1282. 妖精フォラヴVS魔族の世界
☆今回もフォラヴのお話です。彼が妖精の城にいるところから、始まります。
『呼び声の書』の名を持つ部屋。フォラヴは、銀の城の中を動き回って、中庭に面した部屋の並びにある、図書室へ入った。
図書室には本が並ぶものだが、ここには本ではなく、背表紙の名前が壁中に刻まれて、書の名前を伝えると、呼んだ本が、広い床から立ち上がる円形の光に浮き出て、本は宙で開かれる。
フォラヴは『呼び声の書』の間にある、繊細な作りの椅子に掛けると、自分が読みたい本の名を伝えた。
床に描かれた円が、枠を輝かせて光の帯を発し、フォラヴの求めた本が現れ、宙でページをぱたぱたと動かし始める。
光の輪の中に開かれた本は大きく、座っているフォラヴが、小人に見えるほどの大きさ。
並ぶ文字を見ながら、フォラヴが手を動かすと、ページは彼の腕に合わせてめくられる。『魔族と写しの壁については・・・』ふと呟いた声に反応した本は、さーっと何十枚も進み、ぴたりと止まった紙面を見せる。
フォラヴの目が見開かれ、そのページを食い入るように見つめる。
それはまさしく、おとぎ話で聞いていた内容がそのまま残り、そして理由となる因果も記されていた。
唇が震える妖精の騎士の目に、薄っすら悲しみが涙の姿に変わって滲む。
話を綴った作者は誰だったのか。記載のない本の美しい文字に残った、心を毟るような話を読み終えて、フォラヴはその場所を確認し『恐らく、あの場所だろう』と見当を付けた。
椅子を立ったフォラヴは、念のために他の本を探し、背表紙に似たものを見つけると、それを開き、念入りに確認した後、部屋を出た。白い肌は蒼白に近く青ざめ、その目は、悲しみではなく厳しさを見つめて。
フォラヴが妖精の庭へ入ってから、丸一日経っていた、その日。既に、時間の感覚のない騎士は、ただ一つの目的を持って、今や迷いも吹っ切れ、真っ直ぐに動き出す。
部屋の窓を開けて中庭へ下り、銀の城の裏手に広がる大きな森、その先に佇む渓谷へ向かった。
*****
妖精の騎士が、目的と共に歩き出した頃より、少し前の時間。
場所は変わって、獅子と騎士の二人は、老バニザットの部屋へ移動していた。彼らは今、準備中で、老バニザットの部屋で得られる細かい情報を、出来るだけ頭に叩き込んでいた。
「そろそろ行く?」
「そうだな・・・お前が心配だ」
さっきからそればっかりだよ、と笑ったシャンガマックに、笑う顔が続かないヨーマイテス。
ちょっと一緒に笑っても、すぐに溜息をつき『お前が本当に問題ないか、確証がない』心配への安心材料がないことに、困った顔で首を振る。
「俺は大丈夫だ。ローブもある。あなたもいるんだ。大顎の剣も、どうやら使って平気そうだし。
うーん、しかし。どうしてかな。何で、これだけちぐはぐな組み合わせで、どれもが影響ないのか。俺の力も、ヨーマイテスみたいな力なら、分かるけれど」
眉を寄せているヨーマイテスの前で、シャンガマックは首を傾げながら、遺跡から戻って、何度も同じ疑問を口にする。
龍の大顎、妖精のローブ、自分は精霊の力。側にいるヨーマイテスは、特殊な存在とは言え、サブパメントゥ。
どうして平気なんだろう?と・・・ヨーマイテスからすれば『何て、のんびりしているんだ』と感じざるを得ないことに、首を捻り続ける姿(※気にするのそこじゃない、と思う父)。
息子は、あまり慌てもしない(※良いところだとは思う)。自分の危険を知らないわけではないが、如何せん、緊張感が足りない気がする。
俺と一緒だからと、安心をしているのは結構だが、一瞬で『捕獲対象』の道を辿る相手に挑むのに、何をこんなに普通でいられるのか(※そんなあなたにも彼は普通だった)。
これが他人のことだと、バニザットは必死に心配するのだ。ああ、息子は本当に優しい(※褒める)。
だが、自分のことも心配してくれと、父が困った顔で見つめ続ける、『どうしてだろう?』を呟く息子は、全く違う感覚。
シャンガマックは、ヨーマイテスが思うよりも、戦うことを楽しむ男。戦う相手によるが、今回は倒すに容赦なく動ける、魔族が相手となれば、いつ出くわしても『加減なしで倒す』意識。
だから、そこまで怖れたり緊張したりがないだけの話だし、加えて、フォラヴのためとなれば、意気込みも威勢が良い。そこにさらに、サブパメントゥの父も一緒。シャンガマックが震える理由なんて、一つもなかった。
「よし。行こう。探して、大きい情報が手に入り次第」
「バニザット。本当に少しは構えてくれ」
「構えてるよ。大丈夫だ。俺は気を抜かない。それより、俺の持ち物がもしも効力を発揮出来ない時は、ヨーマイテス、その時は」
「当たり前だ。お前を連れて、即、出るぞ」
「そうじゃないよ。『俺を守って進んでほしい』と思ったんだ。すぐに連れて出られても困る」
これ、一回しか使えないんだよ、と羽織った妖精のローブに視線を落とす息子。
この緊張感のなさ・・・父は心配でたまらない。一回しか使えないとか、そんなことより命が大事だろう(※父的には息子の安全が最優先)と、弱い人間の体を持つ息子に、ほとほと困る。
困る父に『行こう』と終止符を告げ(?)シャンガマックはヨーマイテスと一緒に影を上がり、老バニザットの立札があった木の洞へ。
「絶対に。何があっても。俺から離れるな」
「分かっている。離れない。もう100回くらい約束しているけど、何度でも同じ答えを言うよ」
「絶対だぞ」
念を押し過ぎる父に『分かった』と真面目な顔で頷く息子(※笑いたいけど笑わないでおく)。
ヨーマイテスは遣り切れなさそうな溜息をつくと、片腕にしっかり息子を抱えて、洞の中に入る。二人はその直後、ぐらりと揺れた次元を越えた。
*****
中庭を出てから、広大な森の中を走り続けるフォラヴ。
飛ぶことは出来ても、ゆったりと飛行する能力。早い移動には走る方が合っていて、妖精の世界の森の中であれば、疲れ知らずにも思える、この体に嬉しくなる。
遠征に出かけた時、何度か、森林地帯でこうして走ったことを思い出す。総長はその自分を見て『お前の足はシカのよう。お前は人の姿をした森の神』と褒めてくれた。
光栄にも思う誉め言葉だったが、それは総長が、自然と向き合う浪漫の民『馬車の家族』だったからこその、美しい誉め言葉だと、後で知った。
遠征で偶然訪れる森がない以上、走ることは少なかったが、あの時の素晴らしい彼の賛辞を、こうして走る時、いつも思い出す。その度に、総長の顔を思い浮かべ、彼の隊で良かったと感じる。
「今も。総長。あなたのために。皆のために。私は走ります。あの時のあなたの、灰色の宝石のような瞳を思う。私の鹿の足が、あなたの唇から流れた賛辞の歌を喜ぶ」
白金の髪をなびかせ、はためくクロークを背に、フォラヴは無尽蔵の体力に、笑みを浮かべて森を駆け抜ける。小川を跳び、木々の枝を潜り、茨の蔓をかわし、絡まる細枝の壁を駆け上がり、細く長い足は、動物と似て、森の腐葉土に沈む前に、跳ねるように走った。
「もう少し。もう少しで。私の越えるべき、最初の課題が」
馬で走るよりも早く、森を駆けるフォラヴの目的地、渓谷。そこから先に、閉ざされた森がある。渓谷の向こう岸。閉ざされた森の中で、自分が見つけるべきものを探し『手に入れる』静かに呟いた声には、威嚇にも似た強さが漲る。
妖精の騎士の眼前、間もなくして突然に森が終わり、バッと広がった深い谷と向かい合う崖が現れた。フォラヴはそのまま勢いを緩めずに飛ぶ。渓谷の幅を飛び、黒々した森へ降りた。
対岸の地に着けた足が、誰かに掴まれるような感覚を覚えたが、もう恐れはない。静かな怒りと使命に、妖精の騎士は感覚を振り払い、研ぎ澄ます『境目の写し壁』に集中し、再び駆け出す。
走って、走って、息切れもない体に感謝を捧げ、フォラヴは自分を吸い寄せる対象にだけ意識を注ぎ、無意識に近いくらいの感覚で、黒い森の中を走り回った。
どれくらいの時間をそうしていたのか。ある場所まで来て、風のように流れていた体は、ふっと止まる。
足を止めたそここそ、『自分を恐れさせた根源』と瞬時に知る、異様さ。
木々の平地を終えた、山脈の手前にある、横に長く続く岩の壁。そこに大きな抉れがあり、抉れの内側に生えた木々に包まれて、それは在った。
「鏡・・・本当に、鏡が」
ぞわっとするのも一瞬。すぐに気持ちを引き締めた妖精の騎士は、ふーっと息を吐き出し、鏡に近づいて、黒々した忌まわしい鏡の縁を見渡す。
張り出す木々の枝も指のように絡み、土を破る植物の根が邪魔をしていても、鏡の縁に書かれた言葉は読める。フォラヴが側に来た時、それらはぼんやりと赤く光り、まるで宣戦布告のように危険さを醸し出した。
負けない―― フォラヴの心に大きな思いが噴き上がる。それは誰ともかわしていない誓い。誰に聞いたわけでもない言葉によって。
文字を読み、並び方が不規則な文字を、頭の中で組み立てて一つの文に変え、理解したフォラヴは、大きな翼を背中から出す。
白い長い羽根を持った翼は、胴体よりもはるかに大きく長く、彼の白金の髪は真っ白に輝く。
肌は透き通り、空気のように後ろを映す。彼のまとっていた衣服や装備は風景に馴染んでかすみ、そこに立つのは、半透明の白さに包まれた、輝く妖精一人。
その姿を取ったフォラヴは、鏡に腕を伸ばし、それと同時に、ぐにゃっと沈んだ鏡面に向けて、足を踏み出した。彼の素足に見える一歩は、踏み出した鏡を抜け、その先にある世界へ体を運ぶ。
鏡の向こうへ入った妖精・フォラヴ。初めてこの姿を使って、妖精の状態で動く。
この前、アギルナンで妖精の銀の城でも、この姿を取った。それは導かれて知ったことで、以来、こうした変化をしたことはなかった。
鏡を抜けるのは、人間の体を落とさないといけない。
この鏡こそ『写しの壁』と呼ばれる場所。これを境目に、妖精と魔族の世界が分かれている。
そして、入ったらすぐに、魔族が来る。
フォラヴは、自分の存在を消すことはしない。この内側に入り、妖精として、写しの壁の一部を手に入れる。どこかにある、この写しの壁の使い終わった屑を探す。
「例え、私の『人の体』の方が、若干の耐久度があったとしても。私はそれを選ばない」
どの道、人間の姿でも妖精の状態でも、魔族に種を移される対象なのだ。人間の方が、少しはマシというだけで。そう思えば、自分自身のままで挑もうと決められた。
「『あなた』が。私のために、生きる時間を差し出した『あなた』が、妖精の姿で、この場所へ踏み込んだように。
私もあなたに倣います。あなたの犠牲を、私は尊び、同時に決して許すことはない」
フォラヴの声は空気に揺れる。この壁のある理由を知った今、フォラヴに怖れを抱く無駄はなかった。
『許さないだろう』と宣言した声は、いつもの彼の声よりも、遥かに遠い存在の鳴らす気高い音のように、辺りの重く濁った空気に振動した。
翼を畳み、ゆっくりと浮きながら、黒い森の禍々しい中を、白い妖精は探して移動する。
光の一片も見えない、くすんだ明度の黒い森。同じ森でもここまで陰鬱、と思う濁り方は、フォラヴが人間の姿だったら、きっと気持ちが悪くなっていただろう。
自分を狙う気配が近づくのを感じながら、フォラヴは気を抜かないように移動を続ける。
少しずつ、近くに嫌な感覚が迫り、それはどんどん距離を縮め、全身にまとわりつくような憎しみや悪意を感じるまでに及び、フォラヴは振り返らないでいることが難しくなった。
その時、ハッと勘が告げる。近くに、写しの壁と同じような『文字』の持つ振動がある。これに気が付いたら、もう、遠慮をする必要はない。
フォラヴは翼を広げると同時に、一気にその場所へ向かって飛ぶ。それと一緒に、後ろや横から膨れる気配をぶつけていた魔族が姿を現して、妖精を追う。
膨れ上がった気配に急ぐフォラヴ。振り返る暇はない。目指す振動に一直線で、木々と暗がりを飛び抜けた。
「あった」
フォラヴの一声に、振動していた欠片が少しずつ光を放つ。黒い風景の中を飛び込んだ妖精は、捻じ曲がる木々の根元に埋まる欠片に手を伸ばし、後少しの距離で、跳ねるように反対側へ飛ぶ。
「魔族!」
自分と欠片の間に滑り込んだ、醜い崩れた体は、飛び去る自分を見上げ、人の顔とも見えないほどに壊れた頭を向けている。
見れば、そこかしこに同じような者が動き、欠片はあっという間に魔族に隠された。ここまで来て、戦わないわけに行かない。ここは魔族の世界で、見えている姿は全て成体。
一度上がったフォラヴは、木々の樹冠で体を翻し、大きな翼を振り上げて風を起こす。風は水色の粒子を含み、見る見るうちに半径1㎞ほどを覆う光となって、魔族を照らした。
驚く魔族に、見上げ続けることは出来ず、聖なる妖精の光をまともに食らった目は潰れ、目に留まらず、不完全な体は溶け始める。
フォラヴの翼が生み出した光は、他の魔族を呼び寄せるには十分で、迫った魔族は跪かせたものの、森の方々から怒号の雄叫びが響いた。息が荒くなるフォラヴには、他に取れる方法は少ない。急いで、次の行動に移らないといけない。
欠片の側で倒れた魔族数体の体には、少しずつ奇妙な瘤が上がっていて、それが『種』と分かる。種が体表に完全に突出する前に、欠片を奪って逃げるのみ。
フォラヴはここで、魔族の世界を荒らすわけにはいかないのだ。それは、女王が止めた『広げてはならない』その意味でもある。
「お守り下さい」
女王に祈ってすぐ、フォラヴは意を決して欠片のある、魔族だらけの木に向かって飛び込んだ。が、嫌な予感が現実となった。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークを頂きました!有難うございます!
今日は朝1回の投稿です。
明日4日より、一日2回投稿に戻ります。
どうぞよろしくお願い致します。




