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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新たな脅威の調べ
1283/2962

1283. 助けと欠片・妖精の女王のお告げ

 

「ああ!」


 フォラヴの伸ばした腕は、魔族同士が倒れて重なる内側にある、()()()()に触れる手前で、撥ねのけられる。それが魔族の一体による動きで、彼の透ける肌は、黒く赤茶けた崩れる肉に掴まれた。


 掴んだ手が、妖精の気にボロボロと落ちるが、落ちる速度よりも、圧し掛かってくる魔族の大きさに、翼を踏まれたフォラヴは体ごと地面に打ち付けられる。


 目を見開く妖精に見えるのは、今。今―― 自分の顔の上に、魔族の皮膚を破って出て来る、気味悪い種が落とされる瞬間。


 これまでか!と目を瞑ったフォラヴは『無念』と呟き、歯を食いしばって覚悟をした。



 どろっと崩れた肉ごと垂れ落ちる種が、彼の透き通った頬に・・・触れる一瞬前。


 ボウッと、爆風が辺りを包む。ハッとしたフォラヴの後ろから、続けて真緑と金に彩られた光の(つぶて)が、凄まじい勢いで降り注ぎ、間髪入れずに獣の吼声が黒い森を揺るがした。


 真緑の風は石礫を含んで、フォラヴに覆い被さった魔族も含め、そこに居た全てを弾き飛ばし、そのすぐ後に、それらは異様な音を立てて煙と化した。


 何が起こったのか分からないフォラヴは、息も荒く、目の前で消え去った魔族の跡、塵となって落ちる様子に目を丸くしたが、さっと後ろを振り返り、木々の影から現れた姿に驚く。


「シャンガマック・・・・・ 」


「大丈夫か!あれ、うん?・・・もしかしてフォラヴか?何て美しい、お前の本来の姿か!」


「おおっと、()()()妖精じゃ、俺は絶対に触れないぞ。へたばってないで、とっとと出るんだな」


 妖精の空色の瞳に、美しい青緑のローブを羽織った友の姿。その精悍な姿にどれほど嬉しく思ったか。彼の後ろには、金茶色の大きな獅子がゆったり寄り添い、皮肉な物言いで自分を見ている。


「助かりました、九死に一生を得ました。有難う!でも、どうしてここへ?それにホーミット、あなたはこの魔族の」


 心の底から感謝したフォラヴは、ふと、どうして二人がここに居るのか。そしてサブパメントゥの彼が、ここまで入れたのか、と気づいた。しかしその質問は、呆気なく一蹴される。


「答えている暇はないだろ。バニザット。もう出るぞ」


「え。でも。まだ来たばかりだ。俺はもっと倒せる」


「何言ってるんだ。魔族の世界(ここ)だから、()()()でも倒せたが、暢気なことを言っていられる場所じゃない。おい。妖精。お前の目的は『それ』だな?」


 血気盛んな息子を(たしな)め、獅子は体を起こした妖精に訊ねる。妖精の片手の数㎝先に、文字を浮かべた黒い石の欠片がある。妖精は頷いて、それに触れ、そっと握った。


()()です。私はこれを求めて、ここへ」


「良いだろう。俺にそれは()()()()しか、見当がつかんが。送ってやる。後で俺たちに最初に教えろよ」


「ヨーマ・・・じゃなかった(※正直)。ホーミット、俺たちは?一緒に彼と出れば」


「バニザット。一緒に出られない。お前は良いにしても、俺は死ぬぞ。そこで驚くな(※息子びっくり顔)。

 質問は後だ。お前に分かるか?もうじき侵入者を餌にするために、ここに魔族が集まる。戦って、どうにかなる数じゃない。それに()()()()()()()()()()()()


 獅子は、ええ~、と嫌がる息子(←全然戦ってないから)の腰に、大きな頭を付けて後ろに転がし、自分の背中に乗せると、立ち上がった白い妖精に『お前の世界はどっちだ』と訊いた。


「私は飛びます。こちらの方向へ。ホーミット、あなた方もどうぞ戻って。私は大丈夫です」


「たった今、やられかけて、()()()な事を。行くぞ、全力で飛べ」


 獅子は鼻で笑うと、力強く光を放つ不思議な模様が浮かんだ太い前足を立ち上げ、咆哮と共に地面を蹴って走り出した。フォラヴも翼を広げ、慌てて浮上し、獅子の姿を見ながらその上を飛ぶ。


 上から見て、ぎょっとするのは、魔族が黒い森の木の合間に動き迫っている様子。金茶色の獅子と、その背に乗る友をめがけ、四方八方から魔族が連なるように追いかける。


「シャンガマック、ホーミット!」


 妖精の翼をぐっと引き上げたフォラヴだが、ハッとして止める。自分の力を使えば、ホーミットに何の影響が出るかと気づけば、使うわけに行かない。


 どうしよう?と焦る心は、全く心配要らないとこの後に知る。


 森を駆け抜ける獅子の背で、ローブをはためかせる友は後ろを振り返り、清らかで力強い真緑の光を一瞬にして集める。その光は、どれほどの量か分からないほどの礫と変わって、魔族に打ち出される。光の礫は自在に方向を変えるようで、まるで大波のように魔族に降りかかり、魔物の体を崩し壊す。


 彼の精霊の力を伴う礫は、迫る魔族を次々に倒し、シャンガマックが振り上げた大顎の剣は、密度の高い白い輝きと共に、飛び掛かった魔族を切り捨てる。


 その体が地面に触れる前に、獅子が吼えると、彼らを追う前線にいた魔族は、黒い塵となって消え失せた。


 その、圧倒的な強さに、フォラヴは息を呑む。

 コルステインやイーアンたちの強さに近い、サブパメントゥのホーミット。そして、知らない間に力を付けた友・シャンガマック。精霊の力を使って攻撃し、怖れもなく繰り出す動きに、目が離せなかった。



「あなた方は・・・何て強いんだろう」


 握り締めた欠片を手に、フォラヴは今一度、心に誓う。魔族との決着をいつか、この手でつけよう。失った家族のために、自分が存在した意味のために。


「私は。『あなた』と同じくらい、強くなります」


 この『あなた』は、眼下の仲間ではなく―― フォラヴが、心に怒りを生むに至った、哀れな犠牲者。

 妖精の呟いた風のような声が聞こえたか。真下を走っていた獅子が見上げて叫ぶ。


「フォラヴ!行け」


 すぐそこに、写しの壁が見え、獅子に教えられたフォラヴは頷くと、降下して彼らの前をすり抜け、黒い鏡に飛び込んだ。


 獅子と騎士は見届けて体を返し、近くにある巨木の洞へ向かって走り、魔族に飛び掛かられる、すんでのところで、次元の歪みと共に姿を消した。



 *****



 戻って来た、獅子と騎士。あっという間に次元の外へ抜け、老魔法使いの木の洞から出て来る。


「これ。魔族はここを抜けられないのか?」


 振り向くシャンガマックは、少し気になったようで洞を見つめる。獅子は何てことなさそうに『そんなに甘い男じゃない』と笑った。


 封印でもしているのか、と続けて理由を訊ねる息子に、獅子は『後で話してやる』と答え、二人は魔法使いの部屋から影を伝って、魔法陣へ戻る。


 背中に乗せた息子の質問は、暫く『俺もあそこまで封印できれば』を前置きに、憧れのような内容だったので、獅子はその執着に笑い出して『いつかは出来るようになる』とだけ答えて話を変える。


「お前の友達は、()()()()()だったな」


「そうなのか。やっぱり。俺も初めて見たから、あれが完全体かどうか知らないが。見た目は妖精そのものだったな。フォラヴと分かるけれど」


 でも、丁度間に合ったようで安心した、と息子はしみじみ言う。『誰かが襲われていると思って急いだが、まさかフォラヴとは』運命だなぁと、導きに感謝するシャンガマック。

 それを聞いて、鼻でフフンと笑った獅子は、ちょっと皮肉めいた言葉を呟く。


「あいつには、礼でも貰いたいな。後一秒もなかったぞ、魔族の種が付くまで」


「礼なんて・・・助けられたことで充分だ。ヨーマイテス、彼はお礼を言った。そんなこと言わないでくれ」


 息子に注意され『息子には冗談が通じない』と覚える父(※そういう自分も通じない)。少し言葉を探して黙って走っていると、息子から話しかけてくる。



「ヨーマイテス。彼は何をしていたんだろう。何か、ヨーマイテスには分かったみたいだけれど。あの、黒っぽい石が目的?何だ、あれは」


「俺に知る由もない。だがあの姿を取ってまで、あれを求めに、魔族の世界に立ち入ったわけだ。魔族が作り出した物だろうな。フォラヴはその効力を知っている」


「魔族が作ったもの?そんなものを手にして平気なのか?」


「バニザット、俺はサブパメントゥの上に、魔族の存在さえ、最近知ったんだぞ。俺が分かるはずないだろう。

 俺がお前に答えている内容は、()()()()過去のバニザットの記録から得た知識を元に、想像で話しているだけだ」


 あ、そうか。と頷く息子。『ごめん。何でも知っていると、思っているから。つい、訊いてしまった』そうだよね、ヨーマイテスも知らなかったんだよなと、呟く息子に、父はちょっと嬉しかった(※頼りにされてる)。


「俺たちは戻ってきてしまったが、フォラヴが何か、目的あるものを手に入れたということは」


「もう。俺たちが探るよりも、『必要なものは先を行った』。そう捉えて、良いかも知れないな」


 父の言葉に、うん、と頷く褐色の騎士。洞を出た時点で、あの美しいローブは、空気に溶けるように消えてしまった。自分を包んでくれた、心地良い涼しいローブの感触を思い出して、胸をそっと撫でた。


「俺の着ていたローブ。フォラヴは気が付いたかな」


「どうだろうな」


 名残惜しそうな言い方に、ヨーマイテスはちょっと笑ってから息子を慰める。


「似合っていたが。お前はいつもの、その煙色の・・・黄色い革の服が一番良い」


「そう?そうか。そうだね」


 フフッと笑ったシャンガマックは、豊かな(たてがみ)にばふっと埋もれて『いつも多くの学びと体験を与えてくれて、本当に有難う』そうお礼を言いながら、ぎゅーっと抱き締めた。

 息子に抱き締められた獅子は、特に答えることもなく、走り続ける足を緩めず、ただ尻尾だけは、ぶんぶん振って喜びに浸った。



 *****



 写しの壁を飛び出し、フォラヴは急いで自分の手の平を傷つけ、ぷっと浮いた赤い血を、黒い禍々しい鏡に擦り付けた。

 瞬間的に鏡は、ウォッと妙な音を立てて歪み、鏡面にまで色を滲ませていた黒は、波が引くように四方に引き、鏡の縁に集まった。鏡面は汚れているが、最初の状態に戻り、鏡の向こうには魔族の何も見えなくなった。


 手の平の傷は小さいが、静かな痛みと熱を持ち、フォラヴは目を閉じてそこを癒す。傷つけても、このくらいなら癒せる自分。()()()()()()()、防ぐことの出来ない、写しの壁。


「使うたびに。私は自分を傷つけて。癒すのですね」


 呟いて、緊張した心を吐息に出した後、傷が消えた手に戦利品の欠片を持ち、それを少し見つめた。ゆっくり指を閉じて欠片を握る。やるべき最初の課題は越えた。

 フォラヴは妖精の姿を人に戻し、精神的な疲労を感じながら、銀の城へ向かって走り出した。




 銀の城までの森を抜け、ようやく城が見えて来たところで、フォラヴは足を止めて、今一度、手に握った欠片を見た。それは黒いガラスのような印象で、片状突起が不規則に見られる多片状の石。

 長くあの場所に放置されていたからか、片状突起は摩耗されていて、握り締めても怪我をするようなことはない。表面は無数の小さな擦り傷で曇り、場所によって、文字が書かれた跡が残る。


「これが。妖精(私たち)の血の()()()()()。私の手に握られ、震える振動が止まった。助けを求めた最後の悲鳴のような、振動」


 目を瞑り、妖精の騎士はぐっと昂る気持ちを抑え込む。銀の城を前に、走り続けた足を歩きに変え、フォラヴは思うことを胸に呟き続ける。



 ――私たちの血。私たちの姿。私たちを捕らえ、踏み倒し、憑りついて、醜い心と存在に引きずり込む、魔族。


 写しの壁を粉々に壊してしまいたいが、まだ。あの世界に捕らわれたまま、息絶えた仲間がいると知れば。それも出来ない。



 フォラヴの足は疲労してはいなかったが、心は疲れていた。銀の城の裏庭に入り、ホッとして中庭へ進んだ足で、表へ抜ける通路を歩き、誰もいない城の中で、守られている安心感に包まれる。


 女王の椅子のある広間へ入り、そこに誰も見えないので、フォラヴは椅子の前に立って感謝と報告を伝え、休むことなく背中を向けた。


「ドーナル。あなたの勇気と強さに、大きな力が宿るように」


 広間の真ん中まで進んだ騎士の耳に、優しい声が届く。ハッとして顔を上げて見渡すと、小さな雪が天井から降り、それらは虹色に煌めいて、騎士の体に掛かっては柔らかく癒し続ける。


 嬉しくて微笑んだフォラヴは、『あなたの言葉に従いました。私は手に入れました』ともう一度言い、『これから妖精の庭を通り、戻ります』来た道を帰ることを伝えた。

 すると、女王の返事は、示唆を含む謎めいた言葉で戻る。



「妖精の庭を通り、青い精霊の光の場を動く時。あなたがこの先に出会う、()()()()を感じるでしょう。

 その魂はあなたを待ちましたが、ほんの僅かな行き違いにより、魂の存在に戻りました。いずれ、新たな形を得て、姿こそ変われども、あなたの前に現れます。私の子、同胞の声を聴きなさい」


 驚くような内容に、フォラヴは口を挟まずに聴いていたが、話が終わったと分かって、急いで質問する。


「教えて下さい。その方は、どこで行き違いましたか。そして私は、その方に次はいつ」


「心配要りません。次に出会う時はまだ先です。導く手をあなたは見つけます。より強さを秘めて、同胞はあなたの代わりに、世界を守る旅を続けるでしょう」


 女王の声はそこで終わり、『行きなさい。また会いましょう』を最後に、虹色の雪と共に消えた。

お読み頂き有難うございます。


本日から一日2回投稿です。

度々、土日に一日1回の投稿があるかもしれません。

その都度、お知らせします。どうぞよろしくお願い致します。

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