1283. 助けと欠片・妖精の女王のお告げ
「ああ!」
フォラヴの伸ばした腕は、魔族同士が倒れて重なる内側にある、欠片の光に触れる手前で、撥ねのけられる。それが魔族の一体による動きで、彼の透ける肌は、黒く赤茶けた崩れる肉に掴まれた。
掴んだ手が、妖精の気にボロボロと落ちるが、落ちる速度よりも、圧し掛かってくる魔族の大きさに、翼を踏まれたフォラヴは体ごと地面に打ち付けられる。
目を見開く妖精に見えるのは、今。今―― 自分の顔の上に、魔族の皮膚を破って出て来る、気味悪い種が落とされる瞬間。
これまでか!と目を瞑ったフォラヴは『無念』と呟き、歯を食いしばって覚悟をした。
どろっと崩れた肉ごと垂れ落ちる種が、彼の透き通った頬に・・・触れる一瞬前。
ボウッと、爆風が辺りを包む。ハッとしたフォラヴの後ろから、続けて真緑と金に彩られた光の礫が、凄まじい勢いで降り注ぎ、間髪入れずに獣の吼声が黒い森を揺るがした。
真緑の風は石礫を含んで、フォラヴに覆い被さった魔族も含め、そこに居た全てを弾き飛ばし、そのすぐ後に、それらは異様な音を立てて煙と化した。
何が起こったのか分からないフォラヴは、息も荒く、目の前で消え去った魔族の跡、塵となって落ちる様子に目を丸くしたが、さっと後ろを振り返り、木々の影から現れた姿に驚く。
「シャンガマック・・・・・ 」
「大丈夫か!あれ、うん?・・・もしかしてフォラヴか?何て美しい、お前の本来の姿か!」
「おおっと、丸ごと妖精じゃ、俺は絶対に触れないぞ。へたばってないで、とっとと出るんだな」
妖精の空色の瞳に、美しい青緑のローブを羽織った友の姿。その精悍な姿にどれほど嬉しく思ったか。彼の後ろには、金茶色の大きな獅子がゆったり寄り添い、皮肉な物言いで自分を見ている。
「助かりました、九死に一生を得ました。有難う!でも、どうしてここへ?それにホーミット、あなたはこの魔族の」
心の底から感謝したフォラヴは、ふと、どうして二人がここに居るのか。そしてサブパメントゥの彼が、ここまで入れたのか、と気づいた。しかしその質問は、呆気なく一蹴される。
「答えている暇はないだろ。バニザット。もう出るぞ」
「え。でも。まだ来たばかりだ。俺はもっと倒せる」
「何言ってるんだ。魔族の世界だから、種付きでも倒せたが、暢気なことを言っていられる場所じゃない。おい。妖精。お前の目的は『それ』だな?」
血気盛んな息子を窘め、獅子は体を起こした妖精に訊ねる。妖精の片手の数㎝先に、文字を浮かべた黒い石の欠片がある。妖精は頷いて、それに触れ、そっと握った。
「これです。私はこれを求めて、ここへ」
「良いだろう。俺にそれは何となくしか、見当がつかんが。送ってやる。後で俺たちに最初に教えろよ」
「ヨーマ・・・じゃなかった(※正直)。ホーミット、俺たちは?一緒に彼と出れば」
「バニザット。一緒に出られない。お前は良いにしても、俺は死ぬぞ。そこで驚くな(※息子びっくり顔)。
質問は後だ。お前に分かるか?もうじき侵入者を餌にするために、ここに魔族が集まる。戦って、どうにかなる数じゃない。それに俺たちはここの敵じゃない」
獅子は、ええ~、と嫌がる息子(←全然戦ってないから)の腰に、大きな頭を付けて後ろに転がし、自分の背中に乗せると、立ち上がった白い妖精に『お前の世界はどっちだ』と訊いた。
「私は飛びます。こちらの方向へ。ホーミット、あなた方もどうぞ戻って。私は大丈夫です」
「たった今、やられかけて、生意気な事を。行くぞ、全力で飛べ」
獅子は鼻で笑うと、力強く光を放つ不思議な模様が浮かんだ太い前足を立ち上げ、咆哮と共に地面を蹴って走り出した。フォラヴも翼を広げ、慌てて浮上し、獅子の姿を見ながらその上を飛ぶ。
上から見て、ぎょっとするのは、魔族が黒い森の木の合間に動き迫っている様子。金茶色の獅子と、その背に乗る友をめがけ、四方八方から魔族が連なるように追いかける。
「シャンガマック、ホーミット!」
妖精の翼をぐっと引き上げたフォラヴだが、ハッとして止める。自分の力を使えば、ホーミットに何の影響が出るかと気づけば、使うわけに行かない。
どうしよう?と焦る心は、全く心配要らないとこの後に知る。
森を駆け抜ける獅子の背で、ローブをはためかせる友は後ろを振り返り、清らかで力強い真緑の光を一瞬にして集める。その光は、どれほどの量か分からないほどの礫と変わって、魔族に打ち出される。光の礫は自在に方向を変えるようで、まるで大波のように魔族に降りかかり、魔物の体を崩し壊す。
彼の精霊の力を伴う礫は、迫る魔族を次々に倒し、シャンガマックが振り上げた大顎の剣は、密度の高い白い輝きと共に、飛び掛かった魔族を切り捨てる。
その体が地面に触れる前に、獅子が吼えると、彼らを追う前線にいた魔族は、黒い塵となって消え失せた。
その、圧倒的な強さに、フォラヴは息を呑む。
コルステインやイーアンたちの強さに近い、サブパメントゥのホーミット。そして、知らない間に力を付けた友・シャンガマック。精霊の力を使って攻撃し、怖れもなく繰り出す動きに、目が離せなかった。
「あなた方は・・・何て強いんだろう」
握り締めた欠片を手に、フォラヴは今一度、心に誓う。魔族との決着をいつか、この手でつけよう。失った家族のために、自分が存在した意味のために。
「私は。『あなた』と同じくらい、強くなります」
この『あなた』は、眼下の仲間ではなく―― フォラヴが、心に怒りを生むに至った、哀れな犠牲者。
妖精の呟いた風のような声が聞こえたか。真下を走っていた獅子が見上げて叫ぶ。
「フォラヴ!行け」
すぐそこに、写しの壁が見え、獅子に教えられたフォラヴは頷くと、降下して彼らの前をすり抜け、黒い鏡に飛び込んだ。
獅子と騎士は見届けて体を返し、近くにある巨木の洞へ向かって走り、魔族に飛び掛かられる、すんでのところで、次元の歪みと共に姿を消した。
*****
戻って来た、獅子と騎士。あっという間に次元の外へ抜け、老魔法使いの木の洞から出て来る。
「これ。魔族はここを抜けられないのか?」
振り向くシャンガマックは、少し気になったようで洞を見つめる。獅子は何てことなさそうに『そんなに甘い男じゃない』と笑った。
封印でもしているのか、と続けて理由を訊ねる息子に、獅子は『後で話してやる』と答え、二人は魔法使いの部屋から影を伝って、魔法陣へ戻る。
背中に乗せた息子の質問は、暫く『俺もあそこまで封印できれば』を前置きに、憧れのような内容だったので、獅子はその執着に笑い出して『いつかは出来るようになる』とだけ答えて話を変える。
「お前の友達は、完全な妖精だったな」
「そうなのか。やっぱり。俺も初めて見たから、あれが完全体かどうか知らないが。見た目は妖精そのものだったな。フォラヴと分かるけれど」
でも、丁度間に合ったようで安心した、と息子はしみじみ言う。『誰かが襲われていると思って急いだが、まさかフォラヴとは』運命だなぁと、導きに感謝するシャンガマック。
それを聞いて、鼻でフフンと笑った獅子は、ちょっと皮肉めいた言葉を呟く。
「あいつには、礼でも貰いたいな。後一秒もなかったぞ、魔族の種が付くまで」
「礼なんて・・・助けられたことで充分だ。ヨーマイテス、彼はお礼を言った。そんなこと言わないでくれ」
息子に注意され『息子には冗談が通じない』と覚える父(※そういう自分も通じない)。少し言葉を探して黙って走っていると、息子から話しかけてくる。
「ヨーマイテス。彼は何をしていたんだろう。何か、ヨーマイテスには分かったみたいだけれど。あの、黒っぽい石が目的?何だ、あれは」
「俺に知る由もない。だがあの姿を取ってまで、あれを求めに、魔族の世界に立ち入ったわけだ。魔族が作り出した物だろうな。フォラヴはその効力を知っている」
「魔族が作ったもの?そんなものを手にして平気なのか?」
「バニザット、俺はサブパメントゥの上に、魔族の存在さえ、最近知ったんだぞ。俺が分かるはずないだろう。
俺がお前に答えている内容は、あくまで過去のバニザットの記録から得た知識を元に、想像で話しているだけだ」
あ、そうか。と頷く息子。『ごめん。何でも知っていると、思っているから。つい、訊いてしまった』そうだよね、ヨーマイテスも知らなかったんだよなと、呟く息子に、父はちょっと嬉しかった(※頼りにされてる)。
「俺たちは戻ってきてしまったが、フォラヴが何か、目的あるものを手に入れたということは」
「もう。俺たちが探るよりも、『必要なものは先を行った』。そう捉えて、良いかも知れないな」
父の言葉に、うん、と頷く褐色の騎士。洞を出た時点で、あの美しいローブは、空気に溶けるように消えてしまった。自分を包んでくれた、心地良い涼しいローブの感触を思い出して、胸をそっと撫でた。
「俺の着ていたローブ。フォラヴは気が付いたかな」
「どうだろうな」
名残惜しそうな言い方に、ヨーマイテスはちょっと笑ってから息子を慰める。
「似合っていたが。お前はいつもの、その煙色の・・・黄色い革の服が一番良い」
「そう?そうか。そうだね」
フフッと笑ったシャンガマックは、豊かな鬣にばふっと埋もれて『いつも多くの学びと体験を与えてくれて、本当に有難う』そうお礼を言いながら、ぎゅーっと抱き締めた。
息子に抱き締められた獅子は、特に答えることもなく、走り続ける足を緩めず、ただ尻尾だけは、ぶんぶん振って喜びに浸った。
*****
写しの壁を飛び出し、フォラヴは急いで自分の手の平を傷つけ、ぷっと浮いた赤い血を、黒い禍々しい鏡に擦り付けた。
瞬間的に鏡は、ウォッと妙な音を立てて歪み、鏡面にまで色を滲ませていた黒は、波が引くように四方に引き、鏡の縁に集まった。鏡面は汚れているが、最初の状態に戻り、鏡の向こうには魔族の何も見えなくなった。
手の平の傷は小さいが、静かな痛みと熱を持ち、フォラヴは目を閉じてそこを癒す。傷つけても、このくらいなら癒せる自分。妖精の血でしか、防ぐことの出来ない、写しの壁。
「使うたびに。私は自分を傷つけて。癒すのですね」
呟いて、緊張した心を吐息に出した後、傷が消えた手に戦利品の欠片を持ち、それを少し見つめた。ゆっくり指を閉じて欠片を握る。やるべき最初の課題は越えた。
フォラヴは妖精の姿を人に戻し、精神的な疲労を感じながら、銀の城へ向かって走り出した。
銀の城までの森を抜け、ようやく城が見えて来たところで、フォラヴは足を止めて、今一度、手に握った欠片を見た。それは黒いガラスのような印象で、片状突起が不規則に見られる多片状の石。
長くあの場所に放置されていたからか、片状突起は摩耗されていて、握り締めても怪我をするようなことはない。表面は無数の小さな擦り傷で曇り、場所によって、文字が書かれた跡が残る。
「これが。妖精の血の成れの果て。私の手に握られ、震える振動が止まった。助けを求めた最後の悲鳴のような、振動」
目を瞑り、妖精の騎士はぐっと昂る気持ちを抑え込む。銀の城を前に、走り続けた足を歩きに変え、フォラヴは思うことを胸に呟き続ける。
――私たちの血。私たちの姿。私たちを捕らえ、踏み倒し、憑りついて、醜い心と存在に引きずり込む、魔族。
写しの壁を粉々に壊してしまいたいが、まだ。あの世界に捕らわれたまま、息絶えた仲間がいると知れば。それも出来ない。
フォラヴの足は疲労してはいなかったが、心は疲れていた。銀の城の裏庭に入り、ホッとして中庭へ進んだ足で、表へ抜ける通路を歩き、誰もいない城の中で、守られている安心感に包まれる。
女王の椅子のある広間へ入り、そこに誰も見えないので、フォラヴは椅子の前に立って感謝と報告を伝え、休むことなく背中を向けた。
「ドーナル。あなたの勇気と強さに、大きな力が宿るように」
広間の真ん中まで進んだ騎士の耳に、優しい声が届く。ハッとして顔を上げて見渡すと、小さな雪が天井から降り、それらは虹色に煌めいて、騎士の体に掛かっては柔らかく癒し続ける。
嬉しくて微笑んだフォラヴは、『あなたの言葉に従いました。私は手に入れました』ともう一度言い、『これから妖精の庭を通り、戻ります』来た道を帰ることを伝えた。
すると、女王の返事は、示唆を含む謎めいた言葉で戻る。
「妖精の庭を通り、青い精霊の光の場を動く時。あなたがこの先に出会う、同胞の魂を感じるでしょう。
その魂はあなたを待ちましたが、ほんの僅かな行き違いにより、魂の存在に戻りました。いずれ、新たな形を得て、姿こそ変われども、あなたの前に現れます。私の子、同胞の声を聴きなさい」
驚くような内容に、フォラヴは口を挟まずに聴いていたが、話が終わったと分かって、急いで質問する。
「教えて下さい。その方は、どこで行き違いましたか。そして私は、その方に次はいつ」
「心配要りません。次に出会う時はまだ先です。導く手をあなたは見つけます。より強さを秘めて、同胞はあなたの代わりに、世界を守る旅を続けるでしょう」
女王の声はそこで終わり、『行きなさい。また会いましょう』を最後に、虹色の雪と共に消えた。
お読み頂き有難うございます。
本日から一日2回投稿です。
度々、土日に一日1回の投稿があるかもしれません。
その都度、お知らせします。どうぞよろしくお願い致します。




