカで横から、翼を避けて首を引き落とす方が良いだろうと考えました。


 煙を使ったのは、洞窟の中に入ることが危険そうに感じたことと、おびき出す方法よりも、勝手に出てくるようにしたかったからです。地形から見ると、洞窟の抜け先は無いように思えました。だから奥の方にいてもあの大きさの魔物が入る空間は、そう長く続いていないと思いました」


「つまり煙が届き、充満する距離にいるということか」


「そう仮定しました。出てこなければ次の手段を使ったまでです」


「ソカで外した場合は、ダビが毒矢を射かけ、俺が斬る予定だった」


 ドルドレンが待機していたことを話した。『でも、ハルテッドがあっさり倒してくれました』とイーアンが微笑んだ。ハルテッドも下を向いて嬉しそうに笑みを浮かべた。



 ブラスケッドは笑って『毎回面白い』と首を振りながら拍手してくれた。パドリックは一度プチ遠征に同行しているので『心臓に良くない』と顔をしかめていた。クローハルもパドリックの声に頷いていた。


「以上だ。もう良いか」


 ドルドレンが会議終了を促がした時、時間は4時半だった。場に異論は無かったので、日帰り遠征報告会議は終了した。



 廊下に出て、コーニスがイーアンに尋ねた。『クローハル隊はハルテッド以外は動いていないんですか?』具合を崩しているクローハルの姿を見て不思議そうに言うので、『クローハルさんも、部下の人も、魔物は気持ち悪かったみたいです』とイーアンは気の毒そうに答えた。


 後ろでそれを聞いたドルドレンは本当のことを言いたかったが、イーアンの手前、黙る事を選んだ。



 ――コーニス。お前も多分吐くだろう。お前は吐きそうな感じがする。クローハルは戦闘暦は長いが、あいつがやられているのは、魔物ではなくイーアンだ。自分が追い回している女性の、想像外の行動によって精神がやられたのだ。

 ・・・・・説明するよりも見れば分かる。そして見たら、お前の事だから、二度と一緒に行かないと言うだろう。げんにパドリックはもう嫌がっている。



「ドルドレン」


 イーアンが見上げる。見上げてるの可愛いなぁ。こうしてるだけでいいんだけど。何で君は頭割るんだろう。


「何だ。イーアン」


「クローハルさんの部下の人たちを医務室にお見舞いに」


「良いんだよ。行かなくて」


 イーアンの言葉を遮り、肩を引き寄せるドルドレン。『でも』とイーアンがもう一度言いそうになると、ハルテッドがイーアンの横に来て『皆、疲れて眠ってるの』と止めた。


「そうでしたか。人によって、魔物の見た目だけでも嫌な形ってありますよね」


 彼らが眠っていると聞いたイーアンは理解を示し、小さく溜息を落とす。ハルテッドもイーアンを見つめながら溜息をついた。



お読み頂き有難うございます。

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