1284. 旅の九十一日目 ~ ぺレンガ地区リャンタイの町で合流
フォラヴが目的を済ませ、妖精の世界から出て、妖精の庭を通り、女王のお告げ通りの出来事に出会い、そして治癒場を抜け、旅の馬車へ戻るため、龍・イーニッドを呼んだ日。
馬車は『魔族退治(※旅の89日目)』から、2日後の午後(※それで今日は91日目)。
フォラヴは、動いた世界で時間の状況が変化していたため、彼が出発してから既に7日が経過していた。
ドルドレンは御者台で、フォラヴの珠を時々、手に取っては、部下から連絡がないかと気にして見ていた。
馬車の向かう先は、また少し寄り道することになったが、手前の町へは今日到着する予定。小さい町で食料を買い、そこから目的地へ向かう。
この寄り道。一昨日の午後に、イーアンが魔族退治での課題を伝えたことにより、バイラが思い出した『効果』に基づく情報を得て、向かう場所。
とりあえずは、そこへ行く道で町を通過するため、一行は、夕方に到着する『リャンタイの町』で一泊する。ドルドレンとしては、風呂もあるだろうし、綺麗好きなフォラヴが、今日帰ってくれば良いのにと願う。
「彼は今頃。どこにいるのか。無事であればそれで良いのだ。そして早く戻ってくれば、尚良い」
シャンガマックと違い、フォラヴは一人(※シャンガマックは強烈な愛情保護の元に居る)。それが心配を煽る。
救いがあるとするなら、彼は妖精の力で徹底的に守られることが、これまで度々あったこと。だがそれだって、いつ、どんな時に起こるのか、ドルドレンたちに分からないことには、心配は消えなかった。
「シャンガマックは、まぁ。あんな状態だから(←お父さん)。こっちが口を出すと、逆にエライ目に遭うが。こんなことになるなら、フォラヴにも、お父さんかお母さんが居てくれたら(?)、どんなに安心だったか」
横で聞いているバイラは可笑しくて、ちょっと笑い、真剣な顔の総長に振り向いて『すみません』と謝る。
「笑い事ではないぞ。シャンガマックだって、離れた時、俺はさんざん悩んだのだ。仲間なのに離れるなんて、と思う。当然の心配もあれば、一緒に動かないことで後の影響も出る。
だが、彼の場合は、一筋どころか、恐ろしいほど愛情の偏ったお父さんが付いている。呼べば来るし、知らない間にこっちのことも把握しているし、強さは文句なし。ある意味、安心である。
強さでお父さんに勝てるの、うちの奥さんか、コルステインくらいだ」
「そうですね・・・ハハハ。『うちの奥さん』が勝てるって言うのも、凄いことですよ」
「バイラ。そこではない。俺の言いたいのは、フォラヴは単独行動だ。
仲間から引き離されては困るが、引き離してでも、ネットリべっちょり・・・何が何でも一緒にいるだろうと、こっちが簡単に想像の付く、シャンガマックたちに比べたら。
フォラヴへの心配は、一日経つごとに怖れを伴うほど、心細い。いつになったら帰るのか」
「ネットリべっちょり。アハハハ」
「笑えないぞ、って。ホーミットのあの執着は、異様にも思うが、別の見方をすれば、俺の部下を『食べちゃいたいくらい愛している』からこそ、の行動で。下手したら、食べてるかもしれないし(※危)。
あんな、おっかない顔してムキムキな体で、子供の縫いぐるみのように、シャンガマックを腕に抱えて放さない。
あそこまで行けば、立派な過保護・過干渉。立派過ぎて、反対する気にもならん。まず安全、と確実に信頼がある。
フォラヴにも。あんなじゃなくても、ちょっと常識を持ってくれている加減の、父母的立場が付いてくれたらと」
総長の真面目な顔で伝える意見が面白くて、バイラは抑えたくても笑いが止まらない。ドルドレンは眉を寄せて『バイラだって心配だろうに』と笑い過ぎを注意した。
後ろで聞こえていた、親方とミレイオも笑っていて、『バイラが笑うのは仕方ない』『ドルドレンはいつも、あんな説明なのよね』と、彼の言い方が面白いと話した。
「イーアンが聞いたら、倒れるまで笑ってるわよ」
「オーリンもな」
龍族の二人は、しょっちゅう笑っているか、喧嘩している印象。その二人は今、下見で目的地へ飛んでいる。どこにあるかをバイラに教わった昼過ぎ、二人で『見ておこう』と出発した。
「遠くなさそうだけどね。まだ帰らないかな」
「イーアンが行くと、調べる。まぁ、魔物・魔族には勝つから、それは大丈夫だろうが。何か目ぼしいものでも見つけたのかもな」
早く帰ると良いわねと、青空にちょっとずつ黄色と桃色の雲が浮かぶ様子に、ミレイオは帰りを案じる。親方も寝台馬車の御者台から、空を見上げて頷いたが、親方の思考はずっと、別のことを考え続けていた。
*****
その頃。到着してから早1時間の、イーアン&オーリン組は、谷の様子を調べながら『そろそろ帰る?』と空を見上げて時間を思い出す。
「どっちみち、持って帰る感じじゃないしな」
「そうですねぇ。ちょっと頭使いますよ・・・今夜は考え事です」
女龍と龍の民は、白い煙の立つ谷に浮かび、お互いの顔を見合わせて『きっと、すごい臭いって言われる』と笑う。
「こういう場所、ハイザンジェルもあったよな。俺は東に住んでいたから、北の方とかさ。あっち方面で見たことあるんだが。遠征で行ったことない?」
「遠征で行ったのは、ドルドレンたちだと思います。私が来る前の日々で、こうした場所の話を聞いたことがあります。私自身も、遠征ではないのですが、南西の谷間でアオファの振動から生じたらしき、この状況を見ています」
アオファの影響?と訊かれて、イーアンは『あの仔が出て来る前に、地震がよくあった』と答えた。
「あの大きさだもんな。アオファは、リーヤンカイの奥にいたんだろ?」
「そうです。山脈の休火山の中で、眠りに就いていました。って、話さなかったっけ?オーリンも、イオライ戦で一緒でしたのに」
こんな具合で、二人の会話は脱線しまくりながら続く。
二人のいる場所は、谷の壁からシューシュー白い煙が出る、硫黄谷。
温泉が多いテイワグナだから、在っても不思議ではないが、山岳沿いに来ないと見かけない場所でもある。
ここを教えてくれたバイラは昔、この辺りを通った時、とんでもない目に遭ったようで『死ぬかと思った』ほどの体験だったそう。
「『爆発』って言っていたな。バイラは護衛業で、よく今まで無事だったと思う話が多いよ」
「彼は、経験値が高い。応用能力も高い。機転が利くのも早いし、生きた知恵として彼に宿った経験の道。
普通の人間とはいえ、あそこまで豊富な体験を仕事でこなしたら、大体のものは怖くありませんでしょう」
「君に言われると、バイラに勲章でもあげた気分だな」
何それ、と笑ったイーアンは『とりあえず今日は帰ろう』と翼を出す。オーリンもガルホブラフに乗って、二人は谷の様子について話しながら、夕方にかかる、帰りの空を戻った。
*****
龍族の二人が、町に入る道に差し掛かった、旅の馬車を見つけた頃。
まだ距離の開く反対側の空にも、一頭の龍が飛んでいた。水色の龍は背に妖精の騎士を乗せ、穏やかな夕方の風の中を旅行のように、のんびりと飛ぶ。
「イーニッド。あなたに影響はありませんか」
呼べば来てくれて、乗ろうとすれば素直にしゃがんでくれる(※しゃがまなくても良いのに)親切な龍。無理をさせているのではと、フォラヴは訊ねてみる。水色の龍は長い首を曲げて顔を向け、乗り手にゆっくり首を振って『大丈夫』の返事をくれた。
「あなたは強いと知っています。でも。私は、あなたを呼ぶ前・・・どのくらいの時間かな。妖精の姿を取っていました。そして妖精の国にいました。だから」
龍を立ててから、事情を説明する若い騎士に、イーニッドは目を瞑って、もう一度ゆっくりと、首を左右に振って見せる。微笑むフォラヴは、龍の頭に腕を伸ばし、寄せてもらった顔を撫でた。
「優しいイーニッド。あなたは本当に強いですね。私もあなたくらい、強くならなければ」
褒められた龍は、ちょっとだけニコッと笑う。その笑みを見て、妖精の騎士は目を丸くして笑った。
「何て素敵な笑顔!あなたも微笑みますね。私はこの数日間、とても悩み、心は戦い、疲れていましたが、あなたの笑顔で全部吹き飛びました。有難う」
龍は頷いて、またニコーっと笑ってくれた(※一番サービスが良い龍)。フォラヴは、龍が可愛くて、首に抱き付き『あなたは何て、素敵な龍なんでしょう』と優しさに感謝を伝える。
澄んだ心の乗り手に、龍も嬉しそう。尻尾をぐーっと引き寄せて、尻尾の先でフォラヴの頭を撫でてくれた。
首に抱き付きながら、フォラヴは前方に薄い雲を越して見える、町の影を見つけ『あそこですか?』と龍に訊ねる。龍は頷いて、上を見上げてキョロキョロする。それは何を意味するのかと、妖精の騎士が思うと、答えはすぐに分かった。
「あ。あれはガルホブラフ。オーリンが来ているのですね」
ガルホブラフの影が空高くに見え、彼が一度空に戻るのだと分かる。すると、あちらも気が付いたようで浮上を止め、じっとその場所から見ている様子。あれは待っているのかと、感じたフォラヴ。
「イーニッド。彼は、あなたと一緒に帰ろうと思っているかも」
町はもう見えている。真下に下ろしてもらっても、歩いて10分もかからないと判断し、フォラヴは自分の龍に『友達と戻って下さい』と勧め、龍は少し申し訳なさそうに従った。
降下した場所は、町まで遮るもののない道の上。この町自体が小さく、用事のある行き来も、この時間はないのか、馬車や人影もなかった。
場所が山奥であることも理由だろうと、フォラヴはここまで運んでくれた龍にお礼を言い、彼を空に帰した。龍は、待っていた龍と一緒に空へ上がった。
降りた場所も、気を遣って道よりも森林側にしたので、少しの間、木々の間に見え隠れする町を見ながら、フォラヴは森林沿いの土を歩く。同じ森でも、雰囲気が違うなと、今日はしみじみ思いながら。
そうして間もなく到着した町は、煉瓦の壁に囲まれて、幅が10mほどの入り口は、門が開いていた。見張り台はあったけれど、夕方の時間に見張りはおらず、フォラヴは静かな町の中に入る。
入って右手に曲がり角と立て看板があり、地域の言葉と公用語で名が掛かれたそこに『リャンタイ』と読める文字。総長たちは,このリャンタイの町に立ち寄ったのかと、立て看板の並びにある、町の案内を見る。
「宿は・・・あと二本先の通りかな。本当に可愛らしい町。二本先の入り口も、ここから見える」
総長たちが来たなら、宿にいる時間。看板を見つめ、宿の印がある数は多くない。一番集まっているのが、先に見える通りなので、フォラヴはそこへ向かう。
歩く道には、豚が歩いていたり、手前に繋がれた牛が何頭か見えたりするが、気が付けば、人の姿は影もない。魔物を恐れると、早じまいする店も増えるから、町の活気は早くに消えるのは知っている。
「ここにも。魔物は出ているでしょうね・・・カヤビンジアの町も、早くに店がしまっていた。小さな町は、対処が大変だろうから気の毒に」
通りがかる店が、木の戸を閉めている様子や、民家の扉につっかえ棒がある風景の中を歩き、フォラヴは宿屋の通りに到着する。6軒ほどの宿が並ぶので、一つずつ・・・と足を向けた時。
「どうするんだ。ここ全部、いないぞ」
宿の裏から出て来た馬車の御者の声に、騎士はハッとして彼を見る。
聞き慣れた親方の声。嬉しくなって駆け出し『タンクラッド』と手を振ると、御者は振り返って笑顔を向けた。
「おお!帰ったか、フォラヴ。よくここまで来たな。どうしたかと心配だったぞ」
御者台に走って来た妖精の騎士に片腕を伸ばし、彼の伸ばした腕を引いて乗せてやる親方は、妖精の騎士の笑顔に笑って、彼の白金の頭を抱き寄せて労った。
フォラヴも親方の胴をしっかり抱き締めて、『ようやく戻れました!』と、心からの安心を伝えた。
その声で、後ろに続いた馬車が出て来て、人のいない夕方の通りで、総長も馬車を下りて、部下を抱き締め、無事な帰還を喜んだ。
続いて、ミレイオ・ザッカリア。オーリンは抱き締めるほどじゃないので、笑顔で見守るだけ。イーアンは側に行って、何となく、触れて良いのかを躊躇った。
そんなイーアンに、フォラヴは『分かりますか。もう少し落ち着いたら、どうぞ抱き締めて下さい』と頼み、イーアンは彼の冗談に笑って頷くと『妖精の気配が強い』と、感じたことを伝えた。
「バイラは?」
皆と喜びの合流をした後、フォラヴは警護団員がいないことに気が付く。総長は、別の通りのある方へ顔を向け、バイラがいない理由を教える。
「彼は別の通りにある宿を、見に行ってくれた。ちょっと・・・宿がな。せっかくお前が戻ったのに、風呂も入れないとなると、もっと困るな」
「水の問題ですか?」
「そうではないのだ。宿の。いや、ここの、というべきか。それが問題である」
え?と不思議そうな顔を向けた妖精の騎士。タンクラッドが続きを引き取って教えてやった。
「町民がいないんだよ」
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今日は、遺跡の絵柄の話が少し。です。




