1285. リャンタイの町の夜・消えた町民
夕方の町で、タンクラッドから聞こえた一言。『町民がいない』その言葉に、フォラヴが目を丸くして、さっと辺りを振り向く。
「いないんだ。誰も。来た時はな、それなりに理由をこっちも考えるだろ?山奥だし、魔物もいるからって。早く引っ込んでいるのかもな、と皆で話していた。
来てみればどうだ。最初の宿に人がいない。奇妙に思ったが、向かいの宿も、並びも、同じように誰一人いないわけだ。大声で呼んでみるかと試しても、想像通り、声の一つも戻らない。動物はいるが」
「そんな。魔物?魔物に」
「でもないのです。魔物の気配はありません。近くにありませんし、ここは小さな町ですため、この中なら私は気が付きそうですが、それもどうも」
剣職人の説明に驚いたフォラヴ。彼の質問に、イーアンが答えて、それからミレイオも頷いて教えた。
「何か変ね。誰もいないから、それは奇妙だけどさ。何て言うの?ヤバイ感じはないのよ。だから困るわ。バイラも今、もう一つ先の通りの宿を見に行ってくれているけれど。そこは町役場の近く・・・あ」
ミレイオが話しながら、通りを指差した時、黒い馬が建物の路地から出て来て、乗り手が手を振る。
「バイラ!どう?」
手を振り返したミレイオが大声で訊くと、馬で近寄りながら『いませんね』と警護団員は答え、仲間の中に白金の髪を見つけて、パっと顔が明るくなった。
「フォラヴ!戻ったんですか!」
馬を急がせて、バイラはすぐに側に来て飛び降りると、にっこり笑って進み出た妖精の騎士を抱き締め『良かった!無事だった』と強く抱いた腕で頭を撫でた。
「先ほどなのです。あなたがいませんでしたから、どうしたかと」
「皆に聞きましたか?町の様子がおかしいので、向こうの宿も見たんですよ・・・誰もいなかったけれど。いや、でも。フォラヴが戻って何よりです!元気が湧いてきます」
嬉しそうに言ってくれる警護団員に、妖精の騎士も笑顔で頷いて『有難う』と答え、皆を振り向いて『これからどうしますか』と質問。時間は夕暮れに差し掛かる。山の合間の町は、少し風も涼しくて、夜は気温が低くなりそうだった。
「探してきましょうか。この周辺、ちょっと飛んで」
「イーアン、遠目利かないのだ。暗くなるし。ミレイオと、山の住民だったオーリンに頼もうか」
総長の言葉に『山の住民って何だよ』と笑ったオーリンが『いいよ、見て来てやる』そう言ってすぐ笛を吹き、ミレイオも可笑しそうにしながら、荷台のお皿ちゃんを出した。
「私も龍気があるから、気配くらい」
ちょっと目が据わったイーアンは、伴侶を見上げて言い返したが、伴侶に角をナデナデされて『ここにいなさい』と丁寧に頷かれた。
「万が一。この場所に何かあったとしたら。言い難いけれど。言うに言えないけれど。分かる?龍族の人、一人は欲しいのだ」
「ああ~・・・はい。そういうこと。分かりました」
ドルドレンは、フォラヴに気を遣って口には出さなかったが、万が一『魔族』となれば、ミレイオとオーリンを抜いた面子で、面と向かって戦えるのはイーアンしかいないのだ、と察する。
横にいたフォラヴは、気づいていなさそうで『コルステインが来るにも、もう少し暗くないといけませんね』とザッカリアに話していた。
この時、フォラヴと話しているザッカリアを見つめ、イーアンは『彼も大丈夫なんだろうな』と心の中で感じていたが、さすがに子供に留守を預けるほどのことでもないので、そう思うことは言わずにおいた。
こんなことで、ミレイオとオーリンが飛び、二人は町を囲む近辺をくるーっと回ってから、それぞれ別方向の空へ飛んで、すぐに降下した。
下から見ているドルドレンたちは、彼らが上空から見ても、この森林と山の連なりでは探しにくいことを想像し、何かを見つけるにしても時間が掛かるだろうと話し合う。
とりあえず、馬車は宿屋の前に寄せた状態で、一晩ここで夜明かしする可能性から、食料の残りなどを調べて時間を過ごした。
食料の残りが気になる量で、ミレイオとイーアンが献立を考えてくれてはいるものの、この町で買えないとなると少々厳しいと知る(※主に親方が)。
「(タ)町の人間がどこへ行ったか知らんが、参ったな」
「(バ)タンクラッドさん。もしもここで買えなかったとしても、当座はオーリンにお願いして、少し買い出しを続けてもらいましょう。この町から目的地、目的地から次の町となると、思うに1週間近くは見なければ」
「(ザ)目的地って、もっと奥なんでしょ?俺たちお風呂どうするの」
「(タ)風呂よりも、食事だ。ザッカリア、お前だって伸び盛りだ。まずは食べないと」
「(イ)お風呂も・・・大事ですよ」
ちらっと妖精の騎士を見たイーアンは、不安そうなフォラヴの顔に同情する(※今すぐ風呂入りたい男)。ドルドレンも、奥さんの顔が動いた方を見て、悲しそうなフォラヴに苦笑い。
「そうだな。風呂、どうするかな。食料は、オーリンにご苦労を願うよりなさそうだが」
戻ったばかりの部下をじっと見つめ、彼らしくない埃っぽいクローク、汗の乾いた染みの跡、一度付いたであろう砂埃が、汗か水かで流れた筋の残る、白い頬や首元に・・・遠くまで動いたんだと思うと、せめて、ゆっくり風呂にでも入れてやりたいドルドレン。
フォラヴと子供だけでも、龍でスランダハイの町に戻して風呂に入らせようかと(※龍で銭湯行)考えていると、タンクラッドとイーアンが空をさっと見上げた。
「戻って来たな」
「オーリンです」
二人は龍には反応が早い。暗く染まる空の残照に、小さな黒い影が現れ、見る見るうちに龍が近づいて来た。
「お待たせ。いたぞ、見つけるのに時間が掛かったが」
オーリンの一言に、皆は目を見開いた。『いた?』誰が、どこに、と龍の背を下りる男に質問する。オーリンが腕を伸ばして方角を教え『あっちにな』山間の谷があると言う。
「谷がまた狭いんだ。上からじゃ見れないくらいの狭さだった。ただ、松明を持って移動していたから見えただけで。この時間で良かったかもな」
「それは、誰が?どれくらいの人数」
「総長。言えるのはざっくりだぞ。俺は彼らに気が付かれないように動いていた。ミレイオが今、接近して様子を見ている。
恐らく、あの人数はこの町の人間全部だ。向かっている先に見えた谷は、古い遺跡みたいのがあってさ。その遺跡の中までは分からない。俺は上からしか見ていない。きっと、そこに用事があるんだ」
オーリンのもたらした報告に、何で?と皆で顔を見合わせていると、空の向こうからミレイオも戻って来た。
「ごめんね、待った?暗くなっちゃったわね」
お皿ちゃんでびゅ~っと飛んできたミレイオは、さっとお皿ちゃんを片手に掴んで飛び降りる。皆の待つ場所に小走りに来て『何か儀式なんだと思うわ』すぐさま、見て来た様子を伝えた。
「儀式だと?こんな時間に?わざわざ、危なっかしい外出で」
「ちょっと、ちょっと。話させて。危なっかしいのを分かってるかどうか、私が知るわけないでしょ」
タンクラッドの質問を遮り、ミレイオは自分が見た内容をまず一通り話してから、自分が感じたことも添えた。ふと、イーアンはワバンジャたちのことを思い出した。
「それは・・・精霊へのお祈りとか。もしかして、魔物が出るようになったから」
「かもね。何かあるんじゃない?こういう僻地だしさ。お祈りする時期なのか、もしくは危険が増えた最近になって、急遽、今日なのか。
とにかく、小さい遺跡にさ、生贄じゃないんだと思うの。火を焚いてあって、その手前に、実物大くらいの動物の首が幾つか並んでた。あれ、作りものっぽいのよね。お供えみたいのは、皆がそれぞれ、荷物持っていたもの」
ハッとしたバイラは、『覚えていますか』と皆を見渡す。皆がきょとんとしている中、親方が気づいたように頷く。『ナイーアか』と呟いた親方に、バイラは『そうです』と答えた。
「金の牛。ナイーアとショショウィのいた神殿で、出て来た時に。私は、テイワグナでのお供えの話をしました。生贄なんて勿体なくて出来ないから、現在はモノですよ。食べるものや高価な品」
オーリンとミレイオの確認した、人々の様子は祈祷の一場面では?とバイラが教え、皆も何となくそう思う。
「じゃ。戻ってくるの?いつかなぁ」
ザッカリアがお腹の鳴った自分の腹を擦る。ミレイオが笑って『いらっしゃい』と馬車に連れて行き、食べ物を渡す。
「真夜中もいるとしたら、それは特定の立場の人だけだと思いますよ。子供たちもいたんですか」
「いたね。子供の手を引いている親の姿は見た。全員で行くって、すごい習慣だけどな」
「魔物に襲われたら、一発・・・・・ 」
と言いかけたイーアンが、嫌~な予感を感じて眉を寄せた。タンクラッドも小さく頷いて、声の小さくなった女龍を見る。目が合って、二人で『いそうだ』と呟いた。
「コルステインがそろそろ来て下さいます。ドルドレン。ちょっとオーリンと二人で、私、その方たちの所へ。儀式中だったら邪魔できませんから、魔物から守れるように側にいたいです」
イーアンは、何か気になるという。ドルドレンも同じことを思う。女子供もいて、儀式中で、魔物が出たら。一斉に悲劇が起こる。イーアンの意見を了解し、ドルドレンはタンクラッドに『コルステインを』とお願いした。
「では。行ってきます。皆も無事で。コルステインがいれば、大体のことは大丈夫だと思いますが。光だけは彼女に気を付けてあげて」
「分かってるよ」
タンクラッドが笑って送り出す。イーアンとオーリンは、夕暮れの終わる空へいそいそ飛び立った。
暗い空は、地平線に近い僅かな明かりを残すのみ。
オーリンと二人で向かったイーアンは、自分の龍気が気になり、オーリンに『ちょっと離れた場所で見守る』と伝える。了解したオーリンも『ガルホブラフも光るから』と気を遣う。
「俺も思ったんだよ。魔物が出たら、この人たちどうする気かなって」
「出たことがないのかも知れないですよね。知らないから、取れる行動もあるし」
大体、魔物に襲われた後だと、多くの人が出歩くことさえ怖がる。それを皆で一緒に町の外へ出てしまうのであれば、これは『この町はまだ無事だったのかも』と二人は思った。
「とにかくな。見てやれる間は見ていよう。で、もしも帰るとなったら、俺が行っても良いし」
「それは・・・あなたが『護衛に付きますよ』的な意味」
そう、と龍の民は頷く。それから下方に見えて来た小さな松明の列に顔を向け『この辺から見守ろう』と提案。谷は細く、周囲を囲む山は尖って高い。木々が生えているので、自分たちの光も星と変わらないかも、と言う。
「イーアンの目じゃ見えないだろうな。あのな、遺跡は分かるだろ?一番明るい」
分かる、と答えたイーアン。もう、何にも見えないので、うんうん頷くのみ。オーリンは多少なら夜目も利く。明るさの大きな建物を指差し、そこに行列で並んだ松明と、動く影を教える。
「松明がさ・・・ちょっと間隔あるの、分かる?あの間隔の部分に、子供がいるんだ。大人が松明を持っていて、子供たちは大人の後ろに付いている。
動いているのはさ。あれ多分、一人ずつ何かお供えしているんだ。終わった人間から後ろに下がるんだな」
「両脇なんて真っ暗ですよ。よく怖くありません。魔物が来たらと思うと」
教えてもらいながら、神殿と山道の下りた場所を繋ぐ、狭い谷の様子に眉をひそめるイーアン。
谷の両脇はすり鉢状の壁で、そこには木々も生えている。暗くて、谷底の明かりが全て届いているふうにも見えない。
オーリンもそれは思う。恐れが無いわけじゃないだろうに、と思えば違和感だが。信仰心が強いテイワグナ人なら、もしかすると『信じている間は助かる』と考えていそうにも想像する。
二人と龍は、空に浮かんだまま、彼ら儀式らしい時間を見守り、とっぷり暮れた夜の影にぼんやり発光しながら、魔物の気配に気を付けていた。
そうして待つこと、1時間半ほど。
最後の人が動いたようで、真ん中に列を作っていた松明が、全て左右に分かれた頃。誰かの大きな声がして、それは神殿で何かを喋っているのだと分かった。
内容は聞き取れないが、どうも動物の名前と自分たちの町の名前、また祈りの言葉を全体に聞こえるように告げている。
二人は、これで彼らが帰るのだろうと思い、皆が谷を出るために動いた光を見て『自分たちも側へ』と移動する。
人々の持つ松明は目印で、再び列が組まれた後、それらは谷を上がる道へ動き出して、少しずつ遺跡から離れ始める。
遺跡の明かりは灯されたままなのか、特に揺らぎもない。イーアンたちはちょっとずつ近づき、彼らを怖がらせないように移動して――
「うーん」
「どうした」
ぴたと止まったイーアン。ハッとしたオーリンは龍を止めて振り返る。イーアンは遺跡を見つめ『あれ、変です』と呟いた。
鳶色の瞳は、遺跡から友達に移り、自分を見ている金色の瞳の龍に『あなたはオーリンと人々を』と先に言う。オーリンは眉を寄せて『俺に言えよ』と無視されたことを注意したが、イーアンは無視した。
「あなたよりガルホブラフの方が、私に楯突きません」
「何だと?」
「ガルホブラフ、行って下さい。そして、皆を遺跡から遠ざけるのです」
「おい、イーアン!」
会話が面倒だとでも言うように、イーアンはオーリンを無視し続けたと思いきや、いきなり怒りの形相に変わり、グォッと真っ白に輝く。輝いてすぐ、イーアンは『許さん』と呟き、遺跡に向かって滑空した。
仰天するオーリンが、何を!と口に出すより早く、ガルホブラフは女龍に従い、乗り手を連れて、人々の列の殿へ急降下した。
お読み頂き有難うございます。




